10. 初めての気持ち
「ねえ、イヴァンどう思う?皇太子殿下は毒に耐性があるとおっしゃったけれど、私たちの身体の毒は主に異国のものなんでしょう?それなら皇太子殿下に耐性があるとは思えないんだけど。」
シャルロットは自室で軽食をつまみながらイヴァンへ問う。
デビュタントでは予想外の出来事のせいで美味しそうな料理も喉を通らず、今になってお腹が減ってきた為イヴァンの準備したサンドイッチを次々と口に運んでいる。
「そうですね。ギョクランの使っていた毒はここから随分と遠い異国のものですから、近隣諸国の毒に耐性があるとはいえ皇太子殿下には私たちの毒への耐性はないかも知れません。」
「それじゃあ私と皇太子殿下の婚約はナシね。」
何のことはない風に言いながらも、シャルロットがほんの少し寂しそうにしたのを鋭いイヴァンは見逃さなかった。
「お嬢様、皇太子殿下のことをお好きなんですか?私に嘘はつかなくとも良いじゃありませんか。」
イヴァンの青紫の瞳は真っ直ぐにシャルロットを見据えた。
「そうね。本当は私も人並みに誰かに愛されることができるのかしらって期待したところはあるわね。それに、皇太子殿下って……。」
「皇太子殿下って?」
「いかにも皇子様って感じですごく美形なんだもの。これはときめいても仕方ないわ。」
シャルロットはイヴァン相手に色恋沙汰の話をすることを照れ臭く感じたのか直接的な表現は避けたものの、イヴァンにすればシャルロットの皇太子への恋情を隠すことはできていなかった。
「お嬢様、私はお嬢様の恋を応援いたしますよ。」
「だから、恋とかじゃないの。勝手に応援しないでよ。」
頬を赤く染めて非難する様は、イヴァンからすれば初めての感情を知って恥じらっているようにしか見えなかった。
幼い頃に理不尽な扱いを受け、身体に猛毒を潜ませた不憫で気の毒なこの娘。
同じ立場でありながら、自分は随分と年上であったにも関わらずなかなか救ってやれなかった負い目があった。
そしてまるで自分の半身又は分身のようにシャルロットを大切に思ってきたイヴァンは、この娘が幸せになることで自分の汚れた手も罪も少しは綺麗になる気がしていた。
己の身体の毒は五臓六腑だけでなく脳まで達し、たとえシャルロットの言いつけ通りに日々解毒薬を飲んだとしても、身体から毒が抜けることはないと毒と解毒薬を作ったギョクラン本人から聞いて知っていた。
だがシャルロットは……、手遅れになる前にイヴァンが連れ出しそれ以降は毎日欠かさず解毒薬を飲んでいる。
その解毒薬とは、ギョクランがイヴァンやシャルロットの毒に誤って毒されないようにと毎日欠かさず飲んでいたもの。
あの日ギョクランが作っていたものを持ち出した分と、ギョクランの死んだ時に部屋から持ち出した薬の記録からイヴァンが作り出しているものだ。
「お嬢様、毎日きちんと解毒薬を飲めば少しずつでも身体から毒は抜けているのです。ですからあの皇太子殿下との未来も夢ではないのですよ。」
「イヴァン、何だか今日の貴方は気味が悪いわね。やたらと私を皇太子殿下とくっつけようとするじゃない。」
訝しげな目つきで従者を見やるシャルロットは、今日も卒なく解毒薬を飲んだ。




