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【第15話】不休の檻、静謐なる熱の在処


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()えた。


 それは(はげ)しく()()ける(かぜ)()(けず)りながらも、(けっ)して()えることのない(かたく)なな(またたき)だった。


 (いく)つもの(ひかり)(かさ)なり()い、過剰(かじょう)なまでの密度(みつど)()って(やみ)穿(うが)っている。


 しかし、その中心(ちゅうしん)(ひと)つだけ、不自然(ふしぜん)なほどに不動(ふどう)(つらぬ)く、(しず)かすぎる(とも)()存在(そんざい)していた。


 (まぶた)()じても、(のう)(ずい)()()ける電光(でんこう)()むことがない。


 (よこ)たえた身体(しんたい)(なまり)のように(おも)(くる)しいのに、意識(いしき)だけが遠心(えんしん)分離(ぶんり)()にかけられたように外側(そとがわ)へ、未来(みらい)へ、未知(みち)不安(ふあん)へと飛散(ひさん)していく。


 (なに)()していないという焦燥(しょうそう)が、鋭利(えいり)歯車(はぐるま)となって心臓(しんぞう)裏側(うらがわ)()えず(けず)っていた。


 「(やす)まなければ」という強迫(きょうはく)こそが、最大(さいだい)負荷(ふか)となって(わたし)(しば)()ける。


 ()()まることは停滞(ていたい)ではなく脱落(だつらく)であり、(なに)産出(さんしゅつ)しない時間(じかん)存在(そんざい)(つみ)であると、(うち)なる検事(けんじ)糾弾(きゅうだん)()めないのだ。


 だが突然(とつぜん)(はい)(おく)過呼吸(かこきゅう)のように(あつ)()け、(つめ)たいシーツが拘束(こうそく)()のように(はだ)(まと)()いたその瞬間(しゅんかん)世界(せかい)から一切(いっさい)振動(しんどう)()()えた。


 (あつ)さも、(しば)()ける(ぬの)感触(かんしょく)も、白銀(はくぎん)静寂(せいじゃく)()()まれて跡形(あとかた)もなく()(さん)していく。


 ()(かん)のすべてを強引(ごういん)(うば)()るような、あまりに鮮烈(せんれつ)な「()」の到来(とうらい)に、(わたし)思考(しこう)までもが()てついた。


 そこに、(かれ)()っていた。


 月光(げっこう)()()ったような銀髪(ぎんぱつ)が、波立(なみだ)空気(くうき)(なだ)めるように静止(せいし)している。


 (かれ)()にした角灯(かくとう)(かす)かに(かか)げ、(いつく)しみの(いろ)(たた)えた(ひとみ)(わたし)を見つめた。


(ねむ)りの(なか)でも疾走(しっそう)()められぬ、(かな)しき(よる)旅人(たびびと)さん」


(とお)った(こえ)が、()(くる)(わたし)(うち)なる雑音(ざつおん)(いっ)(しゅん)()がせた。


「あの(とも)()()てごらんなさい。(うご)かないように()えますが、あれは周囲(しゅうい)(あらし)(ことごと)(あざな)い、(いく)千万(せんまん)(またたき)(いち)(びょう)(ぎょう)(しゅく)させることで辿(たど)()いた、極致(きょくち)静止(せいし)なのです」


 (かれ)(いっ)()(まよ)える(わたし)との距離(きょり)(はか)るように(あゆ)み寄った。


貴方(あなた)(こころ)()まらないのは、不徳(ふとく)ゆえではありません。それは、明日(あした)()()こうとする生命(せいめい)誠実(せいじつ)咆哮(ほうこう)……()めることができないほどの(ねつ)()った(かがや)きなのです。ただ、(いま)はこの(ひかり)(なか)に、その過熱(かねつ)した思考(しこう)(やす)めてもよいのですよ」


 (かれ)(いつ)(せん)背後(はいご)(たた)えられていた白銀(はくぎん)(つばさ)を、(あま)()(ひかり)(ほん)(りゅう)として(とき)(はな)った。


 刹那(せつな)空間(くうかん)支配(しはい)していた(あら)ゆる(だく)(おん)が、(ふか)(ゆき)()ざされるように()()えた。


 (わたし)(はい)()いていた焦燥(しょうそう)も、(はだ)(から)()っていた重力(じゅうりょく)(くさり)も、(おと)もなく(おとず)れた絶対的(ぜったいてき)静謐(せいひつ)によって跡形(あとかた)もなく(うわ)()きされていく。


 それは、(あらが)うことさえ(わす)れさせるほどに峻烈(しゅんれつ)な、(じゅん)(ぱく)平定(へいてい)だった。


 (ひろ)げられた(つばさ)(えが)()は、宇宙(うちゅう)深淵(しんえん)(つつ)()(よる)(しず)けさと、(すべ)てを()かし()(こう)(せい)(ねつ)同時(どうじ)宿(やど)している。


 最高級(さいこうきゅう)(きぬ)()(くる)(ほむら)()()むように、(わたし)(くる)しめていた(とげ)(いっ)(ぺん)までが、(かれ)(ふところ)へと(しず)かに(おさ)まっていく。


 ()()なく(まわ)(つづ)けた(こころ)歯車(はぐるま)が、その圧倒的(あっとうてき)(いつく)しみの(おも)みに()たされ、ようやく(やす)らかな停止(ていし)()()れた。


 そこには「(なに)もしなくていい」という許可(きょか)さえも必要(ひつよう)のない、圧倒的(あっとうてき)肯定(こうてい)だけが()ちていた。


 (かれ)胸元(むなもと)から(つた)わる赤子(あかご)(ほお)のような(やわ)らかな温熱(おんねつ)が、強張(こわば)()った(わたし)精神(せいしん)(しん)を、(やさ)しく、完璧(かんぺき)(ほど)いていく。


 (なみだ)(あふ)れた。


 それは(かな)しみではなく、過剰(かじょう)回転(かいてん)(つづ)けた(たましい)から()()した、安堵(あんど)という()潤滑油(じゅんかつゆ)だった。


 (かれ)は、(ほお)(つた)うその(いっ)(てき)を、(いと)おしげに()つめた。


摩擦(まさつ)(おそ)れず、(だれ)よりも(はや)世界(せかい)(まわ)そうとした。その(ねつ)こそが、貴方(あなた)()きてきた誠実(せいじつ)(あかし)です」


 (かれ)(こえ)は、白銀(はくぎん)静寂(せいじゃく)(なか)で、(つめ)たい(いずみ)()ちた(しずく)のように()(わた)っている。


 角灯(かくとう)(あたた)かな(ひかり)が、(わたし)強張(こわば)った輪郭(りんかく)(やさ)しく(ふち)()った。


「けれど、(うるお)いを(わす)れた(たましい)は、いずれ()()いて(うご)かなくなってしまう。……(いま)はこの無音(むおん)揺籃(ようらん)()(ゆだ)ね、過熱(かねつ)した(こころ)(つめ)たい慈愛(じあい)()たしてください。(やす)むこともまた、明日(あした)()()すための、(とうと)(いとな)みの(ひと)つなのですから」


 (かれ)(なが)指先(ゆびさき)が、(わたし)(あつ)目蓋(まぶた)羽毛(うもう)のように()でる。


 その(かす)かな接触(せっしょく)から、(すべ)ての思考(しこう)()(ばな)しても(ゆる)されるという、(ふか)肯定(こうてい)(つた)わってきた。


(あさ)()れば、(ふたた)歯車(はぐるま)(まわ)(はじめ)ます。ですが、今日(きょう)よりは(すこ)しだけ、(なめ)らかに、(かろ)やかに(とき)(きざ)めるはずですよ」


 (かれ)(おだ)やかな微笑(ほほえ)みが、白銀(はくぎん)(かがや)きに()け、輪郭(りんかく)(うしな)っていく。


 心地(ここち)よい浮遊(ふゆう)(かん)意識(いしき)(やさ)しく()(つぶ)し、(わたし)(ふか)く、(けが)れなき白銀(はくぎん)()綿(わた)(つつ)まれるようにして、(おだ)やかな(ぼう)(きゃく)(ふち)へと(しず)んでいった。



……。



 視界(しかい)白濁(はくだく)し、(とお)くで規則的(きそくてき)電子(でんし)(おん)()(ひび)く。


 目覚(めざ)めた瞬間(しゅんかん)(わたし)(むか)えたのは、昨日(きのう)(なん)()わりのない(うす)(ぐら)寝室(しんしつ)だった。


 (つくえ)(うえ)には(かた)()かない仕事(しごと)()まれ、(そと)では無慈悲(むじひ)(けん)(ごう)(はじ)まろうとしている。


 けれど、(かがみ)(うつ)自分(じぶん)(ひとみ)(おく)に、あの()(どう)だにしない(おだ)やかな(とも)()が、(いっ)(ぺん)残光(ざんこう)として(いき)づいているのを()つけた。


 焦燥(しょうそう)()えたわけではない。


 罪悪(ざいあく)(かん)もまた、(かげ)のように(かたわ)らに()る。


 それでも、(わたし)内側(うちがわ)には、(かれ)(さず)けてくれた「静止(せいし)という()(ねつ)」が(たし)かに(たくわ)えられている。


 (わたし)(ふか)く、(ふか)(いき)()()した。


「……さぁ()こう」


 (ざわ)めく思考(しこう)(しず)かに()(なず)けながら、今日(きょう)という(いっ)()()()した。



(だい) 15()(かん)





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