落ちていく
私は――いいえ、私達は今、シリウスとスワードが居ると思われる部屋の前で足止めをされていた。彼らは大空を望むことが出来る魔術仕掛けの部屋を作戦室としていた。――だからここまでやってきたのに、扉の前の円卓と魔導士の二人は私の入室を頑なに拒んでいた。
「出来ません、陛下、どうぞ御帰りを」
「――……開けなさい」
「……お許しください」
やるせない憤りが胸を往復している。その感情が脳に僅かに漏れ出て、私の眉間に皺を刻んでいる。
「ね、ねえ、どうして陛下をお通し出来ないの?ボクら、円卓じゃん?なんで?」
ルイーズはおろおろと私と彼らの間を持っていた。ルイーズの問い掛けに視線を逸らす彼らは一度、扉の奥に視線を向けるのだ。――そう、私を拒んでいるのは、
「……円卓の騎士団、団長権限というわけかな」
「――そうです」
「え、えー!?」
シリウス……。
掌を握りしめざるを得なかった。大きく息を吸って、吐くしか自律を保てなかった。
彼はいつも、私を遠ざける。きっと……きっと、そうだったのだろう。危険に足を踏み入れないように、私がどこかへ行かないように。
「マリーナ、下がって」
不安気に睫毛を下げていた瞳が持ちあがる。マリーナは恐らく訳の分からない儘、私の言葉に従っている。
「ルイーズ、――やれ!」
「はい!」
「――陛下!?」
ルイーズが持ちだした槍の煌きと、私が放つ言葉が扉を塞ぐ二人の理解の外にあった。彼らには驚愕の声をあげることだけを許しておいた。足元に横たわる彼らに小声の謝罪と合掌を沿えると、私は扉に手を掛け――唾を呑んだ。
扉を開いた際に飛んでくるのは――まずは、叱りの声だろう。
円卓と宮廷魔導士一人ずつをダウンさせておいて、あのスワードが怒らないはずがない。……それに、ルイーズにやらせてしまったのだから、彼女を必ず守り通す必要がある。
「ねえ、マリーナ、ルイーズ」
二人は私を見る。
「ちゃんと、守るから……安心して」
冷や汗を感じながら笑ってみたが、二人の反応はあえて見ないように扉の取っ手を見つめた。……そんな深刻に悩むことはしていない。わかっている、わかっているんだけど……何故か大いなる何かに逆らうような恐怖を感じるのは、ええ、きっと、愚かだ。――私以上に大いなる者など、いるわけがないのに。何故私は、彼の目を恐れているんだろう。
息を、吸って、……――――吐いた。
「シリウス、――スワード!私も王都防衛に参加します!」
「エリーシア……」
「――エリーシア様。一体どうなされたんですか……」
リアラが頭を下げ、意外なことにスワードは拍子抜けに私の名を呼んだだけだった。覚悟をしていた声はだれもあげず、私は恐る恐る目を開く。
兵士に何かを伝えていたシリウスは一度その兵を下がらせると私の前へ立ち、眉を下げながら私の顔を覗き込んだ。
「どうもこうもないよ。……私は、王様だもん。やるべきことをやらなくちゃ」
彼の目を見て言う。そして私は一人でに頷くとシリウスの横を通り抜けようと――――。
「お待ちください」
大きな手が、私の腕を掴む。
そして、低い声が首筋を撫でた。
「お戻りください。此処は、エリーシア様のいらっしゃるべき所ではございません」
「――――――」
その一言に、頭の中の糸が一つ、千切れた音がした。
わかっては、いるのだ。その言葉の後に、彼の目を見たから。この男がどのような感情でこのような言葉を吐き出したか、――わかっては、いるのだ。
しかしどうも、この心は随分と余裕が無いようで。普段ならば……心配してくれてありがとう、とでも返せる心の容器に注がれた水は氾濫し濁流と化していた。
何がきっかけなの?
私は、耳の奥で叫んでいる黒の少女に問いかけた。
どれが始まりなの?
私は、落ちている過去の首を覗き込んで問いかけた。
両耳に、両者の主張が反芻している。
耐えて、耐えて――と唇を噛み俯く私に、シリウスは言う。
「……陛下。焦る気持ちはわかります。――不安な気持ちも、わかりますよ。ですが、ここで陛下が動いてはいけない」
胸が、苦しい。
私を傷つけないために落とされた命の叫びも、私の選択に対する糾弾も、過去の己の過ちを嘆く過去も……――行く手を阻む、お前も。
そして、私を憎む彼女も。
この身を急かす――焦燥感も!
「敵は……だれ?」
「エリーシア様!……すみません、少し席を外します」
「ねえ、敵は誰なの?」
「エリーシア様、戻りましょう。――これ以上、穢れに触れてはいけません!」
「――ねえ、シリウス」
シリウスは、従者がいるにも関わらず困った眉を下げたまま私の言葉を待っている。
私は息を吸って、吐いて、彼を見上げた。
「困らせてしまって、ごめんなさい。でも、でも私……――これ以上、目を背けるなんて出来ないの!」
情けない王でごめん。
臣下に己を護らせ続けた結果がこの私なら、きっと私達の選択は間違いだったのだ。
私は初めて、彼の手を払った。――およその力では払えない彼の手を、違う力を添えることによって払うことに成功した。……紫色の力、誰の色だとか、そんなことは考える余裕が無い。
伏せていく目、鎮まる思考、――潰えていく心。
「リアラ!円卓の騎士達よ!――私に続け!」
大空を望む特殊な絡繰り部屋。
その床は壁は天井は――その現場を映し出す巨大なスクリーンのようなもの。
リアラを呼びつけて、私は風を纏う。――竜の力で、私は戦乙女達の眼前に瞬間的に現れることが出来る。浮かぶ金色の髪の間に、シリウスが腕を伸ばす。スワードが机に手を付けながら此方へ走り寄ろうとしている。……私は、風を纏い目を閉じた。
「―――陛下!?それにリアラ様も……こちらは危険です!何故こちらにお出でになっているので!?円卓は何をしているのです!」
暴風が渦巻く遥か上空の砦。もはや砦なのかもわからないほど、それは大空に晒されていた。
「……カーラ?」
「はっ、いかにも。――戦乙女が筆頭大隊、カーラにて」
カーラ、王都第一法撃を防いだ一大隊の隊長だ。
魔法術を司る橙を瞳に宿し、死地に身を置きながらも生命力に溢れている。
……リアラが導く戦乙女達でありながら、スワードの配下なんだ。
まあいい。それよりも意識を向けるべきことは―――、
「……およその敵の位置は?」
「法撃位置に索敵を掛けておりますが、――姿を捉えることが出来ません。既に何騎かを向かわせているのですが、帰還した者また今時点で通信が回復した者もいません」
「そう……」
カーラは失った彼女達を思い、手を握りしめていた。
良い本質だ。戦いに生きる武器でありながら、心は未だ美しい水を湛えているのだから。
「それでも、戦乙女の犠牲は私の役に立つ。向かわせた戦乙女の消失位置の特定は出来ている?」
「はっ、――こちらへ」
リアラに目を合わせ私達は奥へ続いた。
先程までシリウス達と居た部屋に置かれていた地図と全く同じものが広げられている。そこに置いてある石も――同じだ。
「皆、この域にて完全に沈黙致しました。最短でこちら、最長でこちら……」
「ふむ……では、此処に敵大隊が居る事を仮定して……私達も一撃打ち込もう」
「それが……シリウス様より防御以外の術展開を禁じられているのです」
「……なんで?」
カーラが一度目を伏せてしまう。――いけない、声に感情がのる……。
「そ、それは……詳しくは聞いておりません。申し訳ありません!で、ですが、恐らくは衝突を避けるためだと……」
「……なるほど。シリウスにも考えがあるのはわかるし、きっと彼の意図することが最善だよ。でも……」
下を向くことは避けたかった。だから代わりに皆の目から隠された手を握った。
「やはり一度、敵を確認しなければならない」
「それならばこのカーラが参ります。陛下はこちらにて我らの雄姿を御覧ください」
「いいえ」
――頑迷な王、と日記に記そう。
城に帰ったら。シリウスに怒られたら。スワードに……死ぬほど絞られたら。
かれど、頑なに行き過ぎた道に見えた真実を次の私に必ず繋げる。そのために、今はこの道を突き進むのみ。
「――私が行く。戦乙女達はこのままリアラの指示に従って。円卓の騎士、私についてこれる!?」
「――はっ!この剣、御身がために!」
ルイーズを中心とした5騎が今手中にある。十分だ。円卓が5人もいるなら、……根拠のない自信しかないが落とされることはないだろう。
「陛下!お考え直しを!」
「カーラ、お前にもやってもらうことがある」
「な、何を……」
シリウスがこちらへ辿りつく前に、戦乙女には一仕事してもらう。
「カーラの隊を全て使って、この位置へ法撃を放ちなさい。その後に、私と円卓が続くから」
「お、お言葉ですが陛下。シリウス様の……許可が出ないと」
「――カーラ」
気持ちを胸より下に下に繰り下げて、血の退くままに目を下げて、心の落ちるままに喉を下げる。
そして、――静かに言えばいい。
「勅命ですよ――従え」
何を言うのだ。
私以上など、この世界には居ないというのに。
「ぎょ、……――御意」
「陛下。……馬車を呼んでおります。」
「……アレウスさん」
一歩前に出た騎士が居た。
彼の騎士の名はアレウス。確か……あの言い合いの後から見てないと思ったが着いてきてくれていたのか。
少し、心に熱が戻る心地だ。カーラに振り返り微笑んで、私は再び大空に出た。
既にカーラの命が伝わっているのだろう。大勢の戦乙女達が一か所に集まってきている。
「陛下!ボクとアレウスがお伴しますね!他の3人には自力で前方を飛んでもらいましょう!馬もあるし、格好は着くと思うんです!」
「うん、そうだね。……我が騎士よ、頼みました」
急な私の要請にも関わらず、シリウスの元から私に付いてきてくれた円卓に心からの礼を述べた。
「何も敵を叩こうとしているわけじゃない。……認識するだけ。我が都市を狙い、侵そうと目論む敵の御尊顔を見ようじゃない」
「あ、陛下!戦乙女達、準備が出来たみたいです!」
上空を扇げば、巨大な陣が出来上がっていた。
何騎いるのだろう――――膨大な数の戦乙女達の槍が全て突き上げられ、その遥か上空に形作られた魔法陣がくるくると文字を刻しながら回っている。
「――――空よ」
アレウスが手綱を強く握り返し、前を向いた。それにルイーズも慌てて続く。
カーラの詠唱は空に美しく響き、私達を凛と向かせた。
「――――我が行いに、賛同せよ。大気よ、かの御心に頭を垂れよ。放つは一撃、其れは終焉を意味するもの。……復唱する。空よ、……我が行いを称賛せよ」
「陛下。参ります」
「うん。皆……気を付けて」
カーラが槍を私達が突き進む方角に定めた。――伝わる。空気を通して、その意志の高まりが。
「――――放てッ!‼‼」
「―――――――いっくよぉぉぉおお‼」
ぐん、と身を後方へ引きずられた――。
カーラ達の放つ一撃を追うように、私達の馬車は駆けて行く。圧倒的な熱量を持つ法撃の速度は凄まじく、それを追っている私達の早さも例えられるものでは無い。
私は必死に備え付けられた取っ手を握っていた。
初めはあまりの早さに叫んで、途中から振り落とされないようにしがみついて、そして今では――。
不思議と、昂揚感に満ちている。
「はは、……――あはははは!ルイーズ!アレウス!」
及び腰は既に前のめりになり、容赦なく眼球に入り込む風さえも心地よく感じていた。
「楽しい、――楽しいね!私、この感覚、知ってる!!」
そうだ。ああ、――そうだ!私は知っている!いつか、いつの日か、私は戦うことを好んでいた!
そうだとも!剣―――そう、剣を持ちくるりくるりと回る様を楽しみながら!私は!野を駆けた!
覚えている!
初めてアレを手にした日を!
襲い来る少女に対抗するために、私はアレの名を呼んだのだ!傷付いた友を救おうとして、私に向けられた殺意を撥ね退ける為に。
私は、初めてアレの名を呼んだのだ!
その時の感覚を……覚えている!どうして、どうして忘れることが出来るのだろう!
私は―――――。
「……!陛下!エリーシア陛下!敵の反応をキャッチしちゃった!ボクらの法撃を撥ね退けるのかな、すっごい力が、向かって……ひいいい!」
あそこか。
確かに魔法陣の名残が見える。そして、こちらに向かってきている術も見えている。
「アレウス、馬車を止めて」
「御意」
こちらの術とあちらの術がぶつかるまで、わずかであるが時間がある。
その為に私がすることは一つだ。
観察だけをする、と言ったからそれだけにしておくつもりだ。勿論――相手の顔をみることが最低条件。そのためにも替えが効く私が敵陣に飛び込むべきであろう……しかしこの首取られることは、好ましくない。
で、あれば。……――ミコトか。
「……ミコト?」
「……はい?……――いいですよ」
ふ、と笑みが出てしまう。
私が短く感謝を述べると、ミコトは小さく笑って私の傍へ寄った。
「お前達は、私が術式を編む間だけでいい。私を守ってほしいの」
「……えっと?その後ボクらは……」
「引き返して」
ミコト以外の円卓が息を呑んだ。
「――陛下?緩んだ思考は城の中だけに留まらせているべきだと思いますが」
「アレウス!――考えがあるんです。大丈夫、そのためのミコトだから。お前達は私とミコトが奥へ進む代わりに後方へ引き返しなさい。恐らくシリウスとスワードが鬼の如く形相で追いかけてきているはず。――それの時間稼ぎ、おっけい?」
迷いの空気が流れる。
術がぶつかり合うまで、あと少し。その焦りを彼女が読み取ったのか、震える声が気丈に叫んだ。
「わかりました!!ボク達は!!陛下に従います!!だよね!?」
ルイーズの気迫に押されるように、騎士達がそれぞれに私達を取り囲む。未だ納得のいっていない彼を除いてはしぶしぶと従ってくれるようだ。
ありがとう。
小さく零して、私は目を閉じた。
深層へ、落とすのだ。――誰を?己を。
蠢く声のその奥へ。叫ぶ少女さえも通り越して。
深い深い闇の中。――そこへ落ちていくと……彼女が私へ手を伸ばす。
灰の髪に紫の瞳。……深い色を湛えた彼女が、ゆらりと落ちる私へ手を伸ばす。その手を私は取って――、剣を、貸し受けるのだ。
「行きます―――ミコト!」
「御意!」
私は手綱を引いた。弾けた法撃の衝波に紛れて私とミコトは敵陣へと突き進む。
既に彼らは、遥か彼方。
さあ、――我が楽園に触れようとした手の奥を私に見せてみなよ。
「裁きの光よ、――我が名に応えて」
「……陛下?」
「相殺されたから、一撃打ち込みます」
駆け行く頭上に展開した薄紫の陣に一本の巨大な槍が次第に形造られていく。いかに強固な城であろうとも、打ち砕けと命じた槍だ。
ミコトは一度頷くと、剣に手を掛けた。
「落とされた戦乙女達の無念を晴らす」
「……ご随意に」
「――ええ。気持ちの良い挨拶だ」
掲げた剣は、――丘に付きたてる墓標の様な十字架だ。彼女が私に差し出したもの、それを天空に掲げた。魔術で編んだ槍はそれが合図であるかのように、一層の輝きを放つ。そして一度大きく発光すると、
「――――行け!ラーヴァテイン!」
魔の槍は私の声を共に狙いを付けた個所に飛んで行った。
はずなのに。
私は空を落ちている。
赤い馬車がもう、あんなに遠くに。
あれは、何だ?
私の怒りを、殺した者は、――……あの、蒼天の髪は。
だ、れ――……。
灰色の夢の中。
命の色を瞳に映した懐かしい男が言う。
胎児のように眠る私の顔の近くに座り込んで。
愛しく、求め縋りたい声で彼は言う。
「エリーシア。目覚めの時は、もう近いぜ」
私は重い瞼をこじ開けて、痺れた唇で言葉を紡ぐ。
「あなたは……名を……思い……出せたの……?」
霞む視界で男は失笑すると、涙が出そうなほど見たかった笑顔で私を覗き込んだ。
「ばぁか。ぼさっとすんな――×××」
最近更新速度を守れている!!気がします!!
メイドインアビスとかー刀剣乱舞とかー私の意欲をグイグイ刺激する劇場版がたくさんあって幸せです!――それと同時に本丸を放置してたことを思い出しました……審神者業に専念します……遡行軍に狙われたら大変だもんね……。
いやでもバレンタインデーだし英霊にチョコ渡さなきゃ!!清姫――!!




