少女騎士と王の書庫
視点が泉に変わります。なんのこっちゃ!?となった場合は異の前にお戻りくださいまし……><
1/3 はい。読まれた方は気づかれたであろう間違いを修正しました。おはずかし!
「――三日目だね、こんばんは」
「……こんばんは」
今回は先回りして言ってやった!心の中でガッツポーズを決める私であったが、相手から期待していた反応が返ってこず手ごたえが無かった。ふむ、思ったより悔しいのだろうか。
四元老達による会議は長く長く続き、結局収まるべきところに収まった。思い返せばあそこまで無駄な問答を繰り広げる必要があったのか疑問ではあるが、ある意味そういう面倒も私の仕事なのだろう。
「――――で?」
「え?」
思考に耽っていたから、彼の口の動きは見ていたけれど声が入ってきていなかった。我に返り伝わらなかった意図を示す。
「……エリーシアの言う通り今日で三日目だ。そろそろ気づいたんじゃね」
「……貴方が言ってた、七日間のことについて?」
「そう」
七日目を迎えると、目の前の彼は消えると言う。私の夢に棲み付く彼が消える、――何だ、今の悪寒は。
頭を振り悪寒を振り払おうとした。彼を見た。彼は目を大きく開けて首を傾げる。
「……普通に考えて、貴方がわざわざ私に七日間の期限を伝えるということは、私にも都合の悪い事が起こるからでしょ?」
「まあ、そうだよなぁ」
「教えては……くれないんだよね」
「意味の無いことだからな」
「意味の無い――?……嗚呼、夢の内容を私が覚えていないから」
「ご名答!」
明るく言われて嬉しくなるはずがあるものか。
「……戦乙女と関係がある?」
「ある。七日間で起きる事全て、何一つ見落として良いものじゃねぇ」
「……見落としていいものはない……」
一つだけ、引っかかるものがある。しかし……夢に其れを打ち明けるのは……。もしかしたら、世界の理を揺るがす引き金になるかもしれないモノだ。――いや、……でも……私には……。
「三日目が終わるぞ、今日も一日頑張ろうぜ」
空間に淡い光が差し込みだす。
目覚めの時は、もう一刻も無いだろう。
鼓動がせかしている。一日、一日も無駄にして良いものではないと頭の奥で疼いている。
握った手を更に強く握って、私は立ちあがった彼の手を掴んだ。
「日記!日記を、見つけたんだ。――その中身は、わけのわからない事が書かれてて、私、もしかして――記憶が」
「書庫に行け」
霞む景色に、彼が溶けていく。
私だけが、世界に取り残されていく。始めから何もなかったように一面は白に溶けていく。
「王の書庫に、それは眠る」
**
「――……朝?」
数日だけ続いた何時もの様に、私は目覚めた。私の呟きに呼応するように、隣で丸まっていた黒猫が眠たげに鳴き声を一つあげる。
疲労し気怠い腕を持ち上げて猫を抱き寄せた。
嗚呼――お前の香りは、本当に。
「おはようございます、陛下。リアラです」
「おはよう。今日は良い朝だね」
「……はい。そうですね」
リアラは少し目を丸めて答えた。
驚いたのだろう。その理由はわからないが、わかろうと口を開くことさえ気苦労に感じる。何時の間にか腕に抱いていた暖かさが無い――また何処かへ消えてしまった。
何をしようとしていたのだっけ。猫を撫でながら夜が完全に明けきるまで考えていた思考が遂に光を得ぬまま消えようとしている。
起きた当初は、覚えていたはずなのに。
「ねえ、リアラ……何で夢って忘れちゃうんだろう」
身の回りのお世話を大人しく受けながら、私はぼんやりとリアラに尋ねた。
「……醒めるから、でしょう。陛下は何故、夢をお与えになったのですか?」
「え?ああ、そうか……夢も――私が与えたんだ」
リアラはそうですよ、と笑った。
リアラに連れられ、何時もの様に長机に朝食たちが並ぶ中を私は着席した。
今日私を先導したのはリアラだけで、シリウスはどうしたのかと尋ねると外せぬ用があるらしいとのこと。私より優先すべきことがあるんだね、と皮肉を込めて言ってみたがリアラに言っても仕方のないことだった。リアラも多少憤慨してくれたので、気分は些か晴れたが。
「スワード」
食器が各々の前に並べられる中、少し遠い席に座るスワードに声を掛ける。スワードは不躾にも返事を声に出さないまま視線だけ寄越して「何だ?」と態度を表した。
「……スワード、此方へ来ない?」
「――は?」
「だから、其処に座って食べようよって言ってるんだけど」
私と同じように気だるげな瞳を伏せていたスワードは、今目覚めたかの様な痛快な表情で瞳をこじ開けた。橙の瞳が陽の光を受けてキラキラと輝いている。――まるで、太陽がそこにあるかのように。
美しいものを見た。ああ、気分が晴れていく。
「いいじゃんいいじゃん、今日はシリウス居ないんだし。――ね?リアラも近い方が良いでしょ?」
「……ええ、そうですね。スワード、今日くらいは良いのでは」
「……特に拘りは無いのだがな」
「と、言いつつも素直に席替えるんだね」
おっと睨まれた睨まれた睨まれた!
朝の食卓に、軽快な談笑が生まれていく。――それだけで、些か濁っていた空も朝の色を思い出すというものだ。
「――失礼します!円卓の騎士ルイーズ、サルース殿に火急の件で参りました!」
各々の食事も終わりを見え始めた頃、唐突にその扉は叩かれた。立ち上がろうとしたスワードは、侍女によって開かれた扉の奥に立っていた少女騎士ルイーズの登場により、その動きを止める。
ルイーズはリアラの傍に小走りで駆け寄ると食事を口に運んでいた私に遠慮してか耳打ちをしている。
「ルイーズ……」
ルイーズ。円卓の少女騎士。――そういえば、私……―――。
「ルイーズ!」
「は、はいっ!」
早急に去ろうとした少女を呼び止めた。予測していなかったのか、僅かに肩を飛び上らせて振り返る少女が見せるであろう表情に期待して、私は椅子から腰を浮かし少女に手を差し伸べた。
「――先日の御前試合ご苦労でした。私、あなたの苦労に報いたい、だから――私のお付き、体験してみませんか?」
桜色の髪を風に靡かせた少女は、その表情に乗せて頬を薔薇色に染めていく。そして――――、
「ええええええええええええええ!?」
幾重にも重なった驚きの声が、朝の会食室を愉快に揺らした。
それから、渋い顔を崩さない彼の聖女と喜びを隠しきれずそわそわと執務室を見渡す少女騎士が私の目の前に立っている。
「ま、マリーナ……。忠言はきちんと理解した上で言ったことだから、ね?」
「……いいえ。主の御心に従います」
「聖女マリーナ、貴女の意見は最もだ。――が、何という歓びでしょう!陛下、陛下、ボク、――本当に嬉しくって!」
と、相反する温度に挟まれている私である。
しかしここは譲れない。私はこの少女騎士に報いたいのだ。――強く、そう思えた。
「エリーシア様。申し訳ありません……戦乙女の件にてシリウスをすぐに呼ぶことが叶いませんでした」
リアラが執務室の扉を叩き入ってきた。そして告げた事柄に、ルイーズが口を閉じた。
「今朝からずっとシリウスは王都結界に張り付いているの?」
「いいえ。シリウスならば城内におります。……実は昨夜から何度も接触されていて、シリウスはそれ故に席を離せず」
「昨夜!?うそ、――私」
立ち上がる私をリアラが制した。
「ご心配には及びません陛下!……お体は何処も痛んでおりませんね?それこそが、シリウスが正確に対処出来ている証。エリーシア様……の御無事こそが、シリウスにとって一番の労いなのです。――ルイーズ」
私を椅子に座らせたその後に、リアラの柔らかい口調が消える。
ルイーズはそれに答えて、佇まいを正した。
「円卓の騎士、団長シリウスに代わり陛下の御身をその命を賭してお守り申し上げなさい」
「――!はっ、円卓の騎士ルイーズ、しかとその命承りました……!」
「お喜び申し上げます。ルイーズ様」
マリーナがルイーズに向かって頭を下げた。
私も「よろしくね」と言ったが、心が大きく波打っている。――王都結界。接触……その、一つ一つに。
四元老は言っていた。王都結界の損傷は、私の損傷に繋がると。
そんなこと、知らなかったんだけどね。――そう、知らなかった。
何故?
何故、そんな大事な事を私が知らない?
心が波打つ。昨日、置いて来た物を再び拾い上げていく。
考えたくないが、考えなければならない。……記憶の損失の理由など、私の欠陥を裏付ける理由などあってはならないのに。
そうだ。あの日記だ。あの日記を辿れば――……。
「あれ。ねえ、私の日記知らない?」
既にリアラは退室している。
「日記……ですか?」
マリーナは首を傾げた。そして嗚呼、と言うと、
「この部屋で見つからないなら……書庫にあるかもしれません」
「……書庫?」
また一つ、拾い上げたような。
……何を?
「はい!団長代理ルイーズ、お供致します!」
「え?あ、ああ、ありがとう……」
「お茶を後ほどお持ち致しますね」
そして結局、私はルイーズに背中を押される形で書庫に案内されるのだった。
**
「やあ。……寂れた書庫に、何か御用かな」
「ここが……書庫?それに……あなた、」
「わたしは知識を司る者――君の書庫だよ。さあ、エリーシア陛下、何をお探しに?」
ルイーズに案内された先に、薄暗い黄金の部屋があった。
ルイーズは入らないというから、私だけ少し胸を躍らせながら扉を潜るとそこには所狭しと並べられた本たちと、無数に詰みあがった本たちと、奥の見えない迷宮の様な空間に声が漏れる。
奥へ奥へと誘われるように進むと、その奥にその男はいた。
どれが光かもわからない淡い明かりの中で、その男は無造作に詰まれた本の上に座り私を見ていた。どこか疲れたような、諦めたような、それでいて私を見つけて光を見出した様な様々な感情を混ぜた顔で――その男は私の来訪を喜んでいる様に見える。
そして、――私も。
その男の顔を見て、心が疼くような鼻がつん、と痛く成るような感覚を味わっている。
「……あ、あ、……アスティン――」
「なんだい。……ああ、そうだね――……エリーシア陛下、どうなさいました」
恐らくこれが男の名だ。無意識に口から呼ぶ男の名に応えるように、手を伸ばした私へ応えるように、男は見えない階段を降りる様に私の手を取り私を引き寄せて、この頬に手を添えた。
感じた温度は知っていた。
知っている――はずなのに。
思い出せなかった。
「探し物があるのですね」
「……っ、そ、そう。探し物!ごめんね、なんか急に……」
な、何をしているんだ!私は!こ、これ、権力を使ったセクハラなのでは!?
私の謂われも知らぬ感情の所為で抱き止められた形になっていたこの姿勢を無理やり離した。ぽぽぽ、と頬が紅潮するのがわかって、「あ、あははは」とええい!誤魔化されろ!と念じながら頬に風を送る。
「そうそうそうそう、探し物!えっと、えっとね……私の日記、知らない?」
「勿論、」
「嗚呼、そりゃ知らないよね――――」
「知っております。これですよね」
一度外した視界に再びこの男を入れただけで、右手にその本が収まっていた。
「……うそ」
「……知らないのも無理はありませんよ。知らないことを知っている方が、おかしい」
と言いながら男はその本の背表紙をなぞった。なぞりながら私を慈しむような光を湛えた橙の瞳が私を映している。
その言葉に持つべき言葉を失った私の次の言葉を、男は待っていた。
「なんで、」
「……はい」
「――見透かした様に、言うの?」
男は波が引くように表情を消して、疲れた果てたかのように口角を上げた。
「わたしは、陛下の書庫ですから。記録なんです、……記憶とも言えますね。陛下はそれをお探しになられていることも知っていますよ。さあ、陛下。書庫を開けとご命じ下さい。知る限り、読み上げましょう」
「あなた……アスティンよね?」
「はい。そうですね」
寂れた所で申し訳ないと男は言う。
じゃあ、と私は浮いた足を地につけてアスティンへ手を伸ばした。
「その本を、こちらへ」
アスティンは思わぬ質問を喰らったかのように目を数回瞬かせると、
「ええと。……どうぞ」
すとん、と私の手にそれを置いた。
そんなアスティンをよそに私は自らの日記と思われる書物を開く。――やはり、記述の内容に覚えはない。かと言って、この文字の羅列に不安が募らないわけがない。
「……私ね、この……日記の意味がわからない。自分で書いた記憶がないんだもん、でも、だからといってこの記録を戯言だと捨てることが出来ない……」
「はい。だから陛下は、書庫をお開きになられる」
アスティンはまるで私を誘う様に手を握り目を合わせた。その微笑みは、何物にも替え難き蜜の甘さを含ませていた。
「――見当たらなければ、記録を開けばいいんだね」
「わかりました、エリーシア陛下。――さあ、強く握って。潜りましょう……――深く、深く。あなたが、望むところまで」
暗転した世界。目を閉じて――開いたら、そこは楽園と呼ぶに相応しい景色が広がっていた。
視界の端で光る何かがある。嗚呼、私が持つあの日記だ。
「シリウス!シリウス!」
幼い私が、私の傍を風のように駆けていく。晴天を抱く髪を靡かせた青年が、幼き私を抱き上げた。
「陛下!……もう、どうしたんですか?」
「これは、私の……」
『――――私のです』
背後に、『私』が立っていた。
瓜二つの――『私』は、力なく昏い紅の瞳を持ち上げてこの記録を主張した。
『――――私は、幼い頃からそこに居ました。飢えが無い世界。寒さに震えない世界。……私は、それがどうしても欲しかった。……あなたは、知らないでしょう』
「シリウス!なんて素敵な場所なんでしょう!空気は暖かくて、吸って吐いてもちっとも痛くないのです!お花はどれも綺麗で、緑は豊かで――嗚呼、私、ずっとここに居られるの……!?」
「ええ、ええもちろん!だってここは、エリーシア様の世界なんですから!」
『――――私は』
私は、何も言えない。その中で、『私』は、
『幸せでした』
音を立てて、崩れた。
「ひっ……!」
捲る音。世界が変わる。
煌びやかな調度品が怯えた私の目を眩ませる。自室いっぱいに財宝を散らかして、この私は宝石のベッドに身を埋めた。
「……足りないわ」
古今東西の至宝を身から投げ捨てて、『私』は言う。
「足りないわ!私を慰めるのなら、私を讃えるなら、私は喜ばせたいなら――こんなもの、こんなもの!!……っ、リアラ!リアラ!!」
「……主よ、お、お呼びですか……?」
「マリーナぁ?どうしてあなたが来るの」
「主よ……お、お聞き入れ下さい。……あ、あ、数多の、宝石は……主の、輝きにま、勝ることは決してなく、」
そして響く、鈍い音。
聖女の足元に、重い杯が転がった。
「節制を騙るな死人の分際で!マリーナ、あなたね、列聖者なら分を弁えなさいよ!主たる私に仕えてる自覚はあるの?誰が人間のあなたをこの天上界に招いてあげたと思ってるの?――黙って私の願いを聞きなさい!」
「――いいえ!わたくし達列聖者は、主の福音を届ける者です。主よ、主は油を注がれた者にそのようなことはおっしゃらなかった!主よ、どうかどうかお鎮まりください……!」
「こいつッ……!もう我慢ならないわ。この私を辱めた罰を受けなさい!――そこのお前、ユースティティアを呼んで!聖女マリーナに、罪を問い、罰を与える!」
「……宝石なんて、私は」
あまりに奔放で残虐な光景に、口から零れた言葉を封じる様に声が被さった。
『――私です』
肩が跳ね上がる。
昏い目をした二人目の私が、居た。その身なりは、目の前で喚く記録の私とあまりにも対照的だった。
『……私は、きらきらと輝くものが好きでした。羨望の醜さが、胸にずっとあったのです。あの子の首にかかった宝石、指を彩る宝石、耳に刺した宝石、髪に差した宝石……。私は、満たされたかった。あなたには、わからないでしょう?』
「シリウス、どうかしら?これも、これも。全部侍女達には勿体ないものだわ。――ねえ、そう思うでしょう?」
「……はい。本当に」
『――――私は』
目に痛い赤色を浮かべて恍惚にその風景を眺める『私』は、なんて、
『幸福でした』
「……っ!」
音を立てて崩れる様が、醜いのだろう。
――マリーナ。私は、あなたになんてことをしてしまったの……。
捲る音が、世界を変える。
「人の視点によって、我々神が在り方を変えてはいけません」
次なる私は、顔色一つ変えず四元老と向き合っている。
四元老の面々は、先日と何一つ変わった様子はなかった。
「……陛下……まるで、私達が人に影響されていると聞こえますが……」
「そうでしょう。完全なる我々に、なぜ成し遂げていない事があるのですか?……わからないのなら、答えをあげましょう。人がそのように望んだからです」
この私は、一度息を吸った。
「全ての天秤は常に釣り合ってなければなりません。性も、出自も、生まれ持った性質でさえも優劣があればそこに必ず不幸が生まれます」
「喜びだって、そこから生まれるものではなくってぇ?」
「悲しみを土台とした喜びなんて、いりません。誰かを傷つけて得られる歓びなど、汚らわしい快楽も同じ。我が浄化は、そのような穢れのためにあるのではないのです」
この私は、ただ淡々と虚空を見つめながら、
「人の在り方が神をこのように変えてしまった。始りは全て等しかったはずなんです。こんな世界では、無かった」
「……何を仰りたいのですかな。我々を招集してまで、何をなさりたいので?」
抑揚の無い声で、言い放つ。
「人はもう救いようがないので、一度全て殺してしまいましょう」
「陛下……!」
「これは……何?」
『――私が求めた理想の世界です』
新たな『私』は、疲れ切った頬を擦りもせず立ち尽くしていた。かつての光景に薄ら笑いを浮かべたかのように見える口角の上げ方だったが、その目は確実に正常なそれではない。
またこれも私の過去の姿?
私の身体は、固まってしまっていた。
『性別による差別とは?生まれによる差別とは?人は皆、母の胎内より生まれ落ち、皆一様に生まれ出たことを嘆くくせに。主より突き放された身を悲しんで、一番に泣いたくせに。生まれ出で世界を知ってしまうと、皆一様に黒く染まるのです。……私はそれが許せなかった。あなたには、わからないでしょう?』
「――――あなた達も私の理想とは程遠い。必要がないので、死んでくださいね」
『私は――――』
過去の台詞と笑顔を交差させた『私』は、その頬に亀裂を走らせて、
『幸運でした』
その身を粉々に砕かれた。
まるで、理想の終わりだとでも言うように。
……さあ捲れ、それが私の記録なら。
「――――そうなの」
質素な服に身を包んで、私は涙を流していた。先程までとは打って変わった場面。そうなの、と零れた言葉は涙と共に落ちていく。悲しみを訴える為に発した音ではない。宥める為に、相対する何かを認めたんだよと伝える為に音を零していた。
「そう……そうなの。辛かったわね」
誰かを抱きしめながら、私は涙を流していた。側にはリアラとシリウスが控えていて、そこが謁見の間だということがわかる。……いつもなら、あの上空で見下ろしているはずなのに。この私は、わざわざ謁見者と同じ場所に膝を付き言葉を聞いているようだった。
「ええ、わかったわ。その過ち――引き受けましょう」
「ああ……陛下!お許しください、お許しください……っ!」
「ええ。ええ。許します。私はあなたを許します。――さあ、お立ちなさい。その扉を潜れば、あなたは新しい旅立ちを迎える」
私が私を指差した――否。私の背に、その扉があるのか。
民か――その人が扉を出た直後、「陛下……っ!」と焦る声と共に静かな間に物質が崩れた音がした。
私は咄嗟に腕を差し伸べたシリウスにしがみつきながら、大丈夫だと笑っている。
頬に一筋の涙……ではなく、玉の様な汗が伝った。
「シリウス……次の者を」
「なりません!これ以上はお体に障ります!」
「あら、大丈夫よ。だって私は……神様だもの。こんなの、へっちゃら……」
「エリーシア様、何も全ての負素を引き受ける必要はないのですよ?浄化は、痛みを伴いますから……」
汗を拭うリアラを見上げて私は――、
「痛みを受ける代わりに、誰かを救えるのなら、それって、すごいこと、だ、わ」
血を吐いた。
「……陛下を、お部屋へ」
シリウスの低い声が静かに落ちる。霞んだ視界に力を無くしていく私は、その目を抗いつつも緩やかに閉じていった。
『……終わる私の記録です』
運ばれていく私と入れ替わる様に、俯いた『私』が姿を現した。
ぽつりと落ちた言葉は、喧騒の中に独立している。
『考えを、改めました。過去の私を悔い、恥じて、本来の務めを全うしようと思いました。……いいえ、私は―――それに成りたかったのです。夢、でした。あらゆる祈りを折り重ねても届かなかったモノに……あなたに、わかりますか?』
また、まただ。
『私』が、私を見つめながら、
『嗚呼、――――私は』
壊れていく。
『救われました』
幾重にも幾重にも幾重にも幾重にも重なっていく私の死体。全身はバラバラに砕けて、首はひねり落ちて、腕は砕けて、足はどれが対なのかわからない。辿っては吐いて、吐いては崩れていく。
それがページを捲るごとに繰り返されて、私は――。
首から上だけになったワタシ達に見つめられて、震えてしまって。だって、まるでギロチンで落とされた首の様なんだもの。
遥かに多い暴虐の歴史が、目の前に叩きつけられて、私が崩れて首が落ちていく。
私が落とした首もあった。それと同じように落ちていく。
私が救った痛みでさえ、私に降りかかり落ちる。
堪らず、身を抱きしめて叫んだ。
「もうやめて!!!!もう、もういい!!」
皆が、その赤を私に向けた。
「違う違う!!こんなの違う!こんな有様が、私だなんて……違う、違うよ!!私じゃない、だって、だって何も知らないんだもん!!覚えてないよ!何なの、これ!何なの!!!!これは私じゃない!!」
「 キおくは、摩耗してイる 」
「 どれが正しいのかも 」
「 何れが誤りなのかも 」
「 既に判断が付きません 」
「 この記憶は死ぬ度に摩り減るらしい 」
「 生まれるたびに忘れていくの 」
「 ダかラ、」
「 あなたには、わからないでしょう? 」
響いてくるのは、私の声だ。記憶にない記録の数々。そのどれもが、喜びを孕んでいるのに怒りと苦痛と、戸惑いと――悲しみを産んでいた。
あけおめでーーーーーす!
さてさてさて、これを描いている途中に「エリーシアパートが進んでねぇ!」と気づき温めていた文章をやっとなろう市場に流せました。そして長すぎた。故に二分割でお送りします。
それでは皆様、今年もよろしくお願いしまーーーす!




