異 悲忠の騎士 Ⅱ ※挿絵追加
3/28 挿絵追加しております。4/1に更新予定。エイプリルじゃないよ!
地面を揺らす。
断層を――新たに造る勢いで吹き出した力は、砂埃を巻き上げて全ての視界を塗りつぶした。誰に耳にも誰の声も入らない。轟音と共に剥き出しの身体にぶつけられた衝撃波はきっと、誰の理解が及ぶ前にたった一人を覗いて全てを吹き飛ばしてしまうだろう――――。
「やっぱり――あんたの力、あたしと親和性……あるねぇ」
砂埃から覗いた瞳が、赤い舌を覗かせる。
「……そう?」
振り向いたルイーズの首をアルピリの蔦を使い絡みとったリベカは、そのまま引き上げた。数歩引きずられたルイーズはすぐさま槍を振りかざし蔦を斬る。前のめりになった体勢もそのまま、ルイーズはリベカに突進した。
低い姿勢から目をあげず突進してくる様は、まるで―――。
「う、し、か、!」
リベカは躱す。ルイーズは有り得ない切り返しと共に今度こそ顔を上げた。
速い―――。
普通、そんなにスピードが出てたなら数メートルくらい滑るでしょうが!と胸の中で突っ込みたくなるほど、ルイーズの切り返しは速い。
アルピリの援護射撃があるにせよ、矢なんぞには目もくれず虫を叩くように槍で捌いている。
ルイーズ越しにエリーシアが立っている。
投げるのか、その剣を。
リベカは唾を呑んで、後方へ距離を取ることを止めた。
「へえ!度胸あるね!!」
「うるさいなぁ!」
アーチを描くように翳した手の軌道に浮かぶは七本の杭。
その全てに対応する色が浮かび上がっていく。
「穿つは聖。貫くは聖。――――光よ、増せ、増せ、魔女の怒りを証明せんがため!」
杭それぞれに悪魔の紋章が浮上した。過去に何度も天使を葬った杭達だ。――この円卓だって、効くはずだろう!試したことは無いけど!
「何本かはより強力になってるらしいよ!精々頑張りなさい!」
ゼロ距離―――目と目が溶け合う位地まで引き付けて、リベカは一つの杭を手に取りルイーズに突き立てるように振りかざした。
振りかざされた杭は顔を逸らすだけで良い。
しかし、残りの6本は――頭上から降ってきた。
ルイーズはリベカの身体を土台として後方へ真っ直ぐに飛んだ。
地面を抉る杭は抉ったその場所に穢れをのこ、――この神域に、穢れ?
一抹の不安が胸を満たす。
理由もわからずに、ルイーズは焦ってしまった。
そして、気配を感じ振り向いたその際に―――飛んできた刃の煌きが見えて……。
上にも、杭が見えて……。
剣は避けられる。でも、でも、この杭は――陛下の……聖域を――――。
三本。
一際邪悪なる杭を三本、ルイーズは身に許した。
「ぐううああああああああッ!‼!」
ルイーズの方向に空気中の元素が応えるように、敵対する者達へ牙を剥く。
瞬時にアルピリの術により相殺されたが、ルイーズは近い位置にいるエリーシアへと槍を回し身で突き付けようとした。
アンスの水銀が辛うじて初めの一手を防ぐ。しかし、エリーシアもアンスも防御に回るばかりで攻撃に転じられる隙が与えられない。
まるで狂戦士の如く牙を剥くルイーズに、リベカが割って入ろうとも意図も簡単に弾かれてしまっていた。
「いけない。あんな動きに上山さんの身体が耐えられるはずがありません!」
リアラが張った結界の中で、鏡子は今にも飛び出そうとする勢いで言い放った。アスティンも、リアラも、そんなこと百も承知だ。
応援に行くべきではないのか。
そんな思いが鏡子の身体を満たし始めた。――いや、元々満ちていた。その流れが加速し始めて、動き出しそうな……そんな感覚が足元を震わせている。
「ルイーズ!ルイーズ!忘れたの!――お前は、王の命を忘れたの!?」
「――――はあ、はあ……はあ!?何、陛下がボクに何を命じてくれるの!?」
槍を地面に突き立て、それを軸としてルイーズは身体を回した。エリーシアがこんな突飛な行動に対応するためには、アンスに応じた身体がいるのだ――そう、上山泉の身体ではそのテンポが遅れてしまう。
酸素を求める灰の為に足を止めたその数秒で、エリーシアの身体は吹き飛んだ。そのまま木の幹によって地へ落とされる。――痛み、数本逝ったかもしれない。
しかし、激痛を伴おうともアンスが優先するは命の継続。なんとかその場を抜け出し折れたのは木の方だ。
「ううっ――――痛い、痛いよぉ……ああ、ああああ!」
薄緑の粒子がエリーシアへ集まる。アルピリによる癒しの術だ。相手に勘付かれないようにするために、微々たる回復量しかないが……与えられるだけマシというものだろう。
ルイーズは己に穿たれた杭に手を伸ばした。大罪の杭は聖なる者へ害を成す――故にルイーズは引き抜こうとした。しかし血液を巡る毒のようにくらりと意識を霞ませれば、覚醒を促す様に傷口が疼く様だ。そしてエリーシアが動けば、杭のことなど忘れたかのようにまた笑みを浮かべた。
「……円卓よ」
エリーシアはルイーズの有様に眉を下げながら歩み寄る。その最中に口に出す言葉は、いつの日かの彼女が円卓に命じた言葉だと在りし日にいた者達の大半が気づいた。
「愚者を守り通し、わたしの前へ連れてきなさい」
「――へ?」
「ルイーズ!愚者に手向けるのはお前の槍ではない!手よ!――お前の温かな、その手よ!」
ルイーズは槍を見て、自らの手を見て、その手を陽に重ねて見ていた。何か掴めそうな気がして、――ノイズ交じりの記憶を覗けそうな気がしてルイーズは手のひらを見つめた。
"ルイーズ"
嗚呼、金色の――――髪だ。
優しくボクを呼ぶ声だ。
"ありがとう。お前が無事に彼らを連れて来てくれたから……傷一つなく人間界へ帰せたわ"
紅の瞳が、優しく微笑んでいる。
――――ボクの大好きな、
"ルイーズ"
嗚呼、金色の―――――。
"ルイーズ"
瞳だ。
"殺せ。殺せ、殺せ、――殺せ。それが命だ、これこそが貴様に与えられた唯一の命だ。殺しつくせ。……愚者など、身体が残ればそれでいい"
「あ、ああ……ああ……やだ……やだよ……やだよぅ……っ」
"――――間違えるな。王の命を違えるのか?"
走る。
王の、命令。
逆らえない。
ボクは。
"ルイーズ!"
紅は、王だけの……色だから。
ボクは、陛下を――――間違えないのに。
「愚者は死ねぇぇえええええあはははは!!弱い!弱いものは‼死んで‼ねぇ!?!?」
「させません!――急急如律令!!」
殺意に絡められたエリーシアを殺す一手は鏡子の決死の守護により免れた。鏡子は身に秘める力がごっそりと抜け落ちた感覚に膝を崩し、それをルイーズは首を動かすことにより確認する。
ルイーズの口角があがる。目を開いたのは、鏡子を除く全員。
「――リアラ!」
「はい!」
ルイーズが鏡子に的を定めた。わかる、――わかる!その殺意の向く先が‼
ルイーズの足が動く前にリアラはアルピリへと向きを正す。ルイーズの矛先が沈む前にアルピリはリアラへと右手を差し出す。
ルイーズの身体が沈んだ瞬間に、――アルピリとリアラは直線で結ばれた。
エリーシアが鏡子へ手を伸ばすよりも先に、リベカがその直線状へ残る杭を投げる。ルイーズの頭上を過ぎれば、不思議と彼女が鏡子へ向かう速度と重なった。
そして、ルイーズはアルピリとリアラが結んだ戦場を通過――――。
「―――――っひっ、あああああああああああああああああああああああああああ‼」
濃緑に黒が混じる一直線の炎の中で、ルイーズの飛翔は停止した。
地に落とされたルイーズは、身を焦がす炎の中で悶えている。何かに捕えられたかのように、その身を外へ逃がすことが出来ない。
背を転がし、――空を見ると。
目の中に黒い少女が飛び込んで来た。
「……可哀想に。あんたの意志じゃ、もうどうにもならないんだね」
馬乗りになるリベカには、炎は纏わりつかない。ルイーズの炎塗れの手がリベカの服を掴んでも、黒の少女には火の粉すら飛ばなかった。濁る金色の瞳を覗き込んだ黒の魔女は、抵抗しようと形相を崩す薄桃色の頬に触れていた。
リベカは右手を掲げた。――手の中に杭が黒く光る。
「やだやだやだああああああああああああああああッ!‼‼!陛下、陛下ぁぁああああ‼」
「――わかってる!!わかってるから、―――もう終わりにしてッ!」
心臓に、振り下ろされた。
顎が大きく上にあがって、……ルイーズは動きを止めた。
リベカがその体から退いても、彼女は動く気配を感じさせない。尻餅をつく鏡子は、ようやく息を吸えた。
「は、ははは……なんだ、円卓の騎士って……簡単じゃん」
笑うリベカの膝をリベカも笑って、鏡子のように尻餅をついた。
「ルイーズ……」
一方、エリーシアは身体を引きずりながら彼女の槍を拾ってその名を呼んだ。
彼女の声は、助けを乞う声に限りなく近いものであったのだ。
狂っている―――きっと、ルイーズに正常な判断を下す核はもう無いのだろう。在りし日の彼女を知るエリーシアは、変わらない彼女の愛槍にそっと頬を寄せる。
そのまま、リベカを見て――息を呑んだ。リベカの手元に、先程の杭が転がっている。
立ち上がる、影を見て。
リベカが目を開く瞬間が、遅く感じる程の。アンスは瞬時にエリーシアの支配権を奪い、地を蹴った。
「ふふっ……やっと……あの方の元に……いける……」
ルイーズは、己を貫いている愛槍をそれはそれは愛おしそうに一度撫でた。そして苦痛に耐えるかのように眉を顰め唇を噤んでいる彼女を――エリーシアを――見下ろして、弱弱しく微笑んだのだ。
ありがとう、そのように語る彼女の穏やかな微笑。
ルイーズは残る渾身の力を振り絞り、槍が胸に食い込んだままエリーシアの手から無理やり己を引き剥した。エリーシアの手に既に力は入っていない。命は確実に貫いた。次は無い。ルイーズがどう足掻こうが、既に冥府は大口を開けて彼女の落下を待ち望んでいる。
その決定は絶対に覆せない。
だが、ルイーズは己の半身とも言える愛槍をこのままにしておけなかった。死を悟り息は荒れるが、引き抜こう――そう波打つ意識の深層で決意して、槍を握った。
「―――ふっ、う、う"あ"あ"あ"‼」
断末魔か――聞くに堪えない音を生み出しながら引き抜かれた槍は、重い音を立てて地に転がった。ルイーズは消えかける瞳の光を懸命に灯しながら、槍を追おうと足が崩れても手が追っている。
エリーシアがリアラを見た。リアラにより止血を施されたルイーズは木の根に背を預ける体勢になったが、灯が消えるまであと数分と言ったところだ――とリアラの沈黙により誰もが理解していた。焦げた身体が、爛れた皮膚が哀れで哀れで仕方なくて。
そして、肝心の槍を手に持つのは鏡子であった。
ルイーズの血によって、かの鮮血の槍とも見まごう程の赤黒に染まった彼女の槍を鏡子は拾い上げていた。ルイーズは、もう失せる視界にしがみ付いて槍を見ている。――鏡子は一度強く槍を握って、ルイーズの下へ駆け寄り膝を付いた。
鏡子は何も言わず、静かな炎を瞳に宿して槍をルイーズに握らせた。
ルイーズは、鏡子の瞳を見ていた。その瞳の炎に懐かしい記憶を微かに浮かび上がらせながら、彼女は一度目を瞬かせた。
「ルイーズ」
もう、命は消える。
眠りによる癒しは使えない。――紫の力に添えられた黒の少女によって胸を貫かれたのだから、堕ちるは冥府。女王が剥した一側面の審判を待ち、転生を受け入れるのみ。即ち、死だ。
ルイーズは、己を呼んだ彼女の方へほとんど見えない視界を向けた。
嗚呼、不思議だ。
あのお方の、形が見える。
迎えに、来てくれたのだろうか。――よく愚者達は、陛下を見て言っていたから。もしかして、ボクの下にも来て下さったのかな。……褒めて、くれるかな。ボク、あれからすっごく頑張ったんです。……ボク、陛下の、騎士だから……ボク……エリーシア様の……。
「……――頑張ったわね」
嗚呼、やっぱり。――迎えに来て下さった!
嗚呼――――……嬉しい、な。
「……エリーシア、さん」
「……――行きましょう」
最期にルイーズは己の主の名を呼んで、逝った。その名を聞いた時に、エリーシアは息を呑んで固まってしまった。鏡子の声掛けがなければ、エリーシアはどのくらいの時間そうしていたのだろう。
エリーシアは立ち上がる。もう、薄桃色の騎士には目もくれず踵を返した。
鏡子はルイーズを見た。――光が失われた金色の瞳は、まるで燃え尽きた蝋のよう。しかも、随分と前に炎は燃え尽きてしまっていたような、そんな印象を抱かせる瞳だった。
優しく瞼に手を添えて、瞳を閉じた。
エリーシアが後ろに控えていた者達の下へ戻るまで、彼らはルイーズを見ていた。彼らも一様に傷付いているが、加害者である彼女の死を悼んでいるように鏡子からは見える。
「……良かった」
アスティンの小さな呟きを、鏡子は聞いていた。何が良かったのだろう。しかし、この少女は苦しんでいた――……その苦しみから解放されたと見ていいのだろうか。
鏡子は小さく玄武の名を呼んだ。
――――返答は、未だ返らない。
ルイーズ戦、終了しました!
あと数分で就活解禁ですよ……頑張ったねって私に言ってよ!!!!エリーシアァァ!!!!




