encore
幕は開いていたのよ。ずっと前からね。
「――シリウス」
晴天の髪を風に靡かせて、その男は振り向いた。
少しの戸惑いとくすぐったい笑み。私を視界に入れて、微笑む彼の全て。
「話をしよう」
二人きりで、未来の話を。
「……エリーシア様。エリーシア様はこの件からもう、手をお引きください」
少しだけ驚いた。――驚くのは彼の方だと思っていたのだが。
まさか、貴方から切り出されるとは思ってなかった。
「……私は、ミストレス。手を引くわけにはいかないよ」
「いいえ」
シリウスははっきりと言い放つ。しかも、私から目を逸らさずに、だ。
「ミストレスだからこそ、手を引くべきだと僕は思いますが」
「……責任を」
「――責任を、エリーシア様だけが負う必要はどこにもないんです」
「シリウス……」
酷く、優しい顔だった。
酷く、優しい声だった。
陽の光に愛された彼は、陽になろうとする私の堅い意志さえも溶かそうとするかのようだった。
「大丈夫。今度こそ、僕が護ります」
不安を纏う私を案じてか、シリウスは私の髪に触れながらそれを誓う。髪に触れる唇も、頬を撫でる指先も――全てがきっと、温度を持っていたはずだ。
「いいえ」
だが、――もう私にはそれを許容する必要も時間も無い。
指に指を絡めて、――私から引き離す。此処に敢えて、――貴方との線を引かせてもらう。
「今度こそ――私が護る。シリウス……わざわざ呼んだのはね、あそこに居座る彼らについて話したいからじゃない。次の王を、貴方に告げに来たんだよ」
「……は?」
くすくす、くすくすくすと笑う色とりどりの声。
響いて、響いて、反響して、残響して、また響く。繰り返してまた繰り返して――私に過去を掲示し続ける。
シリウスから、数歩離れた。
彼は数歩私に寄った。
私は再び、彼から数歩離れた。
手を伸ばした彼を――視線で封じた。
「聞きなさい、円卓の騎士シリウス=シャンカラ。私……エリーシア=ミストレスはスワード=グリームニルに王位を禅譲する意を此処に告げる。王の剣である貴方には、私の意に添いスワードの」
「――――……え、え?」
呆然と立ち竦んだ彼の枯れ出た言葉に私の音は止まる。
目を閉じた。一呼吸おいて、きちんとシリウスに向き直って……私は言った。
大切なことだから。これは、世界を巻き込んだ本当に大切な事だから。
そして、貴方にとっても……私にとっても大切なことだから。
「私ね、王位をスワードに譲ろうと思う」
シリウスの顔にあやふやな笑顔が浮かぶ。それは笑顔と形容していいのだろうか。頬をあべこべにあげて、唯釣り上げただけの唇の端の造形を――笑顔などと。
私は、顔を下げてはいけない。表情を崩してもいけない。力を入れろ、――全身に!
ねえ、シリウス。私の瞳を見ていて。この紅が貴方だけを写すのは、これが最後になるかもしれない。
「王位を……スワードに譲る……?あは、あはははは。エリーシア様、何のお話をなされているんですか」
「未来の話をしているんだよ」
シリウスが顔をゆっくりと俯かせ行く。
私は彼を労わる様に、その手にこの手を重ねた。
「ねえ、シリウス。どうか、どうか心穏やかに――聞いてね……」
私の好きな貴方が、この世界を支えることになる彼を導けるように。
お願い。どうか逃げないで、聞いてね。
「……世界を守る為に、"わたし"は何度も何度も生まれて、死んだ。私の本来の仕事はそれなのに、いつからか私達は……自分を見失っていったみたい。だから世界は負に溢れ、今回の様な事態に見舞われるの。――もう、限界なんだよ。……私、」
「……違う」
震える手はどちらの手だ。
握り締めて、握りしめて!――お願い、逃げないで!
「"わたし"理解ったんだ!今度こそ、世界を――人間を、神を、命ある全てのものを救える方法がわかったんだ!――私がね、世界に還るの」
きっと、彼はこの思いを受け止められない。
話したくなかった。聞かせたくなかった。――せめて、全てが終わった後に聞けたのなら、こんなに震えなくて済んだだろうに。
震える彼を胸に抱き入れて、私は髪を撫でながら言い聞かせる。梳いて、梳いて、心の濁流を、清流に戻せるように。
「私――人の殻を捨てて、全てを見るよ。全てをこの掌に掬うよ。全てを……愛すよ……。……私が世界に溶ければ、負はすぐに消え去り、清浄な流れに還ることが出来るだろうね。世に苦しみは無くなる。悲しみは無くなる。争いも……全部、全部私が取り上げるから。ねえ、シリウス……お前にはね……」
暖かい春の貴方。凍える冬を包む貴方。
――私の腕の中で、どうか魔物に変わらないで。どうかそのまま、愛を伝える春でいて。
ごめんね。……ごめんね。願わくば、最後まで貴方だけを愛していたかった。貴方を好きだ、その気持ちだけでこの心を満たせるなら――それでよかった。
でも。……ごめんね。私、エリーシアなの。これまでのエリーシアがそうだったように。これからのエリーシアがそうならないように。
過ちは、此処で打ち止めだ。
「スワードを、支えて欲しいんだ」
この世界は、天上界と人間界で成立している。監獄という地獄があれど、魔界があれど、あれは付け加えられたαに過ぎない。
そして――、この世界には王が必要だ。世界のルールがそうである以上、空席のままでは安寧は崩れ去る。だから、私は後任を指差そう。その王に足る者は――スワード。スワードしか、有り得ない。
「シリウス」
「――待って‼待って、ください……!」
男の力で引き剥された。ああ、私は引き剥されたが、彼はその顔の様を私に晒すことになった。結果的に。
「だから、何の話をしているんですかッ!!」
私は幼子に注意を促す様に、優しく丸みを帯びた調子で言葉を紡ぐ。
「……だから、未来の話をしているんだよ」
「何処が‼何を!!未来を!?僕達にロクに相談もせずに、王を退くだと!?」
「――落ち着いて!」
「此れの何処が落ち着いていられるんだ!!違う、違う違う!!――なんで、またこの話に……!?なんでまた、こちら側なんだ……‼」
私から逃げる様とするシリウスを捕まえて、拒絶する瞳を此方に向かせて私は告げる。
「この世界の、未来の話をしているんだよ!」
「僕たちのではなく、何故この世界の話なんだ!」
「当たり前じゃない‼私は、女主人なんだよ!?この世界の安寧無くして、私達の未来なんて有り得ていいはずがない!」
「そんな話聞きたくもないッ!!失敗だ、この世界は違う!!」
手が振り払われるから、その手を掴んだ。
拒絶の色が濃くなる。駄目だ、これは――!
「――聞け!!これは、神勅であるッ!!」
其れは、電流が走るが如く。
其れは、不可避の行使の力。
……出来れば、使いたくなかった。
わたしにとっては、あくまでこの世界が何よりも大事だったの。ええ、シリウスへ向ける想いすらも凌駕するほどに。わたしは、この世界を一番に愛していたいと常々思っていた。
愛って何のことか知らなかったの。……違うわね、――忘れてしまったのよ。愛という万物に共通する仕組みを、原初の理すらもわたしは……手放してしまったの。
ねえ、愛ってシリウスのことだわ。だからわたし、おまえから愛を受け取ればおまえのことも愛せるって信じたの。長い歴史の中で、様々な愛に触れて少しはこの有限の器にも愛を満たせたことだろうと思った。
だから私、未来の話をしたかった。愛に溢れた、未来の話を――――。
「私は王位をスワードに禅譲する!シリウス、お前は王の剣としてその務めを果たせ!何時如何なる時も傍を離れず、その肩書に足る務めを果たせ!!」
――私は、シリウスの目が憎悪に染まった瞬間を見た。
嗚呼、愛は形を変えたのか。
嗚呼、愛はこれで終わるんだろう。
良い。それでも、良い。悲しいけれど、それは私だけが悲しいだけだ。
良い。一つの愛が終わっても、これからたくさんの愛が世界に溢れることになると思えばこの悲劇は喜劇へと変えていける。
口を閉じ目を伏せたシリウスに、もはや掛ける言葉はなかった。外に控えているスワードもきっと私を見れば気まずいと目を逸らすだろう。……そんな静寂に包まれて、私は靴を鳴らす。
私は背を向けた。
神勅の力は絶対だ。抗うことは出来ない。シリウスがどうしてあんなに抵抗したのかわからないが、私はここを出て行こう。
「…………だから、これは違うって言ってるじゃないか」
「――え?」
シリウスの冷たく低い声が、私の喉元まで迫って――――私の視界は反転した。
空は大方が赤に染められ日暮れを示す。首に込められた力に固定された顔は、赤に染まり行く視界に赤い空を映し続ける。
「――――ア、う、し、り、……!?」
「…………―――エリーシア」
視界を覆った青色の髪。開かれた瞳孔が見せる小金の色。
聞きなれない声色は、温度を持っていた。酷く冷たい温度を。そして、背に触れる冷たい床はいつかの夢を想起させる。……夢?
「やめろ。――――や め ろ。あんたの口から聞きたかったのはその言葉じゃない。折角……折角、上手くいっていたのに……邪魔が入らなければ……‼エリーシア……エリーシア様だって、ねえ、もっとお上手に歩けたでしょう?」
防衛本能が、首元にある手を掴んで引き離そうとしている。少しも動きやしない、手。
やだ……やだ……これは嫌だ……!この終わり方は――嫌だ!
「やり直せる、やり直せる!この為に何年、何人の時間と命を……‼君の理を何度歪めてッ……あと少し、あと少しだったのに!!!!大丈夫だ次は上手く行く次こそは上手くいくだってここには君がいるじゃないか!……そうだ。君がいるから、何度でも繰り返せる。何でもやり直せる!はは、あはははは……!」
嫌だ……嫌だ……また、私は……こんなふうに死ぬの?
「嗚呼、……切り落とせなくて残念です――スワード」
涙に歪む視界。解放されたのに、冷たい空気が喉元を通り抜けて咳込む私の肺。
苦しくて、悲しくて。――誰かの腕の中で私は咳と呼吸を荒く繰り返す。
「す、わー……ど?」
私を腕の中に匿っているのは、眼光を獣のように見開いた白い男――スワードだった。
それなのに、何故?スワードなのに、どうして?
どうしてスワードが、シリウスの事をスワードと呼ぶの?
「……虫唾が走るぞ、貴様」
「シリウス……」
ぐつぐつと、お腹の底から絶望が湧き上がる。
シリウスの眼光に、黄金の瞳に――私の中の恐怖が鮮明に浮き上がる。私の嫌いな、黄金。シリウスは、シリウスは……――。
「それはこちらの台詞です。……殺しますよ」
震える私を、スワードの包む腕が強く抱きしめた。私はただ、シリウスを見ていた。
顔を激情で歪ませた、男を見ていた。
「ずっと、……不快だったんですよねぇ。何か気持ち悪くって、――なるほどだから、上手く糸が引けなかったわけだ」
シリウスは、シリウスらしく唇を動かすと首を鳴らす様に角度を付けた。
「ええ、……僕も――俺も不快だったさ。お前の酷い妄執が、――お前の滑稽な人形遊びがな」
その言葉にシリウスは目の色を変える。私は咄嗟にスワードを庇う様に前へ出た。
「シ、リウス。やめて」
「……あはは」
少しの間。小さな笑顔、――そして。目の前に煌めく銀色の刃。
飛ばされた私の身体は、固い壁が受け止める。衝撃に唸った私は、一度だけ目を閉じた。
その間に、二人の距離は詰まっていて――お互いに交えた銀色の刃に倒れ込んだ私が映る。
剣を受け流されたスワードが肩を下げると、その合間を握って私へシリウスの手が伸びる。退路を塞がれた私は、壁に身体の背面を全てつけながらその迫り来る手を見て――、目の前に銀色の髪が広がった。
僅かな隙間に入り込んだスワードが私を抱えてシリウスとの距離を空ける。そして再び交わる銀色の刃。
私は、――私はただ己の髪の束に両の手を埋めて。
両耳に届く怨嗟の声に身を沈めながら。
身体を無数に貫かれる幻の痛みに耐えながら。
喉を劈く絶叫を飲み干しながら。
「どうかしなきゃどうかしなきゃ……!」
正気と狂気の狭間で揺れていた。
就活をすると創作意欲が湧く!‼!
まあ、私のそんなことはどうでもよいのです。皆さん、私が大好きですこすこなほーーんとに大好きな漫画家でいらっしゃる石原ケイコ先生がツイッターを始められました!!好きだろ!?ストレンジドラゴンとか読めよ!!めっちゃ面白いしめっちゃ可愛いしばりかっこいいしもう死ぬ。私は石原ケイコ先生のイラストで萌え死ぬ運命。偽りのフレイヤも読んでます応援してます。ということあとがきでした。すこ。アニメ化待ってます。




