王都接触
五章の番外編を実はこっそりとリメイクしております!本筋は変えてませんが、ちょこちょこっと修正……。これからも古い部分で、修正しやすい箇所はちょこちょこ行ってまいりますね。その度にお知らせをさせて頂くので、是非ご覧ください!
「……シリウス、大丈夫?」
「何がですか?」
「――……っ……戦乙女達のこと……任せっきりにして、ごめんね。円卓とか、必要なら使っても」
「はい、どうぞ。エリーシア様」
「ありが、とう……」
場所を移して、私達は城の庭園にいた。温室ではなく庭園だ。……辺り一面、赤が埋め尽くした薔薇の園に私とシリウスは居た。
シリウスは鼻歌交じりに鼻を手折っている。その薔薇一輪一輪の命を測るように、じぃと眺めては匂いを嗅いで満足いくものだけを手折っていた。
そしてその水色のレースで括られた束は今、私の手元にある。
「嗚呼、やっぱり。……エリーシア様には赤がとてもよく映える」
「え、……ええ?そうかなぁ……目と同じ色だから、馴染むだけだよ」
あまりにも優しく笑う彼に心の音が甘く鳴いて、薔薇の束で頬の色を馴染ませた。ああ、もう、ドキドキする!こういうの、あんまり慣れてないから止めて欲しいよ!
暖かい風が吹く庭の中、赤い薔薇に囲まれながら笑うシリウスから目を逸らした。
「あ」
その先に、一輪だけ毛色の違った薔薇を見つけた。――蒼い、薔薇。赤に埋もれるように咲く彼の色。
ちらりとシリウスを見る。シリウスは結った髪を指で遊ばせながら鼻歌交じりに薔薇を眺めていた。満足げに、愛おしそうに、――そのままその視線の意味を変えずに私へと。
どきり、と身体が固まる前に再び視線を逸らす。芳醇な香りを纏う中で、私は再びその蒼薔薇を見た。
――他の薔薇達には紛れ込んでいないようだ。この一輪だけが、青。こんなに赤薔薇に囲まれては、必要な養分が取れないだろうに。……可哀想、赤い薔薇が私を表すならきっとこの青はシリウスだ。――私に囲まれて、この彼は枯れるのだろうか。
ふと浮かんだ考えに、胸が、心臓が、一瞬止まったような痛みを感じさせる。
「―――っ」
息を止めて、耐えなくちゃ。急な痛覚に幸いにも声も、悶えることもできず、ああ、幸いにも彼には気づかれないだろう。
弱く、静かに、恐る恐る息を吐いて、――――吸った。
「……はぁ……」
もう、胸は痛まなかった。
ほ、と胸を撫で下ろして私は青薔薇に触れる。茎に触れたら、容易く折れてしまった。
「如何されました?エリーシア様」
私の手元を覗き込みながら、シリウスは言った。そして私が持つ花を見ると、――声を無くしたようにこの薔薇を見つめている。
私はそんな彼を見上げながら、ずい、と顔の前に差し出した。
「この子、私に囲まれて可哀想だったからつい……折っちゃった。ほら、水に差して見ていてあげなさい」
シリウスは一度目を丸めると、すぐに優しく微笑んで差し出した私の手ごとその両手で包み込み、己の頬に宛がった。
「え、あ……!?」
「――何をおっしゃるんですか?エリーシア様に囲まれて枯れるなら、この薔薇も本望でしょうに」
目を閉じて、シリウスは恍惚とそんなことを言う。
そして私は上がる息のまま、勢いのまま、恥ずかしさを覆い隠すように口を開いた。
「ば、ばか……!私がお前たちから養分を吸い上げるなんて、本末転倒ですから!」
――開かれたその目が、一瞬だけ核を突かれた獣の瞳に塗り替わる。しかし、その一瞬があまりにも一瞬だったので、私の意志は"気のせい"を選択し思考を捨てた。
彼は笑う。「――そうですね」と、口元だけで。そしてそのままその唇が、私の手の内に触れそう、で、
「―――――ひうっ、あ"っ……!」
今度こそ、絶対的な、苦痛であった。
息の根を止められたとでも形容できそうな、いいえ、これ、は。
あ、ああ、あ、あれだ。心臓を、直に、掴まれて、いる。
「……戦乙女……。――エリーシア様!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼
息、吸えない。私、痛くて、痛い、痛い、痛い、やだ、やだやだやだ、痛い!
――大きな手に縋りたくて、私はシリウスの腕に爪を立てていた。シリウスは悶える私を腕に抱いて、何かを叫んでいる。私は脈打つ心臓を痛みの鞭としか認識できないでいて、どんどん景色が音を遠ざけていく。……遠ざけられたのだから、彼女たちが近づいてくるのだ。現実を遠ざけて、私を次は彼女たちが掴みにやってくる。
出来ない出来ないお前には出来るはずもない!
無数の私が転がって、
無数の誰かが転がって、
――無数の、―――――わたしは。
「お嬢様‼‼‼」
「……あ。リアラ……?」
気がづけば、すでにシリウスの影は無い。
この手に残る温もりは――……リアラのものなのだろう。見渡す薔薇園は何ら変わりないのに、私を横たえ安堵の息を吐く温もりは、もう違う。
「シリウスは……?」
「シリウスならば、王都結界の方に行きました。エリーシア様……お部屋に戻りましょう」
「うん……」
がくり、と身体が鳴った。
――――え?
ああ、やだ。
私……ちゃんと、人の形、してるよね?
「エリーシア様?」
「……リアラ、私……――まだ、大丈夫?」
リアラは何かを悟った様に瞳を一瞬だけ開くと、すぐに頷いてくれた。答えがわかっていて、あえて問いかけた。嗚呼、それだけでもとても安心するの。
「ルイーズ」
私はかの少女騎士の名を呼んだ。「は、はいっ」とやや緊張した面持ちで――……揺れた瞳が見て取れて、私は微笑みながらルイーズを名をもう一度呼んだ。
「戻ろう」
リアラとルイーズは頷いた。ルイーズに抱えられた私は、ようやく地面から身を離す。リアラの転移に風が騒ぐ中、私の視線は再び地面へと向いていた。
そこにあったのは、先程私がシリウスに渡した薔薇の花弁。一つだけの、欠片。
青薔薇の花言葉は、……―――確か。
嗚呼、風に巻かれて花弁はどこへ行くのだろう。
「主よ、御身をあ、案じておりました!」
部屋に戻ると早々、マリーナの声があがった。
私は誘導された寝室への扉をあけずに、執務の椅子へと腰を降ろし息を吐いた。青ざめる顔を指摘されても手を振り、空を見上げる。
「現状の報告を持っているのは?」
「は、はい!……此方を、シャンカラ卿よりお預かりして、おります」
マリーナより渡された包みを解くと、走り書きされたスワードの文字がある。一度マリーナの顔を見上げたが、マリーナは私の心配をするばかりですぐに書面に目を落とした。
「リアラ」
「はい」
どうやら、戦乙女の作る壁をそのままぶち抜いて王都結界に接触したようだ。その時の衝撃が先程の痛みで、私の損傷に置換されたから結界自体の耐久値には何ら影響はしていない。……良かった。私が法撃を肩代わり出来る限り王都が直接叩かれて――はいるが、民の命が散ることは無い。要は私だ、しっかりしなければ。
「リアラはシリウスの元へ行って」
「……はい。――え?えっと、それは出来ません。陛下が心配です」
「大丈夫だよ。私にはマリーナもルイーズもいるんだもん、大丈夫。それよりも、戦乙女の指揮にはリアラが最適解なんだよね?なら、リアラが行かなくちゃ!さあ、命令です。――円卓を出す前に、敵を潰しなさい!」
「――‼は、はい。……名に、誓って」
リアラは一礼すると駆け足に部屋を後にした。
私は「ふう、」と勢いに任せて立ち上がってしまった身体を再び椅子に降ろす。
「へ、陛下……」
二人が心配そうに私を見ていた。
私は数秒前に自分が発した言葉を振り返って……溜息を吐いた。
記録を開き、記憶を取り戻して、私はきっと過ちの根本さえも再び私へと植え付けてきたのだろう。
実際に、今も尚私の耳元で声がする。過去の己は、あらゆる所に結果を連ねて述べる。
――此度もまた、私の首は彼女たちの下へ行くのだろうか。
そして新しい私は、この私に怯えながらも私が今抱えているものを受け取るのだろう。
その繰り返しで――……本当に良いのだろうか?
こんな半端な者が、世界の主で本当に良いのだろうか。
従者にこんな顔を幾度と無くさせてまで、私はこの椅子に座るべきなのだろうか。
『私』達は、何度も何度も言っている。
出来ない、と。
嗚呼、――……。
こんな事態に陥った時に、こんな最も安全な場所で座って居るのが……本当に王たるべき私、なのだろうか?
「ごめん……ルイーズ、マリーナ」
二人は目を丸めている。
立ち上がった私が考えていることに思考が追い付かないから、二人とも動けずにいる。
それでいい。きっと二人の目に布を当てたのは、過去の私なのだろうから。
「――私も行こう」
「――⁉陛下!お待ちください、陛下!」
私は、一世界の主。
私は、お姫様なんかじゃない。
私は、護るべき側で、
私は、護られる側ではない。
開かれる。無数のページが捲られていく。そこに預けておいた知識が私へと戻ってくる。
――不思議と、光明が差したような気分だ。頭の中に立ち込めた黒い霧達が一目散に逃げていく。
「危うく間違えるところだった。あの剣は、私が振うためのもの。あの盾は私が掲げるためのもの。元々は、そうだった!」
私は扉の前で立ち止まり、くるりと踵を返した。
そして、背筋を伸ばして、息を吸って、言うのだ。この二人を越して、足元の、床の、天井の、隅の、いたるところに居る『私』へ、言わなければならない。
「敵の狙いは恐らく私。なら、私が行く。――この国は、世界は、私が守る」
「ぼ、ボクも!ボクも行きます!」
「え、え、――お待ちください!」
扉を開け放ち早々と去り行く私の背を二人は追いかけた。
ルイーズは瞳を煌々と輝かせて、マリーナは顔色を青くして。
そして、執務室は空に――――ならない。
先程まで私が座って居た椅子の上に、黒猫が一匹ゆらゆら、ゆらゆらと尻尾を揺らしていた。「にゃあ、」と一度鳴くとその黒猫は溶けて―――黒いフードに隠れ辛うじて見える口元が、にたりと笑みを刻む。
全ては貴女の望みの儘に。
全ては貴女の御心の儘に。
我らは其れに導く者であり、我らは其処に続く者でもある。
我らの手は――もう、差し出されているのですよ。
さあ、お手を。
どうぞ。
うーん、同じような名前を付ける症候群に名前を付けたい。




