第三話 揺らぐ境界線、近づく距離
神様がいるとしたら、時々、意地悪で気まぐれな演出をするものだと思う。
放課後。さっきまでの晴れていたはずの空が急に暗転し、バケツを引っくり返したようなゲリラ豪雨が校舎を叩き始めた。
「うわぁ、最悪……。傘、持ってきてないよ……」
昇降口で、葵が絶望したような雨幕を見上げていた。
僕は自分のカバンから、一本の折りたたみ傘を取り出す。
「僕は持ってる。……入るか?」
「えっ、いいの!?助かったぁ……!」
葵の顔に、いつものパッと弾けるような笑顔が戻る。
けれど、広げた折りたたみ傘は、高校生の男女二人が入るにはあまりにも小さかった。
「……ちょっと、狭いね」
「文句言うな。濡れたくなかったら、もっとこっち寄れよ」
そう言って葵の肩を引き寄せた瞬間、ふわりと、彼女のシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
ちか、近すぎる。
一歩歩くたびに、僕の左肩と葵の右肩がぴったりと触れ合う。雨の湿気のせいか、それとも僕の緊張のせいか、お互いの体温が驚くほどダイレクトに伝わってきた。
ザァザァと周囲を包む激しい雷雨。それが、まるで世界に僕たち2人しかいないような錯覚を抱かせる。
傘の下という、世界で一番狭い二人きりの部屋。
「ねえ、航」
静寂を破ったのは、葵の少し低めの声だった。
雨音に消されそうなその声を拾おうと、僕は自然と耳を彼女の方へ傾ける。
「ん?」
「……もしさ、私が航の知らないどこか遠くに行っちゃったら、どうする?」
一瞬、心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。
葵の横顔を見る。彼女はいつもの笑顔を消して、ただ真っ直ぐ、雨に濡れるアスファルトを見つめていた。道路のことなのか、それとも何か別の理由があるのか。その瞳は、ひどく寂しそうに揺れている。
(遠くに行く——?)
嫌だ、置いていかないでくれ。
僕の知らない場所で、僕の知らない誰かと笑う葵なんて、想像したくもない。
喉まででかかった本音を、僕の脳内にある「理性」が必死で抑え込んだ。
「そんなの、寂しいに決まってるだろ」
もしそんな風に、一歩踏み込んだ重いトーンで答えてしまったら。
彼女を困らせてしまう。今のこの、肩を並べて歩ける関係すら、気まずくなってしまうかもしれない。
「……何いってんだよ。お前が迷子にならないように、僕がGPSでもつけといてやるよ」
僕はいつものように、最高に平熱な、ただの『幼馴染』の口調でおどけてみせた。
「あはは、なにそれストーカーじゃん!」
葵はいつものように笑った。
笑ってくれた。……けれど、その笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ、寂しそうな陰りが走ったのを僕は見逃さなかった。
「……そうだよね。航は、どこにいても航だもんね」
ポツリと呟かれた言葉の意味を、僕は測りかねる。
雨脚は一向に衰えない。
一本の傘の下、僕たちの肩はこんなにもぴったりとくっついているのに。
僕の差し出す傘が、彼女の心を雨から守れているのかどうか、今の僕にはどうしてもわからなかった。
第三話をお読みいただき、ありがとうございます。
その前に、ここ最近は小説を投稿できなくてごめんなさいm(_ _)m
ここ最近はテストがあったり、私生活が忙しくて小説を考えたり投稿することができませんでした。
本当にごめんなさいm(_ _)m
さて、今回は、ここ最近に雨がよく降っていたので、雨というシチュエーションを使って、物理的な距離と心の距離の「もどかしいギャップ」を描いてみました。
方が触れ合うほど近くにいるのに、彼女がふと見せた寂しさに、踏み込んだ言葉を返せない航くん。関係を守るための「平熱な態度」が少しずつ二人のすれ違うを生んでしまいます。
そして第四話では、このすれ違いに、さらに大きな波風が立つことになる(予定)です。
完璧だったはずの「親友」の関係が、ついに終わりを告げる予感,,,。
次回もまた、二人の行く末を見守っていただけたら嬉しいです。
――なお




