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イスタシアン #4

 

「それじゃあ行くわよ!ゴブリン!」


「あぁ」


 この街に来て年が巡ること5回。

 思っていた以上に濃く、短い時間だった。


(あの頃はどんだけ長いんだ、と思ってたが)


 入り口の前で待っていた馬車に主人を乗せ、自身は後ろにつく。

 この巨体が乗ると馬が一瞬でへたってしまうのは、ここ数年で学んでいる。そこまで速度を出すわけではないし、仮に全力で走ることになっても問題ない。

 窓から出した主人がこちらを振り返り、笑顔で手を振る。それに対し、私は小さく頷きを返した。


「いってらっしゃいませハンザ様」


「えぇ。スコットも元気でね」


「勿論ですとも。しかし、当主様も残念がっておられました。愛娘の門出を見ることが出来ないと」


「ま、仕方ないわ。代わりにお土産話を期待しておいてと伝えておいて!」


「えぇ、はい。そのように」


 そういって頭を下げたスコットは私の方に目をやり、薄く微笑む。


「ゴブリン殿、あとは任せました」


「あぁ」


 短くそう返す。再びスコットが頭を下げた。

 御者が合図を出し、馬車の車輪がゆっくりと回り出した。楽になるようにと少しだけ馬車を押す。

 これも、ここ数年で学んだことだった。


「いってきまーす!」


「「「いってらっしゃい!」」」


 手を振るハンザに対し、見送りに来ていた人々が思い思いに手を振り返す。

 20人は超えているか。恐らくは今手が空いている者、総出で来ているのだろう。それだけこの子が愛されている証拠だった。


 やがて家の門が小さくなっていくとハンザは手を振るのを止め、こちらを見る。

 パチリと目が合うと彼女はニコッと笑い、


「楽しみね!学校!」


「・・・そうだな」








 ◇◆◇







 学校。


 この世界に存在する教育機関。

 かつての世界にあったそれとは違い、そこに入るためには特別な許可証が必要になる。

 学ぶのは主に算数や国語といった科目だけではなく、魔術、剣術、医学、薬学、宗教、法律といったものまで多岐にわたる。

 昔は家庭教師のようなものを雇い教わるのが一般的だったそうだが、今では学校で学ぶのが主流になったのだとか。


 また何より、学校には教育という目的だけではなく、今後に向けてのパイプ作りとしての役割も多分にある。

 大人が介入することは基本出来ない。ゆえに子供同士の純粋(?)な交流の場ではあるのだが、そういった純粋さを利用し己の欲を満たそうとする親はごまんといる。


(そういったのから守るのが私の役目だと言われたんだが・・・)


 ───君は獣のままでいい


 出発前、バクサスに言われたことだ。

 変に知恵をつけるより、飼いならされた怪物の方が相手も恐れるのだろう。


 私の役割は番人───というか番犬か。

 この見た目だ。それだけでかなりの抑止力になる。

 彼はどうやらそういったゴタゴタにハンザを巻き込ませたくないらしい。

 そういうことで、ハンザの同行者として私は適任だった。


(ま、支障はない。それに、自由に魔術を学んでいいって言われたからな)


 面倒はありそうだが、楽しみなのは間違いない。

 さてどんな魔術を使おう。そんな妄想を広げながら、時折ハンザの話し相手もしつつ道を進んでいく。

 やがて空が赤く染まりだしたころ、視界の先でぼんやりと街の影が映りだした。


「ハンザ、そろそろだ」


「む───ん~」


 寝ていたハンザに声をかけ、覚醒を促す。

 ふごふごと何やら呻いていたハンザはゆっくりと目を開け、窓の外から顔をのぞかせた。


「───着いたのね。起こしてくれてありがとう」


 そう言ったハンザの表情は出発直後とは違いやや固い。

 はぁ、と小さく息を吐いた私は彼女の額を軽く弾く。


「ピッ!?」


「そう緊張するな。気楽に行こうぜ」


「む!?むーーー」


 図星を刺されたのが余程不服だったのか。彼女は小さく頬を膨らまし、馬車の中に引っ込む。

 その様子に、私はやれやれと肩を竦める。


 さて、と見直す先。

 聳え立つ城塞の向こう側を想い、私は小さく笑う。


 ───想い焦がれ、されど燃え尽きることはなく。


 馬が突如嘶く、慌てた御者の声に思考が現実に引き戻され、私は顔を手で覆う。


 小さく笑う。嘘だ。

 今の私は、さぞ壮絶な笑みを浮かべていたのだろう。


(魔術を習う)


 そして、私は奴を───


「殺す」


 その小さなつぶやきは蹄が土を馴らす音にかき消され、虚空へと帰っていった。








 ◇◆◇







 入学式?らしきものを終え、私とハンザは案内された教室へと足を運ぶ。そのままハンザは決められた座席へ、私は他に習うように後ろの壁際で立つ───のではなく廊下の外で立たされていた。

 いや、まぁ。当然の措置だろう。何せ私の姿を見かけたものは一人残らず顔を青ざめさせている。異種族に忌避感が薄いとは言え、この怪物相手はごく普通の反応だった。


 懐かしいなーと思いつつ、一応は護衛の役割を果たすためにもハンザの方へ目を向けておく。

 教室の後ろから覗いている巨体。これは正しく


(うむ。立派な不審者だな!)


 内心で乾いた笑いをしつつ、

 案内をした者はこの教室の担任なのか。全員が椅子に座るのを確認した彼は1人ずつ名前を呼んでいく。

 裕福な家庭で、相応の教育を受けてきたのだろう。どの子も子供には見えない、大人びた顔つきをしていた。

 しかし、そんな彼ら・彼女らも、先ほど上がった名前に動揺を隠せないでいた。


「───シルニキア・クロノス・イスタシアン」


「はい。先生」


 敬称はつけない。

 それがこの学校にあるルールの一つ。創設者の意図を十分に汲み淀みなく名前を連ねていた教師の声も僅かに震える。

 名を告げられた人物は優雅に、気負うことなく、堂々と応えた。


 金糸を編んだかのような艶やかな髪。周囲を圧倒する金色の瞳。

 椅子に座っているだけの姿は、それだけで絵になるほど神秘性を帯びている。周囲にどれだけの者がいようと、その存在を無視することは出来まい。

 そして額から伸びる純白の角は、この世界において唯一の存在を示す。


 イスタシアン王族 第2王女


(あれが───)


 事前にバクサスから伝えられていた注意人物でもあった。


(継承戦争いに向けて、だったか。あいつ自身が問題を起こしそうな雰囲気はないが、周囲が放っておかないということだろう)


 王女がこの学校に在籍することは既に周知されていた。

 それでもクラス全体が息を吞むほどの存在感。またそれだけイスタシアンにおいて王族が尊重されているという証だろう。


 この後、名前を呼ばれる生徒は地獄だろうな。

 そんなことを思いつつ耳の穴を掻いていると、


「───ハンザ・イゥレッティ」


「はい!」


「ブッ!」


 静寂を切り裂く、やたら気合の乗った返事に思わず吹き出す。

 入り口傍にいた従者がギョッとした顔を向けてくるも、勘弁してほしい。


(笑わない方が可笑しいだろう)


 どうやら我が主人(ハンザ)にとって王族だろうとどうでも良いらしい。

 まるでこの世界の主人公は私であると言わんばかりに誇らしく、彼女は顔を上げて教師の声に応える。


(バクサス。ちょっと教育を間違えたんじゃないか?)


 そんな彼女の傍にいたからこそ、この5年間も退屈することは無かった。

 もうしばらく退屈は無さそうだと、私は再度笑った。


 一通り名前が読み上げられて、今後の学校生活での注意事項が読み上げられる。

 まとめると

 ①遅刻・欠席は処罰の対象になる。ただし事前連絡があれば問題ない。

 ②授業は基本的に選択制で好きなものを学ぶことが出来る。好きなタイミングで授業を追加受講・キャンセルは可能。

 ③授業中は生徒同士の上下関係はなし。


 他いくつか細かいルールもありつつ、授業関連でいえばこの辺りだろうか。

 なお、主人の許可があれば従者も単独で授業に参加らしい。

 主人の授業への付き添いが絶対条件だが、素晴らしい制度だと内心で拍手をしておく。


「いろいろな授業があるのね」


 渡された用紙を眺めながら、ハンザが驚きの声を上げる。

 学年という縛りはある程度ありつつも、1年目から受けられる授業は想像以上に多い。授業を設定するまで1週間設けられている理由も頷ける。


「魔術の勉強だけでも20個あるわね。ゴブリンは何か気になる授業はある?」


「そうだな・・・やはり実践向けの授業だな。名前からしてこれとこれは実践型の授業みたいだ」


「そうね。私も受けてみたいし、じゃあこの2つは確定で・・・あとは───」


「魔道具関連、だろ?」


 正解とハンザがニヤリと笑う。

 この少女の魔道具好きは筋金入りだ。


 魔道具とは魔力を流すことで籠められた効力が発動する道具だ。

 用途は多岐に渡る。適性の無い属性の魔術も使えるのだから、多くの者が重宝していた。

 ハンザはそんな魔道具にどっぷりとはまり、既にいくつもの魔道具を自作している。


 それだけでも十分すごいと思うが、彼女曰くまだまだ初歩の段階なのだとか。


「作りたいものは沢山あるわ!とりあえずは貴方を倒せる魔道鎧ね!」


「・・・期待している、と言って良いのか?」


「えぇ!期待しておいて!」


 鼻息荒くハンザがそう意気込む。

 結構なことだと肩を軽くすくめた私は、それでと話を続けた。


「私の希望は───あとは火属性の授業だな」


「ん?貴方、属性の判別ってもうやったの?」


「いや」


「ふ~ん。単純な興味?」


「・・・まぁ、そんなところだ」


 疑わし気な眼差しを向けるハンザからついと視線をそらす。

 宿敵の属性の対策を知りたいから。そんな理由だ。

 言っても構わないのだろうが、わざわざ明かす必要もない。


 ふんと鼻を1つ鳴らしたハンザは思考を切り替えたのか、再度用紙に目を落とす。


「火属性ね・・・正直私は興味ないから貴方だけで行くことを許すわ」


「それは有難い。他の要望はない」


「じゃ、あとは私が決めるわね。どれにしようかしら・・・」


 うんうんと悩んでいるハンザを眺めつつ、背後から接近してくる気配を察知する。

 すれ違っただけではない。明確な意思が感じられた。


(敵意はないが・・・)


 足音は2人分。そして気配から察知するに、十中八九面倒ごとのパターン。


(追い払うことは容易い)


 しかし、そうするとまた別の問題も発生するだろう。

 思考は一瞬。

 私は気付かない振りをすることに決め、目を閉じる。


「はじめまして」


 声が聞こえるのと同時に体を横にずらしつつ背後を振り返る。

 その動きに気付いたハンザもまた、用紙から視線を上げた。

 立っていたのは2人の少女だった。

 片方は黒い髪を後ろに束ねた少女だ。紫色の角を伸ばしており、背丈はハンザよりやや高い。ピンと伸ばされた背筋と精悍な顔つきは、それだけで少女の性格を物語っているようだった。

 そして、そんな彼女のやや前方に立つ少女。


「貴女は───」


「ハンザさん、でしたっけ?よければ一緒の授業を受けませんか?」


 そう言って純白の角を宿した彼女───シルニキア・クロノス・イスタシアンは静かに笑った。



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