揺れる青金、見えぬ紅
「はあ、はあ……っ。―――ううっ、嫌だ、まだ、まだ、やめて!!」
「陛下。どうぞこの傲慢に身を委ねてくださいな。楽になれます」
油断すると、いつもこう。
鮮明に見えていたはずの景色は一瞬で歪んでいく。その隙に私を背後から引きずる手が伸びる。
いつも、そう。
うまくいかない。
悲しくて、悲しくて、自分が情けなくて、許せない。
決めた事を貫くだけなのに。また、無力というだけで簡単に捻じ伏せられてしまうの?抗う力も無意味であると、嘲笑を這いつくばって聞いていればいいの?
いいえ、いいえ、――それだけは断じて看過できない!!
私が証明する。
彼と彼女の願いの成就を、この私が成し遂げる。どんなに堕ちても、どんなに足蹴にされても。どんなに醜くても―――――あなた達の願いは、確かに私に届けられたんだよ。
「ごめんね……湊、実花……」
安心して、どうか眠って。
私は――、
「陛下の嘆きは当然なもの。嗚呼、可哀想な陛下……悲しい、悲しいこと……本当に」
――――この世界を、あなた達を奪った世界を、粉々に踏みつけてやる。
嫉妬は及ばなかった。仕方ない、これを悔いても何も生まない。
あの子は私に先を示すものだ。……そうだ、まだ杭はある。私の願望に相応しき大罪を引くまで、私は声を掛け続ければいい。
目覚めを、促すのだ。
「……残る大罪は?」
「残る大罪三人。……怠惰、強欲、色欲でございます」
「……怠惰は、確かあの時の……」
嫉妬と共に並べられた者だ。
「ええ、そうです。怠惰は忘却と喪失を誘う者。あなたを楽にしてさしあげると依然、言いました」
私は首を振った。――彼は起こさない。その時は、いまでは無い。
楽になんて成らない。必要ない。私は、楽になってはいけない。
傲慢に預けていた身を起こす。その足で、私は強欲と色欲の像があるであろう合間に立つ。
息を吸って、瞳を閉じた。……感じる。微睡みに沈む彼女達の姿を。また、感じる。対の二人が抵抗する意思を。
「……アルピリさん」
その瞳は、命の色をしていた。
意識がいつ浮上したかは知らない。知る必要もないが、その強い反抗を示す瞳が私を射抜かんとしている。
「嬢ちゃん。……抗わなくていい」
「そうですね。私の自分の心に従っていますよ」
「違う」
強い声だった。私が目を細めると、竜は怯えもせずにまだ口を開く。
「本当の、自分の声に従え」
「――そうですか、ええ、わかりました、そうします!!傲慢!!」
火に油を注ぐとは竜はなんと愚かな生き物か。
なぜ、なぜ私の心を荒立てる?少しは命乞いとかしたらどうなの?この空間では、今は、私が奪う者であなたは奪われる者だ。
湊……。
嗚呼、嗚呼、嫌だ嫌だ嫌だ!!
彼と同じ瞳で私を見ないで。彼と同じ瞳に、この私を映さないで。――上山泉は、もう……深い泉の底に沈めたの!!
「王よ、その御心に従いますわ。故に、私が選び取ります。種を繋ぐ者、繁栄を悪行と断じられた者、――其こそ、命の芽吹き!!連鎖を求められた陛下に彼の者を捧げましょう……さあ、陛下。御心を、我らに下賜くださいな」
アルピリさんに背を向けて、私は頭を垂れる傲慢の下へ歩いて往く。感じる。杭が揺れる音。感じる。杭を留めようとする意志を。
されど、それは無意味。そう――――あなた達の抵抗こそ、無意味なの。
私の心一つで、あなた達は命を落とす。
私も、心を落とす。
叶えて。……同じ絶望を、黒い雨を、傲慢なる神に降らせるために。
傲慢を見下ろした。粛々と私に跪き、片手を私に差し出している。そこに剣は無く、ただ空の掌がある。
手を伸ばす―――欲しい、と心が渇くから。満たされるまで啜って、お腹を擦りたい。
触れる、あと少しで、
歪な形の光が差した。
「――――待ちなさい!!」
この空間を殻を弾き飛ばして、風圧と共に――――黄金の髪が揺れる。長い髪が、光を纏って揺れている。
「まさか……まさか……その、姿は……」
有り得ない。
心臓の無い胸が、やけに苦しい。
有り得ない。まさかそんなことが、有り得てなるものか‼
「誰の許しを得てわたしの前に立つか。――跪けッ!!」
覇気とは、このことか。
痛みすら感じた。見違えるはずのない黄金の女から発せられた言葉に、私の前に立っていた傲慢が抵抗も虚しく頭を垂れさせられている。
視界の端で金属が砕けた音がする。視界をやると、鎖の解けたアルピリさんが傲慢と同じように頭を垂れていた。
「エリーシア……!」
「如何にも。この御方こそが、――至高なる我が主、エリーシア様であらせられる」
光で見えなかったが、この殻を破ったのはお前か。聖人にして円卓の騎士たる男――ヨハネ。
エリーシアの横に立ち、傷だらけの姿で威光を放つ。滑稽ね、と笑い飛ばしたくとも出来ない。
私の記憶に刻まれたあの薄ら笑いを浮かべた男とは、似ても似つかぬ清廉たる表情に口を開くことを許されなかった。
許されなかったから、私は動いた。
傲慢を強引にこちらへ向かせた。彼女は冷や汗を頬に浮かべながら驚いていたけれども、見える唇は笑っているようにしか見えない。エリーシアの強制の力……かどうかは知らないが、そういう類のものが効いているのだろう、傲慢は苦しそうにしていた。
「何をしているんですかね、エリーシア陛下は動くことを許可されていません!!」
「お前が私に命令できるとでも!?エリーシア以外は動けるんだ!――お前も動くな!!」
「なっ……!」
傲慢の手を握って、力を込める。深く深くに潜りこんで、炎を探せ。中途半端でもいい、灯でもいい。探せ、探せ……‼
「無駄よ泉。これ以上杭は抜かせないわ」
手首を掴まれた。振り解こうにも、力が、及ばない!!
強引に傲慢の手から引き離されて、私はふらついた。エリーシアは傲慢には目もくれず、私を掴む力を緩めない。
「……――離して。さもなくば、竜の頸を切るよ?」
エリーシアの目が細められる。より一層、私の手首を握るその手に力が入った。
「……‼次は本当に落とすから!!」
ごとり、と大きなものが倒れた音がする。それと同時に香る、血潮。
そうだ。――――首を切ってあげたんだよ、浅くね。
私は本気だと、わかったでしょう。女神様。
そして、私があなたの竜を殺す力を持っていることも、わかったよね。
「あるぴ、り!?」
エリーシアが怯んだ一瞬の隙に、私は入り込んだ。僅かな間隙でいい。その隙に手が入り込んでしまえば、私が優位に立つことなど安易というものだ!!
エリーシアの覇気というものは、例えるなら薄い膜のようなもの。それが身体を覆って口鼻を塞ぐから、息が出来ない。息が出来ないということは、許しを得る為に従わざるを得ない。
覇気が見える私には、その膜を破ることなど造作もない。ただ隙さえ作ってしまえば、手を深く刺し込んで破ればいいだけ。
そう。こうやって。
「あは、あははははは!!なんてザマなの、エリーシア!!この程度の力でわざわざ足を運んでくれてありがとう!!あはははは!殺してくれと言っているようなものだよ!」
私の膜に囚われたエリーシアの顎を掴んで、こちらへ向けさせた。―――紅を失った瞳が、私の紅を反射して薄桃に色づかない。白か、灰色か区別することさえ億劫なその眼は、もうエリーシアという存在に価値を見出していないように思えた。
「動かないで。――あの騎士の首を折ってあげても、いいんだよ」
「っ……‼泉……」
騎士ヨハネもまた、捕えておいた。
なに、あの騎士は。クレーンゲームより遥かに簡単に捕まえられた。先程の威勢は何だったのだろう。よくよく見れば、随分と満身創痍なんだけど。
「意味わかんない。どうして態々敵の本丸に来るわけ?しかも、大した力も無いくせに!ちょっとびっくりした私が馬鹿みたいじゃん……‼」
イラつきに手を離した後、エリーシアは乱れた髪を梳く事さえ叶わずに私を見ていた。
「話を……しにきたの」
「――――……はあ?」
なんて、言ったの。この女。
「このわたしには、もう何の力も無い。お前を倒すためにここに来たわけじゃないわ。……話を、しにきたのよ」
言葉を失った。
ピエロに魅入られた子供が、その手のボールを落とすように。私は言葉を、落としたのだ。
その代わりに。
どうしてかわからないけれど、身を抱える程の、けたたましいほどの笑い声が――――、
響いた。
筆が進む―――――!(歓喜)
先日、カラーマリスっていう乙女ゲームの、ファンディスクの、暗黒面(言い方)編をクリアしました。つらうぃ~~~wwって泣きながらクリアしました。久しぶりのオトメイトで、まあ、流石アムネシア制作陣だなあ、と。深くは語りませんけど……オトメイトはクインロゼを拾ってくれたので……まあこれも深くは語れませんけど……私はペーターさえいれば……いいんです。




