第14話 ハラスメントと藁ベッド②
買うものは決まっていたから、俺は目的のものをさっさと見つけて足早に帰宅した。それでも日は既にオレンジ色に西から差している。
昼前からギルドに走り、模擬戦をやり、スラムに走り、と奔走した上に、重量級の購入物を運ぶために強化魔術がトドメとなり、いつになく疲労と空腹が強い。
買ったばかりの荷物を然るべき場所に安置して、台所で水を飲んでひと息つく。次第に日が落ち、辺りは薄暗くなってきた。
重い体を起こし、自室への階段を登る。真っ暗になる前に、ランプに火を入れなければ。
自室の1つさえ灯しておけば事足りる。台所に行くにしろ、外出するにしろ、その1つを引っ提げて移動すればいいからだ。油だってタダじゃないしな。
「《Wärme erzeugen》」
こういう時に火炎魔術が使えて良かったとしみじみ思う。浮浪児時代とはちがい、今はさすがに火打ち石も持っているし、なんならマッチも買ってはあるが、指先1つで狙ったところに火をつけられてゴミも出ない、消耗も少ないこれについ頼りがちだ。
あー、そういやアイツにマッチの在り処を教えなかったな……。普通に台所に置いてあるからわかるよな? というかそもそもランプは使えるよな?
若干不安ではあるが、流石にそこまで世話を焼いてやる義理はないだろう。多少暗いからって死ぬわけでもあるまいし。
今日は昼飯抜きで強化魔術を2回も、それなりの時間使ったんだ。空腹感が限界だ。いつものように近所の酒場にでも繰り出そう。ここ最近の夜は少し冷え込むからと上着を引っ掴んだその時、ギィと玄関扉が開く音がした。
ああ、買い物が終わったのか。
今顔を合わせるのは気まずいから、少し間を置いてから下に――
ドゴッ! バタンッ! ゴンッ!
――なんだ今の!?
家の床やら壁やらが心配になるほどの騒音に、俺は慌てて1階に駆け下りる。
「いたたた……」
「おい、頼むから家を壊すなよ」
「面目ない……。段差に気付かなかったんだ。壁は壊してないよ」
「お前今日転ぶの2回目だよな? 剣士としてどうなんだよ」
「暗くてつい……」
それこそ依頼によっては闇夜に紛れてこなすものもあるんだが。雇用契約を早まったかも知れない。
眉間寄った皺を揉みほぐしながら下を向いた俺の目に、赤くなったアナベルの両膝が映りこんだ。
……。
前衛のコンディションのためには、ランプオイルくらいケチらず使うべきか……。
俺は廊下の壁にあしらわれた2箇所のランプに火を入れた。廊下全体が暖色の弱い光で満ち、突き当たりの小部屋の扉まで良く見える。
「……んじゃ、俺は出かけるぞ。あとは好きにやんな」
「あ、ありがとう、団長!」
「だからいちいちうるせえって」
憎まれ口を叩きながら玄関扉に手をかけた。同時に、懐に手を突っ込み、財布の重さを確認する。予定外の出費が重なったが、そこは腐っても傭兵。まだまだ酒代程度には困らなさそうだ。
今日は何を食おう。
ベーコンとスモークチーズあたりをつまみに蒸留酒でもあおろうか。いや、ガッツリと魚と芋のフライもいいな。
不足しているカロリーを思い浮かべ知らずニヤつく俺の服を、背後からくんっと引っ張る奴がいた。
当然ながら、アナベルだ。
俺は苛立ちを露わに体ごと振り返る。
「んだよ、離せ。俺は」
「だだだ団長、あれ、部屋、ベッド!」
チッ。だから顔を合わせたくなかったんだよ。
「……安モンだけど、床よかマシだろ」
「マシなんてもんじゃない、あんな、え、わざわざ?」
「前衛職が寝不足じゃあ困るんだよ。言っとくけどベッド代も報酬から差っ引くからな? しっかり働きやがれ」
目も合わせず、耳の穴をほじりながらつまらない説明をする俺と対照的に、アナベルは瞳を輝かせながら身を乗り出し、高速でこくこくこくこく頷いている。
「首取れるぞ」
「私が暢気に服を選んでいる間に用意してくれたんだな」
「ああ、まあ……」
「重かっただろうに、こんなに手早く。どうやって持って帰ったんだ?」
「強化魔術を使えば大したことねえよ」
これは強がりでも何でもなく事実だ。何せ買ったのは一番安い藁のベッド。麻袋に藁を詰めただけの代物で、正直、強化がなくても運べる程度の重さしかない。如何せん嵩張るのと、まあ重くない訳じゃないので俺は魔術で楽をした訳だが。
「貴重な魔術を、私のために使ってくれたのか」
「お前のためじゃなくて、前衛をしっかり働かせるためだ」
「つまり私のためじゃないか」
「いや、そういうことじゃ――」
「団長。何から何まで……本当に、ありがとう」
「だから、礼なんかいちいち言わなくていい。今日だけでてめえ何回頭下げてんだよ。鬱陶しい」
「それは今日だけでも団長が私のことを何回も助けてくれたからだよ。鬱陶しがられても伝えさせてもらう」
辟易している俺の、だらしなく垂らしていた左手を、アナベルが自らの両手で包み込むように掬い上げた。
「本当にありがとう、団長」
アナベルの胸の高さに捧げ持たれた俺の拳越しに、ぱっと満面の笑みが咲く。自然に細められた双眸は、一切の迷いを宿さず、俺の目を捉える。
今世では、いや前世でも、大人になってからこんな純然たる好意を向けられたことなんてなかった気がする。
その温度にやっぱり慣れなくて、俺は全力で外眼筋に指令を出し、絡み合った視線から逃れた。程なく左手も解放される。手を包みこんでいた小さな熱がいなくなって、すうっと通る少し冷たい空気が、頭も冷やしてくれた。
思い出した。俺は腹が減ってるんだ。
「もう行くぞ。飯食ってくる」
「あっ、呼び止めて悪かった。いってらっしゃい」
「……」
アナベルの見送りには無言で、俺は酒場へ急いだ。




