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安藤実花 Ⅱ ※挿絵

「スワードはあたし……俺とアレウスが引き付けるから!泉はこの魔法世界から抜け出す方法を見つけて!」


「わかった!アレウスさん、実花を頼みました!」


「ええ。言われなくとも」


 姿も残さず二人はスワードの下へ消えた。次に彼らを瞳に入れたのは、スワードと剣を交えている所だ。

 この無数の球体人形がぶら下がる上空にヒントはあるだろうか。……しかし、皆私とそっくりだ。スワードとて、私が唯の器という事に気づけば彼らの中に放り投げるだろうか。エリーシアを宿したただの器……もうその肉体は、私に無い。


「しっかりしろ私、しっかりしろ……!」


 実花はこの空間を魔法世界と言った。確かに、この丘は――気配こそ紅影殿に似ているが、肝心の巫女さんと巫さんの力を感じないので別モノだろう。というか、あの城ごと魔術だったのだろう。……皆、スワードの術で違う人に見えていただけ?


 だって、ルイーズが何処にいるかわからない。しかし、……リアラは。


 いや、リアラさんだった人は……――。


「フライアさん……」


 不毛な大地に横たわる、緑色のメイド服を着た私の良く知るメイドさん。この世界に初めて来て、少し怖いなと思いつつも好きだった人。


「お嬢、様……。お許し、ください……」


「フライアさん!……っ」


 息はまだある。でも、もうこの人は駄目だ。

 的確に心臓を貫かれ、素人目でも見てわかる程助かる余地が無い。


「この、世界……アンスに、力を通して……ごほっ、ごほ!結界を、貫けば……容易く、崩壊、します」


「……でもこの石も、スワードの幻覚じゃ……」


 フライアさんは首を振って、私の服を掴む。死に行く者にしては力強く、私を掴む。その強さに心打たれて、私はその手に触れた。


「お嬢様(マイ・レディ)―――――」


 血濡れた唇が微かに紡ぐ言葉を零さないように、私を耳を寄せた。


 すると、


「お許し……ください」


 有り得ない力で引きずられ、私の世界は逆転した。声も出す暇もないまま、瀕死のフライアさんに組み伏せられた私に実花が振り向いてしまう。


 ぞっとした。


 頭の中で、私が叫ぶ。これはいけない、と。


「離せフライアッ!!」


 彼女に私を抑える力などあってたまるか!胴を蹴り飛ばし、右足を内に入れ体制を逆転させると私は一気に駆け出した。

 

 少しの油断が命取り?

 足元から這いあがってくる悪寒。喉を霞める冷気、吐き気に似た嫌悪感――――。


 全てがスローモーションに見える。視界の端にチラつく黄金の髪も、巻きあがる枯花も、風に揺れる足も、振り向いた実花が目を細める動作も。


 アレウスさんが実花の死角を補う形で位置している。大丈夫だ。実花は間に合う。スワードの、追撃に間に合う!


 スワードの水銀魔術を発動前にアレウスさんが踏み潰す。体術なら実花だってついていける。私の脳裏を掠めた最悪の未来は見事に掻き消え、実花は体勢を立て直し額の汗を拭った。


 安堵に足の力が、走り際に抜けた。地に足を付け、滑りながら止まって私は草花を握りしめる。

 良かった、良かった……!


 顔を上げた。息を吐いて立ち上がろうとしたから。石を握って掲げようとしたから。

 私は、帰ろうとしたから。


「―――え?」


 目の前に浮かぶ水銀に、目を丸めた私が映っている。生物の様にうねる銀色の球体に、赤い目をした人形が映っている。


 スワードの水銀。スワードが――? いいえ、違う。だってスワードの瞳が動揺に染まっている。じゃあ、誰が、この魔法陣、スワードのじゃ無い!なら、この気配は――――!


 水銀に視界を覆われる寸前、笑う一人が居た。

 黄金が色を増す中、その笑みを心から浮かべる一人の騎士が居た。


 来ないで。

 ――私にこの魔術を防ぐ術は無いとしても。これは、私に向けられた刃だ。受けるべきは当然私であって、他の誰かじゃないはずだ!私は歯を噛み締めた。どうせ、傷付きやしないんだから!


 水銀は私を呑み込むが如く広がった。明確な殺意。嗚呼、でも少し安心する。

 馬鹿みたいでしょ?殺意を向けられて安心するなんて。けどね、本当に安心しているんだよ。殺意を向けられた先が正しく私に向いていることに。


 私を守る石よ、そう定義付けられたのなら応えてッ!!この水銀が私を呑む前に、実花が私へ辿りつく前に!

 私が呑み込まれるは良い。私の代わりに誰かが犠牲になるのは間違っている!

 だから、対抗する術が無いのなら、――実花、貴女だけでもこの世界から出してあげる。絶対に、生きて出してあげるッ!‼!


「いっけええええええええええええええええええッ!!」


 石にありったけの力を注いで、後方へ投げた。水銀が触れる数秒前に、私は実花へと背を向ける。せめて無残な姿をさらさぬように、せめてでも実花が負い目を―――。


「アレウス、たかが円卓の騎士団長になれたくらいで俺の魔術を上書き出来るとでも思ったか?」


 石が剣へ変わる中――水銀は大きくうねりその水質を細い糸へ、蜘蛛の巣の如き形へ変容する。

 私が剣を投げた中――糸は、向かう実花を受け止め、


「――シリウス様ッ!!」


 その体躯を切り裂いた。


 目の前で、紺碧の髪をした大男が一度私を見た。そして、咳ばらいをするように、ほんの軽く詰まる息を吐き出す様に胸を上下しただけで――血を、真っ赤な、血を、吐き出した。

 実花そのものが切り裂かれた。


 ぐらりと身体が揺れた。私は無意識にその身体を受け止めた。

 震える手、震えない手、重ならない歯、心が、私が、嗚呼、嗚呼、ああ。


「あ、ああああ、あああああああ‼‼!み、みか、そんな、そんな!いやだ、いやだ行かないで、行かないで‼!」


 身体に触れると、実花がこんなにボロボロの身体で戦っていたのか嫌な程理解出来た。男の肉体は力が出たかもしれない。でもこの身体は、その前提が違う。もう、駄目だったんだ。動ける肉体じゃ無かった。触っても、触っても――既に擦り切れた身体を酷使していたようにしか見えなくて。


「アレウスさんっ‼実花が、このままじゃ、実花が死んじゃう!!ねえ、ねえ!!私の命ならいくらでもあげるから!!実花を助けて、実花だけは助けて!‼!」


「……俺の……シリウス……様……」


 動かない。この騎士は、呆然と立ち尽くすだけで動きやしない!


 嗚呼、嗚呼。零れていく、実花の命が零れていく。どうして?血は口から吐き出した一度きりしか出ていないのに、どうして実花が死んでいく心地がするの!?消えていく、実花が消えていく!!どうして、どうして!?肉体は――肉体は、最初から動いているのが不思議なくらいだ……!


 世界の瓦解が始まった。空に亀裂が入って、落ちてくる。


 実花を抱きしめた。落ちてくる空から守る様に覆いかぶさった。

 実花は、掴めない水のように次々に手から零れ落ちていく。どんなに手の隙間を塞いでも、零れていく、零れていく、失くなっていく!!


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……そ、そうだ!スワード!私、望み通りエリーシアになるよ!うん、もう、私なんてどうなってもいいから!お願い、お願いします!実花を助けて!お願い、お願いします……!」


「泉……いい……これで……」


「――欠片はあるべき一つの所へ。その少女は、要りません」


「いらない……?」


 いらないのは、大切な人誰一人守れない私の方だ。

 いらないのは、エリーシアとしか求められない私の方だ。


「泉……聞いて……」


 力なき腕が、私の頬を擦った。心に風が擦りぬけて、私は、ただ実花を見る。

 ――花だ。花の香りが、鼻腔を満たす。


 何故?

 死に瀕して尚、その花を咲かせるの。

 何故、笑うの。


 笑いごとじゃ、無いんだよ。綺麗事じゃ無いんだよ。

 零れてるの。実花の命は今、零れているの!死んじゃうんだよ、死んだら二度と会えないんだよ。


「湊くんと……約束……したの」


「湊と……約束……?」


 嫌な予感がした。

 血濡れて笑う湊の顔が脳裏に浮かんで。


 私の腕に抱かれて笑う実花が、あの湊と重なる。


「泉は……泉……あたし達の……宝物……。絶対に、元の世界に帰すって……」


「な、なに言ってんの。実花達だって、私の宝物だよ。一緒に帰るの、一人でなんて嫌だ!嫌だ、嫌だ……」


 懇願する私の手を力なく握る手が、その答えを示す様だ。

 嫌だ。

 一言が、私を埋める。


 実花は笑う。

 彼女に抱かれた花が美しく見えるように、実花そのものが美しいのだから零れていく最中にもその花弁を美しく見せている。私は大事に掌で囲っているのだ。流されないように、美しい花が流されないように。


 周りの声はもう届かない。スワードがアレウスさんに何か言おうが、私には届かない。

 今は唯、貴女だけを見ていたくて。


「泉はね、泉なの。……だから、」


 かすれた声。

 夢に引き込まれる最後に、現実から離れようとする時に口から洩れる意志の様な弱い音。


「生きて――――」


挿絵(By みてみん)


 実花は、零れてしまった。


 最期に、呪いの様な言葉を遺して逝ってしまった。


 崩れた世界の外側に、私を憐れむ様に見る人間の私が立っていた。黒い瞳に黄金の私を映して、本物のエリーシアは痛ましそうな目を私に向けた。


 エリーシアと対を成す様に、また黒い女が立っていた。

 青黒い衣装に身を包み、甘栗色の淡い曲線を描く髪を風に靡かせてその少女は立っていた。


 瞬時に理解した。

 この女――いや、この男こそシリウスなのだと。


 私が抱いていたかった、ずっとずっと穏やかな陽だまりの中で生きて欲しかった少女を身に纏い、異様を連れてくる者。

 私が上山泉であると証明する姿で地を歩き、――ただ哀れみの目しか向けない嘘つき。


 今の私に、感情と共に大きくなる心拍は無い。

 今の私に、感情と共に流れていく涙は無い。


 人形の身体を与えられた私が、内側に蓄えられるものといえば。


 知らず、溜まる黒い感情。

 見ないふりをしてきた、私に止めどなく降り続ける黒い雨。


 許さない。


 雨粒は勢いを増して、私を呑み込んでいく。


 許さない。


 水位はあがる。足元など、無い。


 許さない。


 お前たちを、絶対に。








 許さない。


絵師がめちゃくちゃ頑張ってくれました。感謝しかありません。

さて、明日の夕方頃に異を一つ投稿して、この章は終了となります。残すところ最終章のみです!引き続き、泉と一緒に薄明の丘を駆け抜けてください。


実花、ありがとう!

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