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煉獄の番犬

 魂の質量というものをご存知ですか。それは21グラムという儚い数字ではありますが、魂というものは生というものは感じ得る重さを伴ってこの世に在ったんです。


「泉……その、身体は……」


「待ってエリーシア。何か変だよ」


 この世に、在ったんです。

 零れ落ちてしまいますが。風に乗って、遠くへ行ってしまいますが。


 確かに、私の手の中に在ったんです。


「スワード。……人形遊びはここまでだ」


「そう。もう――散々だよ」


 深く、深く――地球よりも下、地底よりも下、思考よりも下、想像よりも下に私が繋がる。彼女達がそれでいいと笑うの。彼らがそれがいいと笑うの。……だから私も、笑うね。


 引き上げるよ。獰猛な獣を。抵抗するな、大人しく私に従え。

 過去にそうしてきたように。記憶の片隅に揺らぐ景色が、嘘偽りないと言いたいならばお前たちはその獣を引き上げて。


「……―――‼陛下!危険にございます、地獄(ゲヘナ)の気が……っ!」


「エリ、っあ、い、泉様!お逃げください!!あの子は……――彼女は、大罪に侵されている!姉さん、姉さん!」


 ああ、うん、そう。

 ――捕まえたよ。番犬(サーベラス)。


「……何の真似だ?」


「……何の真似?」


 実花の顔を勝手に借りて私を見下ろす男が言うから、私は引き攣る頬を吊り上げて答えてあげた。


「それは、――こちらの台詞だ!」


 私を中央に据えて広がる黒い黒い波を彼らは警戒している。私から漏れ出す感情と共に黒く黒く丘を穢していけ。広がれ、広がれ!獣をこの地に引き上げる為の門よ!


「陛下!」


「アレウス!無事か、幻想王国の中で何があった!?」


「話は後です!陛下、まずはここを離れましょう!」


「逃がさない逃がさない、逃がさないッ!!怯えろ!――恐怖しろ!実花が感じた様に!湊が感じた様に!!ふふ、ふふふっ……ほら、繋がった。――固く閉ざせ、門よ!これより開くことを禁ずる!」


 巫達が聖堂の遥か彼方を凝視し、驚愕の色を浮かべた。

 そうだろう、そうだろうとも。門は今、閉じたのだ。入ることも出来る事も出来ない。お前たちは囚われた!エリーシアを守る聖域に!死を招かぬ領域に!死の恐怖を感じながら囚われた!


 誰もが絶望の色を浮かべている。嗚呼、なんて心地よいのだろう。僅かに暖かい実花の入れ物を抱きしめて、私は穏やかな声で言った。


「さぁ、おいで―――サーベラス」


「……冥府の番犬……!」


 リアラさんの声にエリーシアが振り向いたけれど、前に出た傲慢に呆気に取られていた。なぜ行くの、とでも言いたげな黒い瞳に私の傲慢(ヘレル)は穏やかな笑みで会釈をする。


 私の影から嫉妬(レヴィ)が顔を出した。彼女は黒いドレスを持ち上げてお辞儀をする。


 傲慢と嫉妬は並んで微笑み合うと、お互いの片手をぴったりと付けて―――絡ませた。


 空から丘に落ちてきた錆色の巨大な鎖。丘の地を抉って、深く深く刺しこまれていく。緩やかだった曲線が、ある一線を越えると音を出して張った。巨大な何かを掴んだような轟音。


 私は影から出てきた黒猫の声を聞く。


 鎖は大きく巻き戻りながら、その何かを引き上げていく。


 私は猫を片腕に抱いて微笑んだ。


 そして、――その犬は天上に引き上げられた。

 鎖に胴体を穿たれ血は吹き出しながら、抵抗する力を強め丘に顔を出す。腕を、足を、――三つの頭を振り回しながら、怒りに我を忘れている。


 番犬の地を揺らす咆哮。


 彼らはその圧に怯むほかに無い。そうだろう、そうだろうとも――……。傲慢と嫉妬が、満足げに私に微笑んだ。


「暴食(バアル)、暴食。お前に贈り物があるんだよ」


 黒猫が一度鳴き、私から離れた。

 もう一度黒猫が切なげに鳴く。私は未だ抵抗する番犬を指差して――、


「あげるよ。お食べなさい」


 と言った。


 猫は大きな影の化け猫になった。たかが三つ頭の番犬がそれに勝てるはずもなく、罪を洗う者が罪を注ぐ者に適うはずもなく、頭からむしゃらむしゃらと食べられて行く。のたうち回れば回るほど、鎖を強く締めていけ。締めろ、締めろ!ええ、その方がきっといい。絶対に良い。暴食が食べやすいもの。


「暴食、暴食」


 膨れ上がった黒猫は、私へとその巨体を向けた。私は靄のような毛並みを撫でて、優しく言い付ける。


「――私の願い、叶えてくれる?」


「――――勿論だよ」


 猫は、そう言った。

 それは、少年が笑うような声。

 それは、深い闇の中で……笑う声。


「あは、あははは……ありがとう、ありがとう……!じゃあ、早く、早く……こいつらを……――――殺そう」


 鎖は既に外されている。二つの鎖を繋いでいた女達は、観衆に向かって頭を下げた。

 私の声をきっかけとして、黒猫は大きく体の向きを変えた。その結果舞う枯花が、戸惑う彼らに危機感を煽る。


「エリーシア!」


「……」


 書庫と、風と、魔女と、人間に護られた女神は応えようともしない。


「シリウス!」


「……」


 円卓の騎士と、巫女と、巫に護られた神の王は応えようともしない。


「……スワード!」


 唯一人佇む彼は、……――目を細めた。


「……お前たちだけは!絶対に逃がしはしない!!行け!私の可愛い暴食、全部、全部、壊してしまえッ!!」


 黒猫が大きく鳴いて、黒い粉塵を風に乗せて飛ばした。深い深い、瘴気の風だ。

 私に害はもう、与えない。代わりに彼らに害を与えるだろう。


 エリーシア。貴女の一部を通して、わかったことがある。あなたは、善に振り切れた神様だったんでしょう?自分がエリーシアだと信じていた時、私もそのようにあれと思っていたから。


 だからこそ、私は貴女に背を向ける。


 貴女が善に行くのなら、私は悪へ行かざるを得ない。私は悪に振り切れた人間だとはっきりと言おう。


 人間になろうとは言わないよ。その言葉は、未だそれでは無いという意味だから。その言葉は、未だ甘さを有しているという意味だから。


 違う。私は違うと、全身全霊をもって宣言する。


 そう、私は――――、


「お前たちさえ居なければ、しゃしゃり出てこなければ、私は何も失わずに済んだのに!退場したお前が、今更人間に視線を寄越さないで!私は、人間(わたし)は――人間(わたし)の為に、神を撃ち落とす!」


 大罪に塗れたただの人間だ。

 彼の望んだままに。彼女の望んだままに。私は私の中の悲しみと寄り添って生きていく。


 だって、だって!あの子は、私に!生きてって、――笑って言ったの!それも、湊と同じように……‼


 私があの子達の意を汲んでここで叫ばなければ、誰があの子達に報いると言うの!誰があの子達の理不尽な死を悼むというの!誰が、誰が、誰が――――!!


 だから、私が顔を上げるのだ。


 他の誰でもない。私があの子達に報いて、あの子達を悼んで、あの子達の望みを叶えるんだ。


 その為に大罪がいる。まだ、要る。足りない、足りない、こんな程度じゃ殺せない!


「ああ、そうだ……まだ、眠っているんだね……?」


「―――ええ、陛下。ふふふ、この傲慢がご案内致しますわ。さあ、さあ、此方へ」


 立ち上がろうとすると、不意の重さに腰が再び花を潰した。

 手に抱く重さが、今はもう不快で仕方なくて。


 眉に皺を寄せて、私はこの荷物をどうしようかと考えると――嫉妬の手が差し伸べられた。


「大丈夫ですよぅ、もうこれには何も残っておりません」


 愉快に奏でられた音に、未練も消えてしまった。


 散った花を脳裏に描いて、私は傲慢の手を取り立つ。黒い煤の風の向こう、私の名を呼ぶ声がする。

 振り返っても、気のせいかと思うばかり。


「――――上山さんっ‼」


 嗚呼、鏡子ちゃん?

 ……鏡子ちゃんだけは、傷つけたくないな。そんな感情も、随分酷いモザイクが邪魔をする。


「さあ、此方へ」


 傲慢が私を墓所に誘う。

 行く先は、大罪と祝福が眠る場所。私は行った事が無いはずなのに、瞼の裏にはその場所の光景が鮮明に浮かび上がっていた。



 更新スピードはやーい!私えらーい!


 ということで(?)、サーベラスが登場しました。ケルベロスって言われる冥府の番犬ですね。CCさくらでは可愛いけど……あれはクロウ・リードが作り出したものだから違うのか……ハッ!クランプ考察に入ると長くなるので割愛します! なんとこのサーベラス、冥府の主人から無許可で引き上げてます。すまねえ、名前はあるけど本編では登場できない人!ついでにキャラデザもあるけど出せない!いつか出せたら、いいな!

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