表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/28

【第25話】 追憶の岸辺で灯る凪


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()れていた。


 それは(くら)(うみ)(ただよ)(ちい)さな(ふね)(かがり)()のように、()せては(かえ)(よる)(なみ)(あら)われ、(いま)にも()()りそうに(こころ)もとない。


 ()()ばせば(とど)きそうな距離(きょり)にありながら、(いっ)()(ちか)づけば(おな)(ぶん)だけ(とお)ざかっていくその(ひかり)は、(もと)めても(けっ)して()れることのできない、(ぼう)(きゃく)(かな)たへと(なが)()記憶(きおく)(ざん)(しょう)のようだった。


 (はい)(おく)()まった()ややかな(おり)が、呼吸(こきゅう)()えるたびに(するど)(むね)()く。


(かっ)()にすればいい」という最後(さいご)()(せい)と、(らん)(ぼう)()()した玄関(げんかん)(おも)(おと)が、(じゅう)(ねん)()(じょう)()った(いま)()(まく)(ふる)わせ(つづ)けている。


 (つよ)がりを(よろい)のように(まと)い、一度(いちど)()(かえ)らずに(あゆ)(つづ)けてきた。


 ()()()なままの歳月(さいげつ)を、(ほこ)りという()(のろ)いに()(つぶ)してきた。


 けれど、(とど)いた(いっ)(つう)()(ほう)が、()()げてきた(きょ)(しょく)(あっ)けなく(くず)()る。


 「(かえ)りたくない」のではなく、「(かえ)場所(ばしょ)がなくなった」という(しず)かな絶望(ぜつぼう)が、(そこ)のない(ぬま)のように足元(あしもと)(から)()っていた。


 (あやま)りたかったのか、(ゆる)されたかったのか、それとも(あい)していると()げたかったのか。


 ()()(うしな)った(おも)いが、(つめ)たくなった心臓(しんぞう)(そば)()てついていた。


辿(たど)()くべき(きし)(うしな)い、(くら)(しお)()(まかせ)せているのですね」


 ()いだ水面(みなも)()でるような、(とう)(めい)(こえ)(ひび)いた。


 (ぎん)(ぱつ)青年(せいねん)が、足元(あしもと)黄金色(こがねいろ)()(もん)(えが)きながら、(おと)もなく(あらわ)れる。


 (かれ)背後(はいご)には、(いく)(せん)純白(じゅんぱく)羽根(はね)(ひかり)(そう)()して(かさ)なり()い、(つい)(おく)(すべ)てを(つつ)()むような巨大(きょだい)(そう)(よく)(しず)かに脈動(みゃくどう)していた。


 (かか)げられた角灯(かくとう)(なか)には、琥珀(こはく)(いろ)(ひかり)粒子(りゅうし)が、(おだ)やかな()(かご)のように(うず)()いている。


 青年(せいねん)(わたし)(なげ)きを(すべ)()っているかのような、(いた)むほどに(やさ)しい眼差(まなざ)しで(わたし)()つめていた。


(かえ)るべき場所(ばしょ)(うしな)ったという(かな)しみは、(けっ)して(くう)(きょ)(そう)(しつ)ではありません。それは、貴方(あなた)(なか)に、それほどまでに(とうと)い『(まも)りたかった記憶(きおく)』が(いき)づいている(あかし)なのですよ」


 青年(せいねん)(いっ)()(まよ)える(わたし)(こころ)(すく)()げるように(あゆ)()る。


素直(すなお)になれなかった(つよ)がりも、(とお)ざけてしまった歳月(さいげつ)も、その(すべ)ては自分(じぶん)という(ひと)つの(ともしび)(まも)()こうとした誠実(せいじつ)(あかし)です。物理的(ぶつりてき)(いえ)()えても、貴方(あなた)(いだ)(つづ)けてきた『(かえ)りたかった』という(いの)りそのものが、(いま)()きあの(ひと)にとっての(すく)いとなっているのです。(もど)れぬ(しず)けさを()()れようとするその(いた)みこそが、(よる)(そこ)貴方(あなた)(みちび)最後(さいご)(とも)()なのですよ」


(いま)だけは、(ひと)りきりで背負(せお)ってきた後悔(こうかい)を、(わたし)(つばさ)(なか)(あず)けてください。(たましい)(やす)める(ぬく)もりを()るために」


 青年(せいねん)(やわ)らかな(ひかり)(まと)って(つばさ)(ひろ)げると、最高級(さいこうきゅう)(きぬ)(はだ)()でるような、()(ふく)感触(かんしょく)(わたし)(つつ)()んだ。


 それは(おさな)(ころ)()た、()()まりの(にお)いのような、圧倒的(あっとうてき)慈悲(じひ)の色。


 ()てついていた(むね)(なか)(こおり)が、その(ぬく)もりに()れて一気(いっき)()()し、(あつ)(なみだ)となって(ほほ)(つた)()ちる。


「あ……っ、ごめん……、ごめんなさい……っ!」


 (あふ)()したのは、(あやま)りたかった(おさな)(こころ)と、(じゅう)(ねん)(かん)(だれ)よりも(かえ)りたかった自分(じぶん)への(ゆる)し。


 (もど)れぬ(きし)()()つめ(つづ)けた孤独(こどく)(たましい)は、青年(せいねん)(しろ)(ひかり)(いだ)かれ、(しず)かな(やす)らぎを()て、(ふか)(ねむ)りの(そこ)へと(しず)んでいく。


 (ぎん)(ぱつ)青年(せいねん)(いち)()(すべ)ての未練(みれん)祝福(しゅくふく)するように()ばたかせると、視界(しかい)純白(じゅんぱく)(ひかり)()たされた。



……。



 (とお)くで()こえる(あま)(おと)のリズムが、()まっていた現実(げんじつ)(びょう)(しん)(しず)かに(うご)かし(はじ)める。


 ()()けると、そこは昨日(きのう)(なに)ひとつ()わらない、(ふる)びたアパートの(いっ)(しつ)だった。


 (つくえ)(うえ)には、開封(かいふう)されたままの()(ほう)と、()(づく)りもされない(かばん)()かれている。


 けれど、(わたし)(はい)(ひた)していた(つめ)たい(おり)は、(いま)(しず)かな(みずうみ)のような(へい)(おん)へと()わっていた。


 (かがみ)(うつ)る、()()らした(あと)(のこ)しながらも、どこか()()れたような自分(じぶん)(ひとみ)()つめる。


 (かえ)るべき(いえ)はもう(かたち)(うしな)ったけれど、(わたし)(こころ)(なか)に、(だれ)にも(おか)されぬ黄金色(こがねいろ)(ともしび)(とも)っている。


 それは「(もど)る」ための(ひかり)ではなく、あの(ひと)(おも)いと(とも)に「()きていく」ための、()えることのない(みち)しるべ。


 (わたし)(くろ)(うわ)()(そで)(とお)し、(しず)かに(とびら)()()ける。


「……やっと、()いに()けます」


 (むね)(おく)(しず)かに()いだ()(はく)(いろ)(とも)()が、もう(まよ)うことのない(みち)(やさ)しく()らし()している。


 (もど)れぬ岸辺(きしべ)(しず)けさを(いだ)いたまま、(わたし)(あめ)()がりの(つめ)たく()んだ空気(くうき)(なか)を、あの(ひと)()(しず)かな場所(ばしょ)へと(あゆ)みを(すす)めていった。


(だい) 25()(かん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ