31.辺境の地で
「姉上!お久しぶりです!」
「マテュー!元気にしてた?随分と大きくなったわね。もう私よりも大きいんじゃない?」
「はい、毎日騎士たちと訓練をしていますからね。体作りも僕の仕事のようなものです。」
久しぶりに会った弟マテューはシャルロットよりも背が高く逞しくなっていた。
そんなマテューをシャルロットは頼もしく思って、この弟がいれば辺境の地がこれからも平和であることを確信した。
「シャルロット、久しぶりね。なんだか貴女はとても綺麗になったわ。やはり恋をすると違うのね。」
「お母様、きっとイヴァンと皇太子殿下のお陰で身体から毒が抜けましたからそれでそのように見えるのです。」
「いいえ、きっと恋をしたからよ。毒が抜けたと言うことはもう口づけくらいはしたのかしら?」
「へ?な、なにをおっしゃってるんですか!」
「奥様、恙無く終えております。」
「イヴァン!何言ってるの!」
辺境伯夫人は相変わらず明け透けにものを言って、シャルロットを動揺させた。
イヴァンの返答に満足げに頷いた辺境伯夫人は、娘の幸せを自分のことのように噛み締めていた。
「シャルロット!イヴァン!おかえり!」
遅れてサロンへ入ってきた辺境伯は、娘と従者に同じように声を掛けた。
この辺境伯は幼い頃に連れ帰った娘と従者をとても可愛がっていたからだ。
「お父様!ごめんなさい。嘘でもお父様をご病気にしてしまったわ。」
「辺境伯様。ただいま戻りました。」
二人の穏やかな表情を見て、辺境伯は城での生活がそう悪いものでもないのかと思い一安心した。
「あの皇太子殿下はそうでもしなければお前を城から出さなかっただろう。いかんせん独占欲が強いのは誰に似たのか……。陛下はそんなことはないというのにな。」
「久しぶりに皆に会えて嬉しいです。お父様、私もう猛毒令嬢ではないのですよ。皇太子殿下とイヴァンが血清を作って治してくれたのです。」
「イヴァンの手紙で聞いた時には嬉しくて思わず泣いてしまったよ。よかったな。イヴァン、改めて礼を言う。ありがとう。」
「私はお嬢様のためでしたらこの程度の努力は惜しみません。それも、皇太子殿下のお力添えがあってこそです。」
「うむ。それでもイヴァンには私たちは感謝してもしきれんよ。シャルロットが心穏やかに過ごせたのは、お前がいたからだ。」
辺境伯と夫人はそれぞれイヴァンに笑顔を向けた。
イヴァンは、このシャルロットの家族が自分のことを大切にしてくれていることを再度実感した。
未だ猛毒を身体に宿す身にも関わらず、昔から自然に接してくれるこの人たちの傍でいられたことに感謝した。
「これからもお嬢様を必ずお守りします。」
「頼んだぞ。」
辺境伯はこの青年がまだ幼い顔立ちをしていた頃にシャルロットを自分のところへと連れて来た時のことを思い起こしていた。
シャルロットが生きているのかどうかさえ分からない状態で、それでも諦めずに様々な地で娘の情報を探したあの頃。
たまたま帝都騎士団の演習のためにあの駐屯地へ出向いていたことは今となっては辺境伯最大の僥倖であった。
幼い女子を連れて自分の目の前に現れたのは、まだ子どもらしさを残す年頃のはずだが、どこか仄暗い印象の少年だった。
そして我が子を連れて来たと話す少年は、二人を攫った女は強盗に殺害されたと言った。
確かに騎士団が女の店に向かった時には強盗に遭ったかのような惨劇ではあったが、後から考えてみればそのようにタイミング良く事が起こるだろうかと疑問に思ったこともある。
しかし少年はシャルロットを救ってくれたのだ。
そして今も愛娘の為に血清を作り、娘を猛毒令嬢から普通の幸せを望める身体へと戻してくれた。
それだけで、このイヴァンの罪は神も許されるであろうと。
元々何の罪もないイヴァンが、女に攫われ猛毒に侵されたのだ。
シャルロットを助ける為にその女を殺したところで誰がそれを責められよう。
辺境伯である自分もこの国を守る為国境を守る為に、それぞれに家族がいるであろう他国の人間を数えきれぬほど殺してきたのだから。
辺境伯はこの従者の青年が、シャルロットと同じように幸せになってくれることを心から願っていた。




