17. シーハン、傍にいて
翌日、シャルロットの部屋を皇太子が訪れた。
皇太子は婚約を交わしてからというものシャルロットと積極的に親交を深めてきたので、シャルロットも皇太子に初めて会った時に比べれば随分と打ち解けてきていた。
「シャルロット嬢、昨日の出来事を先程聞いた。大丈夫か?」
「皇太子殿下、私が毒を含んだわけではありませんから大丈夫です。」
「いや、そうではなくて其方が心を痛めているのではと心配なのだ。」
このシャルロットに甘い皇太子は昨日の出来事をたった今聞いたばかりにも関わらずすぐに部屋を訪れてくれたのだ。
そのことをシャルロットは素直に嬉しく思った。
「殿下、お話があるのです。お時間宜しいでしょうか?」
「勿論だ。」
シャルロットは皇太子に座るよう勧め、深呼吸を一度行った。
「殿下、私との婚約は破棄なさいませ。やはり猛毒令嬢など、皇太子妃に相応しくありません。」
皇太子にとっては思いもよらない言葉を、シャルロットは一息に伝えた。
「皇后に何か言われたのか?」
シャルロットに優しい眼差しを向ける普段と違い、今は冷たく感じる灰銀の瞳を細めて問い詰めた。
「それは関係ないのです。私という存在によって一人の人間が亡くなってしまったことに変わりはありません。やはり殿下には普通の令嬢が妃になることが一番宜しいのです。」
「其方の気持ちはどうなんだ?私のことを好いてはくれていないのか?」
シャルロットは今まで皇太子に明確な気持ちを伝えた事はなかった。
その態度は好意を示していても、言葉にしたことはなかったのだ。
「……私は皇帝陛下の勅令により殿下の婚約者となり、ここに居るのです。」
ここにきてもシャルロットは自分の正直な気持ちを話すことはしなかった。
ただ勅令が故にここにいるのだと告げた。
「それでは私のことを想ってくれてはいないと?」
「はい。殿下は素晴らしいお方です。私のような猛毒令嬢には似つかわしくありません。」
イヴァンは黙ってシャルロットの言葉を聞いていた。
確かにシャルロットは皇太子に好意を抱いており、それは最早愛していると言っても過言ではないほどにシャルロットの中で皇太子の存在は大きなものになっているというのに、それでもそれを言葉にしないシャルロットを静かに見守っていた。
「殿下、私と婚約破棄なさいませ。」
シャルロットはその神秘的な瞳を真っ直ぐに殿下の怜悧な瞳へ向けてはっきりと言い切った。
「そのようなことはしない。絶対にだ。」
シャルロットは思いがけず強い意志を持った皇太子の声に言葉を失った。
この自分に優しい皇太子ならば、結局は願いを聞いてくれると思い込んでいたからかも知れない。
「殿下……。」
「そのようにシャルロット嬢を思い詰めさせてしまったことを詫びよう。今日のところはこれで失礼する。また会いに来るよ。」
さらに続けようとするシャルロットの言葉を遮り、その肩をポンポンと勇気づけるように軽く叩いた皇太子は部屋を出て行った。
「イヴァン、殿下に私の言葉は全く届かなかったわね。」
「お嬢様、お嬢様の本心ではないお言葉などあの皇太子殿下には届きませんよ。」
シャルロットはそう答えたイヴァンを睨みつけた。
いくらシャルロットが睨みつけたとしても、イヴァンにとっては可愛らしいと思うだけで全く怖くもなかったが。
「そのように可愛らしく睨みつけてもダメですよ。なぜお嬢様の正直なお気持ちをお伝えにならないのです?」
「なによ、正直な気持ちって。」
「殿下のことを愛していらっしゃるでしょう。」
元々辺境の地で独り身のまま、弟のマテューの補助でもしてイヴァンとワイワイ言いつつ一生を終えようと考えていたシャルロットは、まさか自分が誰かを異性として愛するようになり、その妻となる機会を与えられることとなるなど少し前ならば想像もしていなかったことであった。
「愛していても私は駄目よ。猛毒令嬢はやはり幸せにはなれないわ。」
「皇太子殿下はそのようなこと承知でお嬢様のことを愛してらっしゃるのですよ。」
「もう、私はイヴァンが居てくれたらそれでいいわ。」
シャルロットは普段から明るく前向きで、イヴァンにも明け透けな態度だった。
しかし此度ばかりは、色が複雑に混じり合った瞳に涙を溜めて昔シャオリンだった時のようにイヴァンに傍にいて欲しいと訴えたのだ。




