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四元老

「よぉ、――二日目だな」


「――⁉えっ……と」


 雲の先を抜けた様に唐突にその男は表れた。

 椅子に足を組みながら座り、紅茶から口を話しながら片手をあげるその男に、私は呼ぶ名を探りながら近づいていく。


「いやー、凄かったな!今日の御前試合は!」


「……見てたの?」


 座れよ、と催促された椅子に腰を掛け私は訝し気に目の前の男を見つめた。男は私の分の茶菓子とお茶を用意しながらゆるやかに首を振る。


「直接は見てねぇよ?けど、あんたを通して見てたさ」


「私を通して……?」


「ああ。俺は、あんたの夢でしか――…………あー……生きられない?」


 疑う目は深みを増していく。

 彼は自分が放った言葉に疑問を感じた様に頬を掻いていた。恥ずかしそうに頬を緩めて。


「まあ、いいや。それよりも、あなたも見てたなら今日の試合の違和感……あったよね」


「あったといえばあったし、無かったと言えば無かったな」


「はぁ?」


 彼は歯を見せながら笑うと、先程までの表情はどこへやらカップの中のスプーンを回しながら言う。


「わかったわかった断言するぜ!――おかしな事なんて何一つ無かった!感じるとすれば、それはあんたがおかしいんじゃねぇ?」


「……言うじゃん。夢の癖に」


 彼は肩を竦ませた。私は、置き場を失った塊を不快感と共に抱き続ける。

 すっきりとしない、いやむしろ更に疑惑を膨らませた私は溜息を吐きながら橙に揺れる水面のを眺めていた。この空間を反射しない水鏡。……私の姿さえも見えない。夢なのだから、現実(リアル)と乖離して当たり前なのだ。


「なあ、俺ってば……あんたのこと何て呼べばいいの?ずっと、あんたあんたって失礼だよな」


「……失礼、ね。私は――」


 薄暗い夢窟に一瞬、眩いばかりの光が満ちた。

 言葉を吸い込まれた私はその光源を追いかけるように立ち上がる。しかし、既に其処は仄暗さを満たしていた。


「……あ、ああ。私は――エリーシア。覚えておいて。あなたも、元はと言えば……」


「……元はと言えば?」


 唇が痺れたように痙攣する。――夢から醒めるのか。


「私が――造った物!失礼な態度を改めた方が良い!」


「ふぅん……そっか。エリーシア、ねぇ……――――」


 




**



 目が覚めて、体を起こして私は思う。


「……――疲れた」


 寝たはずなのに、だ。


 溜息を吐くと幸せが逃げるから、口を弱く叩いてベッドから抜け出す。目覚め前の世界を起こさない様、


「まあ、この部屋には私しか居ないのですが……」


 出来る限り音を立てずに窓際に寄った。カーテンを開けると、部屋に薄光は差し込まない。そう……夜明け前に、私は目覚めた。

 既に睡魔は身を潜めてしまった。窓際に身体を預けながら、先程まで自分が横たわっていた場所を見るけれど、眠ることが出来そうにない。

 

 溜息が出た。

 嗚呼、先程の足掻きが無駄に成ったな、と笑いながら足元に感じた温もりを見下ろした。


「お前……ごめんね、起こしちゃった?」


 抱き上げた猫は、抵抗もせず私に抱かれている。手触りの良い黒毛を撫でながら、私は猫に静かに語り掛けた。


「ねえ……お前は違う匂いがするね……」


 猫は一言、にゃあと鳴くばかり。

 そして私の腕から飛び降りて、扉へ向かって歩く。猫は扉を開けることはできない。当たり前か。だから、黒猫は短い手足で扉を可愛く叩いていた。


 笑みが零れ、「はいはい」と扉を開けてあげると黒猫は小走りで駆けて行った。薄暗い廊下を満たす新しい空気に包まれ走れば、気持ち良いだろう。そんな猫につられるように、気づけば私は――とある姿を見つけていた。


「……スワード?」


 中庭と一体化した吹き抜け廊下の柱に腰を掛け、黒から青へ移り変わる空を見つめる青年が驚いた様にこちらを見ている。闇の中でも色を失わずに輝く銀の髪を無造作に梳かした姿で、スワードは中庭に居た。


「エリーシア……」


 仕方ないなぁ。

 胸に落ちた気持ちは正直なとこ、そんなところ。

 ここは姉心で労わってあげよう――と近づいて、横に腰を降ろす。スワードは驚いていたけれど、そんなことお構いなし!


「眠れなかったんでしょ。試合に負けたことが悔しくて!」


「……違う」


 ははーん。私、ピンと来ました。

 俯いて、髪を触りながら横を向く。決して私と目を合わせようとせずに、自分の気持ちに意地を張って向き合おうとしないその癖!……この私がまさか知らないとでも?


 知ってるとも!まったく、何年の付き合いと心得ているのだ。このお馬鹿さんは。


「まあ、私もね?あっ、シリウス負けるな!って思ったんだよ?――でもところがどっこい!勝っちゃった!本当に、スワードが勝つと思ったんだけどなぁ……なんでだろ?」


「……」


 分析しなさい、分析を!

 じゃなきゃ次の勝利に繋げられないでしょうが!


 私は中腰で正面に回って、その頬を両手で挟み込み強引に此方に向かせた。

 ふふふ、流石に驚いて面白い顔になっているぞ、スワード!とは言わず自分が思う最大限悪い顔をして、背中を押してあげる。

 あなたがまた、前を向くために。


「負けるなスワード!スワードは、私が好きなスワードは、負けっぱなしで終わる人間じゃないよ!大丈夫!次は勝てる!だって私、スワードがずっと一人で頑張ってきたこと知ってるんだから!」


 移り変わる表情が、少し理解できないけれど私は心から溢れる感情を言葉にしたいと思った。

 彼の手を取って、立ち上がりたい。彼の背を押して、笑ってあげたい。あなたの瞳から、涙が出ないようにするために。


"次は……勝てるかな"


 頬を軽く叩いて、そのまま剣を握る手を取った。段々と顔を照らす光に彼は目を細めて、私を見る。そして私は、力強く頷いて言った。


「勝てる!私は――」


"――の勝利を、信じてる!"


「――やめろ!!」


 手を振り払われて、胸を押された。

 私は尻餅をついて、スワードは立ち上がった。触れられた頬に触れて、握られた手を握って。激情を、溢れかえる感情を噛み締めた唇と、震える瞳で私を見下ろしながら彼は走り去る。

 私は振り払われた手を見つめながら、立ち上がった。


 瞳に入った光に目を細めて空を見上げる。

 赤と青の境界線がはっきりと見えて来た。スワードが走り去った方向を向きながら、頬に熱を感じる。


「三日目……」


 ――スワード?


**


「……恐れながら申し上げますが、その案は……如何なものかと」


「どうして?あんなに頑張ってるのに可哀想だよ。今回くらい、ルイーズに一日騎士団長……とかいうの贈ってあげてもいいと思うんだけど」


「しかし、それだと他の騎士が」


「だから、内緒は駄目なのかな?ほらほら、どうせ私ってそんなに発見率あるわけないし」


「……しかし……」


 執務室で、私の仕事を手伝いながらマリーナは困った様に眉を下げて繰り返し否を唱えていた。私は、ただ一言「ルイーズに与えるはずだった褒美を特別に与えようと思う」と零しただけなのに、頷いてくれると思っていたマリーナは柔らかくも頑なに首を縦に振らない。

 私は聞いたのだ。彼女は――ルイーズは――幾度も幾度もスワード戦で敗れている、と。それでも彼女はスワードを目の敵にすることは決してなく、純粋に強さで己よりも勝る彼を尊敬さえしているのだと。


「マリーナは何を恐れているの?」


「ええと……その……」


 見つめればマリーナは私から逃れる様に瞳を逸らし俯いてしまう。


「大丈夫大丈夫。恐れながら申し上げて見てよ」


 聖女は威圧にすぐ潰される。いや――正確には、私の?

 だから出来る限りフランクに接してあげるのが正解だと学んだ。言うならば――部活の後輩に語り掛ける、的な……!

 はて、部活?


「――で、では……その……恐れながら申し上げます……。御前試合の褒美である……騎士団長の座……ですが、その席に憧れ……己が武を磨く者は、騎士魔導士に関わらず……多くいるのです。聖なる争いは、穢れを雪ぐ禊の場――其れは、侵し難い研磨の道……!」


 い、言ってる単語が難しい!

 落ちそうになる肘を必死に机にくっつけて、私は聖女が語る様を真剣に見つめた。言わんとすることを汲み取る為に、一言でも零したら理解不能に陥ると脳が危惧した為に‼


「う、うん……?」


「一人だけを特別視しては、主たる平等の目が失われるというもの。どうか、どうかお考え直し下さい……!騎士ルイーズの弛まぬ努力は、陛下も御存じのとおりでしょう?……それなら、それならば……彼の騎士も救われます……」


「なーるほど。平等、それかぁ」


 ペンを回して、背もたれに背では無く首を預けた。


「でもさぁ……でもさぁ!戦い自体が平等じゃないんだよ!勝てっこないよ!円卓の騎士のトップに挑む前に、魔導士団のトップに挑むとか、それほんとシリウス二人分っていうかスワード二人分っていうかじゃん!それこそ不平等じゃん!」


 ――背を押されるように結びついた答えに私は立ちあがった。胸の前で祈る様に手を組んでいたマリーナは、怯えながらも凛として私を見ていた。


「違います、違います――そうではありません……!我が主よ、お許しを、重ねて……重ねてお願い申し上げます……!お考え直し下さい……!」


「むむむむ……別に怒ってるんじゃないよ、結びついただけ。そもそも御前試合事態がおかしいと思わない?どうして、二人の団長が最後に競い合うのか―――――」


「陛下、シリウスです」


 静寂に水音を響かせる様にこの場は一瞬にして静まった。

 マリーナはその顔から色を無くし、頭を下げ扉へ向かう。私は椅子に座って、頬杖を付きながら入室を許可した。


「エリーシア様、拝謁の――……どうしたんですか?」


「別に何でもない!いっきまーす!」


 マリーナは深く頭を下げて私を見送った。

 微妙な雰囲気になってしまったことに罪悪感を抱きながら、私は帰りにフルーツでも持っていくかぁ……と思い向かう先の事を想いながら溜息を吐く。そんな私を見て、執務室を振り返って首を傾げたのはシリウスだった。


「それで拝謁って……ああ、わかる気がする。とても頭が痛い」


「ご加減でも優れませんか」


「……急に優れなくなりました……」


 胃の辺りがキリキリするような、低気圧に頭蓋骨が圧迫されるような――このまま逃亡したい気持ちがふつふつと湧き出る。

 民の請願を聞く為の拝謁ではないことは、シリウスが浮かべる笑顔の種類からわかった。心配そうに眉を下げるのではなく、シリウスは共に悩むかのように苦笑を浮かべる。

 これは、勤勉たる臣下による私への尋問会だ。


 ――思い出しただけでも背筋が冷える。


「あ、いや、やっぱり帰ろうかな。ほら、ワルキューレとかなんとかも気になるし」


 謁見の間ではなく別の入り口。この扉の後には無駄に豪華でそして威圧感を伴う面子がずらりと大集合しているだろう。

 扉の前に立ち、シリウスが扉に手を掛けた所で私はそんなことを言ってしまった。


「……今日の議題は、そのことらしいです」


「……はい。行きます」


 開かれる地獄への坂道……一人じゃないだけ、マシかな……。




 


「王様って普通遅れて入るもんじゃないのか……別に遅れないけど」


 扉の中へ入ると、一人を除いて誰も来ていないことを告げられた。驚く私を余所に会議の場にお茶やらお菓子やらを並べる侍女達が、別室に案内され座っている私を少しずつ着飾っていく。


「下界の王などはそのような態度なんですか?」


 私の髪を梳かす侍女の一人が私の呟きに反応してそのような言葉を掛けた。言葉を掛けられて初めて考えた私は、自分が根拠に基づいてない発言をしたことによって詰まってしまう。


「……たぶん?」


 と、苦笑いをすることによって逃げてしまった。情けない王様でごめんね……。


「――っていうか、いつ来るの?あのメンバー達は」


「まだ時間はかかるかと思われます。……クルヴェ様はいつもお早くて、素晴らしいお方ですよねぇ」


「へぇ……?」


 その人か。既に来ている一人っていうのは。

 身支度を整えられ、会議室に全員が揃うまで寛いでくれ――と言われ私は部屋に一人残された。必要があれば侍女を呼ぶ。シリウスが部屋後にしたから、一人で待機している方が些か心に余裕が持てたのだ。さて、何をして時間を潰そう?――と、置かれた紅茶に手を伸ばした時、すぐ真横に置かれていた本に手が当たった。


「んっ……あれ、これって――」


 陽を受けて不思議な光を放つ鍵の付いた本。これは確か、私の部屋にあったはずだ。

 何故、これがこの控室にある?


 ……悩んでも無駄だ。わからないものはわからないし、持ってきた犯人を特定した所で何も変わらない。些細なことだ。それよりも、私の部屋に置かれていたこの書物はどうして鍵をかけてあるのだろう?おそらく私の所有物だ。――おそらく。

 私、この本を見た覚えも鍵をかけた覚えも無いのだ。首を傾げても、目を閉じて過去を思い出そうとしても無いものは無い!


「……誰かの忘れ物……とか?」


 今の所この線が濃厚かな?

 私の部屋に、忘れ物。――私の部屋で読書する人とかいないよ?


「あっ――!やば、え!?なんで!?」


 するりと手が通った鍵穴の先。――金属音を確かに立てて、その鍵は地面へ落下した。焦り引いた手の所為で、本も共に地面へ落ち本好きが激怒しそうな開き方をして私へその中身を向けた。


 それなら、まだ良かったのだ。

 その程度なら、まだ。

 しかし、開かれた頁は。見せられた本の中身は、向けられた書き手の意志が――赤く私の目に焼き付いた。


"   わたしはエリーシアじゃない   "

" わたしはだれなの        "

"   わからない。わからない     "

" わたしはだれなの!?      "



 白い見開きのページに、赤い色で殴り書きされた文字は、その痛烈さを露わにするように乱れ、荒れていた。

 素早く本を手に取り閉じて、私は会議室へ繋がる扉と廊下へ繋がる扉を一瞥する。……気配はない。

 壁に背をつけて、背後に誰も立たせないようにして、私は本の表紙を開いた。


 日記、と書いてある一ページ目を見た。

 捲る。



" エリーシアという名を貰った。彼は、わたしに名を捨ててエリーシアを名乗れと言う。エリーシア……?どこかで聞いたことのある名前だけど、忘れちゃった   "

" 此処の暮らしはとても穏やかなものだ。朝は好きな時間に起きられるし、夜は好きな時間に眠れる。空腹に飢えることはないし、人を恨む必要もない。あー!神様ありがとう!   "


 捲る。


"  うーん。こんな日記書いてたっけ?突然掘り起こした。まだ数ページしか書いてないし。よーし、また再開しよう!   "

"  ううむ?過去のわたしはもしかして馬鹿?うそうそ、こんなのが過去の自分なんて信じられない……仕事くらいきちんとしよーよ!   "

"  はあ、疲れた   "


 捲る。


"   心機一転心を入れ替え今日から日記を付け始めることにしました!リアラに怒られたし、馬鹿な人間たちのことちゃんと考えてあげなきゃね!そしたら大好きなタルトを毎日食べられるしー!   "

"   うんうんうん!好調好調絶好調!はみ出したらちょん切って、危なげなら叩いてあげる!簡単だわ!そして今日もタルトがおいしー!   "

"   人間のお世話するっておかしくない?あたしってば、女王陛下だよ?うるさいなぁ、黙って従えよ! "


 捲る。


"   なんだこの日記。私は、こんなのつけてたっけ?明日、書庫の人にでも聞いてみるか   "

"   えー、過去の私へ。どうやら付けてたようだ。かなり昔らしいが。すっかり忘れていた。読み込んで、過去の己の愚かさから学ばせてもらう。ああ、恥ずかしい   "

" 彼って誰のことだ?転生を繰り返して記憶が摩耗しているのか?危ないな、少し調べてみるか "

" 最悪だ。記憶が摩耗している。これはいけない。日記の重要性を再確認した。   "

"   裁いても裁いても赦しても赦してもどうして彼らは学習しないんだ。彼らは常に忘れる。私は覚えて行くのに。記録しているのに!裏切られたことも、この苦しみも、痛みも。愚かな、愚かだ。少し、辛い   "


 ……捲る。


" ねえ、ちょっとおかしな夢を見るの。人間界で、私がパパとママと暮らしている夢。とても懐かしくて、とても愛しいの。こんな日々、嫌になるくらいに。わたし、どうして王様になってるの?わからないわ。どうして急にこんなこと思ってるの?記憶が摩耗しているせい?いやだわ、いやだわ……   "

" 帰りたい帰りたいやだやだやだもうやだ!!わたしばっかり責められて!!不出来だって、出来そこないだって!!馬鹿な夢を見ている馬鹿な王だって直接言えばいいのに!!見ないで、わたしを見ないで……もうやだよ。誰なの?ねえ、パパママ……誰なの?わからないわ、会いたいわ……   "


 めく、る。


"   もうすぐ御前試合が開かれると騎士達から聞いた。そんなのわたしは知らないと言ったが、どうやらわたしが企画するのだから冗談はやめろと言われてしまった。……そんなの企画したっけ?   "

" 御前試合は心躍るものだった!屈強な騎士達が、わたしの為に戦う姿のなんて誇らしい事か!勝者はシリウスだったけれど、スワードも中々いい線をいっていた。ルイーズが少し可哀想だ。だが、騎士というものは男がなるものではなかったっけ?職業騎士に、女性はいるかしら?          "


捲る。


" わたしに出来る訳がなかったんだ    "

"   わたし達に、出来る訳がなかったんだよ   "

"   ねえ、今、これを開いているエリーシア。あなた、誰なの?   "

"   ねえ、わたしって、本当にエリーシアなの?          "


「……なに、これ」


そして、またあのページを指が止めた。



"   わたしはエリーシアじゃない   "

"   わたしはだれなの        "

"   わからない。わからない     "

"   わたしはだれなの!?      "


「――陛下。シリウスです」


「は、はいっ――わあっ!?」


「陛下?」


 前触れも無く扉がノックされたから、本が一瞬宙を舞った。慌てて取ろうとした時、黒猫が――鳴き声一つ出さずに私に飛び込んで来た。尻餅をついた時、シリウスが扉を開けた。


「……如何(いかが)なされましたか……」


「え!?いや、あ、あれ!?」


 本、本は――!?

 足元を見渡しても、本はおろか黒猫さえいなかった。

 シリウスは私を起こし、僅かに乱れた服の埃を払う。すかさず音もたてずに入ってきた侍女達に軽いお直しをされながら、それでも私は辺りを見渡した。


「陛下?何をお探しになっているんですか?」


 シリウスも、きょろきょろと周りを見渡し始めてしまった。

 心臓が一度悪い方向に鳴って、慌てて誤魔化した。

 まるで、隠し物がバレてしまわないよう取り繕う動作で。




「あら、あらあらあら……陛下、如何なさいましたかぁ?あらやだ怖いお顔、わたくしが気に障ります?」


「テレイヤ。口を慎む様に」


 ……私が座って間もなく、初めに口を開いたこの女は不躾にも声を立てて笑い私の瞳のように赤い紅を差した唇を歪ませた。それに割って入るのは、一番早くに席についていたクルヴェだ。


「――始めましょう」


 気にするだけ無駄だ。特にこの女は……。

 声を聞くだけで、苦い味が口の中を満たしていく。


「ええ、ごほん。では失礼して。ええ――、陛下。議論を始める前に感謝を」


「良い。早く始めましょう」


「ああ、はい。ええ――、本日皆様にお集り頂いたのは――」


「ねェ、陛下。何故……戦乙女(ワルキューレ)を我々の意見無く動かされたの?」


「……え?」


 少し小太りの、この中で一番権力がありますと威張っていた男を差し置いてテレイヤはその下卑た艶のある声を私へ向けた。私が彼女を見ると、彼女の瞳が好機と言いたげな様子で歪む。


「円卓の騎士は陛下の御力。世に最強と謳われた戦士たちの集まり――これは良いでしょう。ええ、問題ないわぁ……だけれどね陛下?戦乙女(ワルキューレ)達は違いましてよ?」


「……ええ、然りですとも。陛下。何故、我々にお声を掛けられず独断なさったのですかな」


 小太りの男が片目を開けて私に疑問を投げかけた。

 私は、初めて知る規則に寒さを感じた。


 そんなこと、初めて聞いた――なんて、言うものなら。この女が。


「申し訳ありません……エリーシア陛下。テレイヤに賛同したくなどありませんが……これだけは説明を要します。……我々に陛下の御心をお伝えください。戦乙女(ワルキューレ)が動くは我らが総意と同意なのです」


 知らないと、声をあげられない。

 握りしめた両手が視界に入ってきた。

 違う。私が顔を伏せたのだ。

 駄目だ。顔をあげろ。私は、女王なのだから。伏せてはいけない。この人達の前で――伏せてはいけない!


「……わからない?」


 糸が見えた。糸が、一瞬にして張り詰められた光景だ。


「緊急を要した。それだけです」


「それだけでは困りますなぁ、陛下」


 ――この親父、何様のつもり?

 でっかいお腹を擦って、私より偉く成ったつもりか?


「決定は覆らない。既に戦乙女(ワルキューレ)は出動しております。……ゆっくり話し合いましょう。皆さまも、……陛下も」


 どうして私も宥められるんだろう。だけど、まあ、少し不機嫌になったのは見抜かれてるし、……落ち着こう。


「……御前試合の前日に、私はいつも通り書類に目をとおしていた。――そこに、一通の親書が紛れ込んでいました」


「それが戦乙女を差し出す要請書ですかなぁ?――我々を介さず陛下にお言葉を、しかも書面で申し上げる無礼者は何処のどいつだ」


「ええ、そう。戦乙女の出動要請だった。王都の結界を破ろうとする勢力がいることと、それ故に戦乙女による対抗強いては殲滅を懇願するものだった」


「――王都結界が破られる?ふふふふふ、陛下ァ、それは陛下が君臨なされる限り……破られることはなくてよ」


「まさか知らないのですかテレイヤ?王都結界の消耗は陛下の御力に直結している。王都結界を護ることは即ち陛下の御身を護る事に等しいのですが」


 クルヴェは最初こそ私に反する立場かと疑ったが、そうではないようだ。この二列に並んだ4人は、右と左で志を違っているように見える。


「はっはっは!王都結界は陛下自らが民に与えたもうた愛そのものではございまぬか!結界は都を守るもの、その結界を守る為に天の防衛力の要である戦乙女を初手で打つ等……些か」


「問題はないはず。王城(ここ)には円卓の騎士がいる――」


「円卓は陛下を護りはすれど、わたくし達を護りはしないでしょう?我々が申し上げたいのは、我々を強いては民を守る戦乙女を防衛領域から出したこと、よ?」


 ……間違いだ。お前の判断は、全て過ちである。それを全て、一から百まで口上で述べてあげるから黙って聞いて反省の色を私達に見せなさい――と言われている。


「では、……卿等は円卓の騎士を出せばよかったのだ、と陛下に申し上げたいのか?」


 右奥で静かに会議を見ていた男が、寡黙なその口を開いた。その言葉に左前のテレイヤは不愉快と言わずともわかる顎の角度で目を細めている。


「違うわ。――戦乙女を出すな、と申し上げたくってよ」


「では、代わりの案を申し上げならければなるまい。第一に、陛下が此度英断なさったのは――この有様を避ける為に他ならないのだから。――シリウス殿!」


 男が立ち上がり声を上げた。それとタイミングを同じくして、部屋の扉が開かれる。

 満面の笑みで一礼をし、入室したのはシリウス――彼はゆっくりと私を除く部屋の面々の顔を見ると再び笑みを浮かべ口を開いた。


「失礼を。――エリーシア陛下、ご報告申し上げます」


「許す。なにがあった?」


 演劇だ、と肌が痛む。

 男の声一つで、芝居が始まった。正された姿勢。水平に伸びた声。細められた瞳――。


「カーラ率いる一大隊が、王都に向けられた法撃を無事防いだと連絡が入りました」


「王都に法撃ですって!?!?」


「――敵は既に王都を狙えるほど近くに来ているの!?シリウス!」


 身体が一度震えた――いや、足、か。

 心臓が力強く鼓動する。それは、私だけでは無い。


「敵の攻撃範囲に王都も含まれる……と?――ふぅむ……」


「ご安心を。王都結界を覆う様に、戦乙女を再配置しています。仮に王都結界に損傷がみられたならば、それは……天の軍勢全てを打ち落としてから、になりますね」


 シリウスはこの状況に一度も焦りを見せず、むしろ笑みを浮かべ語る。その様子に焦りを浮かべるしかなかった四元老は、その臆した色を隠せずに目を伏せ笑みを作っていた。


「……迅速な展開、痛み入ります……」


 述べたのはクルヴェだ。彼女は心から安堵した色を浮かべている。

 

「――今、我々がこのように陛下の王城にて陛下のもてなしを賜りながら会議に没頭できるのは、陛下の御賢明なる判断の下、というわけです」


 一人、席に着かずシリウスの発言を見守っていた男が静かに幕を下ろす様に会議室全体に響き渡る波紋のように声を落とした。

 声を詰まらせる他にない。――左に座る、男と女は。


「……しかし、戦乙女を動かす際の我らの招集は陛下と共に我らが決めた事の一つであることも事実。――陛下」


「今回の戦乙女の出撃で、結界が損傷しなかったという事実は――そう、結果論。事が上手くかみ合ったからこそ、私のあの時の判断は結果的に正しかったということになりました」


 向けられた視線に応えるように、私は口を開く。そして、私の呼吸を置いた先に、


「――全てが、そうなるとは思えませんなぁ」


 と、言葉を挟む。


「……私も、そう、思いました」


「陛下、では……次に賽を投げる時は、」


 テレイヤが隠した口を小さく開く。


「――はい。必ず、四元老を招集しその是非を問います」


 そして皆が、頷いた。


「では陛下。天上に弓引く愚か者共に、またいつもの様に罰を与えてやりませんとなぁ。――シャンカラ卿?」


「――勿論」


「はっはっはっはっ!蹂躙とは愉快ですぞぉ、陛下ぁ!‼‼!」


 私は頷いた。

 閉じた脳裏に、焼き付いた文字。――戦乙女のことも考えないと。でも……でも、それ以上に。


 私が思案するべきなのは、本当に戦乙女のこと?

 結構前に……泉がエリーシアの追体験をしたときにシリウスに後ろをぶっさぁされる前ですかね、その時に玉座の間の下で言い争っていた彼らの再登場が叶いましたー!

 四元老とは、まあ、あれですね。上院、とか貴族院とか……まあそこらへんの政府の最高位のあれ、みたいな……()

 

 さて、皆さま。風邪にはお気を付けください。当方は頭がマッハで痛いデス・・・・・・!

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