行けぬ道
「シア、――エリーシア!下がってろお願いだから!」
スワードはシリウスを抑えながらも私の方へ目線を寄越す。やめて。
シリウスはスワードと剣を交えながらも私をその瞳の外に出そうとしない。……やめて。
この光景は見覚えがある。痛い、痛いの、喉が目が頭が全てが‼
「うっ……痛い…………痛い……っ!」
下がろうとした。
下がろうとしたんだよ。でも、痛くって。悲しくって、……足が動かない。だからスワードが私の腕を取ってシリウスの剣を避ける。そして言うんだ。「お願いだから」って。
「エリーシア!しっかりしろ!どうした!?」
「――スワード!危ない‼」
痛がる私を心配してスワードはシリウスに背を向けた。振りかぶり様に笑みを浮かべたシリウスを見て、私はスワードを真横に突き飛ばして壊れた椅子の足で辛うじてシリウスの剣を受け止める。
重い。
「シリウスッ!!戸惑いもわかる、……不安も!でも、でもね、こんなことしちゃいけないッ!!決定は下した!貴方はそれに従わなくちゃ駄目だよ!」
「――だから、……止めろって言ってるじゃないですか、エリーシア様」
一瞬、顰めた眉。刹那浮かべた笑顔――動く唇。
その緩慢に見える俊敏な一太刀にスワードが割り込んだ。
「エリーシアと呼んでおきながら剣を向けるかッ!!お前がしていることは、彼女への裏切りということがわかっているのか!?」
鍔ぜりあう二人。至近距離まで縺れ込めば、優勢なのはスワードだった。
「……ない」
私は立ち上がる。二人を止めなければ、と。リアラを呼ばなければ、と。他の円卓を呼ばなければ、と。扉を開いた。
「――お前にだけは‼言われなくはないッ!!簒奪者に、裏切り者のお前にだけはッ!‼!」
扉を開くと、渦巻く風が私にぶつかった。
その強風は部屋に瞬時に満ちて――――私達を囲う全てを葬り去る。
視界に映るは、枯れた花達が捲きあがる紅の丘。痛い位の黄昏の赤い光を遮るものはなく、私達は丘に三人だけ。
呆気にとられたのも、私だけ。
視界の端で、何かが煌めいた。私は僅かに目を眩ませて、そちらを振り返ろうとしたらもう一つの力が強引に私を振り向かせる。鮮やかに靡く蒼天の髪――伸びる腕が喉元を掴んで足が浮く。
「……シリウス」
黄金の柔らかな光を湛えた瞳が、優し気に微笑んだ。
「また、会いましょう」
そして、愛おしいと思っていた彼は私の顎を親指で押し上げて――銀色の刃を。
「……離せ」
刃は、私には刺さらないようだ。
瞳を動かせば、銀色の髪が風に揺れている。
魔術を得意とする彼が剣をシリウスの喉元に突き立て、静かな声で尚も言うのだ。
「……離せ」
と。
苦しみに喘ぐ私は――――――。
……一度、動いて見せた。するとスワードは刃を鳴らし、顎を上げた。
シリウスは一度舌打ちをすると、私の足を地面につける。その時に踏み潰した花の音は枯れていた。
スワードは私を引き寄せると、剣を構えたまま一歩二歩と距離を取るため後退していく。
再び風がそよいだ。
いや、巻きあがる。
顔を伏せたシリウスの後ろで、風が渦を成して空と繋がっていく。
「……エリーシア」
スワードが僅かに私の方へ唇を寄せると、小さな声で言った。
「思い出せ」
「……え?」
「……お前の!!」
まるで拘束具を引きちぎるかのような声と共に、スワードは剣を地面に突き刺しシリウスを見据える。そして瞳を閉じると――……剣から零れ落ちる水滴に、私の喉が詰まる。
「―――本当の、名前だッ!!」
剣を掲げ、舞い散る雫が花弁の様に広がって――私達に向かって飛んだものを弾いた。硝子の反射を思わせる光の屈折に、その姿が映る。
「うそ……どうして……!?」
それは、風を纏う女。
小さなナイフを両手に握りしめて飛び込んだその女は、暗く赤い髪を枯れた花弁に彩らせて地面に踊り立つ。
「――何をしてるの!リアラ!」
眼光は、触れたら凍て付くほどの冷たさで満ちていた。身体に纏う風は、触れたもの全てを切り裂くと感じる程の冷たさで漂っていた。
「失礼を、私のミスです」
抑揚の無い声。向けられた声は、シリウスへと届く。
「あの者を、排除します」
あの者?……リアラの視線は、――スワードに向いている!
シリウスも、スワードへと視線を移している。
駄目だ、それは駄目だ。それは許容できない。
次の王はスワードなんだよ。私が消えた後、この世界を支えるのは彼なのに!この世界を守るために王権を渡すのに、渡す相手が消えちゃ元も子も無い!
「リアラ!貴女はわかってくれたんじゃなかったの!?」
リアラは私を見た。
感情の読み取れない視線で、私を見た。……そして、溜息に似た吐息を吐き出すとシリウスへと意志を仰ぐ。
「ロード。……レディはどうしますか」
「やり直す。アレは殺せ」
「――御意」
両手に握るナイフを構えるリアラに、スワードは体勢を整える。私は、波打つ心臓を抑えながら止まりそうな思考を必死に回し続けていた。
何で?
意味の無い問いをしている暇は無い。その答えを見つける為に、考えを巡らす時間は無いのに。
どうして?
こればかりが、脳を支配していく。
やめろ、思考を止めるな。――でも、どうしたら。やめて、その考えは要らない!でも、でも、でも!
「エリーシア」
……スワード。私をかばう盾が、こちらへ振り向いて笑う。
「大丈夫。必ず守るから」
「――待ってスワードッ!」
そう言って、風だけを残していく。
ぶつかる両者は、花々を散らしながら時には火花も散らしながら丘を駆ける。その様を見守る様にして、お互いの動きを見据えているのは私と……シリウスだった。
胸に置いた手を握る。
一度息を吐いて、瞳に力を込めた。
今此処で声を発したって、向こう側にいるシリウスには届かないだろう。全ての音は剣とナイフがぶつかる音に掻き消され、私達に意思疎通の手段は無い。
ならば。
ここで、――佇んでいる暇は無いというものだ。
喉に触れた。――掴み、締め上げられた喉に。
嗚呼、不思議な気分だ。
この屈辱、一度目じゃないでしょう。
ねえ、シリウス。
「……貴方、なんども同じことをしてきたんだね」
無意識に顔に浮かんだ表情。シリウスが目を細めることで、私は自分が彼の不快な表情になっていることを知る。首から頬へ移した掌に、笑みを感じた。
きっと酷く不格好な笑みなんだろうね。
それくらい、悲しんだよ。
悔しいんだよ。
――――譲れないんだよ。
手を頬から首へ、首から鎖を伝って――石へ導く。
私を守る守護石が、似た温度をもって返事をする。……いける?いけるよ。行かなくちゃ、いけないなら!
石を握ったまま手を後ろに引いて、私は駆け出した。手の中で変化する形を感じながら、私を駆けていく。
「エリーシア!」
過ぎた銀色。追う声に、瞳を追わせた。
リアラを一度大きく退けたスワードは、私へ手を伸ばしながら、
「――やめろ!行くな!」
と、必死な形相で叫ぶ。
私は彼には目もくれずただ前を見る。瞳から、シリウスを逃さないように――――。
切り込んだ彼は銀色の雫となって溶けた。伝う剣の雫は、粘着質な様子を見て取れるように地に落ちていく。走る戦慄。届く殺意。振り返る私の眼前に突き出たものは――、
「――まぁぁぁに、あったぁああああ!」
薄桃色の緩い曲線を描く二つの髪と、
「円卓の騎士、限定的だけど……陛下お傍付きの――ルイーズ!ここに、見参っ!」
死を招く剣を退けた、勝利の槍。
シリウスへ味方する風を完全に己の物としてはためく円卓のローブは、その少女騎士の全身に誇りを纏わせ大空を切る。
「グリームニル卿!助太刀ですっ!」
「……何故君がここに?」
剣呑を増す瞳を向けるシリウスを余所に、ルイーズはスワードに己の存在を主張した。驚いた様に顔をあげたスワードだったが、私の無事を確認すると汗を拭ってルイーズの下へ行く。
「ごめんなさい、団長。……マリーナがね、なんかやばいって教えてくれたんだ。だからボク、マリーナにめちゃめちゃ頼んで此処に届けてもらったの!」
「エリーシア、怪我はないか」
ルイーズがシリウスの注意を引き付けている中、スワードが私に無事を確認する。ルイーズに意識を半ば持っていかれながらも私は頷いた。
ルイーズは槍を構え私達を背に隠した。その表情に、余裕はない。
「……あの聖女が?リアラ」
「わかりません。侵入を許した、その事実があるだけです」
シリウスは不可解そうに眉を顰めると、剣を振る。まあ、いいか。そんな声が聞こえた。
きゅ、と握るスワードの裾。不安が胸に募る。
「団長!いくら団長でもね、陛下に剣を向ける事だけは許さないッ!――陛下に触れたいのなら、このルイーズを殺してからにして頂きますッ!」
「――ふふ、容易い事です。ルイーズ、"動くな"」
その刹那、ルイーズは真横に吹き飛んだ。そして、そのままその剣先を受け止めたのはスワードだ。私は呆気に取られながらも、後方へ行きシリウスの影から飛び出すリアラのナイフを瞳の横に見た。
しまった。
足を絡められ空を見た私が思った一言は――、リアラのもう一つのナイフが吹き飛んだ時に腰の衝撃と共に消え去る。
「あんまりボクをナメるなよ……!」
頬や額を泥まみれにした少女騎士は、一槍を渾身の力を持って入れる。
顔を此方に向けながら、汗を私の頬に流しながら、ルイーズは野生の闘争心を露わにした瞳でリアラとシリウスに向けて言葉を放った。ルイーズに蹴り飛ばされたリアラは、空を土台にして再び地に足を付ける、がルイーズはその数秒を逃さずに瞬く間に距離を詰めた。突く槍は呼吸のリズム。神速と呼ぶに相応しい速さと威力でリアラを私から引き剥していく。
「何をした?スワード」
シリウスと対峙するスワードに、投げられる冷たい言葉。スワードは笑みを汗と共に浮かべながら鼻で笑った。
「――君の方が魔術に精通しているんだろう?俺にはわかりかねない、ね」
「やはりお前は……ッ!!」
シリウスの剣が振り払われたらスワードは距離を離される。しかし、スワードは一閃で距離を詰めそのまま薙ぐ。その風切りを見越したようにふわりと浮くシリウスは、私を確認するとそのままスワードへ猛攻を仕掛けた。
「――っ!?」
アンスを握りなおした時、地が大きく揺れた。
顎をがくんっ、と無様に揺らした私は真正面に倒れ必死に地面にしがみ付く。地を揺らしたもの。その正体を、などと頭に浮かぶ暇もなく反射的に上空を見上げた。
見えるのは、衝撃を防ぐ魔法陣。
そして残るのは、この丘を法撃した魔術の痕跡。
散る閃光が、火の粉となって私達に降り注ぐ。掌に乗せると溶けたそれを見て、私はスワードとルイーズを見た。また、丘全体を見回した。
果てなどどこにある。
この丘の、果てなど何処に見える?
それなのに、何故この丘は――結界に守られている?
「いや……それ自体は可笑しなことじゃない」
では、私が感じているこの違和感は……何?
スワードが、真上を見ろと言うように手を挙げた。その手のひらから伸びた微弱な閃光は、丘の空を昇り消え行くのではなく――丘の上空をまるで丸い天井があるかのように伝っていく。
私は息を吸う。冷たい空気が身体を埋める。
その行為がシリウスの逆鱗に触れたのか、猛攻を強めたその一線はスワードの身体を真横に引き裂いた。舞い散る赤い花弁。鼻腔を霞める血の香り。
息があがる。
小さな悲鳴が聞こえた。薄桃色の少女騎士が上空に舞う――そして、何かにぶつかり地に堕ちた。濡れる大地、濡れる大空。
「……なんで?」
息があがる。
心臓の音に合わせるように広がる身体の違和感に、ごり、と関節がずれる音がする。一瞬消えた全ての香りを思い出して、私は口に手を当てた。おそるおそる見上げた大空に、血が滴る。
「ねえ、シリウス」
シリウスは動きを止めた。――地に伏せたスワードの喉元に剣を宛がいながら、私の声に反応したのだ。
「どうして、敵は王都を襲撃するの?」
シリウスは答えない。
「どうして、……あの時王都から先を私は見なかったんだろう」
シリウスは動かない。
「ねえ、どうして……――見えない敵は、この丘の位置を知ってるの!?」
この丘は、現在、過去、未来においてどの時空にも存在していて何処にも存在していない。あるのは続く線の上、――常に線を引く鉛筆の亜鉛のようなもの。
この丘を守るために、門を構えたという。巫女と巫が護るこの丘は、許された者のみが門をくぐることを許されるため第一に、目で捉える――そう、触れることが出来ないのだ。
そもそも、――私が認識している敵とは何だ?
何をもって害を成す者と認識し、何をもって私に対峙する者としたのか。
加えて――その者達からの武力交渉を私達は受けるのに、私達からの武力交渉は届いた試しが無いと言う。
シリウスは目にかかる髪を首の動作だけで払い除けると、口元に笑みを浮かべ私を見た。
徐々に見開かれている黄金の瞳と、口から覗く赤い舌。
そして、――漏れ出す息が野性を起こす。
彼も彼女も顔を隠すその時刻に、狼の遠吠えを聞くような―――――。
平成最後の更新となります。
生まれてからずっと、自分は平成の世で生きていくんだと無意識に思っていたものですから何だか不思議な気分です。平成に生きる自分と令和に生きる自分がクロスオーバーする未来を夢見て!何を言っているんだ!?
泉の物語を見届けてくださいー!もうすぐこの章もおわりまーす!!




