第5話『大地と名犬AI』
※今回、デリケートな内容及び児童虐待の描写があります。
―――――土曜日の昼下がり・・・大地は小声で歌を口ずさみながら、廊下のモップ掛けをしていた。
彼が歌うのはいつも自身が愛してやまないシン・ヒラサワの曲であり、曜日ごとに歌う曲が決まっていた。施設の住人たちの中には、彼がその日歌う歌で曜日を確認する者も少なくない。
「毎度毎度、同じ歌手の曲ばかり・・・たまには流行りのアイドルソングとか歌えばいいものを」
壽賀は階段の方から聞こえてくる大地の歌に対し、ウンザリしたようにぼやく。彼から経理関連の書類を受け取る美景は苦笑いした。
「まあまあ、音痴じゃないだけマシだろう。むしろ上手い方だ。それに、最近は清掃作業ならチロルが付かずともできるようになっている。これは良い傾向だ。」
どーだか、と壽賀は鼻で笑って事務所へ戻っていった。それを見送った美景は大地の歌声を聞きながら呟く。
「皆が皆、他人の事情を理解できるとも限らない・・・ま、これが世のリアルだな。」
その時、スマホに明石からの連絡が入る・・・メッセージを読んだ美景は階段の方へ向かった。
「~♪」
歌を口ずさむ大地・・・そこへ、美景が声をかける。
「大地、〝ヒロ活〟の時間だ。」
「所長、掃除がまだ終わっていません。」
大地はそう返し、掃除を続行する。美景は階段を指さしてこう告げる。
「キリが悪いなら、そこの一番上までやるといい。終わったらモップを片づけて、チロルをつれてすぐにロストルームに来ること。良いな?」
「分かりました。すぐに済ませます。」
大地は掃除を続け、頷く美景は先にロストルームへと向かう。背後から大地の歌声が聞こえ始めた・・・。
『失われし救済』・・・ネット上にひっそりと存在する謎のサイトの名称である。日常において何らかの大きな問題が起きた、起きる予兆を感じた時にこのサイトに相談事を書き込むと、どこからかヒーローが現れる・・・そんな噂があるのだ。
「『隣のアパートから毎日母親の喚き声と子供の泣き声が聞こえるのですが、これって虐待でしょうか?』ですって。虐待じゃなかったらなんだってのよ。児相に言えっての」
サイトの管理人である明石は新たに寄せられた「依頼」を読み上げ、呆れたようにため息をついた。だが、美景は冷静にこう返す。
「だがしかし、普通に訪ねても母親がしらばっくれる可能性がある。その場合、児相の連中は『様子見』とだけ言って何もせず帰ってしまう。それに、下手したら母親は『他者に目を付けられた』という不安やストレスから子供をもっと酷い目に遭わせることだってあり得る。慎重に行かなければ・・・!」
あの~、と洸が挙手した。話を止めるようで申し訳なくも思ったのだが、彼は素朴な疑問をぶつける。
「こういうのって僕たちが首を突っ込む権利なくない?ベリアロイドが関わってるとも限らないし、普通に警察に依頼すればいいと思うんだけど・・・僕だけ?」
「ねえ、洸。警察が有能なら、今頃ロストレンジャーはとっくに解散してるから。」
陽子に呆れたように言われてしまい、洸はウっと口ごもる。このご時世、警察は「マジで」役に立たない。ただ淡々と取り調べして必要だと見なせば容疑者を逮捕する、不必要と判断すればどんな凶悪犯でも厳重注意で済ませる・・・ようは無能である。
その事実を思い出した洸は何も言い返せなくなり、見かねた海香がこう告げる。
「ここ二、三年でトップが変わってからは東京の警察はある程度マシになりつつあるとは聞いてるね。けど、それでもどこかで助けを求めている声は止まないし、救いの手が行き届かないことだってある。根気よくやるしかないのさ。」
助けを求める声があれば、必ずそこへ駆け付ける・・・それが例え小さな声だったとしても、ベリアロイド案件でなくても、である。海香の言葉に美景も頷いていた。
「そういえば、根岸君の姿が見えないな。どうしたんだろう?」
空也の一言に四人は顔を見合わせた。今揃っているメンバーは空也と洸、海香、陽子の四人だけ・・・大地とチロルはまだ来ていなかったのだ。
「ああ、あいつは掃除中だったからな。もうすぐ来るはずだ。」
美景がそう告げた時、ロストルームの扉が開いて大地がチロルを連れてやってきた。
「お待たせしました、来ました。」
『おーっす、フル充電完了だぜ~!』
厳密にいえば「遅刻」をしたにも関わらず、全く悪びれた様子のない大地・・・五人揃ったところで美景が改めて指示を伝えようする。しかし、不意に洸は大地がキョトンとした顔でこちらを見つめていることに気づいた。
「えっと・・・何?」
「ミツル君、怒ってますか?」
「え?いや、別に。でも心配はした、かな。」
洸は気まずそうにそう返す。スッと目を逸らす大地は落ち込んだように両手を胸元に持っていく・・・すると、チロルが大地の首元へ片手をフミフミと押し付けた。
『心配してくれてたんだってよ、洸って良いヤツだな♪』
「・・・はい、ミツル君は優しいです。」
いつもの辛辣で生意気なキャラとは打って変わって、穏やかに語り掛けるチロルの言葉で大地はリラックスしたように笑う。ちなみに、チロルの前足には低反発のしっとりとした素材でできた肉球が付いているのだ。大地が落ち着いたのを見計らい、美景は告げる。
「では、五人揃ったところで本日の作戦の指示をする!・・・現在、明石が特定した住所をコマーンに監視させている。これで虐待の証拠を掴み次第、海香と大地、お前たちに出動してもらう。残りの三人は万が一GAPが絡んでいた場合に備えていてくれ。」
「はい!」「了解です!」「はい」「ああ」「分かりました!」『オッス!』
「・・・・」
不意に黙り込んだ美景・・・五人が首を傾げると、彼は呟いた。
「前から思っていたんだが・・・返事、統一した方がカッコよくないか?」
洸と陽子、チロル、明石は呆れた表情を向け、空也は苦笑いする。海香は冷めた目で美景の肩をしばき、大地は特に気にしていない様子でニコニコ笑って頷いていた・・・。
――――アパートの三階のベランダに張り込んでいるコマーン・・・カーテンは閉め切ってあるが、中の様子はしっかりと記録していた。
コマーンのアイカメラは明石が作り出した特殊なものである。カーテン等で視界が遮断されていても熱や空気の揺らぎを捉えることで撮影を可能にするのだ。また、窓があろうともコマーンの耳はあらゆる音を聞き逃さない。
『ママ、おかえり』
『ちょっと、何で散らかしてんのよ!片付けたばっかりなのに!』
『ごめんなさい、おえかきしてた』
『何よ・・・人が苦労して働いてんのに!あんたは呑気にお絵描き!?いい気なものね、金食い虫のくせに!』
『・・・ママのこと、かいた』
『ああ、うざい!いらないわよ、こんなもの!』
ピシャリと何かを引っ叩く音と紙を破く音、子供の泣き声がコマーンの耳に記録される。そして、その目には泣いている男児と引き出しから何かを取り出し、手首に張り付ける女性の姿が映っていた・・・。
「所長・・・ああは言ってたけど、本当に母親がGAP所持者だった場合はどうすんの?」
明石の問いかけに、美景は「どういうことだ?」と首を傾げた。モニターを操作する明石はホログラムの地図を映し出して拡大しながら説明する。
「アタイが割り出した住所・・・『GAPの密売』が横行してる地域のすぐ近くなのよね。もし変身でもされたらウミちゃんとダイちゃんだけじゃ太刀打ちできないと思うんだけど」
「大人数で出向けば、それこそ怪しまれる。コマーンが虐待の証拠を押さえ次第二人に子供を保護させ、即座にこちらが通報する。それぞれのマインドパワーを上手く使えば、充分こなせるはずだ。」
確かに、子供の救助と保護を優先させるならサポート向きの大地とヒーラーの海香が適任だろう。だいいち、アパートで大暴れすれば周りに甚大な被害が出てしまう。下手に変身して戦うわけにもいかないのだ。
「一応、ベリアロイドが来ても良いように戦場は確保しておくけど・・・待った」
専用のイヤホンを付け、明石はコマーンが先ほど拾った音声を確認する・・・。
『五月蠅いわね。ちょっと叩いただけでピーピーギャーギャーと・・・泣きたいのはこっちなんだけど。もういいわ、それなら』
『ママを怒らせる悪い子には、ちゃんと分からせてやらないと・・・!』
音声を聞き、同時に映像を確認した明石は美景に目配せする。頷いた美景は指示を出す。
「海香、大地、出動だ!!」
「行くよ、大地!・・・大地?」
海香が立ち上がるも、大地からの反応がないことに気づいて眉を顰める。椅子に座ってテーブルに肘をついている大地は何かを呟いていたのだ。
「了解・・・ラジャー・・・オッケー・・・御意・・・イェス・・・」
『ストップ、大地!何考え込んでるんだ~?出動の時間だぞ~?』
チロルが呼びかけると、一旦黙る大地は困ったようにこう返す。
「『返事』を考えています。まだ決まっていません。」
「ちょ、そんなこと真剣に考えてたの!?別に何でも良くない?」
陽子が呆れたように言い、洸も唖然としてしまう。すると、美景は不思議そうな顔をしている大地に告げる。
「すまなかった、大地!それは俺が決めることだった!近いうちに俺が『ロストレンジャーに相応しい返事』を決めておく!だから今は気にせず、安心して任務に出向いてくれ!」
「分かりました。楽しみにしています。」
納得したらしく、大地はチロルを連れて海香と共に出動する・・・それを見送った洸はちょっぴり何かが引っかかったように腕を組んだ。
「うーん・・・差別的なことを言っている自覚がある上での疑問だけど、大地君ってあの調子でよくヒーロー続けて来られたな~って思うのは僕だけ?」
「大丈夫、それは私も何回も思ってたから。疾患のあるヒーローなんてポリコレ映画でも見たこと無いもん。」
陽子は相変わらず容赦がない・・・だが、これくらいハッキリ断言してくれる方がかえって安心できるのも否定できない。尚、本人がいない状況であることが大前提であるが。
「確かに、最初の頃・・・まだチロ君がいなかった頃は本当に大変だったからね。」
空也も困ったような笑みを浮かべる辺り、本当に「大変」だったようだ。洸は思い切って訊ねてみる。
「大地君、昔はチロル無しでヒーローやってたの?」
やってたよ、と空也はそこまで言って口を噤んだ。教員たるもの、他人の事情を無断で離す権利は自分にはないと考えたのだろう。すると、モニターを見ていた美景が代わりに話し始めた。
「大地の特徴として・・・まず、一定のルーティーンが崩れることを嫌う。朝はキッチリ7時に起きて8時に朝食を食べ、夜は必ず好きなアーティストの曲を聴いた上で11時までには寝る・・・といった具合だ。更に、思ったことをそのまま口に出す故に時々デリカシーのない発言をしてしまう。極度の不安に陥るとパニックを起こす。そして何より、集中力にブレがある。それこそノっていない時は1分ももたない。ヒーローとしては致命的な欠点だ・・・。」
――――半年前のこと・・・ようやく「四人」になったロストレンジャーは以前よりも戦力が増した、と思われた。
パワードハートが反応したことでメンバーに選ばれた大地・・・しかし、現実はそう甘くはなかった。繊細な彼は大きな音や怒鳴り声を極端に嫌い、救助中に別のことに気を取られてしまうこともしばしばあった。
その度に海香たちがフォローに回っていたのだが、彼らにも限界が来ていた。そして、ある時・・・
「っ大地!こっち来て、これ壊して!・・・大地?大地、どこ行ったのよ!?」
凶暴なベリアロイドが出現し、応戦していたロストレンジャー・・・戦いの最中にロスイエローが敵の能力で拘束され、窮地に追いやられた。その際、イエローのサポートに回っていたはずのロスグリーンがいなくなっていた。
あわや、ベリアロイドがロスイエローの足に掴みかかったと同時に、一般人を救助していたロスピンクが間に合ったことで大事は免れた。
「大地、どこ行ってたの?」
戦闘直後、ノコノコと戻ってきたロスグリーンにロスイエローが暗い表情で問いかけた。すると、ロスグリーンは全く悪びれた様子もなくこう返す。
「ツバメがいました。この近くにある飲食店の屋根に巣を作っていました。」
ようは、都会では珍しいツバメが飛んでいるのを見つけたことで、それを追いかけていた・・・ということであった。それを聞いたロスイエローはワナワナと震える。
「何考えてんの?戦闘中だったでしょ?あんたが抜けたせいで、私は・・・私・・・!」
「陽子さん、戦闘は終わった。もう大丈夫だ・・・!」
「?ベリアロイドはもういません、もう終わりました。」
ロスブルーが宥めようとするも、便乗して(悪気なく)話を切り上げようとするロスグリーンの反応に彼女はとうとう怒りを爆発させた。
「やる気ないなら帰ってよ!!何であんたみたいな奴がヒーローになったの!?あんたなんかヒーローじゃない!!いっそのこと、やめちゃってよ!!今すぐに!!」
何らかのトラウマが蘇ったかのように、豹変するロスイエローは怒鳴り散らしてしまう。そのことでようやく事態を重く見たロスグリーンは怯えたように「ゴメンナサイ」と繰り返していた。
そんな修羅場を数人の野次馬が目撃し、彼らに心無い言葉を投げかける。
「何だあれ、障碍児とヒス女がいるヒーロー集団かよ!」「チームワーク、カスすぎねえ?」「やめちまえ~!!」
野次を飛ばされる中、怒りが収まらないロスイエローをロスブルーが必死に止め、ロスピンクは延々と謝り続けるロスグリーンを連れて撤退した・・・。
「限界だよ、カゲ。もうアタシたちじゃ面倒見きれない。」
例の戦闘の後・・・戦闘で怪我をした腕に包帯を巻いてある海香は美景に相談した。真剣な表情を向ける美景は問いかける。
「それは、大地にヒーローを辞めてほしいということか?」
「そんなことまで言ってないだろっ・・・アンタが言ってた通り、『根性』の戦士は大地しかいないよ。だけどね、ただでさえアタシたちは手一杯なんだ。人命救助にベリアロイドの討伐、仲間との連携、自己防衛・・・そこに大地のフォローまで加わるなんて、激務にも程がある。」
海香の言葉も御尤もであった。フーとため息をつく美景は彼女に告げる。
「お前たちの負担を考えてやれず、すまなかった。俺の配慮が足りなかった・・・確かに、今のままでは不味い。連携や信頼がままならないチームはいつか崩壊する。何かいい方法を考えなくては」
考え込む美景・・・すると、海香はこんなことを言った。
「大地は与えられた仕事やルーティーン以外で『自分から動く』という行為ができない。それには誰かがついてなきゃいけないんだ。せめて、誰か大地と常に行動してくれるサポーター的な人員はいないのかい?この際、ロボットでも介助犬でも何でもいい・・・!」
「ロボット?」
その時、美景はあることを思い出して口角を上げる。
「海香・・・やはりお前は天才だ!」
「は?」
後日・・・大地はロストルームに呼ばれた。
「来たか、大地!・・・どうした?元気がないじゃないか。」
美景が問いかけると、ションボリした様子の大地は不安そうに尋ねてきた。
「所長・・・僕は負担ですか?僕は、ヒーローになってはいけないですか?」
「(この間の話、聞いていたのか。)いいや、誰もそんなことは言っていない。ただ、今のままではよろしくないのはお前も分かっているはずだ。俺はお前にヒーローでいてほしい・・・だからこそ、今できる最大の改善策を用意した。」
明石があるものを載せた台車を押してくる・・・美景は張り切った様子で、それに被せられた布を剥ぎ取った。
「大地、今日からこいつがお前の相棒だ!」
「?イヌです」
現れたのはフワフワの毛並みの犬だった。ただの犬ではなく、目がモニターにようになった体長30センチほどのロボット犬・・・美景に促され、大地はその犬の鼻を指で押す。指紋認証がされ、そのAIは起動した。
「さあ、挨拶したまえ!『CHIROLU・33』!」
・・・・
『はぁ~~声でっか!そんな気張らなくても聞こえてるっつーのっ』
AI犬・・・チロルは盛大にため息をつき、得意げな美景に文句を言った。それを横目に、明石はウンザリしたように彼へ呟く。
「アタイ、言ったからね?最先端AIで機能性は抜群だけど、如何せん『口が悪くて毒舌家でクソ生意気』って。それこそ、開発者にすら愛想尽かされて廃棄処分予定になってたレベルよ。」
明石の伝手であるAI開発者から譲り受けた、欠陥品のAI・・・それを明石が作ったリアルなロボット犬のボディに装着させたのがチロルであった。
『ケッ、オイラは最先端だぞ~!お前らなんかよりず~っと利口だかんな!で、お前がオイラのユーザーってワケ?使うならちゃんと有効的に使えよな~・・・聞いてる?』
ジッとチロルのことを見つめる大地・・・次の瞬間、彼はパァッと笑顔を浮かべてこう言った。
「チロプ!!チロプです!同じ犬種です!」
『え、いやオイラはチロプじゃなくてCHIROLU』
「チロプ可愛いです、よろしくお願いします!」
『お、おう。もう何でもいいや』
初対面で気に入られ、チロルはタジタジであった。実は・・・大地は子供の頃に「チロル」という名前の愛犬を亡くしていた。CHIROLU・33のモデルと同じシェルティーであり、彼は発音が難しかったことで「チロプ」と呼んでいたのだ。それを美景は事前情報で知っていたのである・・・。
「・・・あれ以来、チロルは大地のお目付け役となった。あいつは大地の判断能力となり、時に自衛となり、またある時は彼の癒しに、友人にもなっている。大地にとってチロルは無くてはならない存在となったんだ。」
美景の口から語られた、大地とチロルの物語・・・「ロスグリーン」はこの二人が揃ってこそ完成する唯一無二のヒーローなのである。
「大地君とチロルは、『二人で一人のヒーロー』ってことなんだね。」
洸に言われ、美景は頷いた。おそらく、大地本人も自分が仲間たちに迷惑をかけていたことを自覚し、苦しんでいただろう。彼にとってチロルは救いであり、自分が「ヒーロー」で有り続けるために必要なパートナーなのだ。
(ひょっとしたらチロルが毒舌家なのは、自分が先に毒を吐くことで大地君が余計な発言をせずに済むようにしてるから・・・なのかもな。)
チロルは大地の心だけでなく「世間体」を守っているも同然、なのかもしれない。洸はそう考えた。
――――撮影を続けるコマーン・・・その目には布団たたきを振りかざす母親の姿が映っており、その耳は母親の喚き声と子供の泣き声を収めている。
ここで、唐突にコマーンは撮影をストップした。インターフォンが鳴ったのだ。舌打ちする母親は布団たたきを置いて玄関へ向かう。
「はい、どちら様?」
『どうも、救助者保護施設の者です。玉城さんのお宅ですね?少々お時間よろしいですか?』
「は?」
渋々扉を開ける母親こと玉城・・・そこには海香がおり、後ろに大地も控えていた。
「あの、何か?」
玉城が怪訝そうな顔で問いかけると、海香は冷静にこう切り出した。
「お宅の部屋から子供の泣き声が頻繁に聞こえると伺いました。何かお困りのようでしたら、お力に」
「っ結構です!帰って下さい!」
玉城はドアを閉めようとするが、海香はそれを掴んで阻止しながら続ける。
「私もシングルで子育てをしているから分かります、大変ですよね。訳あって父親を頼れない場合なんか特に・・・!」
『子供の泣き声が聞こえるのは昼間から午後にかけて・・・夜になると母親が仕事へ出ちゃうから、証拠を取るなら昼間しかないってわけね。』
目的地へ向かう途中、海香は明石と通信して親子に関する情報を聞いていた。海香は呆れたようにため息をつく。
『今時、真夜中に幼い子供を一人にして仕事に出るなんてね。明石サン、例の家に父親はいないのかい?』
海香が尋ねると、明石が先ほど入手した母親の情報を開示する。
『玉城久実、一年前に夫のリストラによる退職を機に離婚。夫からの養育費の支払いはここ数か月滞ってるみたいね。』
『なるほど。虐待の主な原因はそれだろうね。けど、』
だからって子供を酷い目に遭わせていい理由にはならない・・・!
同じシングルマザーとして玉城の苦労は理解できるものの、我が子を傷つける精神だけは分からないし絶対に許せない・・・海香はそう考えていた。
「もし貴方がお子さんに手を上げそうになって苦しんでいるというのなら、そうなる前に助けたい。今ならまだ間に合います。救助者保護施設は無償で子育てを支援します、ですからどうか助けを求めて下さい。手遅れになる前に・・・!」
「だからぁ!ほっといてって言ってるでしょ!?」
玉城は苛立ったようにドアを引っ張って閉めようとする・・・ここで、奥から子供の泣き声が聞こえた。サッと青ざめる玉城は振り返って怒鳴り散らす。
「五月蠅いわね!黙っててよ!あんたのせいで誤解されたじゃないの!!」
「・・・そうだな。誰だって誤解するわな。」
何かに気づいた海香はハーっとため息をつき、玉城の腕を掴んだ。狼狽える彼女の袖を下ろすと、そこにはGAPがついていた。
「これは何だい?確か、非合法のヤツだよね?・・・どこで手に入れた?」
「っ知らない。いつの間にかポストに入ってたの、本当よ!」
警察に相談は?と海香が問いかけるも、腕を振りほどこうとする玉城は喚く。
「言ったら逮捕されちゃうかもしれないじゃない!うちは子供がいるのよ!?子供を一人にしろっていうの!?あの子は私がいなきゃ生きていけないの、可愛い盛りなのよ!!」
「ウソです」
突然、大地が玉城の言葉を真っ向から否定する。子供の泣き声が響き渡る中、大地は足早にこう言った。
「貴方は子供を『可愛い』なんて思っていません。普通は子供にあんな言い方しません。ポストに入っていたのもウソです。これまでのGAPの密売は直接本人に渡す手口ばかりです。なぜならGAPをもらえる人は必ず『悪いことをしている人』や『心を壊している人』だからです。貴方の心は壊れています。だからGAPを譲ってもらえたんだと思います。」
間髪入れず言い切られ、玉城は目を泳がせる。それを見た海香は告げた。
「子供を見せな。」
「・・・嫌よ」
首を横に振る玉城・・・その時、居間に繋がる扉が開いた。
「ママぁ・・・」
四歳くらいの痩せた男児が泣きながら姿を現したのだが、恰好はシャツとパンツだけである。そして、その上腕と太腿は痣だらけであった。海香がその姿に愕然としていると、目を見開いた玉城は息子に怒鳴りつける。
「何してんの!出てくんなよ、アタシが捕まるだろ!!言うこと聞け、クソガキ!!」
泣き続ける息子に当たり散らした直後、彼女は人前であることを思い出してハッと我に返る・・・海香は目を細めた。
「それがアンタの本性かい・・・」
ワナワナと震える玉城は腕を振りほどいて後ずさる・・・袖を捲り、呼吸を荒くしながら目を泳がせる。
『もし、その精神安定剤の効きが悪くなったら・・・あるいは窮地に立たされたら・・・その時は、これから教える「ある言葉」を口に出しなさい。良いですか、己の全てを変える変身ワードは』
「『ヒア・トゥルーセルフ』・・・!!」
玉城が変身ワードを口にする。瘴気が舞い、ボロボロのエプロンを纏ったベリアロイドの姿となった。
「こいつ・・・っ子供の前で醜悪な姿になるんじゃないよ、このバカタレ!!行くよ、大地!」
『変身だ~!』「はい、変身します。」
「「『プリーズ!パワード・オン!!』」」
二人はロスピンクとロスグリーンに変身し、ロスピンクは美景に通信を繋げた。
「カゲ、GAP所持者だ!すぐに」
「ワアアアアン!!」
男児が外まで響き渡る声量で泣き叫ぶ。母親が目の前で怪物になったのだ、無理もない。すると、ベリアロイドは泣き続ける息子に対してヒステリックに叫び出した。
「五月蠅い!五月蠅い!泣きたいのはこっちよぉ!何で私ばっかりこんな目に遭うのよぉぉ!!」
次の瞬間、ベリアロイドは息子に向けて手を振りかざす・・・!
「っ大地・・・!!」
ロスピンクは思わず唖然とする。迷わず飛び出したロスグリーンが男児を庇い、代わりにぶん殴られたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」
男児が泣きながら謝る・・・すると、ロスグリーンは彼に目線を合わせてこう言った。
「あなたは悪くありません。悪いのはあなたを虐待したお母さんです。養育費を払わないお父さんです。GAPを渡した人です。だからあなたは絶対に悪くありません。」
そう真っ直ぐ諭され、男児は思わず呆気に取られながらも泣き止んだ。きっと、何もかも自分が悪いのだと長らく錯覚していたのだろう。
「きぃぃ~~~!!全部私のせいだっていうの!?私は被害者よぉぉ!!」
ヒステリックに泣き叫ぶベリアロイドの目から涙が飛び散る。その雫が落ちた箇所が僅かに溶けた・・・酸性の涙らしい。すぐさまチロルが指示を出す。
『シールド!』
「シールド張ります。『ケット・プロテクト!!』」
ヨーヨーをかざし、自分と男児にバリアを張って涙を防ぐ。まるで我儘な子供の用に地団駄を踏んで喚き散らすベリアロイドを見、ロスピンクは美景に告げる。
「カゲ、こいつはアタシたちだけで大丈夫そうだ。ロスレッドだけを寄こして、そっちは通報を頼むよ。」
『分かった。任せたぞ・・・!』
幸いにも、この女はベリアロイドになったのは今回が初めてのようだ。つまり、戦い方も何も知らない状態・・・ちょっと動きを止めてロスレッドが浄化すれば大人しくなるだろう。
「大地、チロル・・・その子を奥へ」
『了解!大地、行くぞ~』「行きましょう」
大地は男児を抱き上げ、奥へ引っ込んでいった。扉が閉まったのを見計らい、ロスピンクはブレスに手をかざした。
「マインドパワー、解放・・・!!」
『マーレクイーン!!』
怪魚の姿となったロスピンクを前にし、ベリアロイドは驚愕して後ずさる。
「ば、化け物!!」
「・・・アンタ、今すぐ鏡見た方が良いよ。」
軽蔑を籠めた皮肉を告げ、ロスピンクはベリアロイドを思いきり平手打ちする・・・。
「ママは?」
『へーきへーき、ちょっと厳重注意するだけだから!それより、オイラはCHIROLU・33!超・高性能AI搭載の犬ドロイドだ!んで、こいつはロスグリーン!正義の味方・ロストレンジャーの一員だ♪』
不安そうな男児にチロルが自己紹介する。突然背中の犬ロボットが喋り出したことで男児は驚くが、少し間をおいて彼も言った。
「たまき、ゆう・・・です」
「ユウ君ですね、よろしくお願いします。ユウ君は、ヒーローが好きなんですか?」
床に落ちている赤い虎がモチーフのヒーローのぬいぐるみを拾うロスグリーンが尋ねると、受け取るユウは小さく頷いて話し始めた。
「これね、まだパパがいっしょにすんでた時にかってもらった。『ズーズーブラザーズ』のズーレッド。いちばん好きなヒーロー・・・でも、ママはヒーローきらいなの。ぼくがヒーローのはなししたら、『そんなものいません』って怒る。」
ションボリと項垂れるユウ・・・ボソッと『夢のねぇ親~』とチロルはぼやくが、不意に目線を合わせて座るロスグリーンはこんなことを言った。
「ヒーローは、います。今、あなたの前にいる僕たちはヒーローです。ヒーローは確かに存在します。」
彼の言葉に、表情を輝かせるユウは期待と不安の籠った目で問いかける。
「ロスグリーン・・・ぼく、大きくなったらヒーローになりたいんだ。なれるかな?」
『なれるって!だって・・・な、大地。ヒーローとは?』
即答するチロルに投げかけられ、ロスグリーンは頷いた。
「はい、ヒーローとは・・・」
『大地、お前にとってのヒーローとは何だ?』
『僕にとっての、ヒーローとは・・・』
「『根性!』です。」
直球な回答にユウが呆気に取られると、ロスグリーンは優しく諭す。
「ユウ君はスゴイです、根性があります。苦しくてもお母さんを慕っていたからです。『そんなものいません』と言われても、夢を捨てなかったからです。だからなれます。いつか必ず、ユウ君はヒーローになれます。」
そう断言され、ユウは目を潤ませながら大きく頷いた。珍しく口を挟まずに聞いていたチロルは小声で呟く。
『おめーもヒーローに相応しい人間だよ、大地・・・!』
『フェニックス・クリーン!』
一方、到着したロスレッドの浄化の光によってベリアロイドは元の姿に戻る・・・GAPが砕け、玉城はその場に倒れ込んだ。
「わざわざ来てもらってすまなかったね、洸」
「良いって、ヒーローとして当然のことをしたまでだよ。」
ロスレッドがそう返した時、数人の警官が玄関の戸を開けた。
「警察です!こちらの家で虐待があったと通報が・・・っ誰だ、あんたたちは!?」
二人のヒーローの姿に警官たちはギョッとし、警戒する。今までずっと警察の目を避けながら活動していたのもあり、ロスレッドは思わず狼狽えそうになる・・・すると、ロスピンクが前に出た。
「お疲れ様です。我々はロストレンジャー、今回の件をそちらに通報しました。ここにいる玉城久実ですが、児童虐待とGAPの所持の疑いがあります。GAPは破壊したので怪人化の心配はありません。後は貴方がたと児相にお任せします。行くよ!」
一通り説明を終え、ロスピンクはロスレッドを連れてロスグリーンがいる部屋の奥へ向かった。
「さあ、今すぐ退却するよ!アンタたちは洸と一緒に来な!」
ロスピンクをベランダに出、地中へと飛び込む・・・ロスレッドも両腕の翼を展開させる。それにロスグリーンが続こうとした時だった。
「ロスグリーン!」
ユウに呼び止められ、ロスグリーンは振り返る。警官たちが部屋に入って来る中、ユウは彼に告げた。
「根性、だよね?ヒーローは、根性だよね!?」
「はい、根性です。ユウ君ならなれます。」
ロスグリーンはそう返し、背中にいるチロルが張り切ったように尻尾を振る。
『ロスグリーン、「やる気上げ」の合言葉っ!根性、根性~』
「っねこんじょー!!」
両方の拳を上げ、声を上げるロスグリーン・・・手を下ろし、警官たちに会釈した彼は飛び上がるロスレッドの足を掴んで共に退散していった。
「何だったんだ、あいつらは?」「知らないのか?最近出没する謎のヒーローだ。自警団だって噂だぞ?」「上が聞いたらどんな顔することやら。気が滅入る・・・!」
唖然とする警官たちは口々に言い合う。その一方で、窓の外を見つめるユウはズーレッドのぬいぐるみを抱き締めつつ、口角を上げて呟いた。
「ありがとう、ロストレンジャー・・・!」
――――夕方、ロストルームにて・・・
「あれから母親は警察に連行された。息子のユウ君は児相に保護されたみたいだし、まずは一安心ってとこだね。」
海香は待機していたメンバーにそう告げ、ロストルームを後にした。娘の幼稚園のお迎えに向かったのだ。空也が入れたドリンクを飲みながら話を聞いていた陽子は遠い目をし、密かに呟く。
「虐待親なんて、一生ムショから出て来なきゃいいのに」
「ともかく!母親がまだGAPを使いこなせていなかったのは不幸中の幸いだ。海香も洸も大地もよくやってくれ・・・大地?」
美景は首を傾げる・・・さっきまでいたはずの大地がいなくなっているのだ。時計を確認した彼はあることを思い出す。
「ああ、そうか!今日は土曜の五時か・・・!」
「土曜の五時?大地君、どっか行くの?」
洸が問いかけると、彼にドリンクを差し出す空也が話し始めた。
「お母さんを待ってるんだよ。毎週土曜日に、同じ時間に、同じ場所でね。ここに連れて来られた四年前から、ずっと・・・本当に迎えに来るかも分からないのに、健気だよね。」
「そうなんだ。信じてるんだね、お母さんのこと。辛抱強く・・・!」
だからこそ、彼は「根性」の戦士に選ばれたのだろう。心を打たれる洸はそう感じた。
『大地、しばらくここで暮らしてね。所長さんや皆さんの言うことをしっかり聞いてね。約束する。ママ、いつか同じ時間に必ず迎えに来るから・・・!』
『今日も来なかったな~』
夕方六時すぎ・・・玄関に座っている大地の隣で、チロルはそう言った。これが「待つのをやめる合図」なのだ。
「来ませんでした。また来週。」
『おう!また来週、な♪』
大地はチロルを抱えて立ち上がる。好きなアーティストの曲を鼻歌で口ずさみながら、彼は玄関を後にするのだった・・・。
〖ベリアロイドfile〗
ベリアロイド№0052『ヒスヒスマザー』
変身者:玉城久実
モチーフ:エプロン
罪状:児童虐待
末路:懲役刑(息子は児童養護施設へ)
・シングルマザー。夫からの養育費が途絶えたことで、息子のユウを八つ当たりで日常的に虐待するようになった。
・「自分は世界で一番不幸な女」だとマジで思っている。




