次期皇帝宣言
「決めた」
「うん?」
「私、王を辞める」
「……ああ、そう」
頬杖をついて、その男は苦笑いを浮かべた。
再び眠りに落ちた私を出迎えた男は、目を閉じ開けた私の目の前に座り私を待ち続けていたそうだ。
「驚かないんだね」
「まあ、な。んで?……新しい王は誰よ?」
少しとためらいの後、私は口を開く。
「……――スワード」
「なんで?」
「……あの子が、万人に対する優しさを持っているから。他人を思いやれる心、他人の為に涙を流せる心……愛は、あの子が注いでくれる」
空気が和んだ気配。
――視界を下に彷徨わせていた私は、彼を見上げた。
微笑んでいた。嬉しそうに、笑顔が咲いていた。
だから、私も微笑んだ。綻んだ心が、咲いていく。
白んでいく世界。それは、目覚めの合図だ。
「良かった」
彼が言う。心の底から、そう思っている声色で。
私は笑う。安心する――貴方からその言葉が聞けただけで、こうも安心するなんて。
きっと、貴方も私の大切なものだったのだろう。抜け落ちてしまって、記憶は無いけれど心がそれを訴えているもの。
嗚呼、白金に光る光彩の中に命の色が良く見える。
綺麗な――……緑色。
「……――みどり……」
ぼやけた意識の中で呟いた言葉を、私は聞き取れなかった。寝言を言ったことがわかって、急いで飛び起きる。だだだだ誰もいないよね!?聞かれてたら恥ずかしいんだけど!?!?
良かった。……良かったぁ。誰もいない。
ほっと胸を撫でおろし、私はカーテンを開け目を細めた。
この瞳に入る光は、闇夜の月の様に優しくないけれど太陽の真っ直ぐに伸びる光は縮んだ心の芯を解してくれる。
「陛下。リアラです」
「起きてるよ。どうぞ」
振り返ると、緑の女が恭しく頭を垂れた。
「ねえ、リアラ」
髪を梳かれながら、私はいつものようにリアラに言葉を届けた。リアラも私の髪を梳きながらいつものように応える。
「今日は、――赤いドレスがいいな」
「……はい。かしこまりました」
肌触りの良い赤い布時の上から、金色の刺繍が音色の様に舞い踊って私の身体を包む。青金の私の髪と、紅の私の瞳。王のみが許される赤に身体を染め上げて――私は会食室へ入った。
遅れて頭を下げたシリウスを見て、私は席に着く。
「――始めましょう」
今日が、皆で過ごす最後の晩餐になるだろう。息を静かに吸って、吐いて、私は食事を口に運んだ。
陶器の様に凍えた舌に、いくら美味しい食物を載せても……味はしない。
「陛下、――エリーシア陛下!」
執務室に戻る途中に、ルイーズが私を呼び止めた。
いつもよりしっかりとした造りのドレスのせいで、ゆっくり振り返らざるを得ない私にルイーズは一度立ち止まると頭を下げた。
「陛下、ごめんなさいボク、何か用事忘れて―――」
「丁度良かった。ねえ、ルイーズ。一つ頼まれてくれる?」
「えっ?はい!何でしょう?」
「……スワードを、呼んできて」
「……グリームニル卿?」
純粋無垢な瞳で私を見上げるルイーズに、微笑んだ。
「そう。よろしく」
腑に落ちない色を瞳に混じらせた黄金が、頷いた。
また駆けていく薄桃色の髪が見えなくなるまで見送って、私は再び執務室の方へ歩き出す。
小さく、祈っているのだ。
――私が告げる瞬間まで、シリウス……あなたには会いたくはない。
遠慮がちのノック音。
珍しい――と笑みが零れた。「どうぞ」と執務室の机にペンを置きながら私は入室を促した。
「スワード……だ。失礼」
リアラに用意させた茶菓子。それが広げられている場所へスワードは移動すると、私の合図を待った。
流石に顔が向かい合わず話すのは……特にこの話をするにはあまりにも不誠実だと思った。だから私も執務机から立ち上がり、スワードと相対する。
「座ろう?」
「……失礼」
着席すると、すかさずリアラが茶を運んだ。
「リアラ」
膝をついて茶を置いたリアラは、「はい」と目を上げた。
「リアラの分も置いて、そこに座って」
「……え?私……ですか?」
頷く私と、怪訝な顔の二人。私は明るく笑う様に努めて、二人を着席させた。
…………さて。
……さて。
「――ま、まあ……まずはリアラが用意してくれたお茶とかお菓子とか……どうぞ」
逃げた!
嗚呼、私ったら逃げた!
馬鹿馬鹿馬鹿!!昨夜あんな風にかっこつけて決意したばかりだっていうのに――いざ!いざ、二人を目の前にしてこれなの!?やっばい心臓の音速い、幻聴の如く聞こえるドクドクドクドクドクドク!
一歩だ。まずは一歩だ。
このカップを皿に着地させたら言うぞ。言うの、言え―――ッ!!
「あ、あの……さ……昨日のこと……なんだけど」
「昨日?」
スワードが訝し気な声色を隠さずに眉を顰める。
「そう。皆の制止を振り切って――飛び出したこと。あの後……どうなったのかなー……って」
苦笑。共に頭をくしゃくしゃ。
スワードはカップを置いて、小さく息を吸った。しかし、口を開いたのはリアラだった。
「敵の法撃が陛下を狙いました。間一髪、シリウスが防げたのですが……余波に当てられた御身は、ミコトの手も届かず落下……すぐにシリウスが受け止めお部屋にお運び致した次第です」
私はスワードの瞳を見逃さない。
揺れたのだ――その橙の瞳が、確かに揺れた。
だから、笑う。
私は口元に手を当てながら少し笑って、あくまでにこやかに言った。
「違うよ」
否定の言葉を口に出しながら、私の心は冷えていく。
寂しさと、悲しさと……――その己の不甲斐なさを従者に拭わせてしまった事実に項垂れる心地を覚えながら頬を吊り上げていた。
「それは違う。敵の法撃は打ち消したもの、――いくらあの後次を放ったってあんな数秒で距離なんて詰めれないよ。それが出来たら、私達が詰んでるってことだよ。世界は終わりだ」
あの距離で私を打ち落とす事が出来る法撃、その速さ。
位置を詰められたか、それとも術の威力をあげたか――そのどちらにせよ、今のリアラの話が本当ならば打つ手は選べない。
それこそ、――私がいる。
「リアラ、スワード……ありがとう」
二人の目を見ないよう、視界を下げた。
指を汲みながら、もう一度伝える。
「ありがとね。……私が傷つかないようにしてくれて。――でも、でもさ。やっぱり……このままじゃ駄目だよ」
緑の目、橙の目。……どちらも私が何を言いだすか不安がってる目。
「もう二度と、私は天から堕ちてはいけない。次に私が堕ちる時は、きっと敵に敗れた時になるだろうから。……今二人に座って貰ってるのはね、私の意志を聞いてもらうため。……私の決意を、聞かせるため」
両の手をお腹の位置で握って、ぎゅう、と腹部に押し当てた。
それだけで背中か伸びるの。それだけでも――私を今だけは捕えていて。
「私は……――――エリーシアは、今代で終わらせます」
「……え?」
「……終わる……?エリーシアが……?」
予想できた反応だ。
頷く。今はただ、その戸惑いが、私の言い放った言葉が彼らにとって聞き間違いでないことを理解させることが先決なのだと思っていた。
「何故……なぜ陛下が」
「終わって――――終わって、エリーシアはどうなる?」
呆然と見開かれた橙色の瞳が、私を映す。握られた拳から目を背けた。
「私は……肉体を捨てて、世界に溶けようと思います」
ゆっくりと、私からは二人の目が開かれていくのが見える。
その次に瞳が揺れて――言葉が出ない、という様に各々身体を彷徨わせた。
二人をわたしの味方につけないと、きっと平和に王権の引継ぎは行われない。そもそも、次期皇帝候補のスワードにこの案を呑み込ませなければ元も子も無い話だ。
……そして、この二人を説得できなければ……シリウスなど到底無理な話だろう。私情という重く苦い鎖が私に巻き付いているのだから。
この決定を、私は覆せない。
たとえ世界中の人が反対しても、私が世界に還る。……それが最善だと強く感じるの。強く、強く……まるで一度答えを得たかのように。
「……私ね、世界が……ゆるやかに崩壊してる……感覚がするんだ。ううん、身をもって感じてる。壊れている……――確実に」
「何を根拠に……そう、感じているのですか?」
リアラが問う。
私は、一呼吸置いて答える。
「……ふふ、信じられないかもしれないけどね。私、……私だよ。――私が、壊れていくんだ」
胸に手を当てながら、精一杯の笑顔を向けよう。
「敵の接近を許していること、未だに敵の所在が正確に掴めない事、負の浄化……その負荷が強すぎること……全て、問題は私に辿りつくはずだよ。ねえ、スワード。貴方ならとっくの昔にわかってたはずだよね」
「……」
スワードは答えなかった。膝の上で握りつぶされている拳を見つめているようにも見えるくらいに、彼は顔を下げていた。
肯定と、私は受け取ろう。
「いくら眠っても、いくら身体を作り直しても……もう私、駄目みたい。戻らない、戻れないの。エリーシア、そのものに!」
「いいえ、……いいえ!エリーシア陛下はエリーシア陛下です!そのものも何も、陛下は陛下です!今起きてる問題その全て、陛下が背負われる必要など無いではありませんか。リアラが、スワードが、シリウスが必ず解決してみせますので!」
竜が痛みに叫んでいる。
ごめんね。本当は竜にこんなこと伝えるべきじゃないんだろう。王の喪失――を、私自らが貴女に言うべきことじゃないんだろう。
でも、でもね。これは、必要だと私が思うの。貴女を来る日に傷つけない為に、今傷をつける私を許して……リアラ。
「今解決出来るかもしれない。その次は?……その次は?今だってもうギリギリなラインなんだよ。戦乙女も犠牲になって……数時間後には王都の民も死ぬかもしれない。私……無理だよ」
「陛下さえいらっしゃるなら王都はいくらでも再生します!陛下が居なければ、この世界は……!」
「無理だよ。……王都の民の負を、浄化できる自信がない」
リアラが声を失った。
光を見失った瞳は、一度空を見て……地に何を見つけたのだろう。
「リアラ」
不安そうに私を見つめるリアラに一度微笑んで私がスワードを見ると、リアラもスワード見る。
「スワード」
スワードは目を細めながら私を見た。私は終始穏やかな笑みを作って、ゆっくりとそれが当然であると言い聞かせて……口を開いた。
「次の王は、貴方。スワード。……――私亡き後、ミストレスを貴方に名乗って欲しい。心優しい、貴方に。万人に穏やかである、貴方に」
スワードが立ち上がる。
一度も肩を揺らさないまま、交えた視線を逸らさない儘、私は続ける。
「急にこんなこと言われて、納得できない気持ちはわかるよ。私も……私もね、経験、あるから。だけど、聞いて欲しいの。いいえ――聞きなさい。スワード、貴方は次の王としてこの世界を守って」
次にリアラを見て、精一杯微笑んで、
「リアラ……王は消えないよ。ずっと、王は貴女の傍にいる。私だって傍にいる。人の殻を脱いで、――この空になるだけだから」
「陛下……」
「――ねえ、始りの日を覚えている?」
二人は息を呑む。私は空を見て、二人を見て――立ち上がった。
リアラも併せて立ち上がる。その瞳は未だ呆然から逃れられずに身体は揺れていた。
「私は私の役目を果たすよ。――だから、受け入れなさい」
二人は頭を緩やかに下げた。
「――謹んで、お受けいたします」
「――陛下の御心の儘に」
「……ありがとう。――大丈夫!大丈夫だよ、私ずっと……いるからさ。そんなに悲しい顔……しないでよ」
後ろ髪を引かれない、と言えば嘘になる。しかしもう後戻りは出来ない。
決めたことだ。私が決めたことだ。
それを貫けなくて、何がエリーシアなのか。――なにが、支配者なのか。
「エリーシア」
二人を下がらせて、私はシリウスへ会いに行くために数分置いて部屋を出た。私の背に声をかけたのは、先に出しておいたはずのスワードだ。
「スワード?どうしたの?」
――どうしたの、と聞くのも酷な話だったかもしれない。だけど、それ以外に言葉が紡げない。
「シリウスの下へ行くのか」
「……うん。シリウスにもちゃんと伝えないとね」
「……エリーシア。辛い……のか」
「え?」
下を彷徨う目が、勇気を持って踏み出す様に私を見た。
「痛いのか。だから、……だからエリーシアは遠くへ行ってしまうのか」
スワードの意図がわかって、それがまた優しさゆえの言葉だと沁みて私は一歩距離を縮めた。まるで子犬の様な目で私を見るではないか。スワードという男は、誰もが怯える鬼の様な冷徹さを纏っているものなのに。
「……うん。辛いよ、痛いよ。すっごく……すっごくね」
「俺達は……俺は……エリーシアの助けになれないから……あの時も……――」
拳を握りしめている。……そんなに握ったら、きっと貴方も痛いよ。
「ううん。十分……力になってくれた。私ね、私だけが出来ることをしに遠くへ行くんだ」
「エリーシアにしか出来ないこと?」
「そう。これは私にしか出来ないこと。……――だから、力を貸してねスワード」
嗚呼、ごめんね。
そんなにつらそうな顔、させたくなかった。いくらスワードでも瞳の端に涙を浮かべるのね――いいえ、スワードだからこそ涙を浮かべる。些細な痛みに敏感だからこそ、貴方を王にと思った。
「エリーシア」
「なに?」
スワードの瞳に力が宿る。
先程まで揺れていた炎が、勢いを取り戻したのだろう。風は凪いで、心から繋がる真に熱を伝わせる。
「俺も行こう。――部屋の前で、事の成り行きを見守っている」
「ええ。有難う」
見ていて、スワード。
王の姿を、見ていて。
そして、直に私が会いに行く彼は――貴方の剣となる。
その様を見ていなさい。
歌の題名っぽいなー……と思ったり。
さて、先日DMC5をクリアしたのですが一回目でエンドを全て回収できたという奇跡!魔王もちゃんとプロローグで倒しました!(プレイヤー≠私)
Vたんが最初から好きだったんですが納得ですね……3でも彼が好きでしたし……わあああ!にしても今作は大変満足出来ました!ありがとうカプコン!!!!




