異 簒奪王と旧女主人 ※挿絵追加
旧支配者にしたら物語変わっちゃうよー!
6/17 挿絵追加しております!是非ご覧くださいませ~。
深い深い森を上る。いや、正確には前に進んでいるだけで上っているのか下っているのか既に判断はつかない。
人間の身である彼らには、度重なる戦闘と足場の悪い獣道によって体力が確実に削げ落ちていた。
人の身でない彼らにとっても、円卓の騎士との戦闘で受けた傷は癒しの力を持つ竜の力を持ってしても、完治しない。
先頭を行く女王の荒い息も、続く彼らの荒い息も――滴る雫も全てを呑み込んで足を動かし続けるしかない。
感じている。女王の憎悪が向く先、――簒奪王の気配の高まりを感じている。正気を徐々に取り戻していくかのように思われた女王の瞳も、あの気配を感じるたびに再び濁り行く。
その証拠が、止まらない足なのであろう。
「――エリーシアさん!」
鏡子がたまらずにあげた声に、彼女は反応するが
「休憩、しましょう!無茶というものでは!?」
「……そんな暇ないわ」
振り向いた顔がすぐに前を向き、僅かに止まる足は再び振り上げられた。
「鏡子、お前はここで休憩しても構わないのよ」
「……行きます」
そして止まることなく、上を目指す。
上を上を上を、前に前に前に――――嗚呼、近づいていく。近づいていく!あの男の気配が、変質してしまっているけれど、名残がわたしに在処を示している。
行かなくては。行って、出会って、そして――――。
殺さなくては。
わたしは、あの男をどうしても殺さなくてはならないのだから。
「来たか。門が叩かれた故開いてみたが……まさかあの二人が倒れるとはな」
森が開けた。
まるで希望の光を差す様に、森は空けた。穢れを纏い、魑魅魍魎を生もうとしていた森を抜けた先にその少女は立っていた。
血を纏い負傷した身体、衣服を隠そうともしない漆黒の来訪者に横眼だけを投げたその少女は、嫌悪感に眉を潜ませると低い音でそう告げる。
少女の傍には紅白の衣を纏った男女が控えていた。澄ました目でエリーシア一行を見るが、その目の中に感情の変化は感じられない。頭を下げる様子も無く、その男女は立っている。
「あの二人をやれないようなら、お前に傷一つ付けることすら出来ないでしょうから」
エリーシアは胸で一度大きく息を吸うと、顎を引いて薄ら笑みを浮かべながら答えた。
「そうか。――ならば、問題は無い」
青黒い衣装に身を包んだ少女が振り返る。
瞳を紅に染め上げて、髪は変わらずに甘栗色で可愛らしく曲線を描いているのにその笑みが少女に相応しくない。
口から洩れる音は鈴の様なのに、落ちる言葉が少女に相応しくない。
全て、全てが、安藤実花を異質に染め上げる。
安藤実花の背後には残る円卓の騎士が控えていたが、彼らはエリーシア一行には目をくれず浮かび上がる幻想世界を見上げている。エリーシアはその事に気をやりつつも、シリウスの動きに警戒していた。
「駒だと切り捨てるの?」
「嗚呼、当然だ。円卓は駒だからな」
「――ッ!」
エリーシアは歯を噛み締めて思いを留めた。今にも爆発しそうな思いがあるけれど、辛うじてその場に身を封じている。
殺したい。
アンス、アンス。剣を、力を、わたしに与えなさい。殺す、殺せる、あれを、あの男、男、殺す力を。
浮かぶ幻想世界が、エリーシアの理性の鎖を強くする。目の奥が瞬くが、それがエリーシアに正気を注ぐ。
「――円卓二人を葬ったあんた達を見込んで、頼みがある」
「……背後の術式に関して、ですか」
言葉が出ないエリーシアの代わりにアスティンが台頭した。
頷くシリウスは表をエリーシア達に向けながら、背後の術式を見上げた。
「世界を救う為に力を貸してほしい。――このままでは世界は」
「――――滅ぶわよ!めちゃくちゃになって!でもそれは、お前が、お前もやろうとしたことじゃない!」
掴みかかるのか。
誰もがそう予想したが、エリーシアは身体に力を入れただけで地面から一回も足を離さない。シリウスは一度溜息を吐くと、紅い瞳に黒いエリーシアを映した。
「……人形だか姫だか知らんが、あんたに語る事ではない」
リアラとアスティンが、エリーシアを背に隠す。近づく鏡子は、あと一歩の所で震える肩に手を添えることが出来ない。その様子をリベカは静かに見守っていた。
「陛下。恐れながらもお尋ねしたいことが。――わたしの主であるスワードがこの研究をしていたことに関して陛下は何かご存知だったのではありませんか?」
「……知らなかった、と言えば嘘になる。そうだな……俺の認識は、スワードが何かしている程度のものだった。アスティン、貴様は?」
「……――知って、いました。でも、わたしには……」
瞳を逸らしたアスティンは、悔しそうな表情を浮かべる。
「ロードが如何に愚かであろうとも、止めることなど不可能だ。貴様を責めるつもりはない。だが……一つ気になる点がある」
「それは?」
シリウスが目をやった先には、エリーシアの遺体が眠る聖堂がある。この丘の入り口にして、紅影殿が護るもの。
「奴は、俺に言った。……エリーシアの遺体を寄越せ、と。何を企んでいるかは知らんが、獲物を目の前置いてやればわかると思った。だがな、スワードはエリーシアを目の前にしてこう言った。"あの言葉は撤回します"と」
シリウスの眉間に皺が寄る。恐ろしいモノが低く唸る様な。
「――俺にはスワードが何を考えていようがどうでもいい。世界が回れば、続けばそれで良い。だからこそあんた達を試したんだ」
「……殺しても良かった、と?」
リアラの言葉にシリウスは頷く。
「添えぬなら死ね。添えられるなら迎え入れよう。さあ、……選べ」
生唾を呑む。誰が呑んだのか――そんなこと、気にする段では無い。
皆、選択を待っている。彼女の選択を待っているのだ。
もし、彼女が死へ触れるなら。
良い。――彼らは共に剣を取る。
もし、彼女が瞳を閉じるなら。
良い。――少しの間だけでも彼女を宥めていよう。
皆、選択を待っている。エリーシアの声を待っていた。
「――良いでしょう」
アスティンとリアラが、静かに前を開けた。
「世界を、護るわ」
震える声に、身体は惑わされない。
波打つ衝動に、心は辛うじて前を向いている。
ねえ、世界を護りたいのならどうしてあんなことしたの。
ねえ、どうして。わたしは、お前に裏切られなければならなかったの。
嗚呼、悲しい。また――悲しみが、わたしを包んでいる。
「アスティン。ミストレスの名に於いて、開示を命じる。この術式に対する知識を開け」
「御意。スワード=グリームニルによって確立された魔術、通称『幻想王国』。術式の中に記録によって再現された世界を造り、時間をかけて安定化させ現実に根を降ろします。あの殻が剥けたら最後、眼下に広がる王都はスワードが作る王都に塗り替わるでしょう」
シリウスと少し距離をあけた隣にエリーシアが立つ。エリーシアは真っ直ぐに幻想世界を見上げていた。
「……やはり脅威か。スワード……民の命を使っていったい何を――。待て、スワードは王都をあの中に再現させているのか?」
アスティンは力強く頷く。
「先程見えましたので、確実に。これで王都の民全ての命を使ったのも理解できます。始めは幻想王国の維持の為、力を補充したのかと思いましたが……――全ての民が知る王都の姿、それは記録……即ち記憶により紡がれるもの。スワードがあの中に展開しているのは、先王エリーシア時代の王都だと断定出来ます」
「……そうか。――我らが悲願、ね」
「知っているわ。お前たちが望むエリーシアを造ることでしょう?」
エリーシアの言葉にシリウスは表情を変えない。
「口を慎め愚者よ。――――エリーシアなど、この世界には必要ない。永劫にな」
「……そう。そうよね」
アスティンは冷や汗と共にエリーシアの表情を盗み見た。しかし、想定していた表情とは違いエリーシアの顔には怒りの色が無い。あるのは諦観――だろうか。黒曜石の瞳が映しているものを見ることが出来ない。
「陛下!」
「ミコトか」
一人の円卓の騎士と思われる男がシリウスに近づく。リアラ、アルピリ、アスティンを見て目を丸めるが、一礼をするとシリウスに最敬礼をし顔を上げた。
「先程から威力を変えて法撃をしていますが、……感触が当初の頃と同じく全くありません。砲撃自体が術式に届く前に打ち消されているようで……」
疲労を滲ませた顔で俯く騎士に、シリウスは頷いた。その様子を聞いていたアスティンはすかさず口を挟む。
「陛下。幻想王国は外からの攻撃を受け付けない……わけではありませんが、一定の耐性があるので難しいと思います」
「――――アレウスと連絡はついたか?」
「いいえ。一度も繋がっておりません」
「そうか。アスティン、我々が今からあの……幻想王国に乗り込む方法は?」
次は驚きにアスティンが目を丸める番だった。シリウスが紡ぐ言葉からは、まるで可能ならば自分が今から行って来るような意味が汲み取れた。
「え、まさか陛下、ご自身が乗りこまれるおつもりですか」
「早いだろう、その方が」
円卓の騎士は何の反応も示さない。示したのは、アスティンとエリーシアと鏡子だけ。
「ご冗談はおよしになって頂きたいものですわね!その身体は安藤実花のものなのです!」
鏡子の声にシリウスは鼻で笑う。知った事ではない、というように。
「無理だよ、シリウス。――あたし達は幻想王国に行けない。っていうか、もう乗り込んでみたんでしょ?」
リベカがエリーシアの隣に顔を出して言う。
生写しであるかのようにそっくりな二人の顔に、シリウスは一度目を細めたがすぐに視界から外した。無駄なことは考えない。考えてしまえば大事なものを見過ごしてしまう。
「ならば、あと一つ。……そこの陰陽師の娘よ、前へ出ろ」
「……はい?」
鏡子は急な指名に眉を動かした。始めは動くつもりは無かったが、周りの目――特にアスティンの促す目――が鏡子の足を動かす。
「懐かしい気配だと思っていた。十二天将か?頑なに現界を拒んでいるようだが」
鏡子は胸を無意識に抑え半歩下がってしまう。その様子を鼻で笑うシリウスだが、指を幻想王国に向けると一方的に話し続けた。
「円卓が放つ法撃は、威力によって途絶える場所を変えている。我々が生身で突入しても、濃い霧が邪魔して進めないが……術ならば違う様だった。だからこそ一つ、試したい」
「……ねえねえ、エリーシア。話の展開読めちゃった、あたし。……どうすんの?」
リベカが静かにエリーシアの耳元で囁く。エリーシアは僅かにシリウスに背を向けて、リベカに顔を近づけた。まるで双子の様な彼女たちは、互いの漆黒の髪を混ぜ合わせている。
「今は泉と実花を救う。……それが、優先事項よ」
「十二天将の力を用いて、幻想王国を攻撃せよ」
「は、はぁ!?円卓の力でも無理なものをどうして鏡子の力で何とかなると思っているん、――⁉」
思わず口に出た途中、鏡子の中で生きる彼らが強い拒絶を表した。しかし、その意は鏡子の中でしか感じられないものだ。だからこそ、急激な悪寒に震えたのは、それを感じ得たのは鏡子だけ。
始めてだ。……十二神将がここまで拒絶するなんて。
「スワードの下まで届かなくていい。さあ、……と言っても、フフ、拒絶の色が強いな?」
シリウスは僅かに口角を上げた。右手でゆっくりと空を掴む動作をしながら、鏡子を――鏡子の中に潜む力を見据えた。
「逆らうな、支配者に。この地で」
どくん、と大きく一度鏡子の心臓が鳴る。息の根を掴まれた錯覚を起こして、鏡子の身体は固まった。すると不思議と十二神将のさきほどまで強く感じていた拒絶は、すっかりとなりを潜めてしまった。
不思議に思いつつも鏡子はゆっくり頷く。嗚呼、やはりこの男は恐ろしい。
鏡子の場を、シリウスとエリーシアは互いに逆の方向に進む形で差し出した。鏡子は空けられたその場にゆっくりと歩を進める。
上空に浮かぶ魔法陣が幾重にも張り巡らされた球体――――。この中に、上山泉と安藤実花がいる。せめて、思いだけでも届けと鏡子は護符を取り出し投げた。
無駄だとわかっていても、この瞬間が鏡子が囚われた彼女達に触れられるチャンスなのは明白だった。
無駄な試しだとわかっていても、思いを募らすことを止めることなんで出来ない。
「帰命し奉る。あまねく諸仏に、我が十二天に――――」
鏡子が真言を唱えるたびに、エリーシアの中で温かな光が灯る。その温度がエリーシアの緊張を僅かだけでも、解いてくれる。
十二神将。
今は旧き、十二人の天界の住人。共に地上へ降りた時、人を助け導いた者。神が天へ帰る時、地上に残ると女王に背を向けた者。
嗚呼、どうだったか。どのような別れだったか。
歴代の『わたし』が紡いだ書物に、その風景は記されていたかしら――――。
祝令和!!!!!!!!!
そしてエリーシアパート!!!!!!アルピリおじちゃんは喋ってませんが、内心シリウスくんとエリーシアちゃんが平和にお喋りしてくれてめちゃくちゃほっとしてます。




