32. マテューとイヴァンの勝負
「イヴァン、シャルロットが城でいる間に皇后の取り巻きが毒殺されたとか。しかも皇后はシャルロットの毒が原因だと宣ったそうだな。」
「はい。すぐにその楽士に解毒薬を飲ませましたが効きませんでした。それに、死に様が私やお嬢様の毒の効果とは思えぬほどに苦しそうなものでした。皇后がお嬢様を陥れようと毒を盛ったことは間違いないかと。」
シャルロットは久しぶりに辺境伯夫人と弟マテューとともにお茶会を楽しんでいる。
イヴァンは辺境伯の執務室でシャルロットについての報告を行っていた。
「皇后は自らが扱いやすいミゲル皇子を次期皇帝にと望んでいるのだろうが、陛下はいくらミゲル皇子が実子とはいえヴィンセント皇太子以外に皇位を譲るつもりはないようだ。」
「なぜ皇帝陛下はあそこまで皇后の横暴を許すのでしょう?此度の楽士の件についても特に何も動きはないのです。」
シャルロットが皇后に陥れられたということは明白で、皇太子も皇帝に調査を進言したそうだが皇帝は皇后に事情を聞くこともしなかったという。
「陛下は昔から皇后にだけは甘いのだ。なぜあのように皇后のことについては判断を誤られるのか不思議でならないが。そのことについて話したこともあるが、皇后の話になると曖昧に言葉を濁されるのだ。」
「お嬢様が教育係のナタリー夫人から聞いたところによれば、皇帝陛下が皇后の母国を訪れた際に一目惚れをしてそのまま縁が結ばれたと聞きましたが。」
「そうだ。バーテルス国の姫君であった皇后は、バーテルス国主催の皇帝陛下をもてなす宴会の場で初めて陛下と出会ったそうだが、そこですぐに愛を誓い合ったと聞いている。」
辺境伯は皇帝とは旧知の友であるが、皇后の存在については幾度となく皇帝を諫めてきたが効果はなかった。
「皇帝陛下も世間では賢帝と呼ばれてらっしゃるが、女の扱いについては本物の愚者ですね。できればお早く皇太子殿下に皇帝の座をお譲りになられて隠居なされた方が国のためにもなるかと。」
「相変わらず手厳しいな。」
辺境伯は不敬な事をサラリと話す従者の青年を諭す事なく苦笑いをしただけであった。
「マテュー、貴方随分と強くなったのね。」
「はい。騎士たちと毎日訓練をしていますから。最近では試合で勝つ事も増えたのですよ。」
辺境伯領の騎士団の訓練場でシャルロットはマテューと騎士の戦いぶりを見て、弟の目覚ましい成長に驚いた。
「偉いわね。ねえイヴァン、貴方最近は城の中でのんびりしてるばかりだからマテューに負けてしまうのではないの?」
「イヴァン、僕と勝負しよう。お姉様を守る為にはイヴァンは強くないと。僕に負けるようではダメだよ。」
マテューはまだまだ姉であるシャルロットのことが大好きな甘えん坊で、シャルロットの前だ良いところを見せようとイヴァンに戦いを挑んだ。
「坊っちゃま。まだまだ私には勝てませんよ。お怪我をなさいますからやめた方が……。」
「あー!イヴァン!自分がお姉様の目の前で恥をかくのが嫌なんだろう。お前も辺境の者ならば、逃げずに戦え!」
「それならば構いませんが、もし私が勝ったら何か頂けるのですか?」
「えっ!まあ僕が負けることはないからな。何が欲しいんだ?」
乗り気になったイヴァンに少し不安になった様子のマテューだったが、大好きな姉の前では強がってしまうところがまだまだ幼さの残る少年であった。
「それでは勝った方にはお嬢様の口づけを。」
イヴァンは自分の頬に指をさして、その整った顔で花が咲くように頬を緩ませた。




