It's not you
「……大丈夫か?」
「あ、ええ。……大丈夫」
スワードと私、二人机を挟んで日記を見下ろしている。私を慣れない動作で気遣うスワードに、少し笑みを浮かばせながら私は「……やっぱり」と呟いていた。
「やっぱり……その、何だ?」
「あはは。……やっぱり、スワードってそんな感じが自然だよなぁ……って思ってね」
スワードは少し不可解な表情に暖かみを持たせて肩を竦めた。
「どうして人前だとあんなにつんけんどん!ってしてるの?」
「ああ、あれは――……」
「うんうん、スワードはそうやってる方があって、ッ!?」
ズキン、と頭が鈍器で殴られたような痛みを感じた。
咄嗟の痛みに息を止めて、唇を噛んで、耐える。
「エリーシア!」
スワードが立ち上がり傍に駆け寄るが、私は目で終えても口を開けない。
痛い、心臓が波打つように、頭が、痛む。でも、おろおろと私に触れようと触れれずに左右を見渡す彼を見て、痛いのに、笑えて来る。
「ふふっ……いた、いたた、ふふっ……あはは……」
「ば、馬鹿!笑っている場合じゃない!」
徐々に引いていく痛みに、私はスワードの手を上から抑え「大丈夫」と口に出せずに笑う。その様子にまだ傍にいたいと表情で語るスワードは、大人しく頷いた。
「ごめんごめん。何か過去を開いてから、調子が悪くって」
「…………」
「……スワード?」
「……俺も、少し見たが。……あれは、エリーシアでは、ない」
「……はぁい。ありがと」
不服そうに目線を下げるスワードに、また笑う私。「スワードは優しいね」と言って私がお菓子を摘み上げると「俺は優しくなんてない」と言うので、そのままお菓子を口元へ誘った。
「……――エリーシア、寝た方がいいんじゃないか」
「自分でも何してんだ、って……思ってるんだけど。なんかスワードと居ると、こういう事したくなるんだよね、あはは、ほら、あーん」
「……――……。いや、駄目だ。俺が許せそうにないが、頂こう」
スワードはそのままお菓子を奪い取り、自分の手で口の中に放り投げた。
頭痛の波が引いた事に思考の隅で安堵しながら、私は笑って――日記に目を落とした。
「これ……さ。ほんと、どう扱えばいいんだか……」
「扱うも何もない。エリーシア自身の記録ではないのだから、捨ててしまえ」
「……スワード」
お菓子をごくりと飲み込み私を見つめるスワードに、私は手のひらをグーにして思い切り額を小突いてやった。
「――っ!?」
「そういう!優しさは!他の誰かに!与えなさい!」
「…………別に他の人なんて……」
「大の男がそんな顔するな!」
「し、していない!意味がわからん……全く」
いや、してるんだよ……全く。そう、全くと頬を膨らませたいのは私の方なのにお前がしてどうする。誰もが恐れるグリームニル卿が涙目で頬を膨らませる姿など誰が見たい?侍女が見たら卒倒するぞ。……いや、
「…………」
「な、何だ」
眉を寄せながらじりじりとスワードを見つめる距離を詰める私に、逃げ場がないソファの上を後退するそぶりを見せるスワード。
私は己の顎に指を沿わせながら、
「……どっちが良く泣くほうだっけ?」
と言えば。スワードは顔を赤らめ、もう知らん!とでも言うように私の顔を遠ざけると
「そんなこと知るか‼失礼!」
と言って、出て行く際に足を家具にぶつけながら執務室のドアを盛大に響かせて出て行ってしまった。
「あははは」
と笑う私に間入れず、再びドアがノックされる。入室を促すと、苦笑いを浮かべた桃色の少女騎士――ルイーズが一礼をして入ってきた。
「ふふふ、どうしたの?」
笑う私を見て、ルイーズはまだ少しだけ開けている扉の廊下側を一瞥した。
誰かいるのだろう。
首を傾げる私に口をもごもごとさせるルイーズ。私は、ルイーズに発言を促した。
「ぐ、グリームニル卿が……。やっぱり心配なので、もう少し傍に控える、と……」
「ぶっ‼自分から出て行ったくせに?あははははは!」
「わ、笑う事ないだろう!この……っ、ばかエリーシア!」
**
ルイーズに給仕の真似事をさせて、再び私達は席についた。少し疲れを感じた頭が一瞬だけぼやけたけれど、スワードに勘付かれることは無いだろう。私はふわりと浮いた心地をこっそり地につけて、どうしても気を逸らせない日記を持ち上げた。
「……ねえ、この事シリウスには黙っててね」
「……何故?」
「心配をかけたくないんだ。……いや、悲しませたく……無い」
ぎゅ、と日記を胸に抱きしめた。
欠けたという記憶達。その全てをきっと彼は――いや、貴方も覚えているんだよね。
「……自分が……まさか――……欠けるとは、思わなかった、かも」
一つ一つ、吐き出してみた、心の声。
目を閉じるとまだ聞こえてくる。私の過去だった声達が、私の全身に絡みついてくる。
お前には出来ない、と。
一体、何を差しているのか――それさえも、最早……。
「だから、あれはエリーシアでは」
「いいの!スワード、その言葉は慰めになってない。止めて」
「……!――そうしよう」
顔を見ずに声をあげて止めた。胸がズキズキと痛むのだ。憐れまれる度に、慰められる度に。
仕方がないと、誰かが言うように痛い。
「エリーシア」
真っ直ぐに呼びかけられた。
私は、逸らした目をスワードに向けた。
――――短く切りそろえた白銀は、射光を受けてキラキラと煌めている。まるで、流星の軌跡の様に美しい橙の瞳を私に向けている。
嗚呼、いつもそんな風に優しい目をしていたら。きっと、スワードはもっとたくさんの人に愛してもらえるのに。きっと、私も――……。
「エリーシア」
優しく、呼びかけられて我に返る。
「……なあに?」
「此処には、生憎と俺しかいない。……話してみろ、今不安な事全て」
「……」
「――今応戦してるシリウスに、これ以上心配をかけたくないんだろう?……ほら、エリーシア。俺が助けてあげるよ」
あまりにも優しく這う声に、口が抵抗を許されずに、開く。
「……わ、わから、ないの」
手が、震えて。
「私……きっと、病気なんだ……」
遠ざけていたモノが、私の舌によって目の前に並べられる。
「知っているはずなのに……見ているはずなのに……」
声が、震えるの。
「心が……震えて……時間、ないはずなのに……自分が、わからなくって……!」
視界が、ぼやけた。
無理やり口をあけて、苦い苦い形をした固形物を舌に載せて、それが溶けだしそうな時。
私の弱い所。零れそうな、時。
下がる私の視界に、跪いた白い人。その手が、私のナイフを持つ手を、震える手に重ねて。その暖かい橙色の瞳を覗き込んだ時――、扉が前置きも無しに開かれた。
「シリウス、――きゃっ!」
一瞬。
衝迫性の瞳を隠そうともせずに細めた、彼。
私から素早く視線を逸らし、その下へ定めた目のまま、その足は進みだす。蒼天を抱く長い髪が己の生んだ気流に揺れるまま、その手は――スワードの襟首を掴みそのまま壁に抜い付けた。
大きな音がした。何事かと覗き込んだ少女騎士すらも、目を張った。
シリウスは、スワードを私から引き離し壁に投げつけたのだ。
「シリウス!何してるの!?」
止めに入る私に目を向けた金の瞳は冷ややかで、私は伸ばした手を途中で止めてしまう。
「……スワード」
「……シリウス」
スワードもまた、無機質な瞳で目下のシリウスを見ていた。
「彼女に君は触れるべきではありませんよ」
シリウスが握る手の力を強めたのか、スワードの眉が動いた。
ルイーズは何かをしようにも動けず、私とシリウス、そしてスワードを見ていた。
「……君は見ているだけでいい。求められた時にだけ手を差し伸べればいい。――そちらは、僕の役目だったじゃないですか」
シリウスとスワードの対話は私の耳には入らないが、この状況は危険だと肌で感じていた。何がシリウスの琴線に触れたのかはわからないが、早く彼を落ち着けなければならない。
「わかったのなら、スワードは外敵に備える術でも一人で編んでてください。――スワード、君はずっとそうして生きてきたでしょう?」
「……わかった。そうしよう」
ルイーズの近くによって、お互いの手を握り合った瞬間に一触即発な二人が離れ合った。
ごくりと生唾を呑んだ私達は、ゆっくりと振り返るシリウスの表情に再び唾を呑み込んで――、
「ああ~~~~……エリーシア陛下、もう大丈夫ですよ!ご安心ください!スワードが王都を狙う敵への反撃の強いつよーい技を考えてくれるそうです!」
と、涙を拭きながら私へ両手をあげて突進してきた。
「へ?」
その声と共に抱き着かれ、両脇を固められ宙に「わーい!わーい!やっぱり持つべきは最強の魔術師ですよね!陛下!わーい!」と投げ出され、私とルイーズはしばし固まる羽目になりましたとさ。
――は?
え……それのために、あんな演出する必要、ありました?ちょっと心臓止まったんですけど。
わあ、目が、まわるわ~~……あはは……。
「も、もうやめなさい!シリウス!」
友人に先日怒涛の感想を頂きました。
は、は、はぁ~~~~~~~~~~~ずかしいけど嬉しい!!!!!!!!!!!うわああああ!
あ、今回はほのぼの回です。




