月下
前話にて挿絵を追加しております!是非ご覧ください~(´;ω;`)
それにしても新年号、かっこよくて好きですね。万葉集からの引用とか、う~ん……雅すぎないか!
泣いている。
誰が、泣いているのだろう。
あの穢れを貪る少女の慟哭ではなく、――――夜に降る雪の様な静けさで泣いている。
どうして、泣いているの?
どうして、悲しみはいつもそこに寄り添うの?
――泣かなくていいよって、いつも言い聞かせてたのに。
花は、雨に濡れるとすぐに散ってしまうものだ。
「……――――」
「エリーシア様……!」
目を開けると、金色の瞳に私が見えた。大空の様な髪色に浮かぶ金色の瞳――太陽の様でいて月の様な光が、私だけを見ていた。
「シリウス……」
はい、と安堵した様に微笑む彼の全てに胸の内が体温を取り戻す心地。指先に至るまで凍っていた私の身体は再び血を巡らせる。
「生きた心地がしませんでした……もう、あんな無茶はやめて下さい」
「……ごめんね。ミコトは?……あの子は、大丈夫?」
「――はい。円卓は、頑丈ですから。……陛下と違って」
「……むっ。なんだとー!」
私を覗き込む弱弱しい瞳へと、手を伸ばし頬を抓った。淡くじゃれる私達には、共通の足音が聞こえているのだ。その音を聞こえてないように振る舞って、二人じゃれ合うことしか今は出来ない。
背後に退く手段を柔らかく途絶えさせられた私は、ただ淡い金色の中に抱かれるしかない。
包まれていよう。今だけは。
抱かれていよう、――心地よく感じる間だけは。
彼の望みを少しでも叶える為に。
「起きますか?」
「ううん。……もう少しだけ、このままで――」
彼越しに、過去の『私』を見ている。
終わるんだ。――それを告げる為に皆、私に書を開かせる。
記さなくては。私が、私で居られる期間が短くなっていることに。……はっきりと思い出せる記憶の始まりは、およそ四日前。それ以前から私はこの時間に存在してたように皆振る舞うのに。記憶が抜け落ちてしまっている。
大丈夫だよ、シリウス。そんなに心配しないで。
まだ、眠らないから。
まだ、眠れないでしょう?
王都を無事に守れたら、――やんちゃな彼らを片付けるまでは、あなたの傍に居るから。
「エリーシア様……?」
次に目覚めるとき、私は――エリーシアで居られるのだろうか。
一抹の不安が、心に穴を空けるよう。
「……起きましょう」
うん、わかってるよ『私』達。
――このままじゃ、駄目なんだよね。私は。
「――――と、言いましても……夜は更けてしまいました」
夜風に当たる私とシリウスは、漆黒の大空に輝く金色の月を見上げていた。少し寒い風に腕を摩ることもなく私は屋外へ歩み出す。気持ちいいと、髪を揺らした。
「綺麗だね」
どこも欠けることも無い月は、凛と漆黒に居座っている。この世は全て私のものであるのに、まるで今だけは月が世界の支配者の様。その様に少しの悔しさと戯言を述べる心に笑みを浮かべながら、彼の方を見た。
シリウスも同じように月を見ていた。日中に畏まった洋装ではないけれど、髪は結いあげては無く下ろしているけれど――美しい彼は月を見て、私を見て、微笑んで……、
「……本当に、月が綺麗です」
腕に持つ羽織を私の肩に掛けるのだ。
「……シリウス、私ね」
ぽつりと呟いた私に、彼の視線が向けられたのがわかる。
「――あなたが好きだよ」
「えっ、あっ……はい」
不意をつく言葉に口角を上げると、よくも――というような桃色を混じらせた目線を送られた。
「きっとこの先何があったとしても……忘れないから。覚えられずとも、思い出せるから」
この世界が、安定を保つ限り。
この言葉は口に出せなかった。出せばきっと、あなたは私の心を見るでしょう。
――……嗚呼、本当に月が綺麗。優しく降り積もる金色の光は、あなたに似ている。銀色の光は、あなたに似ている。
踊る様にシリウスの元へ歩き、滑る様に指と指を絡め持ち上げた。誓いを結ぶように、離れぬ行く末を望む様に――それは、神へと捧げるように。
黄金の月の下で、私はあなたに捧げる。
私の思いの全て。――だから、どうか泣かないで。
「――――だから、シリウスは覚えていてね」
「……――エリーシア様」
「――ス、シリウス!こんな所で何を……陛下?」
笑みを残して、私は彼の手を解いた。リアラは不思議そうに庭で向き合っている私達を見ている。
彼の身体から顔を出して、私はリアラに手を振った。一礼を返したリアラは、シリウスを呼んでいるから私はシリウスに行っておいで、と手をひらひらと振った。
「お休みなさい」
月に背を向けて、私は笑う。
――決意は、満月の影にそっと添えるものだ。
さあ、私の書庫よ。今こそ最善を示せ。
私は、支配者。
世界を脅かす者を、許しはしない。
「示す道は一つ、至極単純というものです。――陛下、あなたの魂は創世の時よりその檻に鎮座することを決められた。次はそれを逆さにしてしまえばいい」
「肉体を捨てろってこと?」
「はい。そのお身体は、陛下がわたし達と目を合わせる為にお造りに成られた――ただ、それだけの器だからね」
積まれた書に珍しく座らないひょろりとした音は、紅茶を満たしたカップを私に差し出した。
非常識な時間だとはわかっていたが、アスティンは寝間着ですら無く私がドアノブを掴む前に扉を開け「お待ちしておりました」と一言放ってみせた。そこに見慣れた笑顔も添えて―――。
「……肉体を捨てて、私の記憶は戻ると思う?記録には記されているけど、私本当に何もない。力さえも自由に使えるかどうかわからない……」
「陛下の記憶、その摩耗は陛下がその肉体に留まり続ける限り深刻になります。……陛下にとって、その肉体は非効率なのです。負を浄化するだけならば、朽ち逝く身体はむしろいらない」
「……そうだね。与えるモノはもうとっくに全部……与えてしまったもんね」
頷く。私も、頷いた。
「陛下は世界そのもの。今のその状態は、世界から一部を切り取ったようなもの。……きちんと、お返ししますよ。わたしは、君の記憶そのものだから」
その言葉に私はふと笑みを刻んで、それを否定した。
彼は予想し得なかったようで目を丸めたけれど、私は再び首を横に振った。
「いいえ。アスティン、あなたは――……命有るモノ全ての記録だよ。既に私からは……遠く離れてる」
私も遠く離れている。
ふと、そう思った。
「肉体を……捨てよう」
少しの恐怖。無意識に探す、別の手口。
瞳をアスティンに向ければ、きっとこの弱い心は読まれてしまう。いや、既に読まれているだろう。
アスティンは相も変わらず微笑んで、その橙色を細めていた。
「……濁すことも可能ですよ」
「――お茶を?」
「はい」
どこか聞き馴染のある言葉に、少しだけ心が解けた。ぷっ、と口から出た息を隠す様に手を添えると私は息を一度深く吸って、吐いて――首を振る。
「大丈夫だよ。迷ってない。……優先すべきことを優先しよう」
「御意――……」
恭しく下げられた頭。詰まる息を吐いて、私は背を向けた。
「陽が昇ったら、王権の引継ぎをします。今回王都が狙われた事も……良いタイミングだったね。きっと遅かれ早かれ私はこの選択をしなければならなかったんだと思うの」
ちらりとアスティンを見た。月光に遮られた表情を読み取ることは出来ない。
「ねえ、アスティンさん」
「……何だい」
「私、ちゃんと……エリーシアになれるよう最後まで頑張るから」
「うん」
「……最期まで、見ててください」
出ようと思った、そのつま先は彼の声によって動かすことは叶わない。
「――エリーシア陛下」
私は、ゆっくりと振り返る。膝をついたアスティンは、月光を瞳に映しながら私を見上げている。
「後任を、お伝え願います」
知識を司る者といえど、覗ける書は多くは無い。より機密度が高く成れば成る程、それには上位の者の認可が必要になる。
私は静かに瞳を閉じた。
――浮かび上がるは大空を染め上げるあの色。紅を追いかけ、交じり合う唯一の色。
朝焼け、――日暮れ前の、一時の色。
嗚呼、風に揺れる。彼が微笑んでいる。――その亜麻色の風を靡かせて、あの子は……。
別の記憶が混じったな。いつの記憶だろうか、どの私の記録だろうか。断片的なそれを、もはや遡る必要もないだろう。
埃を払う様にその少女を吹き消して、私はアスティンを見た。少しの呼吸、――お互いの視線を固く絡ませた。
「私はこの王位を――――……スワードに譲位します」
自室に戻る道すがら、私は窓から見える月を見た。
シリウス――……お前を世界に置き去りにしてしまうのが、正直に言うと心残り。
心残り……なんだけど。お前にばかり構ってもいられない。
立ち止まる私の足元に、いつの間にか居た黒猫。
懐かしい匂いを胸に抱いて、私は猫に語り掛けた。
「……出来るかな」
猫は喉を鳴らしながら、私へと擦り付くだけだ。
耳元にこびりつく呪詛の様な言葉を纏いながら、私は眠りの帰路につく。
伝えるべき事、――成すべき事。
私は、王の為すべきことを。
さてさて作者は絶賛就活中なので更新スピードは亀よりも遅くなるでしょう……多分。
幻の平成31年度に何回更新出来るのかッ!乞うご期待……です!




