第16話 ゴブリンと金の瞳①
奇妙な同居生活も3日目。最低限の生活基盤が整ったところで、何かしらの依頼を探しに、俺とロイ、アナベルは揃ってギルドに足を運んだ。
基本的に傭兵には向こうから依頼が舞い込んでくるし、難易度と報酬的に、受けるのは月に1、2件がせいぜいだ。
今月は既に先日の羽振りのよい反乱制圧をこなしてある。そのためわざわざ報酬の低い冒険者向けの依頼を受ける必要はないのだが、新人がいる以上、連携を試す必要があるからな。多少の損は仕方ねえ。
「このへんはどうだ? 西の森の洞窟にゴブリンキングが群れを作り出してるらしい。攫われた村娘がいるとか」
「おー、悪くねぇな」
ゴブリンはいわゆる小さめの鬼。なんというか、前世の創作物で見かけたアレだ。この世界じゃ、緑じゃなくて黒だけど。だいたい20匹くらいの群れで生活している雑食性の魔物だ。魔物の定義は主食がヒトであることだが、ゴブリンは悪食で、ヒトの他に家畜でも木ノ実でも食べるし、何なら大酒飲みだという。
普通のゴブリンは、サイズといい知能といいチンパンジーの群れみたいなもので、何の用意もしてない一般人なら普通に食われるか攫われる。ただ、武器か魔術があれば初心者の冒険者でも1人で3、4匹はまあ倒せるだろう。
が、たまにゴブリンキングと言われる知能と繁殖力の高い個体が生まれると厄介で、群れのサイズが瞬く間に10倍以上に膨れ上がる。しかもゴブリンキングの子供も知能が高めだから、そこそこ統率が取れやがる。こうなると初心者には狩れない。
今回の依頼もそういう群れだろう。1級の依頼になっている。
難易度的には丁度いい。
それに、ゴブリンキングの巣には――
とにかく、アナベルを試すにはもってこいだ。
俺は壁から依頼表をむしり取った。
「こいつを受けるぞ。異論はねえな?」
横目でアナベルの様子を確認する。アナベルは真面目な顔つきでまっすぐこちらを見ていた。そして事もなげに言う。
「仕事だろ? 文句ないよ。それに困ってる人がいるから依頼が出てるんだろうし、稼げて人助けにもなるなんていい仕事だなぁ」
「……お前、ゴブリンの巣に行ったことは?」
「小さい群れなら。ずっとソロだったから、規模が大きい巣の依頼の経験はないな」
「……そうか」
こいつの経歴は契約時に見せてもらったが、確かに1対1で成り立つものばかりだった。お尋ね者の捕縛が一番多かったか。全てに共通していたのは、相手が絶対的な悪の張本人であること。
「人を斬れる」と言ったあの言葉が嘘ではないのはわかっているが――
「? 何か?」
俺の視線の意味合いを図りかねたのだろう、アナベルは真っ直ぐこちらを見たまま小首を傾げた。金の瞳が眩しい。絶望とか欺瞞とか嫌悪とか、負の感情を知らない色。
――この瞳はきっと濁ってしまうだろう。
嬉しいような惜しいような、形容し難い感情が後ろめたくて、俺はまたすぐにアナベルから目を逸らし、受付へと歩を進めた。
***
受付後すぐに西の森へと向かう。到着が夕暮れ時だったので、近くの村――攫われた村人がいる村だ――で一泊し、夜明けとともにゴブリンキング共の巣を探す。
蜂の巣のように、定期的に働きゴブリンが出入りしているから、巣の特定は容易だった。
普通のゴブリンは素手で戦う個体が多いが、この素のゴブリンどもは、恐らく高知能の個体から分け与えられたのだろう、石と木でできた槌か斧らしきものを携えている。
ゴブリンは夜行性だ。つまり間もなく寝静まる。
木陰に隠れて機を待つこと数十分、案の定ゴブリンどもの出入りが止まった。入り口には2匹の見張りと思しきゴブリン。
「行くぞ」
小声で合図を送ると、ロイが静かに弓を構えた。俺も手近な石を掴む。
「《Energie erzeugen》」
まずは自分、そしてロイに強化魔術をかける。ついでに試しにアナベルに向かっても唱えてみたが、予想通り不発に終わった。
ロイも予想はしていたようで、二人とも大して気にも留めなかった。そのままロイは弓を、俺は石を、見張りゴブリンへと思い切り放つ。それぞれ額の真ん中を捉え、ゴブリンどもは声も出せずに絶命した。
「よし、中に入るぞ」
「すごいな、二人とも」
「強化してもらってるからね。アナベルちゃんにもかかればいいのにね」
「ああ、さっきの……やっぱり魔術って、才能がないとかからないものなのか」
「あー、かかる側、かける側、どっちの問題かわかんねえけど、基本自分にしか効かねえんだよ」
「俺にも最初はかからなかったよな。何度か死にかけるうちにかかるようになったけど」
そう、長年の謎、俺の魔術の発動条件。ミトコンドリアなら全員持ってるんだから、かかってもいいはずなのにな。新入団員の度に試してみているが、今のところロイ相手にしか成功していない。
ま、俺自身が死ななきゃいいからいいんだけどさ。
「っつーわけで、お前は自力で頑張れ。ゴブリン如きに後れを取るなよ。傭兵なら無傷で当然だ」
「怪我しないでねってことだよー」
「っるせえ、曲解すんな!」
「アルフうるさい」
小声で軽口を叩きながら、洞窟の中へと入る。まだ気づかれては面倒だから、松明は使えない。暗闇を、足音を立てずに進む。
俺とロイは強化によって網膜の桿体細胞も活性化しているから夜目が効くが、アナベルは生身のままだ。
頼むから転んでくれるなよ……
数日前の自宅での騒音と両膝の赤みを思い出し、若干の不安を覚えて振り返ると、アナベルの金の瞳が暗闇にうっすら浮かんでいた。確かな信念を宿したそれに導かれ、彼女の足取りは思いの外安定している。
――何だよ、やればできるんじゃねえか。
いや、そりゃそうなんだよな。独りで傭兵目前まで上り詰めてきた奴なんだから、実力はある筈なんだよ。心配して損したわ。いや心配なんかしてねえんだけど。
洞窟は1本道だった。それに、深さもさほどなさそうだ。入口から数メートルで右に屈曲しており、そこからそっと覗くと、ホールのように広がっていて、いくつかの横穴が見えた。
ホールの壁と横穴は、自然にできたものではなくゴブリンの手によって掘って作られた物に見える。ということは、ここが最奥だ。
都合のいいことに、天井からところどころ光が差し込んでいる。明かり取りに掘ったのか、自然のままの岩の隙間なのかはわからないが……お陰で視界が良くなるし、何より空気穴があるということは。
ロイとアナベルに視線で合図を送る。二人は心得たように頷き、懐からそれぞれ5、6個ほど、こぶし大の袋を取り出した。ちゃぽ、と控えめに袋の中身が水音を立てる。ちなみに袋の材質は大型カエルの皮膚である。この世界におけるゴム風船みたいなものだ。
俺は徐ろに、1つの袋をホールの中央上空目掛けて放り投げた。追いかけるようにロイが弓矢を放つ。
矢は正確に水風船を捉え、パンパンのそれは直ぐ様弾け飛ぶ。中身――喉が焼けるほど強い酒だ――が下っ端ゴブリン共の頭上に降り注ぐ。
しかし寝惚けたゴブリン共は、大好物の酒が多少顔面にかかったところで、良い夢だなぁ程度にしか思わない。
立て続けにあと3つばかり放り投げ、その度にロイは正確無比に1つ、2つと風船を射抜く。
3つ目に矢が届くのとほぼ同時に、俺は蝋を塗りつけた松ぼっくりをポケットから取り出し、左手に握る。
《Wärme erzeugen》
火達磨になった松ぼっくりを、ホール中央、最初のアルコール着地点へ投げつける。
瞬間、辺りは火の海と化した。着火点のゴブリン共が半狂乱で鳴き喚き、群れ全体が目を覚ます。
さあ、ここからは時間との勝負だ。
「アナベル、てめえはキングを追え。あの奥にいるでけえデブだ。多分横穴に逃げて身を隠すか、もしかしたら隠し通路から外に出ようとするかも知れねえ。絶対に逃がすなよ」
「わかった」
「キングを殺したら、横穴の中身を掃除しろ。次世代のキングがいるとしたらそこだ。1匹残らず消せ」
「わかった」
「火の上空を投げてやる。手に乗れ」
「頼む」
――事前に多少説明していたとは言え、本当に戸惑わねえのな。普段あんなすっとぼけてるくせに、仕事はちゃんとできんのかよ。ちょっと見直したわ。
俺が両手を組むとアナベルは迷わず足を掛ける。彼女の踏み切りと俺の上腕・前腕筋の収縮の息を合わせれば、軽々とアナベルは炎の壁の向こうへと翔んでいく。
炎に照らされた金の瞳は、間違いなくゴブリンキングを捉えていた。




