第11話 粉塵爆発と上級ポーション
愕然と硬直する俺に、馴染みの受付嬢は朗らかにその女を紹介してきた。
「あっ、アルフさん! 紹介しますね。アナベルさんです。羨ましいですよー、ギルドでも最注目の期待の新人、しかもこんなに可愛らしい女の子と組むなんて」
「アナベルだ。どうぞよろしく」
受付嬢の紹介を受けて、少女は屈託のない笑顔で右手を差し出した。しかし、握手を求めているであろうその手に、俺は反応できなかった。
「いや待て待て待て。え、例の、稀代の剣士? こいつが? 本当に?」
「アルフ、失礼だぞ」
「いや、だってよぉ……」
「まあ、うん、気持ちはわかる」
俺を窘めてくるロイとて、顔には色濃く不信が滲んでいる。それはそうだろう。こちらが求めているのは俺達の前で戦える屈強な剣士か戦士だ。女である以上、腕力や体力はどうしたって劣るはず。
実績だけ見れば華々しくとも、他人に代理で依頼をこなさせるなど、経歴詐称のやり方はないではない。それができる程度には、この女のツラは、客観的に良い。
「私の実力は信用できないか?」
「あー、いやー、うーん」
言い淀むロイに被せるように俺は本音を言い放った。
「ああ、信用ならねえ。傭兵業ってのはままごとじゃねえんだぞ。薬草採りでも暮らしていける冒険者とは仕事の内容も違う。てめえ、本当にその剣使えるのか? ——人は、斬れるのか」
「斬れる」
少女は、俺の目を正面から捉えて言い切った。あまりにも間髪入れず、一切の取り繕いも滲ませず。
「私だって生半可な気持ちで冒険者になったわけじゃない。あなた方の募集に申し込んだのだって、私なりの目的があってのことだ。——全て、覚悟の上だ」
医者は心理学者ではない。俺には他人の高度な嘘は見抜けない。それでもわかる。
これは、本心だ。
俺は二の句が継げなくなった。
覚悟は確かに持ち合わせているのだろう。しかしやはり、実力不足の懸念は拭いきれない。
そんな俺の心を見透かしたかのように、アナベル自ら、とんでもない提案をしてきた。
「採用については、実力を見てから考えて貰ってかまわない。もしよければ、一戦手合わせ頂けないだろうか」
***
冒険者達がパーティーに新たなメンバーを誘う時、実力試しで模擬戦を行うことはままある。そういった用途を見越してギルドの建物の裏庭に設けられた広場の中央に、俺とアナベルは今、向かい合って立っている。
安全管理上、この模擬戦を預かるギルド職員——先程の受付嬢なわけだが——が、少し離れたところからルールを叫ぶ。
「真剣は使用不可! 魔術やアイテムの使用は可能です! どちらかが戦闘不能になるか、戦意を喪失するまでの試合とします!」
受付嬢の後ろでは、ギルドの下働きが大量のポーションが入った籠をガチャガチャと並べている。茶色い瓶、低級ポーションが大半だが、違う色の瓶も複数混じっている。青い上級ポーションすら数本見え隠れしていて、傭兵とそれに準ずる者の本気の戦いをサポートする気概が見て取れた。
……えぇー……。本当にやんの……?
身体強化を使った俺の拳では、大の男でも一発で吹き飛ぶし、当然殴られた場所は骨も軟部組織もぐちゃぐちゃになるんだぞ。
この女には何の思い入れもない。しかし、その代わり恨みもないわけで。金にもならないのに、初対面の女の顔を潰すのは、流石に嫌なんだけど……。
とはいえ強化を使わないで模造刀と殴り合ったら俺の拳が逝ってしまう。俺は渋々、弱めに強化魔法を使うことにした。
魔法陣が刻まれた懐中時計に魔力を流し始める。
「《Energie erzeugen》」
ところで、この世界における魔術とは、万能の魔法じゃないらしい。少なくとも俺は、無から有を生み出せないし、物理法則を大幅に捻じ曲げることもできない。一定の理論や法則を魔法陣と呪文に落とし込む必要があるのだ。
俺が使う魔術は、突き詰めて言えば全身のミトコンドリアに働きかけるものだ。
ミトコンドリアとは体中の細胞内に存在するATP産生器官。このエネルギー産生効率をアップさせることで、ありとあらゆる体の能力を向上させるのが、身体強化魔術の正体である。普段は敵の強さに応じて働く細胞の割合を変えて出力を調整している。
今回は、とりあえず半分くらいでいいかな……。
気乗りしない俺の呼びかけに応えて、五兆個ほどの細胞が嬉々としてATPを産生し始める。いつものように、力が漲り、思考が晴れ、動体視力も——
「うおっ!?」
瞬間、眼前に鈍い銀色。
アナベルの剣先が、俺の顔面の僅か数センチ先の空気を切った。上がった動体視力で咄嗟に身を引いていなければ、目をやられていただろう。
冷や汗が一筋、頬を伝う。
顎からぽたりと滴る前、息つく暇もなく第二撃が襲い来る。
右、左、左、——速い!
ギルドから貸与された模造刀は、きっと普段の少女の得物よりも重いはずだ。しかしそれを感じさせない軽やかな突き。強化を使っていても見切って避けるので精一杯、この俺が、悪党アルフ様が反撃する余裕がない。
「っ《Energie erzeugen!!》」
やむを得ず、強化魔法の重ねがけ。反応する細胞数を八割まで増やす。生まれた余力で打って出る。刀身の真横から一打——
くるっ
「! チッ」
ガァン!
こちらの思惑が読まれたか、俺の拳が刀身を折るより先に、少女が刃の向きを変えた。この向きの剣を殴るのは分が悪い。咄嗟に手甲で受ける。
「ぐっ」
重い!
軽やかな、スピード重視の剣技かと思えば、一撃一撃に強化した腕でも痺れるほどの重みが乗っている。
——強い!
認めよう、こいつの実績は本物だ!
採用、採用! 掘り出し物を手に入れた気分だ。
雇うと決めたからにはできるだけ、互いに浅い傷でこの試合を終えねばなるまい。ぐちゃぐちゃにひしゃげさせるわけにはいかなくなった。となると、やはり剣をへし折るのが一番なわけだが……真っ向から折りに行ったら、さっきみたいに反応されるよなぁ。
よし、それなら、目隠しをしてみよう。
右手で剣撃を危うくも捌きながら、左手で懐の革製の小袋を取り出し、アナベルの眼前に投げた。
「何だ!?」
ザンッ
アナベルが間髪入れずに小袋をたたっ斬った。袋の中身、白い粉が俺とアナベルの間に舞い、アナベルは咄嗟に後ろに飛んで粉と距離を取る。
「《Wärme erzeugen》」
そこにすかさず、火炎魔術。
ぼんっ! 俺の指先から燃え広がるようにして、小爆発が起こった。小規模の粉塵爆発だ。相手が巻き込まれた手ごたえはない。よし、ちゃんと避けたようだな。
強化中の俺なら、爆発の中をも突っ切れる。さあ、炎に紛れてあいつの剣を――
折りに行こうとしたその瞬間、何かが爆炎を切り裂いた。続いて飛び込んできたのは、アナベル。
「何っ――」
いくら炎を剣圧で払ったからと言って、モーセの十戒じゃあるまいし、炎が綺麗に割れるわけがない。つまりこいつは、火の中に生身で飛び込んできたわけだ。
長い亜麻色のポニーテールの先がところどころ燃えている。柔らかそうな肌が焦げる匂いがする。でもこいつ自身は、そんなこと、気づいてもいない。
模造刀の鈍い切っ先が、俺の喉元に届く。
「チッ」
俺は舌打ちとともに、身を引いて両手を挙げた。
「審査は終了だ。契約は今日からでいいか」
俺の一言を聞き逃さず拾った優秀な受付嬢の掛け声で、終戦が周知された。
***
試合終了後、放っておかれた俺に対し、アナベルには受付嬢やらロイやらが率先して世話を焼き始めた。
「ああ、よりによってこんな、可愛らしいお顔に火傷を。はい、中級ポーションをどうぞ。上級にしときます?」
「いや、正直そんなに手持ちがなくて。低級で十分だよ。痛くもないし」
「いや、中級を使っていいよ。俺たちが出すから。なあアルフ……しかし、ここまで男の風上にも置けない奴だったとはなー」
「うるせえ、火の中に飛び込んだのはそいつの勝手だろうが。……ポーションはこれにしとけ」
何も悪いことはしていないのに、何となくばつが悪い気分で、俺はアナベルに青い瓶を投げ渡した。
「……! 上級ポーションじゃないか! 受け取れないよ、こんなの」
「アルフ、お前、いいとこあるな」
「違う! 右手と頬の火傷、たぶん三度熱傷だ。中級ポーションじゃ治らねえからだよ! 範囲が小さいとはいえ、感染したら働きが落ちるだろ」
これは親切ではなく、貴重な前衛への投資なのだ。
「ありがとう、団長」
だから、こんな花が咲くような笑顔を向けられるようなことでは、ない。顔への血流が上がっている気がするのも気の所為だ。
強化魔術はもう解いたのだから。




