『世界』問答
聖杯問答ではありません。
――――悲鳴?
いいえ、歓喜を叫ぶ声色のはず。楽しいって、嬉しいって感情が言葉を追い越していく――――。
そういうものだよね?笑い声、って……。
「あはははははははは‼‼あは、はははははは‼‼」
心の底から可笑しかった。腹底から突き上げた感情が、そのまま空へと消えていくように。
可笑しくて、可笑しくて―――――心地よい。
目の前で無様にも拘束される女神さえ、ここまで愚かなのかと思ったから。
「話、話だって!?うはははは、ははははは!!おかしい、おかしい!さてはエリーシア、私を笑い殺す算段なんだ!?あははは、ははははは……ッ!!ほんっとうに、――――おかしい!!」
描き殴り捨てる紙の様に、勢いを付けてエリーシアを睨み見た。
「話をつければ物事が収束するくらいなら、初めからこんなことにはならなかったんだよ」
「……痛感、しているわ。昔から……」
痛みに耐えるかのように目を伏せたエリーシアを見ていると、なんだか私が弱い者いじめをしているように思えた。笑う種を勢いよく摘んだせいで、今は疲労感に似たものが少しずつ私を襲っている。
「それでも、お願い、お願い泉!!話を聞いて、……お願い。わたしにはそれしか出来ないの……‼」
呆気なく囚われておきながら、私の意志で命を奪われる立場にいながらこの女神は惨めにも私に懇願している。命よりも対話が欲しいと、この女神は容易く私に提示してみせた。
有無を言わさず殺してしまおうと思った。
終わるのだ。その一振りで、私の目的は達成する。冷えていく胴に手を置いて、口を開こうとした時に――――、弱弱しく私を見上げたエリーシアが……今日これまでの前を流れる時間の私に重なった。
弱い、私に。
守られてばかりの、私に。
「……っ、いいよ、話、聞いてあげる。そのかわり傲慢の縛りを解いて」
「……ええ、勿論。ありがとう――――」
エリーシアは言葉による圧を解いた。拘束を解かれた傲慢は身体を擦った後に、私に椅子をどこかから差し出す。エリーシアの前に腰を掛けて、私は女神が何を語るのか、その口を開いてもいいと目で合図を下した。
弱く震えた唇が、開いた。
「……わたしの命と引き換えに、世界を守ることは出来る?」
「出来ない」
「……では、シリウスの命では?」
「出来ない」
「……スワードの命では」
「――出来ない」
「二つの命を、わたしも差し出すわ。泉の好きに摘み取ってくれて構わない」
「そういうことじゃないの、エリーシア。私はね、湊と実花の命の分の犠牲が欲しいわけじゃない!……わたしが味わった、いいえ、味わっているこの苦痛を、あなた達にも味わって欲しいだけだ」
エリーシアの瞳が私を映して離さない。
「……それならば、やはりわたしに最も近い命を二つ、差し出さないと天秤が傾いてしまうわ」
「……――は」
眉が動く。
苦い液が、頭の中に染みわたる。
「ねえ、泉は世界の杭を引き抜いて、世界を滅びに導いて、何がしたいの。緩やかに落ちていく先は奈落よ、冥府よ、……おまえの妹は、どうするの」
「どうして真理の話をするの」
「必要だからよ。……泉が本当に望んでいること、それを知るために必要な話をしにきたのよ」
―――――言葉が、詰まる。
揺れる心の地盤。強固に固めたはずなのに、揺れている。
「わたしの因果が、泉に降りかかってしまった。それは釈明の余地が無いわ。……けれど、泉が今していることは――本当に、泉が望んでいることなの?」
「当たり前、でしょ。私の世界を奪ったお前達を、同じ目に遭わせてやらないと気がすまない!!」
「同じ目って、なに?」
「―――ふざけるのも大概にしてッ!!私の世界は実花と湊だった!!お前の世界は、この世界!!お前達が護りたい世界を殺す方法が、大罪を蘇らせることだって今の私にはわかるんだよ!!だから壊すの、だから殺すの……‼!!そうしたら、そしたら、きっと、人間は……‼」
エリーシアがその瞳を柔らかく細めた。まるで、哀れなる者を見るように。
「――――ええ、天界は三千世界の柱。崩れたのなら、泉の故郷……地球の全ての生物は死に絶えて塵と化すでしょうね」
言葉も無く立ち尽くす私に、エリーシアは目を伏せた。表情も、前髪の影にかくれて読み取れない。
私は静かに前へ出て、唇を開いた。
「決めつけるな。……死した女神に、人の世の行く末など決める権利は無い」
その目が開く。
聞き入れたくなかった言葉だと、目が語る!
「どうして人間は神が居ないと生きられないと言うの!?どうして天界が無いと人間界は成り立たないと言うの!?幸せは、神々と共に在るなんて語りながら、人間に幸せなんて注がないくせに!!もう、いい加減にして。―――幸福を奪われた私からしたら、神は地獄を連れてくる者達だよ……」
肺を有さない私に、切れる呼吸など無い。しかし、人間であることに魂が慣れてしまっているが故に私は肩で酸素を欲した。
そして、私は尚続ける。
「……ねえ、エリーシアはどうして世界を続けたいの?穢されたのに、裏切られたのに。ここはもう、あなたの世界じゃないんだよ?あなたも私と同じ……奪われた側なのに」
「それは……。わたしは、目覚め時にこの世界を抱いていたの。解いて、広げて、歴史を綴った。……わたしはエリーシア。わたしはミストレス……」
徐々に声を小さくするエリーシアの言葉が、最後まで私に届かない。ただ、確実に弱っていることだけは見て取れる。
そうか。そうだった。この女神も、愛おしい者に裏切られたのだ。ならば抱きしめてあげないと。共に命を―――共有する者として、手を繋いでいてあげないと。
「嗚呼、可哀想なエリーシア。その悲しみに寄り添って欲しかったんだよね。だから、器であるわたしを……」
「泉は器ではないわ……」
「……わかってる。同じ魂を持つ私に、手を取れと言ったんだよね」
近づいて、抱きしめた。
抵抗する意思を感じない細い身体を抱きしめて、私は負を纏う。
探している。
私はエリーシアに眠る大罪の炎を、探している。深く深く奥をまさぐって、冷静なふりをしている狂気へと手を伸ばす。
嗚呼、ねえ、ほら。こんなに大きな感情が隠れずに此処にあるよ?
ねえ、エリーシア。あなたもこんなに重い悲しみを、背負って―――――、な、何!?
腕を掴まれた。強い力、エリーシアの拘束は?外れて……っ‼
鈍色の瞳が私を覗き込む。大波のように、私に被さる狂気を――――。
「愛しているから!生も死も、正義も悪も、喜びも悲しみも、全て、全て愛しているから!……だから、護るのは、世界を続けることは……わたし達の責任だわ」
帯びているようには見えなかった。瞳が帯びているのは、唯々"そう思うことこそ正解"と語り気な眼差しだけ。
―――――見つけた。
これこそが、エリーシアの深奥で燃える大罪の種火だ。愛に殺された女が抱くに相応しい罪の炎だ!
「エリーシアはさ、」
掴まれた腕を引いて、エリーシアに更に近づいた。鼻が触れ合う距離で私は女神を嘲笑う。
「愛するものに殺された現実を、忘れられないでしょ?だってあなたは、―――シリウスに世界を殺されたんだもん!!」
繰り返し私を襲った幻影は、未だに赤くこの瞳に残っている。
愛を掛けた者に、背後から貫かれた女は事切れる寸前まで何を思うのだろう。
知っている。
この魂に宿るあなたが、私に何度も教えてくれた。
清廉なる瞳に黒を刺した者が、今尚、至高なる玉座に座り世界を蹂躙する様を傍観することなんて出来ない。
愛を数えて、
愛を真似て、
愛を伝えた―――――――――――……そうだ。彼女は、なんども己の闇を、退けようと……。
「それでも……わたし達は、浮上する」
エリーシアは告げる。
鈍色の瞳に、紅を差して。
今月末に卒論の第一回提出日を迎えるので、9月は更新出来るかわからないです。出来たらあと一回はしたいですね……!!!!!!!!!卒論!!!!!!




