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イスタシアン #3

 

「遅い!」


 クワッと目を見開いてこちらを一喝する少女。

 この姿を相手にその態度を取れるのは勇猛というべきか無謀というべきか。


(ま、1年近く経つし今更か・・・)


 この少女ははじめからこうだった。恐れることなく、毅然とした様子でこちらを見返すクソ度胸があった。

 その度胸は母親から継いだものだろうとバクサスは笑っていたが。


「すまない」


 短くそう告げると彼女はフンと鼻を鳴らす。


「さっさと始めるわよ」


 構えられた短めの1本の剣。色褪せた木剣は、それだけ修練の日々を物語っている。

 少女の名前はハンザ。バクサスの1人娘だ。

 活発、というには些か元気が過ぎる少女だ。短く切りそろえられた水色の髪の中からイスタシアンを表す1本の小さな角が頭の横から伸びている。

 爛々と輝く紫の瞳には、今度こそ勝つという闘志が籠められていた。


(大した子だ)


 これでいてまだ7歳という。同じ年ぐらいのとき、自分の背丈の倍以上はある怪物に対して向かい合えただろうか。

 まず無理だろう。その点のみで、彼女は非常に優れている存在であることが理解出来る。


「それでは、いつも通り(わたくし)───スコットが立会人を務めさせていただきます」


 そう言って私とハンザの間に1人の男が立つ。


「スコット!約束は覚えているわね」


「えぇ、お嬢様。1本とればお好きな魔道具を1つ、でしたね。紳士に二言はありませんよ」


「よし!」


 それを聞いたハンザが増々鼻息を荒くしてこちらを睨みつける。

 あまり焚きつけないでほしいが。そう思いつつ、こちらも構えを取る。

 武器はない。加減がしづらいからだ。代わりにピッと人差し指を立てる。



「・・・相変わらずムカつくわね。それ」


「そうはいってもな。みなれた、だろ?」


「まぁ、ね」


 7歳の少女と対峙する巨躯の怪物。

 傍から見ればとんでもない殺戮ショーの場面だが、これは彼女たちが望んでいることだ。

 正直、私自身気が乗らない。それは弱い者いじめがイヤ、というわけではなく、


(単純に時間の無駄なんだよなぁ・・・)


 正直、ハンザ相手に毛ほどの興味も湧かない。

 ハンザだけではない。バクサスも、フォルカスも、カンテも、スコットも。

 名前を覚えたのは必要だったから。私が知る彼らの持つ要素は、外見と名前だけ。

 彼ら以外の存在を私は知らない。知る必要もない。

 それが人間性の喪失ゆえか。あるいは元々かは知らないが。


 故に目の前に対峙する彼女の成長に、私はなんの感慨もない。

 というか成長しているのだろうか?やっていることはひたすら捌き続けているだけなのだが。


(意味がないならバクサスが止めているはず。1年続いているってことは何かしら影響は与えているんだろうが・・・)


 1m定規で1mmが測れないように。

 これは傲慢ではなく、純然たる事実だ。今の私と彼女にはそれぐらいの差があった。


(武道を極めた的な奴なら分かるもんなのか?)


「それでは───はじめ!」


「でああああああ!!!」


 そうこうしているうちに開始の合図が鳴り、ハンザが勢いよく駆け出す。

 無意識のうちに世界が引き延ばされ、音が間延びしていく。

 そうすれば、もはや独壇場。水中を進んでいるかのように緩慢に動くハンザをぼんやりと眺める。


(今更だが実戦形式なら合図なんてない方が良いと思うが・・・そこは7歳相手か)


 振りかぶられた木剣を人差し指の腹で優しく受け止める。いつだったか、軽く弾いたつもりが思いっきり吹き飛ばしてしまったのは苦い思い出だ。

 それ以降、私は守りに徹することにしている。こちらから攻撃することはなく、的確に彼女の攻撃を止める。


(しかしまぁ・・・本当に大したもんだ)


 吹き飛ばされた日の翌日も、彼女は臆することなく私に挑んできた。

 怒ることもなく、だ。それがどれだけ凄いことか、自分では良く分かっていないのだろう。

 この瞬間に振るわれている剣も、それが出鱈目ではなくある一つの流れに沿っているものだと、今なら分かる。

 二度、三度。速度を、力を、角度を変えてハンザは剣を振るい続けた。


 闘志を瞳に宿し、挑み続ける姿勢。

 この少女が、なぜそれほどまでの熱量を抱けるかは不明だが、その姿を見ているといつか大物になるのだろうという予感があった。


(こういう奴が超人とか呼ばれるようになるんだろうな)


 そしていつか討伐しにくると。

 そんな未来を思い、うへぇと内心で舌を出す。


 そうこうしているうちに場面が動いた。

 こちらに打ち込んでいたハンザが突如、背中を向ける。

 おや?と思ったその時。


「せい!」


 間延びした世界で、そんな声が響く。

 瞬間、舞い上がる土砂。

 彼女が掘り起こしたものだろう。しかし、それだけではない。

 砂粒の中に混じる火花を散らす極小の物体。


「───」


 小型の爆弾。恐らくは彼女の自作だろう。

 この年でこれだけの物を作れる才覚には舌を巻く。


 だが───極限まで体感時間が引き延ばされている私にはとても届かない。


 そんなことは百も承知だろう。何度この挑戦をし、何度防がれたことか。

 人間性を失いかけた今でも、それが工夫を凝らした一撃であることは理解できる。

 彼女は一度だって、私に勝つことを諦めてはいない。


(いや、本当に───)


 凄い子だと思う。

 ───それ以上は特にないが。


 飛んできた小型の爆弾をつまみ、潰す。

 一連の動作を彼女はどんな風に見えているのだろうか。


 間延びした時間が戻っていく。

 小さな爆発音が連続して響き終わり、私はゆっくりと彼女に向きなおる。

 大きく肩を揺らし、荒い息を吐きながら地面に膝をつく少女。分かりやすく驚愕したような表情を浮かべるスコットに視線を送る。


「おわりか?」


「───ッ。あぁ、そうだな」


 我に返ったスコットが慌てて片腕を上げる。それが終わりの合図。この1年で毎日見る光景。


 興味はない。これから先も起こることはない。

 ただ───挑み続けるのであれば相手になろう。

 それだけを、私は思う。









 ◇◆◇








「随分と、派手にやったね」


「はでか?」


 見慣れた応接間で私と向かい合うのはバクサスのみだ。

 ひじ掛けのある椅子に座り込み、片手でグラスを揺らす姿は随分と様になっていた。


「あれはここ数日の中でも特に力の入った逸品らしくてね。久しぶりに泣きついてきたよ」


「・・・そういわれてもな」


「あぁ。いや、責めてるわけじゃない。

 君のお蔭であの子も順調に育ってきている。感謝しているよ」


「・・・」


 そう言っているものの、私としては実感はない。

 困ったように眉を顰める私に気付いたのか、バクサスはクククと笑う。


「可笑しな奴だ。化け物と思えば我々と近い感性も持つ。

 ───安心したまえ。君には分からないかもしれないが、間違いなく彼女は強くなっているよ。

 能力的にも、精神的にも」


「・・・そうか」


 壊すことのみだった自分が何かを与えている身になっている。

 それを他者から突き付けられ、自覚し、どこかむずがゆい感覚になる。

 誤魔化すように傍に置かれていた水差しを口に運ぶ。冷たい水が喉を通ると、思考が冷静になった。


「しかし、なぜ、あのこをつよくしたい?」


「うん?それは勿論、強者であれば奪われずに済むからだよ」


 彼は肩をすくめて続ける。


「どれだけの富、権力があろうと最後に勝るのは暴力が高いやつだ。

 千人、万人を相手しようと勝てるだけの暴力。それさえあれば何も怖くはない」


「・・・こどもがかんがえそうだな」


「そう。正しく夢物語だ。

 けどね、ゴブリン。私はそれが───心の底からそれが本当の最強だと思っているんだよ」


 ふざけているわけではない。彼の瞳に宿る光の強さがそれを物語っていた。

 しかし、同時にそれが実現不可能な夢であることも承知なのだろう。

 彼はゆっくりと首を振る。


「とはいえ、そこにたどり着くには一握りの才能と、途方もない努力が必要になる。

 ハンザにはそこまで無茶をさせたくないからね。最強とまではいかなくても、それに近い存在にはなって欲しいんだよ」


「りかいは、した」


 要は私と同じだ。

 奪われないため───すなわち、生き残るため。

 今でこそその感覚も薄れたが、私の原点はそこだった。


「まじゅつをまなぶまで、つきあおう」


 拒絶する理由もなかった私はそう言って椅子の背もたれに寄りかかる。

 私がここにきて暫くし、導入された特注の椅子だ。非常に肌触りもよく、私の身体を優しく受け止めてくれる。


 話は全く変わるが、ここにきて私の生活はかなり、いやとんでもないほどグレードアップしていた。

 衣食住は言わずもがな、風呂やベッドといった嗜好品まで揃っている。

 もう野宿には戻れないかもしれない。そんな不安を覚えたこともある。


(ま、そんな生活もあと1、2年ってとこだろうな)


 魔術を習えば、この家は用済みだ。

 居座ることも出来るだろう。しかし、先のことを考えるのであれば行動は早い方が良い。


(奴の強さに上限はあるのか。それとも今この瞬間にも成長をしているのか)


 焦っても仕方のないこととはいえ、逸る気持ちはある。

 こみ上げてくる不安を押し殺して、私は息を吐く。


「あぁ、当初の契約通りだね。心変わりが無くて助かるよ。

 さて、ここからの話をしようか」


 そう言ってバクサスは紙を1枚差し出す。

 書かれている内容は日常生活レベルの言語力では難しく、私は眉根を寄せる。


「あぁ。これは読んでもらうためじゃない。ただ一応、形として渡さなくてはね。

 契約書だ。効力はないがね。

 とりわけ、君のような実力者には」


 先の暴力の下りだろうか。

 そうは言いつつこちらを見る目に恐れがないのは、恐らく私が暴れても何かしらの対策があるという自信からなのだろうが。


「どういうないようだ?」


「ハンザの護衛をお願いしたくてね」


「?」


 外に出るのだろうか。いや、それにしては随分仰々しい。

 それに、付き人なら既にいる。こんな化け物を護衛に使う理由はない。


「もうすぐハンザも学校に通う。この年は───ちょっと面倒くさいことになりそうでね。

 君がいればどんな支障も問題はないだろうと判断したからだ」


「がっこう・・・」


 口の中でその言葉を反芻する。随分と懐かしい響きだ。

 この世界にも学校は存在する。元の世界とは仕組みがだいぶ異なるらしいが。

 一般的に学校に通うことになるのは12歳から。ハンザの今の年齢は7歳なので通うのはまだ先だ。


「それでこちらが幼少期から通う学校でね。ここも合わせて護衛をお願いしたい」


「・・・」


 この街限定ではあるが、8歳から通うことになる学校もある。

 まずはそちらに通い、家の中では学びきれない社交性を養っていくのだろう。


(社交性ねぇ)


 自分で言いつつ残念ながら縁のない話だと鼻で笑う。

 縁のない話と言えば、ハンザの学校生活もだ。

 先も言ったように、私がここにいるのもあと1、2年。

 興味なしと判断した私は、彼の話を聞き流すことに徹する。


 それを察知したのだろう。契約書を読み上げていたバクサスが顔を上げ───なぜか不思議そうな顔をしていた。


「興味なさそうだね」


「まぁ、な」


 知らないわけじゃないだろう?と目元を細めてみるも、バクサスはますます不思議そうな顔をする。


「んー。まぁ、そうか。この辺りの契約も君には関係ないか。

 それじゃあ改めて、これから10年かな。よろしく頼むよ」


「あぁ───ん?」


「ん?」


 差し出された手を握り返そうとし、謎の単語に手を止める。

 聞き間違えだろうと、私は小さく笑い。


「10年?」


「そうだが?」


「???」


 ・・・ふむ。


「・・・ききわすれていた。

 まじゅつって、いつならうんだ?」


「ん?そうだったか?

 そうだな。基本的なのは初年度から習うが、応用はだいたい───学校に入って3年後とかだな」


「・・・」


 ・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 マジか




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