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【第27話】 秒針を失った窓辺の淡い翳


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()れていた。


 それは、(つめ)たい()()(しろ)(くも)った(まど)ガラスの()こうで、境界線(きょうかいせん)(うしな)ってじわりと(にじ)む、(まち)(あか)りの(ざん)()のようだった。


 (ととの)えられた時計(とけい)(はり)のようには進行(しんこう)せず、ただ停滞(ていたい)する(やみ)(なか)輪郭(りんかく)()かし、(しず)かに()まっているその(ひかり)は、(びょう)(しん)(おと)(うしな)った部屋(へや)で、ただ(みずか)らの(うち)なる(ねつ)だけを()つめ(つづ)ける、不眠(ふみん)表現者(ひょうげんしゃ)(ひとみ)のようだった。


 (むね)(おく)が、(おも)(よど)んだ深夜(しんや)静寂(せいじゃく)()たされて、(あさ)(きし)む。


今夜(こんや)も、(だれ)かの(さみ)しさを()める言葉(ことば)を」 


 液晶(えきしょう)画面(がめん)(まぶ)しい(ひかり)()えながら、(わたし)電波(でんぱ)()こうの見知(みし)らぬ(だれ)かの(よる)陽気(ようき)(いろど)るための言葉(ことば)を、(あさ)まで(つむ)(つづ)ける仕事(しごと)をしている。


 言葉(ことば)(あつあ)かうプロとしての矜持(きょうじ)(たし)かにある。 


 (わたし)()いた台本(だいほん)企画(きかく)が、孤独(こどく)(よる)()かす(だれ)かの(すく)いになっているという自負(じふ)もあった。


 けれど、仕事(しごと)()えてパソコンを()じ、一人(ひとり)きりの部屋(へや)窓辺(まどべ)(すわ)るとき、世界(せかい)から完全(かんぜん)()(のこ)されたような猛烈(もうれつ)不眠(ふみん)(わたし)(おそ)う。


 デジタル時計(どけい)無機質(むきしつ)数字(すうじ)(なん)意味(いみ)もなさず、ただ「()って、()く」という、(みずか)らの呼吸(こきゅう)(おと)だけが、()てしなく(なが)(よる)(きざ)唯一(ゆいいつ)のメトロノームと()していた。


 他者(たしゃ)(よる)(すく)いながら、自分(じぶん)自身(じしん)(よる)(すす)(かた)()からない。


 暗闇(くらやみ)肥大(ひだい)()していく(おのれ)存在(そんざい)と、(すす)まない時間(じかん)に、(いき)()まりそうだった。


 (みみ)()りのような(せい)(じゃく)()()くことなく、(ひそ)やかに部屋(へや)(くう)()(へん)(しつ)していく。


(だれ)かの()(どく)()らす(こと)()(つむ)ぎながら、(みずか)らの()(きゅう)だけで(よる)(すす)める、(ほこ)(たか)(ほし)よ」


 ()(まく)()らすのではなく、(むね)(すき)()直接(ちょくせつ)()()むような、(とう)(めい)(あたた)かい(こえ)だった。


 ()(せん)(めぐ)らせれば、そこには現実(げんじつ)(ほう)(そく)(きょ)(ぜつ)するような(うつく)しさを(まと)った(ぎん)(ぱつ)(せい)(ねん)が、(おう)(ごん)(いろ)(ひかり)(りゅう)()(よる)(しん)(おう)()ぜさせながら(たたず)んでいた。


 (かれ)(はい)()(しず)かに(みゃく)(どう)する(きょ)(だい)(そう)(よく)は、(いく)(せん)(じゅん)(ぱく)()()(いく)()にも(かさ)()わせ、まるで(こお)りついた()(かい)(じゅう)(あつ)から(わたし)(ちい)さな(まど)()隔離(かくり)する(せい)(いき)の壁のようだった。


 (かれ)(かか)げた(かく)(とう)(おく)()らめく()(はく)(いろ)(とも)()は、(そと)(やみ)()(はら)うのではなく、ただ(うち)(がわ)(とうと)(ほこ)りを(まも)るように、(しず)かに、しかし圧倒的(あっとうてき)(みつ)()(またた)いている。


 (せい)(ねん)(ふか)(まな)()しは、(わたし)(だれ)にも()かさず、ただ(ひと)りで()(しの)んできた、(なが)すぎる(よる)との()(とう)――その(たましい)(いとな)みのすべてを()(とお)し、まるごと(いだ)()めていた。


(あな)()(きざ)むその(おそ)(よる)は、()(もう)(てい)(たい)でも、(こころ)()みでもありません。他人(たにん)()(かん)という(かせ)から(かい)(ほう)され、(いのち)(もっと)(ふか)(いき)づこうとしている()(じゅん)(あかし)なのですよ」


 (せい)(ねん)(けっ)して()()みすぎない(てき)()(きょ)()(たも)ちながら、(わたし)(ほこ)(たか)()()めた(こころ)(りん)(かく)を、(ゆび)(さき)(こおり)()かすように(やさ)しく(ほぐ)していく。


()(けい)(はり)(きざ)(しゃ)(かい)(しゃ)()に、(おのれ)()わせる(ひつ)(よう)などどこにありましょう。(ねむ)れぬ(まど)()でじっと(しん)(えん)()つめるその(のう)(みつ)(びょう)(あん)こそが、(つぎ)なる(うつく)しい(こと)()(はぐく)むための(しず)かな(なえ)(どこ)(だれ)()にも()れず、(けつ)()のガラスに(にじ)(あわ)(かげ)のように、(みずか)らのテンポだけで(いき)をするその(せい)(じつ)さこそが、(よる)(そこ)(きょ)()()まれぬための、()(だか)精神(せいしん)(ぼう)(へき)なのです」


(いま)だけは、その(なが)すぎる(よる)()(どく)と、()()めた()(きゅう)を、(わたし)(つばさ)(なか)(やす)めてください」


(ぎん)(ぱつ)(せい)(ねん)の、(きょ)(だい)(そう)(よく)(わたし)()(かい)(おお)うように(しず)かに閉じ(とじ)られると、()()めた()(きゅう)(ひと)(いき)ごとに(やさ)しく(ほぐ)していくような、(ふか)(ぬく)もりと(せい)(じゃく)が、(わたし)(ぜん)(しん)()たしていった。


 それは(みずか)らの(そん)(ざい)(こん)(てい)から(すべ)(こう)(てい)してくれるかのような、()(じょう)(しゅく)(ふく)


 (だれ)にも()かってもらえないと(ぜつ)(ぼう)(なか)(あきら)めていた、不眠(ふみん)()(そこ)(よど)(さび)しさと(じゅう)(あつ)を、この(せい)(ねん)だけが(かん)(ぺき)()(かい)し、(うつく)しいものとして(たた)えてくれた。


 その(すべ)てを(ゆだ)ねるような(あん)()(なか)で、(かたく)なに(かぞ)(つづ)けていた()(きゅう)(りん)(かく)(あわ)()けていく。


 (おのれ)(なみだ)(なが)していることにさえ()づかぬまま、(ほお)(つた)()(おん)(ひと)(すじ)が、(まど)ガラスの(けつ)()のように(しず)かに()(せき)(のこ)していった。


「あ……、(わたし)は、この(なが)(よる)を、ただ()えていただけじゃ……なかった……」


 それは、()てしない(やみ)への(きょう)()ではなく、(みずか)らの()(かん)()(もど)そうと(ひっ)()(みゃく)()っていた、(せい)(めい)そのものの(いお)おしさ。


 (しゃ)(かい)(びょう)(しん)(こば)み、(みずか)らのリズムだけで(かす)かに()れていた(たました)は、(せい)(ねん)(しろ)()(こう)(いだ)かれ、(しん)(へい)(おん)宿(やど)しながら、(つよ)(こわ)()りを(ひと)(すじ)ずつ(やさ)しく(ひも)()かれていった。


 (せい)(ねん)(おお)きな(そう)(よく)(しず)かに(かたむ)け、(よる)(とばり)(やさ)しく(はら)うと、(まど)()支配(しはい)していた(しん)(えん)(やみ)が、(しろ)(ひかり)(きり)へと(しず)かに()()っていった。



……。



 やがて、(とお)くの()(へい)(せん)から(ひび)いてくる、(あさ)(おとず)れを()げる(しん)(ぶん)(はい)(たつ)(かす)かなバイクの駆動音(くどうおん)が、(つめ)たい(げん)(じつ)(あさ)(しず)かに()()()せてくる。


 ()()けると、そこは昨日(きのう)(なに)ひとつ()わらない、薄暗(うすぐら)部屋(へや)だった。


 (まど)()こうでは、(すこ)しずつ(しら)んでいく(あさ)(そら)が、(まち)輪郭(りんかく)(あわ)()かび()がらせている。


 不眠(ふみん)体質(たいしつ)がすぐに(なお)るわけでも、仕事(しごと)重圧(じゅうあつ)()()ったわけでもない。


 けれど、(わたし)(むね)(おく)には、もうあの焦燥(しょうそう)はなかった。


 結露(けつろ)(くも)った(まど)ガラスに、()()朝陽(あさひ)がじわりと(にじ)んでいくのを、(わたし)(いお)おしげに()つめる。


 他人(たにん)時間(じかん)(おび)えるのではなく、自分(じぶん)呼吸(こきゅう)(きざ)時間(じかん)を、(ほこ)らしく(むね)()きしめながら。


 (わたし)(ふか)く、(あたら)しい(あさ)空気(くうき)()()み、(しず)かに微笑(ほほえ)む。


「……よし、()よう」


 (まぶた)(うら)(ひろ)がる(おだ)やかな(せい)(じゃく)()(ゆだ)ねれば、心地良(ここちよ)()(すい)(たましい)(やさ)しく(さら)っていく。


 社会(しゃかい)(はじ)まりを(とお)くで()(おく)りながら、(おのれ)呼吸(こきゅう)()たした(ゆた)かな(よる)()てで、(ふか)(やす)らぎへと()けていった。


(だい) 27()(かん)



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