遠くに、いくつかの灯し火が揺れていた。
それは、深い雪の底に埋もれた微かな熱が、春を待つ息吹きを絶やさぬよう、静かに脈打っているかのような光景だった。
瞬きさえ忘れた静止した闇の中、一際淡く、けれど頑ななまでに消えることを拒むその明滅は、絶望という名の寒気を優しく宥めながら、秘めたる核を温め続けている。
白一色に漂白された病室の沈黙が、真綿で首を絞めるように私の心を圧迫してくる。
我が子の細い指先に流れる幽かな脈動だけが、私を現実に繋ぎ止める唯一の絆だった。
母として微笑みを絶やさぬよう努めるほどに、胸の奥では音もなく崩れゆく砂城のような無力感が広がり、明日という光を遠ざけていた。
「この子の歩む道に、どうか幸せな陽が射しますように」
届かぬ祈りは溜め息となって足元に澱み、私は自分という存在さえも透明に透き通っていくような、深い虚無の淵に立ち尽くしていた。
「嵐が去った後の渚で、なお真珠の欠け片を慈しむ清らかな瞳ですね」
氷結した意識を解すように、柔らかな銀糸のような声が闇に溶け出した。
銀髪の青年が、光の粒子が舞う空間から、春の訪れを告げる風のように穏やかな足取りで現れる。
彼が纏う白き翼は、朝露を含んだ花びらのように瑞々しい光沢を放ち、重い空気を芳醇な安らぎへと昇華させていく。
掲げられた角灯からは、琥珀色の温もりが波紋のように広がり、私の冷たくなった手を静かに包み込んだ。
「貴方が今抱いているその壮絶な違和感は、逃げ場のない悲しみではありません。光に届かぬ暗闇の底にいても、なお子の未来を信じようとする、揺るぎない母なる大地の熱なのです」
青年は、私の強ばった心を見透かすように、慈しみに満ちた眼差しを向ける。
「生きる理由などという飾り言葉は捨ててしまいなさい。全てを覆い尽くすような不安の中で、なお消えずに灯り続けているその最も静かな焔こそが、何よりも尊い絆の証。揺れながらも絶えることのないその幽かな焔こそが、我が子の進む足元を永劫に守り続ける、母としての誇りなのですよ」
「張り詰めた想いを、一度だけ解いて、私の腕の中で安んでください」
青年が慈しむように翼をそよがせ、招き入れるように広げると、無数の羽根が空を埋め、私という存在を柔らかな繭のように包み込んだ。
それは陽だまりの中で微睡むような、根源的な安心の抱擁。
頑く閉じ合わされていた心の傷跡が、慈しみの熱に触れて和らぎ、堰を切ったように温かい涙が溢れ出す。
溢れたのは、この子と巡り会えた邂逅を慈しむ、母としての芳醇な雫。
銀の翼の中で、私は自らの弱さをそのまま受け入れ、同時に、決して折れることのない豊かな強さを再び紡ぎ出していく。
青年の光に満たされながら、魂は静かな融和を遂げ、未来を綴る慈愛の焔となって私の奥底に静かに根を下ろした。
青年が優しく空を仰ぎ、春の雪解けのような光を放って翼を振るうと、視界は全細胞を温め潤す眩い白に包まれた。
……。
遠くで、朝の光を喜ぶ小鳥の歌と、我が子が目を覚ます微かな気配が、和やかな現実の訪れを告げ始める。
目を開けると、そこは昨日と何ひとつ変わらない、朝の柔らかな光が満ちる現実だった。
静かな計器の音、私を待つ日々の営み、そしてゆっくりと紡いでいく未来。
けれど、私の心を重く縛っていた違和感は、今や闇を優しく照らし、共に歩むための、幽かな焔へと生まれ変わっていた。
鏡に映る、慈しみと覚悟を湛えた母としての貌を穏やかに見つめ、私は愛おしき我が子を包み込む温もりを、祈りのように身に纏う。
「世界に、私とこの子の輝きを、未来を綴る焔として灯し続けていこう」
夜を超えるたびに豊かさを増していく慈愛を、唯一の誇りとして背に負い。
私は確かな足取りで、眩しすぎる光が満ちる現実を、丸ごと愛おしむように踏み出していった。
第 23話(完)