遠くに、いくつかの灯し火が見えた。
それは、消えそうでいて決して絶えることのない、頑ななまでの瞬きだった。
風に翻り、形を変えながらも、その芯にある熱だけは手放そうとしない。
迷い、震え続けることが、生きているための唯一の条件であるかのように。
「もし、あの時――」
その問いを何度、暗闇に投げただろう。
手を離さなかったら。
言葉を飲み込まなかったら。
あの日の自分の選択を、過去の冷たい記憶の中に引きずり出しては、正解のない裁判を繰り返している。
出口のない自問の円環に囚われ、過去の影だけをなぞり続けるたびに、私の心は現在という場所から深く沈み込み、今日を踏み出すための熱をじわじわと摩耗させていた。
終わらない追憶は、温かかったはずの記憶さえも灰色の重石に変え、私の体温を静かに奪っていく。
私の心は、終わらない反省の渦の中で立ち往生していた。
そのとき、閉ざした部屋の空隙から、言いようのない熱が染み出してきた。
白銀の奔流が、影を押し退けて溢れ出す。
現れた銀髪の青年の髪は、意志を持つ炎のようにゆらゆらと揺れ、空間に微細な光の雫を零していた。
その揺れる銀髪から放たれる輝きは、網膜を焼き切らんばかりの密度を持ち、私が抱え続けた暗い後悔を、容赦なく白日の下へと曝していく。
逃げ場のない白銀の光が、心の奥底に澱のように溜まっていた「もしも」という名の残滓を、一粒残らず鮮明に照らし出していく。
暗闇に紛れさせていた自分の醜さや脆さが、白銀の粒子に炙り出され、隠し通すことさえ許されない。
そのあまりの眩しさは、過去に固執する私への峻烈な断罪のようでもあり、同時に、そのすべてを光の中に包み込んで消し去ろうとする、残酷なまでに純粋な慈愛そのものだった。
銀髪の青年の背後から、巨大な光の塊が脈動と共に解き放たれた。
その翼は、どこかに繋ながっているのではなく、彼の存在から溢れ出した純粋な熱量が形を成したものだった。
白銀の羽根が一枚震えるたびに、部屋の空気は沸き立ち、凍り付いていた思考を無理矢理に融かし始める。
「――悔やみ続けるのは、それほどまでに誠実でありたいと願っているからでしょう」
銀髪の青年が静かにそう告げた瞬間、顕現した巨大な翼が力強く大気を薙いだ。
優雅な軌跡を描きながらも、そこから迸り出たのは魂を揺さぶる灼熱の波動であり、私を深い自責の淵へと沈めていた泥濘のような沈黙を一瞬で攪拌した。
幾度も巡り続けた「もしも」という悔恨の残滓が、銀髪の青年が放つ圧倒的な光に焼かれ、重い鉛から軽やかな残照へと昇華されていく。
逃げ場のない糾弾のように吹き荒れた烈風は、過去の影に怯える私の心に触れた瞬間、すべてを溶かし包み込むような、淡い陽だまりの温度へと融け落ちていった。
「消えない灯し火は、静かな夜だからこそ見つかるものなのかもしれません。揺れ続けながら、それでも消えずにあること……その不器用な熱を、どうか厭わないであげてください」
揺れる銀髪から零れる火花が、私の内側でチリチリと燻る種火に重なり、静な肯定を与えていく。
救わない、けれど共にあるという熱が、重かった後悔を柔らかな余熱へと変えていった。
「長い夜でした。暗闇に灯し続けたその熱に、もうすぐ新しい朝が追いつきます」
彼が低く澄んだ声で告げた瞬間、翼から零れ落ちる眩しい光の粒子が部屋を満たした。
……。
白く煙る視界の先で、夜はいつの間にか白んでいた。
窓際のテーブルに置かれたマグカップから、細い湯気が揺れ動いている。
昨日までの私なら、冷え切った思考の中で、その温もりが失われていくのを怯えるように見つめていただろう。
けれど、斜めに差し込む朝日の中、金色の粒子となって踊る埃の粒を眺めていると、消えない後悔もまた、朝の光を構成する一部なのだと思えた。
「もしあの時」という終わらない問いは、今も私の足元に影を落としている。
けれど、その影はもう、私を引きずり戻そうとする重みを持っていなかった。
洗い立てのシャツを通り抜ける風のように、ただ静かに私を撫でて流れていく。
あの夜、銀髪の青年が残していった翼からの密やかな余熱は、私の鼓動と重なり合い、今も内側から熱く脈打っている。
色彩を欠いていた世界の端々に、その温もりが静かな息吹となって染み渡り、今日という時を鮮やかに縁取り続けている。
第 12話(完)