サンダーソニア
「……!陛下!陛下!」
泉が去った悪食の丘で、残された者達は目の前で暴れ狂う大罪と相対していた。負を穢れを身にたっぷりと抱え込んだ化け猫は聖者達の中身を突く。清浄なる丘に大罪が現れただけでも耐え難き行いのであるのに、それが好き勝手暴れまわるなど最早言葉に出来ない有様である。
各々が番犬を取り込んだ化け猫と対峙する中、突然巫女がシリウスへと声を上げた。シリウスは残る円卓を前に出した後、巫女を振り返る。
「何故戻って来た!?聖堂へ引き返せ!」
巫女達には聖堂を守れと伝えているはずなのに、穢れが流出する源に戻ってくる様を忌々し気に見る。巫女は焦る様に頭を下げると、淡々と――焦りは言葉の端に隠せずに――告げた。
「王都に……火の気がございます。燻るは瘴気――あやつではございませぬ、彼女……かの、人形の娘……あれの気が、王都に火を放とうとしております!」
巫女の言葉に全ての者が何らかの反応を示した。しかし、王都は既に命無くあるのは主人を失った街――と、骸。
「……スワード。あれはお前の人形だろう。干渉する術を話せ!」
「……シリウス。君だって見ているはずだ。アレは大罪を注ぐ器だ、今や……」
「スワード!」
次から次に、災厄が降りかかる。
王権を継いでからというものの、俺は一度たりとて自らを甘やかしたことなどない。柱として眠ることもしなかった。王は眠りを必要としないから。
純粋な王ではないが、それでも王として立ってきた。――彼女を再びこの椅子に座らせない為に、己こそが王に相応しいと見せ続ける必要があったから。
この世の王は、俺だ。――俺が、全ての責を負い、全てを得る。
嗚呼、これが、罰と?不死の王を死へ追いやった俺へと罰だと言うのか?
昔とは違うというのに、気を少し抜いただけで心の音が早くなる。
「命を―――懸けろ。巫女、巫」
**
「―――――⁉うっ、うう、傲慢、嫉妬、く、るしい、助けて、助けて……!」
少し前から、間隔をあけて私を形容しがたい恐怖が襲う。感覚の無い私に、感覚をもたらす。
初めは少しの違和感だった。でも、今この瞬間……この口を押えられて引きずられる感覚が私を襲った。
「だぁいじょうぶ、大丈夫ですよ……陛下」
傲慢は赤い口元を吊り上げて私を撫でつける。嫉妬はにこにこと笑いながら、私の顔を覗き込んでいる。
傲慢に触れられると、怖いものは手を放してくれる。嫉妬が笑うと、身を包む怖いものがすっと引いていく。
震えが収まって、落ち着いた私を見て傲慢は優しい手つきでしがみ付く私を身から離した。乱れた髪を手櫛で梳いて、大丈夫と言いつけてくれる。
泣きたいくらいに優しいのに、涙を生む心が私にはもう無いのかもしれない。
だから、泣けないの?
違う、違う!この身体のせいだ。機能が存在しないのだから、心の問題だとかそういう類のものじゃない!――って、わかっているのにわからなくなっていく。一つ一つの感情が大きすぎて、私を内側から食い破っていく。
「はあ……ごめん、ありがとう。もう大丈夫」
頭を振って、彼女達から手を離した。
恐らく前に歩いている。そして視認出来ないナニカに繋がれたアルピリさんの下へ行き、足を止めた。
目を閉じている。
憔悴しきった表情をして、眠っている。
「殺さないんですかぁ?」
「殺さない。まだ……殺さない」
不満げな嫉妬は私に温情を掛けられたアルピリを視界に入れたくないのだろう。すぐに踵を返した。
いつでも……いつでもこの首に掛けた手に力を込めれば、殺せるんだ。
こうやって――跪いて、首に両手を掛ければこの男は冥府を覗く。
「…………」
アルピリさん。私ね、貴方に聞きたいことがあるの。
だから、まだ貴方を終わらせてあげられない。
ねえ……アルピリさん。目が覚めたら、貴方に聞くよ。
私の名前、――貴方は私に誰を見る。
「……傲慢!憤怒と暴食の様子は?」
「ご心配無く。祝福がこの様な有様なのですから、私達を抑える者などおりませんわ。それよりも……少々厄介なことが」
「王都だよね。火の匂いが届かないし……」
「ええ……。陛下、ご覧ください」
――水鏡。本来なら、鏡のように物体を反射するほど透き通った水質の事を表す。しかし傲慢が造り上げたら此れは、水鏡と形容することを憚られるくらい濁り切っていた。
この水鏡は反射し私を映すのではなく、覗き込むものだ。水鏡が映すのは――私達が見たいモノ。
王都。火の手は上がることなく、嵐に食い散らかされているわけでもないのにこの鏡が映す王都は生命の煌きを残してはいない。
「……人は?王都の民が……いない」
傲慢が笑い、場所を変える。
「―――っ。これ、は……」
祈る信徒の様に、頭を垂れたまま倒れている。蜘蛛の糸に手を伸ばす誰かの様に、天へ乞いたまま倒れている。我が子を守る様に身体を丸めたまま、倒れている。今は未だ休息を取っているだけのように、心地よい表情で固まっている。
―――この光景と同じものを見たことがある。日常を天から降り注いだ灰で奪ったモノ。残された私達には、悲惨な光景を形だけ残した異国の災害。
砂で象られた人だったあの記録も、胸がざわついて仕方なかった。それが、生身の肉体で再現されている。
「まあ、こんなものはどうでもいいのですけれど……。さあ陛下、御覧くださいな」
傲慢が見せたのは、王都を取り囲む様にして揺れている硝煙だ。炎は見えない。ただ砂嵐の様な硝煙が波のように揺れている。
「留められております。――紅影殿の者達に」
傲慢は私を見る。私を見ている。私の選択を待っている。
どうするの?と聞こうと思った自分を恥じた。――どうもこうも、実行しているのは私だ。武器を持っているのは私で、この腕を振り下ろすのも……振り落しているのも私だ。それが直接だとか間接だとか、些細な違いに過ぎない。
「障害は退ける。たとえ、……その命を奪ってでも。死には、死を返す」
浮かんだのは巫くんと巫女さんだ。
あの二人だって―――私は……!
見下げた両手に傲慢の手が重なった。寄り添う様に、温度を分け与える様に、ぎゅうと握る手が私の中に宿る彼らを掻き消してしまった。
残る未来は彼らの死。
死を。
血を。
赤を……。
実花と湊が流した血と同等の命が……欲しい。
と、思った瞬間にこの両手に液が降り注ぐ。不躾に無遠慮に、私の両手に注がれる赤。水嵩が増して溢れる前に、私の瞼が奪い去ってしまって消えていく。
この瞳の色を裏付けるかのような幻影を、私は受け入れているのだ。事実として、それを現実とするために。
「……私が出る。嫉妬、一緒に来てくれる?」
後戻りは出来ない。もはや、退く道は無いのだから。
私が呼びかけた彼女は、手を重ね頬に寄せながら飛び跳ねるようにして意を表した。
「はい!はい!――はぁい!あなた様の嫉妬、お伴致しますわ」
「ありがと。……傲慢、ここは任せたよ。残る杭の守護と、アルピリさんの見張りをお願いね。巫女達を片付けたら残りの子達を起こすから……ああ、ええっともしアルピリさんが変な真似したら――その時は、いいよ」
嫉妬が私の手を握る。遮られる視界に、アルピリさんを退けた。
掬えば捨てる必要があると――痛いほど教えられたから。いや、今の私には掬う対象が無いのだけど。
笑う傍ら、嫉妬がその身を寄せて微笑んでいる。
私は確かな殺意を手に握って、闇の淵を超えた。
―――――――、一人、闇の奥に残された女は主人が消えた後暫くは頭を下げ続けていた。
一時の後、頭を上げて傲慢は、傲慢にも王の竜を見下ろした。
浮かぶ笑みは悪魔のソレ。笑う唇の赤さは悪魔のソレ。纏う気配は悪魔のソレ。
全てが穢れでもあって、卑しさでもあって、嫌悪でもあって――――。
排斥されるはずの存在は、崇高なる王の竜を見下ろしていた。
「竜なんぞに王の何がわかると言うのですか」
胸に湧く愉悦の情が唯々心地よい。
「矮小なること、甚だしいわ。……ふふ、ふふふふ!あはははは!竜なんて、王を一度も守り切れずに死ぬのよ……」
電ポルPの「月を探して」という曲を勝手にこの作品のイメソンにしてるので聞いてみてください。電ポルPはいいゾ~~~~!!!!!!!




