12. とんだ食わせ者皇太子
その日は辺境伯と辺境伯夫人、シャルロット、そしてイヴァンで婚約の儀を執り行うために城へと向かった。
婚約の儀は決められた書類に双方がサインを行うという簡単なもので、その後は親睦を深める為という名目でお茶会が開かれることとなった。
その場に皇后は居らず、その理由は後ほど皇帝の口から語られることとなった。
「ユーゴ、此度の婚約は急な話で悪かったな。夫人も、シャルロット嬢も驚いただろう。だが皇太子がどうしてもと言うのでな。シャルロット嬢との婚姻を認めないならば皇位継承権を放棄するなどと言って儂を困らせおって。」
賢帝と呼ばれ威厳ある皇帝も、皇太子には弱いところもあるようで皇后の反対を珍しく押し切る形でシャルロットを皇太子妃にすべく勅令を発したと言う。
それにより、皇后は今日は自室から出てこないということだ。
「陛下、皇太子殿下。恐れながら、私どもの娘はご存知の通り猛毒令嬢と呼ばれております。身体の毒を抜くために何年も解毒薬を服用しておりますが、未だ毒は抜けきっておりません。故に娘の体液に触れるなどした場合には例え故意でなくとも毒される恐れがあるのです。それでも娘を望まれたのは何故なのか、お教えいただきたいのです。」
「ふむ。ユーゴの心配ももっともな事だ。皇太子よ、お前からきちんと説明せよ。儂は……少し席を外す。」
辺境伯の問いに対して、皇帝は皇太子の返答が自分にとっては居心地の悪い内容になることを分かっており席を外した。
「ユーゴ殿、此度の婚約については突然の申し出を受けてくださり感謝いたします。」
「陛下の勅令を発するなど、些か大袈裟ではないですか?」
「そう思われますか?私はそれほどシャルロット嬢のことを望んでいるのです。まず彼女の美しい所作と見目に心奪われました。そして、猛毒令嬢などと呼ばれているほどに身体に毒を蓄えている。体液によって毒されるということは不貞を働くことは相手にとって命懸けとなります。きっとシャルロット嬢は無闇矢鱈と他人を傷つける方ではないでしょうからそのような不義は働かないでしょう。私は何より貞淑な妃を求めているのです。母上のような好色な妃など真平なのでね。」
辺境伯はこの国の皇后が好色家であるということは昔皇帝から聞き及んでいたし、皇太子と末の皇子の他には種違いの皇子たちだということも知っていた。
それでも皇帝が皇后を傍におくならば仕方ないと思っていたが、皇太子がここまで皇后を忌避しているとは思っていなかった。
好色な皇后を忌避した結果、とても極端な選択ではあるが猛毒令嬢と呼ばれる辺境伯の娘を妃にと選んだというのだ。
「なるほど。娘のことは毒のことを抜きにしても好いてくださっていると考えてよろしいか?」
「もちろんだ。あのデビュタントの日、私は挨拶に来たシャルロット嬢に一目で心惹かれたのだから。」
そう言って皇族らしい優美さであるが何処か熱のこもった笑顔をシャルロットへと向けた皇太子は、やはりとんでもない策士だった。
毒のことなど所詮後付けの理由に過ぎない。
ただ、一目惚れした令嬢を手に入れるために。
その令嬢がたまたま猛毒令嬢などと呼ばれていたから、それを利用して母である皇后の数々の不貞をかさに皇帝を責め、勅令での婚約にこぎつけたのだ。
この聡い皇太子であれば異国の毒は毒耐性のある自分にさえ毒となりえると知っているはずで。
それを分かっていても一目で心惹かれたシャルロットを選んだのだ。
その巧みな策略に気づいたのは、皇太子と同じく性根の曲がったイヴァンだけだった。
「そこまでお嬢様のことを想ってくださるのであれば。」
イヴァンは口の中で声にはならない声で独りごちた。
それならば、遠慮なくシャルロットの身体の毒を抜くことができるとイヴァンは思う。
皇太子が毒を身体に宿したままの皇太子妃を望むならばシャルロットの解毒は思うようには進められないこととなる。
イヴァンは自分の半身であるようなシャルロットには普通の人としての幸せを、彼女から毒を抜き猛毒令嬢などではなく一人の女性としての幸せを送れるよう切願していたのだから。
「しかし殿下、たとえシャルロットが皇太子妃となっても暫くはお子は望めませんぞ。シャルロットの身体の毒はイヴァンの作る解毒薬で随分と薄まっておりますが、それでもまだ脅威なのです。」
「子のことなどかまいませんよ。私も暫くはシャルロット嬢と二人の生活を大切にしたいので。陛下もそれは分かってらっしゃいます。それと、そのことでイヴァン殿と二人だけで話をしたいと思うのだが宜しいか?」
シャルロットを含めた辺境伯家の人々は皆驚いた顔つきをしてイヴァンを見やったが、当のイヴァンは相変わらずの無表情で皇太子の申し出に頷いた。
「承知いたしました。」




