誰かのノスタルジック※挿絵
なげぇです。そして、挿絵付きです!!
「――……誰?」
薄く開いた眼。私の目の前に、その男は居た。
茶器を広げながら顔を見せない男は、口元をにっかりと笑わせて私を手招いていた。
私は、少し不審に思いながらもその誘いに乗った。――いや、深く考えることが出来ずに私は一つだけ空いている席に腰を降ろしたのだ。
「俺が誰かって質問だけどよ、答えられそうにねぇわ」
目の前に置かれたカップの中に、陽を溶かした様な液体が注がれていく。気づけば傍には、三段に飾られた茶菓子が用意されていた。頭に浮かんだ素朴な疑問は、茶器の終了という合図で掻き消されていく。
「俺が意地悪をしてるんじゃないぜ?無理なモンは……無理ってこと。持ってない答えを告げるなんて、俺には――うーん、できねぇな!」
目の前の男は快活に笑っているようだ。
身体を満足に動かせない私は、その協調性を見出せる言葉に反応できずただ許されている瞬きで紅茶の水面を見続けている。
「飲まねぇの?冷めた紅茶は、まーあんま美味しくねぇよ?」
「――誰……?」
次に男は苦笑を現す吐息を零す。
私の身体は動かない。許された言葉は、二つ。
「――飲めねぇか。ま、まだ一日目だしなぁ……時間は十分にあるさ」
男は自分のカップを口に運んだ。
指一つ動かせなくなった世界の中で、私達は対峙している。
「……うん、初めて会ったんだし自己紹介でもしとくか!俺の名前は――まだない!つーか、名前なんて重要か?いらねぇよな……俺は此処にしか居られないんだし。取り敢えず、あんたが此処にいる間は退屈せずに済みそうだ。……本当はあんたの話を聞きたいんだけど、一日目だから未だ無理かもなぁ……」
嗚呼、どうして?
心が――きゅう、と締め付けられた。この、鼻をつく痛みも、意図せず頬を伝いそうになる雫も……。
「――あ、ここが何処かってのは、もうわかってんだろ?敢えて口に出すのは野暮ってもんだからな、言わなくてもいいよな。……にしてもあんた……此処に自分の足で来たのに、座った途端姿を忘れるなんて、大丈夫かよ?俺でさえ――俺自身わかってねぇけど、流石に姿を崩すことはなかったぜ?」
頬に触れ、髪を撫でる手を振り払おうとした腕は、一度僅かに揺れるだけで終わってしまった。唯一残された目だけで威嚇すると、男は肩を竦め手を戻す。
「悪ぃ悪ぃ怒んなって――……あ、そろそろか。一日目――……。気を付けろ、7日目を迎えれば俺は消える。あんたも――きっと…………目が覚めたらここを忘れるだろうさ。だけどな、忘れるな。此れだけは忘れるな。『7日の内、一日目が終わった』ことは、絶対に忘れるなよ」
光が奥から満ちていく。
地は形なく、ただ虚しさを孕んだ空間に光が満ちていく。
「俺も出来る限り探してみるよ。だからあんたも、せめて自分を形作ることは出来る様に、自分を知った方がいいと思うぜ。明日は、ちゃんと話せるように……。じゃあ、また、な」
引っ張られる如く、いや、私は私を引き戻し、確かに引きずり戻して―――、
私は目を覚ました。
「――っ!?ヤバ!寝ちゃった!?」
じゅるりと音がしてしまった!頬を擦り誰か顔を見せた際にみっともない顔面を晒す事だけは回避する!手を付いた先でずるりと一枚の紙と一緒に滑ってしまった。「うわ、」と小さく叫んだお陰で視界を得た私は当たりの暗さに気付いて、動きを止めた。
「……ああ、もうこんな時間か……」
背後にある窓から月を見上げる。随分傾いている。もうすぐ、対の空から太陽が顔を出すだろう。太陽――太陽――……。
「あっ……そういえば、紙……捨てちゃったんだっけ」
下を覗き込むと……というか、緑が茂るばかりで一枚のくしゃくしゃにした紙なんて見えるわけがない、か。うーん、と髪を掻きながら窓から背を向けた、その時。
新しい太陽の光が一筋、部屋の一部を照らした。照らされたのは、一冊の本。自分の存在を主張するかのように、その本は太陽の光を受けて蛍火が星の間を縫う様に輝いている。
椅子やらに一度ぶつかり、その部位を擦りつつ本を持ち上げた。
「……日記?――誰の?……私、の?」
陽を遮ると、本の有様がぼやける魔術を施したこの本が私の日記?
背を撫でて、背面を見て、陽に当てた。
椅子に座り、本を開こうとした所で物音に本を飛ばした。
「…………にゃあ」
「――ね、ね、ねこ……猫……!?」
うるさく脈打つ心臓を抑えながら、私はその生き物から目を逸らせずに本を拾う。猫は何度も鳴きながら私の足へ擦り寄った。
「うーん……どうしたのかなー?お腹空いちゃった?」
黒猫に手を寄せると、身軽な動きで私の腕に乗ってくる。抱く形が不思議なほど体に馴染むから、私は猫に頬を寄せながら寝室の扉を肘と体重で開けた。
本をベッド横の棚に入れ、私は部屋を出た。
新しい一日を迎え入れるこの城に差し込む朝日は、静かに、確かに……私に望郷の念を起こさせたが、それに目を閉じて歩き出すしかないと感じている。
**
「さァ――!やって参りました!今日、この日、この時を待ちわびた!文字通り世界の始まりからご存命の皆々様方!もしくはァ、『昨日召し上げられました、はーと』な運の良い通称列聖の諸君達!今、今、今ァー!御前試合、準決勝を執り行いたいと思います!こーの勝負に見事勝利を治めた者はァー!我らが偉大なる騎士、シリウス様と剣を交える栄誉が贈られぇ、なんとなんとォ!その決勝戦で場を狂わせもしや勝ってしまった者はァ!?高貴にして至高である女王陛下エリーシア様からの――!」
「……円卓の騎士、団長としての役職を贈ります」
「――ま、一日限定ですけどネ!さぁさぁさぁさぁ、お集りの諸君!席に着き給え!毎度毎度のことながら準決勝は――スワード!スワード、そう、グリームニル卿だァ!!この世で一番剣が似合わない男のナンバーワンに取り上げられたこともあるお偉い人です!おやおや子供達、あまり失礼な態度を取らない様に!君のパパママより遥かに偉いお方ですぞぉ!」
「さぁて、魔術で最先端を走るこのお方に対抗する愚か者は――こいつだァ!名はルイーズ!誉れ高き戦いの名を贈られた少女騎士、ルイーズだァ!!」
ルイーズ、と声高にその名を響かせた桃色の髪を持つ少女は、その柔らかく揺れるツインテールを風に靡かせ、また少女の肉体には早熟かもしれない――身体を鎧で包み、強さの証であるこの世の12人にしか贈られない皇帝直属の戦闘部隊――円卓の騎士のローブを靡かせながら、場内に参上した。
ルイーズはアナウンスに応えるように右手を上げ、自身を取り囲む観客をぐるりと見まわし歓声を浴びた後、私が座る位置へと身体を正し、一礼をする。見える訳もないが……私は頷いた。
先に場内に居たスワードは、腰に手を当て表情一つ、いや眉一つ動かすことなく地に足をつけている。迸る眼光に炎さえ浮かべたような、その眼差しはたった一点を見射る。
「円卓の騎士序列第6位――ルイーズだぁ!おやおやおやぁ、今年の準決は見物ですねぇ!正直、どちらが勝つか検討も付きません。さぁさぁお集りの皆様方、あなたは、どこに、かけましたか!?さぁ――よってらっしゃ見てらっしゃい!魔道と騎士道のぶつかり合いを括目せよ!」
「陛下、お時間です。お座りください」
「はぁ……やっとか」
闘技場に相対する二人はお互いに位置についた。
私は促される儘、足を数歩引いて無駄に豪勢な椅子へと腰を降ろした。「ふう……」と洩れても仕方がない。些か、この衣装は暑いのだ……。
「扇ぎましょうか?」
「いや、大丈夫だよリアラ。扇ぐ人も暑いだろうし……」
後ろに控えるリアラを笑顔で制した。うーん……もうちょっとラフな服装だったら快適なんだろうけど……。
――と思っていると、突然会場が沸いた。地面さえ揺らすが如き歓声――悲鳴?
何事何事!?と肘を落としていると、リアラが指先で私の視線を誘導する。その先――というか案外近くに、シリウスが立っていた。
シリウスが右手を上げると、水打った波紋が広がる様に場内は静けさを思い出す。シリウスもまた、円卓の騎士である証の――ローブを肩に掛けて儀礼用の騎士服に身を包み陽を浴びている。
「――え!?な、なになに!?馬鹿馬鹿……!」
か、体が熱くなっていく……!?ひぃーばかばか何時めいてんの小学生か私は……!
「ごめん、暑い、リアラ!」
「ふふっ、承知致しました」
――と、まあ、呆気なく従者たちに扇がれる私はちらちらと横目でシリウスを観察するはめになった。
「――姿勢を正して、礼!」
観客の目を一身に受けたシリウスが緩やかに目を開け、言葉を放つ。
試合が始まろうとする合図だ。皆、次々に目線を下へ降ろして行く。
「構え!」
二人とも、各々に武器を抜いた。
少女騎士――ルイーズは、その目に輝く闘志を漲らせ。
魔導士―――スワードは、その目に熱く冷たい炎を宿らせて。
お互いに武器を抜く。
「ルイーズ、準備は良いか」
「――万端に」
「スワード、貴殿は?」
「――既に」
シリウスは両者の顔を見た後頷いた。
左手を己の剣に掛け、右手を再度天に掲げる。そして――、
「いざ尋常に、勝負――始め!」
一日限定の、陛下お傍付きを巡る戦いの幕が、切って降ろされた。
―――なんというか。ええと、常人の目では捉えられない素早さ……と言いますか。おっと違う意味で汗が頬を伝って来た。お、おおおお、それを見て風を強めてくれたけどごめんなさい。貴方の扇ぎ方が弱くて汗が出たのではありません。この眼下で繰り広げられる……少年漫画の様な戦闘に……汗が伝ったのです。
れ、冷静にな……ってはいるのよね、私。そうよ、ハンカチハンカチ――ハッ!扇ぎ方がまた強くなった!しかも若干扇いでる人青ざめてきてる!
「――良い風ですね、ありがとう」
あれ?また風が強くなった……。
ええい、わからん。今は団扇扇ぎ係に気を使っている暇は無い。正直ごめんなさいなんだけど!凄く良い風です!貴方の所為ではないのです!
「これは……どちらが勝つか、見当もつきませんね」
「シリウス。あそこに立ってなくていいの?」
「ええ。僕があそこで試合を見下ろしていると、誰の御前かわからなくなってしまいます。それに……審判は、そこと……ほら、見えます?――配置しているので、僕があそこに立っていたのは形式上、というわけなんです」
「へぇ……――って、あのピンク色の子、凄いな。踊ってるみたい……」
「彼女はルイーズ。円卓の騎士の一人です」
ふむふむ、と私は頷いた。
甲冑に身を包み、円卓の騎士の身が纏えるローブをはためかせ、場内を舞台のようにくるくる回り踊る。その度に桃色の髪は円を描きながら揺れ、――本当に妖精の様な立ち振る舞いだ。
「強いんだね、彼女」
「ええ、とても。――彼女の戦いは純粋なんです。今のルイーズの表情を見て下さればわかるとおりなんですが、……ほら、楽しいと笑っているでしょう?ルイーズは――」
「他人と力を競うことが好きなんだね」
「――……はい」
シリウスを見上げて私が言うと、シリウスが少し間を置いた後、顔をくしゃりと綻ばせて笑った。
彼女――ルイーズの猛攻は衰えることを知らないようだ。スワードをまるで自らの軸に据えて、文字通り四方八方に飛び散り槍をサーカスの一芸かのように浮遊させている。その度観客からは歓声が湧き、その音は上がり下がりするのだが――スワードが持ちこたえるとまた一段と大きく声が響く。
一見、これはスワードへの持久戦だ。ルイーズはその振る舞いから体力が底なしの様に感じられ、逆にスワードが崩れるのを今か今かと待つような演出に客全体を錯覚させる。スワードは魔術師であるのに、魔術は使わず剣を両手に応戦していた。
「スワード……魔術を使わないの……?」
「――使わないことは、ないとは思うのですが……」
冷たい飲み物を運んできてくれたリアラは、私へと手渡ししつつも気になるようだ。
「観客への流れ弾が気になるとか?」
「まさか!彼らに――勿論私達にも流れ弾なんて当たりません」
「そうだよねぇ……。どうしたんだろ。魔術師が騎士に、剣術で勝てる訳ないのに……」
私のその呟きに、二人は息を吐くしかない。私は純粋にそう思って、そう呟いたのだ。誰に賛同して欲しかったわけでもない。ただ、本当にそう思って――。しかし、この呟きをまるでスワードは聞こえたかのように、いや、――聞こえたからスワードは私を一度見たのだ。
「――‼スワード様ぁぁああああああああああ!押し返してぇぇええええ!」
背筋を凍らせた私とは真逆に、熱烈なスワードファン達が一斉に黄色い声を上げた。
何ということでしょう。私の先程の一言の恐らく0.0000000……後に、ルイーズの槍を受け止め受け流し地面へと流し込んで、彼女の足に自らの足を掛け動きを封じそのままルイーズの身体を地面に柔らかく見えるようにしっかりと押しこんだ。
ルイーズも呆然と瞬きをしていたけれど、私は思わず立ち上がって――、
「――わあああスワードすっっごい!がんばれ――ッ!!」
凍て付いた絶対零度のスワードビームから見事解き放たれて、その勝利を応援したのだった!有難う!熱烈なスワードファンの子達!
「そこまで!勝者、スワード!」
「フゥゥゥウウウウウウウウ!団長―――ッ!騎士団に行かないでくださいよ――ッ!でもかっくい――!」
とか、
「グリームニル!グリームニル!」
とか――領民や、魔導士団の鳴り止まぬ声が祝福の紙吹雪と共に反響した。
いつのまにか先程の位置に戻っていたシリウスが、勝利宣言を終え、自らの声さえ聞こえぬ程の歓声の中実況を担っている者へと合図を送っている。
私も立ち上がって拍手を送る中――、ふと敗者となってしまった彼女へ目が行った。
悔しくて泣いちゃってるかもしれない、とも思ったし、勢いでスワードだけ応援しちゃって悪いな、とも思った。私はエリーシアだ。彼女は円卓の騎士だ。円卓の騎士は私お抱えの私兵団で、言うなれば私に仕えている誇りに溢れた集団だろう。そんな彼らが主人である私――の応援を貰えなかったとすれば、そして負けたとすれば……それは、それはとても大きな羞恥となって――。
あ、いや、そんなことはなかったみたいだ。
え、というか、すごいな彼女。背中から思い切り地面に叩きつけられていたのに、見事に完膚なきまでに叩きのめされたのに――スワードの横をぴょんぴょん跳ねて凄いキラキラした目で「わー!凄い凄い今のって今のって何!?」やら「ボクにも教えて教えて教えてよねぇグリームニル卿――っ!」やら……鬼婆が包丁を握って笑う様子よりも恐ろしい眼光を湛えたスワードに向かってしがみ付いている……!
私はくらりと来て、椅子に身体を預けた。
「あら、御気分でも悪く成られましたか?」
揺れて座り込んだからだろう。リアラに無駄に心配をかけてしまう。
いやいや、と手を振り私はその手を額に添えながら言うしかなかった……。
「――円卓の騎士って、どいつもこいつも変な子達!」
**
「――本日はァ!イタリア某所にあるという闘技場を模した闘技場に足をお運び頂き、誠にありがとうございまァーす‼ご観覧の皆様に置かれましてはぁ、決勝戦を迎えるにあたり諸注意を――」
昼休憩を挟んだ体感14時を回ったところ、ついに決勝戦の幕が上がる。
既に傍に騎士と魔導士の姿は無い。
「ねえ、スワード。何故魔法を使わないの?」
休憩の最中、私はスワードに宛がわれた控室に顔を出していた。己の剣を黙々と磨くスワードの目の前に正座し質問をする私に、――ううん、無礼……にも視線だけ寄越したスワードは溜息を一つ聞こえるように吐いた後、短く一言だけで返した。
「――魔法と魔術の区別がついているのか?」
「ンは―――ッ!今思い出してもあれはイラッとするわ――ッ!」
急に犬のように吠え始めた私に驚いた侍女達をリアラが諌め、加えて私を軽く窘める。傍に置かれたフルーツを口に次々と投げ込み、フルーツと共に胃に流し込んでやることにした。……リアラに免じて!フルーツの旨味に免じて!
地球に感謝せよ!スワード!
「それでは!諸共の注意を終えまして――いざ、最終決戦!女王陛下、エリーシア様の合図により戦いは始まります!さァー、皆の衆!まずはお座りを!はい、おチビちゃん達座ろうねー、そうそういい子いい子……。――では、改めまして。エリーシア皇帝陛下、御登壇――!」
コップを煽り意図せず振り下ろす。
……まあ、うん、ごめんね。――と目を閉じ周囲の付き人に心の中で謝罪した。リアラが促す場所へと後一歩の所まで行くと、少し高鳴る胸に手を当て一つ呼吸を置く。
「始まりの合図を、お願い致します」
「――わかりました」
頭を下げるリアラを筆頭に、私に付いていた侍女、付き人、騎士が一斉に頭を下げ私が台に上るのを舞った。
先程までシリウスが立っていたこの闘技場の一番光り輝く場所。否が応でも目立つ登壇の場。そこに私が立つだけで、張り詰めた緊張が身体を撫でる。
「円卓の騎士――団長、シリウス=シャンカラ」
「――ここに」
「宮廷魔導士団――団長、スワード=グリームニル」
「――ここに」
波だ。演出に見せられた観客の興奮が、大きな渦を巻くのを一つの盾で防いでいる。
彼らの呼吸が一体となっている。ここには、心を満たす水源が確かに今、湧き出でようとしている。その栓を握っているのは他の誰でもない――私なのだ。生命の呼吸のように伝わってくる彼らの疼き。先程まで私の身体を締めていた冷気が逃げていくのがわかる。
「互いを補い合う盾と剣よ、私を守る盾と剣よ。――今日という幸運に満ちた日に、お前達の最高の輝きを期待する。……さあ、剣を抜きなさい」
「――御意」
再び、会場が無言の歓声に沸く。
まだ、まだだ。抑えて……抑えて!
一つ呼吸を置いた後、私は右手を頭上に掲げた。
私が切り落とすのは、この勝負の幕だ。
私が切り落とすのは、この張り詰めた緊張の細い糸だ。
――それらを切り落とした後、この闘技場は輝かしいばかりの彼らが放つ光と、時を忘れる程の熱意で満たされるだろう。
そこに導けるのが、この私なのだ……。
「――いざ、尋常に……―――――始めッ!!」
私が耳を覆う時さえ彼らは待てない。
むしろ無音と化した風景の中で、私達はその戦いを覗き込まざるをえなかった。
「騎士団長殿ッ!シリウス様の剣撃、止まらない―――ですがッ!流石は魔術のグリームニル!圧される事無く反撃していきます!いやぁ~美しい剣舞ですが、魔術の色彩といったら!流石ですねぇ!」
――まるで美しい花弁を散らすが如く、砕かれた魔術は場内に乱舞した。
紅銀の切っ先が首筋を撫でる前に眼前に広げられる魔法は、術者がそれを視認しその場を動いた後砕かれ花弁へと変わる。防がれた刃の軌道を粉々にし、花弁吹雪を巻き起こす張本人は、騎士団長の名に恥じぬ俊敏さと鋭さで的確に急所を叩きに行く。
「はへ~……やっぱりグリームニル卿、ボクに対して本気じゃなかったな!」
「ルイーズ!さっきの戦い、素敵だったよ!」
「あっ……え、えへへ。そうですか?――嬉しいですっ!」
最小限の甲冑だけを身に着け、円卓のローブを目下で繰り広げられる戦闘の風圧で靡かせると、目に掛る前髪を防ぎつつルイーズは口元を緩ませながらはにかんだ。
「だけど……今度こそ、ボクが優勝するんだって思ったのに!」
くるりとまかれた髪を二つ飛び跳ねさせて、彼女は不服を露わにする。その様子の可愛らしさといったら!――まあ小動物みたい!
「ふふっ、じゃあ次の試合では頑張って優勝もぎ取ろうね!」
全然剣幕を感じられない蛇のように下に向けて威嚇していたルイーズは、私のその事に素早く目を輝かせ私の下から抱き着く勢いで迫ってきた。
「――はい!はい、はい!頑張りますっ!ボク、一生懸命鍛錬して、鍛錬して強くなって!陛下の一番の騎士になれるよう、精進しますっ!」
「え、ええ、ええ。期待してるね?」
「――ラ、」
ジャーと続くだろう言葉の先は、王手をどちらかが掛けられたと予測できる悲鳴のような観客の声に飲み込まれ、私達の目線もそれを追う様に大衆の目線が集まる先へ行く。
「スワード!?」
王手をかけたのはスワードだ!
実践であるかのような殺意で剣で、シリウスが返せない場所へ踏み込む。
侍女も、剣を置いた騎士達――執事も、皆が皆を忘れ、場内を覗き込んだ。
誰もが勝者を数秒先の未来を見て予想した。
誰もが敗者を閉じいく目の先で予想した。
ある者は目を開き喉を突き抜ける様を露わにして崩れ落ち、
ある者は拳を上に揚げて高揚を喉から解き放ち、
場が二つに分かれようとした所で――、
盤面は強引に裏と表を替えた。
「……」
背を向けたリアラが、奥へと消えていく。それを傍目に私は――。
「え?」
と空白の中で呟いた。
「―――――……勝者、シリウス=シャンカラ――――――――ッ!‼‼‼!」
「シリウス様―――――っ‼!シリウス様ァ―――――っ‼」
勝者であろう敗者の手元を離れた剣は宙を舞う。
敗者であろう勝者の剣は、丸腰で佇む男の喉仏寸前で滴る雫。
崩れ落ちた者が狂喜に立ち上がり、
拳を上げた者は理解及ばず緩やかに立ち竦む。
「……陛下」
「……今のは……今のを……え?」
「……エリーシア皇帝陛下」
私を呼ぶ声に振り向くと、恭しく頭を下げる聖女が微笑んだ。
差し出された手は、私を登壇の場へ導く手。
なにが起こったか解からない私と、自分の手を呆然と見つめるスワードだけがこの喧騒に馴染めない。だが、私は――――スワードを一人場内に置き去りにして、己の傍にシリウスを呼んだ。
ただ、規則に従って。習わしに従って――そうしてきたと囁く声に従って。
リアラの手より勝者のローブを――騎士団長のローブを賜る騎士の手を取り、名誉の喝采を浴びる。誉れの言葉を贈る。口から出るままに。表情が変わるままに。
唯一人を置き去りにして。
御前試合において、スワードがシリウスを破ったという記録はどの書物にも記されてはいない。
誰なんだよ、お前はー!




