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【第24話】 無銘の刃が熱を研ぐ夜


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()れていた。


 それは深夜(しんや)厨房(ちゅうぼう)(しず)かに(いき)(ひそ)める、(あお)(じろ)(しゅ)()(れつ)()ていた。


 静止(せいし)(ゆる)されぬ運命(うんめい)(のろ)いながら、それでも(ねつ)(うしな)うまいと明滅(めいめつ)()(かえ)すその(かがや)きは、()(いし)()(けず)り、()(ばな)()らして(するど)さを(もと)める(はがね)悲鳴(ひめい)のようだった。


 (よる)静寂(せいじゃく)()()りにし、(かぜ)(あらが)うように(いち)()だけ(するど)()ねるその(ひかり)は、(だれ)にも()づかれずとも(みずか)らの温度(おんど)(まも)()こうと()(こう)(またた)いている。


 (ゆび)(さき)から()えることのない(せん)(ざい)(あぶら)(にお)いは、湯気(ゆげ)熱気(ねつき)()かれながら一途(いちず)(あゆ)んだ()(ねん)という(つき)()の、(なに)(もの)にも()えがたい勲章(くんしょう)だ。


 けれど、どれほど誠実(せいじつ)道具(どうぐ)(いつく)しみ、素材(そざい)対峙(たいじ)(つづ)けようとも、(わたし)という固有(こゆう)()()ばれぬ静寂(せいじゃく)は、容赦(ようしゃ)なく(こころ)(そこ)へと(よど)んでいく。


 (さん)(ねん)()という()えない境界(きょうかい)(せん)(まえ)に、(みち)()たれる予感(よかん)と、何者(なにもの)でもない自分(じぶん)への()(がゆ)さが、()ややかな(きり)となって足元(あしもと)(ひた)していた。


()まるな、()()ませ。昨日(きのう)自分(じぶん)()えて()け」


 (ほう)(ちょう)だこで(あつ)みを()した(てのひら)(にぎ)()め、(とど)かぬ(たか)みへの(かつ)(ぼう)(むね)()がす。


 自分(じぶん)(あきら)めきれないその(いた)みが、(やす)らかな(ねむ)りさえも()()まされた修練(しゅうれん)(とき)へと()()てさせていた。


熱気(ねつき)(なか)で、なお(みずか)らを()()まそうとする()(だか)(やいば)ですね」


 ()()めた沈黙(ちんもく)(やわ)らげるように、(りん)とした(こえ)(ひび)いた。


 (ぎん)(ぱつ)青年(せいねん)が、黄金色(こがねいろ)粒子(りゅうし)()(やみ)()こうから、(まよ)いのない足取(あしど)りで()()してくる。


 (かれ)背後(はいご)には、(いく)(せん)純白(じゅんぱく)羽根(はね)(いく)()にも()(たた)まれた(きた)()(はがね)のごとき(みつ)()(かさ)なり()い、()らぐことのない(しん)(ずい)(おも)みを(たた)えた巨大(きょだい)(そう)(よく)が、(しず)かな()(ねつ)のように脈動(みゃくどう)していた。


 (かか)げられた角灯(かくとう)(なか)では、(ちょう)(こう)(おん)(ほし)のように(かがや)(ひかり)が、(まよ)いを()()くように(うず)()いている。


 (かれ)は、(わたし)(はな)(ねつ)(ぜん)(しん)()びながらも、()らぐことのない透明(とうめい)眼差(まなざ)しで(わたし)(とら)えていた。


貴方(あなた)(いだ)くその()(がゆ)さは、足踏(あしぶ)みへの(なげ)きではありません。未来(みらい)という未知(みち)なる(ひと)(さら)(えが)()そうとする、(するど)すぎる感性(かんせい)(うず)きなのです」


 (ぎん)(ぱつ)青年(せいねん)(いっ)()(わたし)孤独(こどく)肯定(こうてい)するように()()み、(おだ)やかに(かた)る。


()()ばれぬ(しず)かな歳月(さいげつ)は、(だれ)にも(おか)されぬ自分(じぶん)だけの(あじ)(かも)()すための熟成(じゅくせい)(とき)(こえ)()げずとも、その()()まされた仕事(しごと)(あと)が、(なに)よりも雄弁(ゆうべん)貴方(あなた)輪郭(りんかく)()()りにしています。昨日(きのう)までの研鑽(けんさん)(ほこ)りとし、なお(たか)みを(のぞ)むその冷徹(れいてつ)なまでの情熱(じょうねつ)こそが、雑念(ざつねん)という暗闇(くらやみ)()まれぬための最後(さいご)(とも)()なのですよ」


(いま)だけは、その(あつ)()がれた(おも)いを、(わたし)(つばさ)(なか)(やす)めてください。(しん)夜明(よあ)けを(つか)()(ちから)(たくわ)えるために」


 (かれ)(やわ)らかな(かぜ)()()こして(つばさ)(ひろ)げると、(ぜん)(こう)(りょう)収束(しゅうそく)したかのような純白(じゅんぱく)(かべ)が、(わたし)真正面(ましょうめん)から()()めた。


 それは()()てのみずみずしい(ぬく)もりのような、生命(せいめい)奔流(ほんりゅう)そのものによる圧倒的(あっとうてき)包摂(ほうせつ)


 (つよ)(にぎ)()めていた(こぶし)(ちから)が、その(しろ)(かがい)()てられて、(うめ)きを()げた。


「あ……、(わたし)は……っ!」


 (あふ)()したのは、焦燥(しょうそう)残滓(ざんし)ではなく、()(ねん)(かん)(いち)()()()やさず厨房(ちゅうぼう)()(つづ)けてきた自分(じぶん)への、(すさま)じいまでの(けい)()


 ()(めい)のまま(きば)()(つづ)けた(たましい)は、(かれ)(しろ)(ひかり)(つらぬ)かれ、(しず)かな決意(けつい)宿(やど)したまま、(ふか)(ふち)へと沈降(ちんこう)していく。


 (ぎん)(ぱつ)青年(せいねん)一度(いちど)(たか)らかに(つばさ)()ばたかせると、視界(しかい)(ぜん)(しん)細胞(さいぼう)目覚(めざ)めるような(まばゆ)(しろ)()()くされた。


 

……。



 (とお)くで()(ひび)調理(ちょうり)タイマーの(するど)(おと)が、仮容(かよう)のない現実(げんじつ)幕開(まくあ)けを()(はじ)める。


 ()()けると、そこは昨日(きのう)(なに)ひとつ()わらない、熱気(ねつき)活気(かっき)()ちた厨房(ちゅうぼう)だった。


 (やま)のような仕込(しこ)み、(するど)指示(しじ)(とき)一刻(いっこく)(せま)開店(かいてん)時間(じかん)


 けれど、(わたし)心臓(しんぞう)()いていた無益(むえき)苛立(いらだ)ちは、(いま)素材(そざい)()かすための冷徹(れいてつ)意志(いし)へと(きた)(なお)されていた。


 無心(むしん)(ほう)(ちょう)(うご)かす(わたし)背中(せなか)に、不意(ふい)(ひく)く、(おも)みのある(こえ)()かる。


長谷川(はせがわ)今日(きょう)()()み、(すじ)()い。……(つぎ)、デシャップやってみるか」


「えっ、()()けですか」


 心臓(しんぞう)が、(はげ)しく(たか)なる。


 それは(だれ)にも()られぬ(よる)()えて、(わたし)という存在(そんざい)(たし)かに世界(せかい)(きざ)まれた瞬間(しゅんかん)


 (むね)(おく)に、宵闇(よいやみ)()()えて(つか)()った琥珀(こはく)(いろ)(ひと)(かけ)らが、(おき)()のように(するど)(ねつ)(はな)っている。


 それは自分(じぶん)を「()かす」のではなく、運命(うんめい)を「(せい)する」ための、(わたし)だけの不滅(ふめつ)(とも)()だった。


 (みが)かれたステンレスに(うつ)る、(たし)かな(ひかり)宿(やど)した(りょう)()(にん)(かお)(ほこ)らしく()つめた。


「……はい。お(ねが)いします」


 (わたし)(まよ)いなく(いっ)()()()した。


 ()(まえ)()ばれた、(ひと)()(りょう)()(にん)として。



(だい) 24()(かん)




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