遠くに、いくつかの灯し火が揺れていた。
それは暗夜を噛み破ろうともがく、猛り狂う獣の眼差しに似ていた。
静止を拒み、次の瞬間へと躍り出ようと焦燥を剥き出しにする琥珀色の光。
夜の静寂を置き去りにし、未だ見ぬ黎明の熱を先取りせんとするその明滅は、荒い呼吸を繰り返しながら暗闇を威嚇し続けている。
枕元で時を刻む秒針の音が、鈍間な歩みで私の神経を逆撫でする。
五十の坂を越え、残された砂時計の底が見え始めたというのに、内側に渦巻く野心は一向に沈まらない。
むしろ死への行軍が加速するほどに、成し遂げられぬ渇望が噴火口のように熱を吹き上げ、安らかな眠りなどという惰眠を唾棄すべき敵へと変え果てさせていた。
「止まるな、進め。夜を焼き払え」
閉じた瞼の裏、血の色に染まった思考の中で、私は未だ見ぬ覇権を追い続ける。
若さという武器を失い、代わりに手に入れたのは老いへの恐怖ではなく、完遂への飢えだ。
何ひとつ満たされぬまま終わることへの凄じい拒絶が、心臓を金槌で打つように乱し、一刻も早く次の焦熱の普請場へと私を駆り立てていた。
「時という猛火に身を焼きながら、なお灰になることを拒む壮絶な魂ですね」
灼けるような男の殺気を裂いて、凛とした声が響いた。
銀髪の青年が、火の粉の舞う闇の中から一歩、迷いのない足取りで踏み出してくる。
彼の背後には、幾千の純白の羽根が鉄のごとき密度で重なり合い、男の咆哮さえ押し包む圧倒的な慈悲の質量を湛えた巨大な双翼が猛り狂っていた。
掲げられた角灯の中では、超高温の星のように輝く黄金色の粒子が、焦燥を呑み込む勢いで渦を巻いている。
彼は、私が放つ毒々熱を全身に浴びながらも、揺らぐことのない透明な眼差しで私を射抜いていた。
「貴方が抱くその苛立ちは、衰えへの不安などという脆いものではありません。終わりが見えるからこそ、一秒でも早く自らの手で全てを完遂せんと逸る、峻烈な焦りなのです」
彼は一歩、私が堅く閉ざしてきた孤高の領域を蹂躙するように踏み込み、低く力強い声で断罪し、かつ賞賛する。
「朝を急かすその荒い鼓動は、五十年という歳月を経てなお、運命に飼い慣らされることを断る不屈の証。停滞という監獄の格子を叩き壊そうとするその拳は、貴方が今日まで何ひとつ諦めずに生き抜いてきた、勇猛な戦士の証なのですよ。夜を呪うその激しい炎こそが、暗闇に沈まらぬための最後の灯し火なのです」
「今だけは、その狂気に近い熱を、私の翼の中に叩き付けてください。次の黎明を焼き尽くすための力を練り上げるために」
銀髪の青年が烈風を巻き起こして翼を広げると、世界の全光量が収束したかのような純白の壁が、荒ぶる私を真正面から受け止めた。
それは柔らかな布の感触などではない。
幾万の羽根が一斉に鳴り響くような、生命の奔流そのものによる圧倒的な抱擁。
猛り狂う波を鎮める巨岩のような質量を持った慈悲が、私の内側で暴れる焦燥の獣を、力尽くで、かつ限りなく慈しむように押し鎮めていく。
「が……、あああ……っ!」
理性の堤防を決壊させ、逆流を繰り返していた苛立ちが、彼の白い猛火に当てられて、呻きを上げながら純粋な涙へと精製されていく。
溢れ出したのは、挫折への悔しさではなく、己という難攻不落の砦を守り続ける自らへの、凄じいまでの敬意。
狂乱の縁にいた魂は、彼の白い光に貫かれ、静かな殺意のような決意を宿したまま、深い淵へと沈降していく。
銀髪の青年が天を突く勢いで一度翼を羽ばたかせると、視界は全身の細胞が蒸発するような眩い白に灼き尽くされた。
……。
強烈な引力に引き戻されるように、遠くで冬の雷鳴にも似た重機の唸り声が、仮容のない現実の幕開けを告げ始める。
目を開けると、そこは昨日と何ひとつ変わらない、光量に飢えた現実だった。
未完の業務、狡猾な競争者、刻一刻と削り取られていく寿命。
けれど、私の心臓を焼いていた無益な苛立ちは、今や暗夜を穿ち、明日を照らし出すための、峻烈な灯し火へと精錬されていた。
胸の奥に、宵闇を踏み潰して掴み取った琥珀色の一欠らが、熾火のように鋭い熱を放っている。
それは「急かす」のではなく「制する」ための、私だけの不滅の灯し火だった。
鏡に映る五十年を戦い抜いた猛将の貌を一瞥し、私は重厚な外套を鎧として身に纏う。
「世界に、私の刻を突き立ててやる」
夜を超えるたびに苛烈さを増していく渇望を、唯一の誇りとして背に負い、私は確かな足取りで、眩しすぎる光が満ちる現実を、真正面から蹴破るように踏み越えてく。
第 22話(完)