異 神々の秘匿 Ⅱ
怪奇というものは、物の怪というものは、見えなければ何の害にもなりはしない。
彼らは、それらは、見える者に害を成す。
見えなければ、手を伸ばした所で触れたことに気付かない。気づかないならば、それを触れていない。
見えるならば、手を伸ばす先は決定した意志の元だ。触れてしまえば、その感触を受けた指先は確かな反応を残す。
だから、触れてはいけない。
そう、――境界線の向こう側は、ただ微笑んで待っているだけだ。
陰陽師たる者、そのくらい――知っているとも。
「……世界を造る時にね、材料が必要だったの。水とか、空気とか、大地とか――そんなものじゃない。わかりやすいものではなくて、わかりにくいもの――彼らを生み出す上での意義が必要だった。わたしは創造者であると同時に支配者でもあった。だから、支配者であるためにわたしはまず初めに……自分の命を使ったわ」
「……命」
「わたしの中には全てがあった。今は何にもないけれど……全てがあったの。火も水も土も風も光も闇も――その一つ一つを大きく分けて、造られたのがシリウスとスワード。風を与えたのがリアラとアルピリ。水を与えたのがシリウス。スワードには――……」
言葉を伸ばす先、エリーシアはその先がないことに気付いた。
あら、あらら?何を取り出して、スワードを造ったのかしら。
解答のページに、何も書かれていない。火?――いいえ。土――?いいえ。光――……それは、ユースティティア。闇?――それは、違う子。
「神秘の力。魔術、法力――そのものです。対になる様に武でシリウス様をお造りになられました。シリウス様は後に炎を、リアラ様は風を、スワードは――属性においてなら全てをお与えになりました」
「ああ……そう。そう、だったわね」
咄嗟にアスティンが口を挟む。アスティンが述べた内容とエリーシアが述べた事実が食い違うことに鏡子は眉を寄せた。
「そこから、……一つ一つを私の中から取り出して――世界を二つ、造ったの」
エリーシアが広げた両の掌に、この世界と、地球が浮いているイメージが容易に浮かぶ。その二つの世界を手中に収め笑う彼女の顔は疲れ切った、いいや、壊れていた。
「そうしたらね、わたし……与え過ぎて自分に残った力は、与えることが最後まで出来なかった浄化の力だけだった。天界に生きる者の身体は、下界のそれよりも丈夫だけれど、それにも限度があった。――浄化の力と天界の身体、それを除けばほぼ人間と同じだったわたしは……浄化の力に耐え切れず死んだの」
「……死んだ?」
「ええ。それはもう、衰弱して、衰弱して、――とても苦しく、自分が造ったけれどまるで地獄の様だって書いてあったわ」
エリーシアは懐かしむ様に、愛おしむようにくすくすと口に手を当てて笑う。しかし、周りに立つ従者達は口角を少しも上げもせず、皆一様に目を伏せていた。その対比が恐ろしく、鏡子は生唾を呑む。
耳の奥で反響する声に、蓋をした。
「創造者にして支配者――人も、神も、全てを支配するわたしは全てを持つ者とされた。本当は、全てを与えて失った者だけれどね。……絶対的な君臨を、絶対的な力を……絶対の生を。死と生を天秤にかけ、それを揺らすのがわたしだと……」
本当は、それすらも既に与えてしまって権限は無かったのだけどね。
エリーシアは小さく呟いた。
「――けれど実際は、己が力を持たず、己が権能は浄化のみの人と変わらず、死が訪れまた生まれまた死ぬ――ただの装置のようなもの……」
「……死んで、また生まれる。転生を幾度と繰り返したと?」
「ええ。肉体が衰えるだけで、わたしという核は何の変わりもないもの。肉体が衰えたから、再生する……それだけ」
「それは死、なのですか?」
「――赤子からやり直すもの。それは生と死ではないの?」
「……そう……です、ね」
鏡子はエリーシアの眼差しから目を逸らしてしまった。
――で、あるならば……この最高神は永続されていない?代わる代わる生まれ変わる……。
ふと、鏡子の心に一つの疑問が湧いた。
鏡子とて、一族中で晴明の生まれ変わりだと言われた人間だ。己に自覚は無かった頃から、その力はその魂は晴明であること偽りなしと認められ――気づけば、当主の座を約束されていた。安倍家の真の当主は晴明の力を持つ者でしかなり得ないのだと。現当主――真の当主に座をゆるずべく、座を守る者――はそう、鏡子に語る。
しかし鏡子は、自分が晴明の生まれ変わりとは思えない。だって、鏡子は鏡子だもの。この身体もこの心も、鏡子はこの世に生まれる前も今も後もきっとそれは鏡子でしか有り得ない。
だからといって、当主の責任を放棄する気はさらさら無い。
「……あの。それのどこが、……知られてはいけない秘密なのでしょう。与えれば失うのは道理です、まして受け取った者ならば、どうしてそれを否定することが出来るのですか?」
「――彼らがそれを、知らないから」
「……知らない?」
「ええ。神々は、発生するの。――人の様に、父から命を与えられ、母の胎盤で肉体を与えられるものではないわ。母はあれど父はあれど、腹の中に宿らない。……火の神は火から生まれ、水の神は水から生まれる。司る者の性質を持つ以上、彼らを支配するわたしは――」
「……全ての力を持つべき、ということですわね。たとえば、生を司る神が居るように。死を司る神がいるように。光と闇が、あるように」
「……ええ」
――そうだ。だから鏡子は、十二神将を使役する。
もし、真の当主の座に着く鏡子がある日を境に十二神将を失ったら――。
鏡子は無意識に手首を握った。
「力ある者の上に立つには力がいるの。――怒り一つで、指先一つで葬れるほどの力が。……いつしかそれが当たり前になったから、わたしはこの事を秘匿としてこの先も守り続ける必要がある」
エリーシアは真っ直ぐに鏡子を見た。
鏡は少し億しながらも凛と見据えた。
そう、全ては世界の安寧を守る為に。
世界の理を守る為に。
「――王が変わっても、ね」
空気が逆毛を立てたように、そのエリーシアの一言で場が凍て付いたようだった。
しかし、その時に――上空の遥か彼方にて一筋の青白い閃光が幻想世界へ伸び消えた。
皆、目を眩ます閃光を見た。
エリーシアは、目を細めて――、
「屈めッ!!アスティン、鏡子を!」
余波を受けたリアラの髪が靡き、彼女は反射でエリーシアへ手を伸ばした。アスティンも、エリーシアの指示に動じることなくすぐに鏡子をその体の内側に抱え込んで地に伏せる。
そして――、地を揺らす凄まじい轟音が鳴り響いた。
「シリウスに違いないわッ!!場所は!?」
「――遥か上空からの法撃です!場所は、エリーシア様!エリーシア様の聖堂ですッ!!」
揺れる城内で、エリーシアは天に向かい声を上げた。
届け、届け――人間の声に従え!
肉体は人であれど、魂はエリーシアであるのだから!必ずやわたしの声を聞き、この声の求めに従え!
「――――巫女、巫ッ、わたしを護る門よ、開け、開け――ッ!!わたし達を、シリウスの元へ招き入れなさいッ!!」
紅影殿よ、その門を今こそ開け。
――わたしが行く。
絶賛低気圧で頭が痛いですこんにちは。
外が恐ろしいことになると思いますが、数分でもこれを呼んで忘れ……られないなぁ!!!!
勘弁してくれ台風!!!!




