11. 巨大な熊と狼と
あれから暫くして、やはりデュバル辺境伯家に皇室から勅令が発された。
『ユーゴ・ド・デュバルが長女シャルロット・ド・デュバルをグベール帝国皇太子であるヴィンセント・ル・グベールの婚約者とすべし。』
「皇太子殿下は、結局私とお父様の返事を待ってくれるわけではなかったのね。」
勅令を受けて辺境伯家のサロンでは家族会議が行われていた。
「それが……陛下に確認したところ、皇太子殿下が『デビュタントであのように美しい姿を晒してしまった以上、どこの馬の骨に取られてしまうかと気が気ではない。』と陛下に勅令を促したそうだ。」
知力も武力も兼ね備え百戦錬磨と言われる辺境伯も、娘のこととなれば体を縮こませ頭を悩ませることもあるらしい。
「姉上、皇太子妃に選ばれるなど大変名誉なことではありませんか。」
十三歳になったシャルロットの弟マテューは辺境伯家の血統を示す複数色の瞳を煌めかせて、嬉しそうに声をあげた。
「マテュー、私が猛毒令嬢でなければ喜んでいたかも知れないわ。」
「でも姉上の毒でこの領内でもこの邸でも死んだものはいません。それならば皇太子殿下も大丈夫ではないですか。」
「それは……私が十分に気をつけているのと、家族や使用人とはあまり濃厚な接触をしないから……。」
まだ閨教育を受けておらず、男女の営みが何たるかを知らないマテューは家族や使用人たちが大丈夫なのだからと無邪気に言うのだった。
「だが、皇太子殿下も幼い頃から毒には耐性があるはずだ。」
「お父様、私やイヴァンの毒は異国の毒です。もし皇太子殿下に耐性がなければそれこそ一大事ではないですか。辺境伯家は皇太子殿下毒殺の罪を負わなければならなくなるのですよ。」
頭を抱えてしまった辺境伯を隣に座る妻がポンポンと背中を撫でて落ち着かせている。
「ねえ、シャルロット。きっと皇太子殿下は聡明なお方だからそのようなことも考えてくれているはずよ。それに、イヴァンが作る解毒薬をもう何年も飲んでいるのですから。随分と毒は抜けているのではなくて?」
「お母様、それを確かめる術がありません。」
あのトンデモ理論の皇太子が本当に聡明なお方なのかどうかは怪しいところだと感じたシャルロットではあったが、辺境伯夫人である母の言葉に確かな答えを返せないでいた。
自分の中の猛毒がどの程度なのかを確かめる術がないから。
「それについてですが、僭越ながら宜しいでしょうか。」
いつもシャルロットの傍に控えているイヴァンは、普段は家族の会話に口を挟んだりなどしないものの今日ばかりは声をあげた。
「お嬢様の毒は随分と抜けてきております。数年前に確かめた際には巨大な熊をも倒すほどでしたが、先日確かめた際には狼を倒すのにも少しばかり時間がかかっておりました。」
「イヴァン。貴方いつの間にそんなことをしてたの?それにどうやって確かめたのよ?」
シャルロットには巨大な熊とも狼とも出会った記憶はない。
「寝ているお嬢様の指の先から少しばかり血液をいただきました。それを餌に紛れ込ませて確かめたのです。」
「貴方って本当に気持ち悪いところがあるわよね。勝手に人の血液を取るのをやめてくれる?」
心底気持ち悪そうな顔を見せながらもシャルロットは少しばかり希望が持てたような明るい眼差しをしていた。
「申し訳ございません。お嬢様の体調管理と心の配慮は私の勤めと思っておりますので、定期的に確かめておりました。」
シャルロット可愛さ故に完璧であろうとする従者は他から見れば異様かも知れない。
それでも生まれた時から過酷な環境で育てられ、今のマテューの年頃の頃には男娼のようなことをさせられながら暗殺を強制されていたこのイヴァンは、本心から自分と同じ境遇で共に育ったシャルロットのことを大切に思っているのであった。
「まあ、経緯はどうであれシャルロットの体内の毒が薄まってきているということが分かったのは朗報だ。どちらにせよ皇太子殿下が望んでいることにはこちらは断ることもできない。」
「あら、それでは皇太子殿下にも解毒薬をお飲みいただいたらどうかしら?それならば子を成すことも可能ではなくて?」
辺境伯夫人はおっとりとした性格ではあったが割と明け透けに物を言う人でもあった。
「奥様、それは難しいかと思います。あの解毒薬でさえ毒と表裏一体なのです。異国の薬は強力で私やお嬢様のような体質であれば薬になりますが皇太子殿下にとっては毒薬にもなりえます。そこは慎重にならねばならないかと。」
「あらあら、そうなの。ではシャルロットの毒がもう少し薄まるまで、お子はお待ちいただくしかないわね。」
「そういうことでございます。」
もはや婚約者になるだのならないだのという話ではなく、子作りの話にまで飛躍していることにシャルロットは頭を痛めた。




