イスタシアン #2
結論から言うと何とかなった。
多くの兵が囲み、立ち尽くしている中。
よろよろと立ち上がった男を心配そうに駆け寄った従者を手で制し、彼はこちらを見て小さく頷く。
【ついてこい】
そう言って彼は背中を向け、歩き出す。
一瞬の躊躇いの後、意を決した私もまた歩き出す。
周囲の兵が詰め寄りそうになるも、先頭を歩く男が軽く手を振るとピタリと足を止めた。
それだけ信頼されているということだろうか。
お蔭で私は、誰に止められることなくそのままついていく。
(驚いたな)
あの一撃は全力ではないにせよ、並みの相手ならば一撃で殺せるだけの威力はあった。
殺すことにならなかった安堵もありつつ、その防御力には驚嘆させられる。
あれも不思議な力によるものだろうか。面白いと思いつつ、ふと内心で首を傾げる。
(しかし───分からんな)
意図が読めない。
いや、この状況は私にとって願ったり叶ったりだ。文句を言うつもりはない。
あまりにも無策であったことに今更ながら気付き、若干の気恥ずかしさを覚える。同時に、そんな感情がまだあったことにも驚いた。
(私を入れることのメリット───暴れられると困るからとか、そんな理由だろうか)
考えていて一番納得がいく。実際に行動に移すかはさておき、選択肢にはあった。
とはいえ、それは向こうが仕掛けてきた場合だ。彼らの力を学ぶにあたり、その方法はデメリットしかない。
何が彼の琴線に触れたかは定かではないが、受け入れてくれるというのであればありがたい話だ。
(運が良い。そう思うことにしておこう)
これが罠だとしても打破できる力がある。そんな自信もあったが故の判断。
さて、この男の内心はどうなのだろう。先を行く男の背中からは微塵も恐れは感じ取れない。私がここで暴れださないという確証があるようだった。
門の前に着くと、私はそこで待つように指示される。
しばらく待ち、やがて1台の馬車がやってきた。
4頭の馬によって引っ張られるそれは屋根付きではなく、大きな荷車が付けられたもの。男は、その荷車に乗るように指示を出す。
言われるがまま乗り込むと、大きな布を被せられる。
一瞬、罠を疑うも大人しく従う。ややあって、馬車が進みだした。
門を抜けたのだろう。感覚的に理解できた。
実に不本意な形ではあったが、これが私にとって、この世界で初めての街への一歩目であった。
◇◆◇
【かけてくれ】
通された屋敷の中。そこで、促されて示された椅子は素人目に見ても随分と立派なものだった。
本当に良いのか、と疑いの眼差しを向けるも彼は気にする様子も無く用意されていたもう1つの椅子へ腰かける。
それを確認した私はゆっくりと腰を下ろす。
上質は椅子は私の身体を受け止め、小さくきしんだ音を立てた。
座った時の姿勢は私の方がやや高い。
若干こちらを見上げる姿勢となった彼は、
【バクサスだ。この街の長を務めている】
そう名乗った。
さて、怪物として正しい返答は何だろうか。
逡巡ののち、私は小さく息を吐いた。
【───ゴブリン。私の名だ】
それを聞いた男は驚きの表情を浮かべたのち、納得気に頷いて見せた。
【名を持つ怪物か・・・かつて1度だけ出会ったことがあるな】
【ほう?私と同種か?】
【───いいや。似ても似つかない。
凶暴で、凶悪な怪物だった。多くの犠牲を出しながらも討伐されたよ】
【・・・そうか】
思うところがないわけではない。私も、1つ間違えば討伐される側なのだから。
しかし、
【そうなると、やはり疑問だな。なぜ私を受け入れることにした?】
【なんだ?受け入れて欲しくなかったのか?】
【いや、そういうわけではないが・・・】
周囲の気配を探った時、この屋敷の中にはそれほどの人数はいない。
また私の障害となる存在もいないだろう。
つまり、ここで暴れたら彼らは容易に殲滅させられる。
それを、理解していないはずはないだろう。
【フッ───別段、備えがないわけじゃない】
そう言って彼は1本指を立てて見せる。
【第一。私は君を受け入れたわけじゃない。
ここは私の領域だ。場所的な優位はこちらにある。
君を殺せるだけの準備は既に整えてある】
開かれた眼には強い光が宿っており、その台詞がハッタリではないことを窺わせる。
私の表情が少し変わったことに気付いた彼はフッと小さく笑みをこぼした。
【とはいえ、それを使うつもりは今のところない。今の君に敵意が無いように、私にもない】
【敵意、か】
【あぁ、そうだ。
いや、一応確認しておくか。───君の敵は我々ではない。そうだね?】
【───そうだ】
今はな。という言葉を内心で付け加えておく。
しかし彼には伝わってしまったようで、笑みが更に深まった。
【構わない。怪物と我々。信頼ではなく相互利益で結ばれるべきだ。
君は我々が使う力を求め、それを振るう。その願いに応えよう】
条件がある。と彼は続けた。
さて、どんな条件だろうか。
私は強い。客観的な視点の下、そう判断できる。であれば求められるのはその力だろう。
人体実験的なものは避けたいところだが・・・
一瞬身構えた私に、彼はある提案をしてきた。
【───師になるつもりはないか?】
【───ん?】
◇◆◇
男には1人の娘がいた。
どうやら長年の待望の娘だそうで、バクサスにとっては目どころか体のあらゆる場所に入れても痛くない。そんな存在だ。
そんな娘も6歳になり、色々なものを本格的に学び始める時期だった。
それは学問や教養だけではなく、武術や───そして、魔術と呼ばれる力。
基礎的な学習は既に終えているらしいが、バクサスが必要としていたのは実践的な力。
師範の候補となる人物は星の数ほどいる。しかし、そのどれもがバクサスを唸らせるほどではない。
圧倒的強者に教わることで、娘の才覚も存分に伸ばせるだろう。
そんな考えの下、彼は探していた。
そうして出会った奇妙な怪物。
知性があり、強靭。それでいて我々イスタシアンを襲うことがない。
見た目に激しく難アリ。娘がどう感じるかは会ってみてからとなるが・・・
何より、男にとってそれは実はあることを達成するうえでは大きなメリットになっていた。
ゴブリンと呼ばれる存在を耳にした記憶はない。
あれほどの強力な怪物だ。名を知らずとも、存在は知っていてもおかしくはない。いや、むしろ知って然るべきだろう。
下手をすれば国1つを滅ぼせる存在だと男は直感でそう感じ取っていた。
味方───というよりかは単純にこちらを敵視しない存在であったのは僥倖というべきだろう。
何より、あれほどの存在がヒラギアンに討伐されていないことが驚きだった。
ヒラギアンは強い。
そして我々の敵である。
全面的な戦争はまだ始まっていないが、それも時間の問題だろう。
あるいは、あの怪物を手なずけることが出来れば───
有り得ざる未来を期待して、男は小さく笑う。
仮に味方になったとして、果たしてどれだけ戦力的な差が埋まるかは分からない。
が、最終目標があの女を倒すというのだから存分に役立ってもらおう。
(ま、それよりもまずは娘のことからだな)
コンコンとノックの音が鳴る。
小さくも力強い音だ。それだけで笑みが零れる。
(いかんいかん)
崩れそうになる表情を整え、迎え入れる準備を整える。
政治家としての思考を消し、父親となった彼は入ってきた彼女を見つめて優しく口を開いた。
「ハンザ。少し話がある」
◇◆◇
「───はい。これで今日の授業を終わります。
随分と上達されましたね」
「ありがとう。せんせいの、おかげ」
「ゴブリンさんの努力あってこそです。さて、次は魔術の練習でしたね。
着替えて中庭に来るようにとのことです」
「はい」
そう言って部屋を出ていく女性はフォルカスと言い、私のイスタシアン語の先生だ。
彼女が出ていった直後、私は与えられている衣服の袖に腕を通す。ごわごわとした手触りのその服は、お世辞にも手触りが良いとは言えないが、魔力を習う児童が着る服としてはかなり一般的なものらしい。
この街に来て、早1年が経っていた。
私が魔術を習得するうえで課せられた任務は2つ。
言語の習得。そしてバクサスの娘の相手をすること。
相手というのは剣を交えて戦う相手だ。
それ私じゃなくても良くね?と思い、実際に言ってみたが返答は、
「強者に習うのが一番だ」
とのこと。どうやら剣術を教えるのではなく、習って剣術や魔術を試す相手が欲しいだけのようだった。
言語習得は我ながらかなり頑張った。課せられた任務であるというのもそうだが、何より自分が強く望んだものだったからだ。
リスニングはかなりの精度で出来るようになってきた。
スピーキングは喉の構造が原因なのか、上手く発音するのが難しい。ゆっくりと話すことでようやくコミュニケーションが取れるようにはなってきた。
問題は単語の暗記だった。元の世界にあった単語帳のような便利なものはなく、新生児が単語を覚えていく要領で叩き込んでいくしかない。
すなわちひたすら聞き取り、見て、動きながら、学ぶということだ。
これが思った以上にきつかった。
というのも前世の記憶がどうしても邪魔をしてしまうからだ。
(オリジナル単語帳を作っている気分だ・・・受験勉強でもしたことないぞ)
翻訳を世界で初めて行った人物はかくも偉大だな。と毎晩ゲッソリしながら、私は過去の偉人たちに思いを馳せていた。
この1年で単語帳も大分埋まり、日常的な会話に支障をきたすことはなかった。
魔術の習得は早かった。
いや、正確には魔力を操る技術、といった方が適切か。
この世界では魔力と呼ばれる力を扱うことが出来る。
それは種族問わず、生物ならみな持っている力である。
しかし意識的に操るためには特殊な訓練が必要になるため、大半は無自覚に使うことになる。
魔力の教師───カンテは拳で石を割りながら説明した。
「魔力を使うことで、身体能力を大幅に引き上げることが出来ます。それは単純な力や足の速さなどだけではなく、生物としての強さもです。
本来、私の皮膚はこの石よりも固くない。
しかし魔力を操ることで、その硬さは鋼にも匹敵するようになります」
イメージは薄い鎧だと彼は言った。
「詳しい原理はいまだに解明しきれていないですがね。とはいえ便利なものですよ。魔力というのは」
強化度も個人差があり。それは元の力や、そこに籠められた魔力の量・質にもよるのだとか。
また魔力量にも個人差があり、使い果たすと気絶する。
体力ともまた違った力ではあり、走りながら魔力を使うことも出来る。
それらを図る目安として魔力適性と呼ばれるものがあり、それを計測できる装置もあったりする。
そうした魔力は身体強化に使われることが多いが、特殊な使い方も出来た。
それが魔術と呼ばれるものだ。
「個人ごとで適性があり、この適性に応じて扱う魔術が決まります。属性は大きく火・水・土・風・光・無の6つに分けられます」
私は火です。と言って彼は人差し指の先に小さな火種を生み出した。
「魔術を使うのに特別な才はいりません。誰でも使うことが出来ます。
大切なのはイメージ。そして、これは我々が勝手に言っているだけですが───『世界に許しを請う』ことです」
「どういうことだ?」
「魔術とは世界の理を書き換えるものです。無から火を、水を生み出す。それは本来あってはならないことです。
ゆえに魔術を扱う種族は極僅か。魔術を使えない存在は世界───あるいは神に許されない存在であると。そう語る者もいる」
傲慢でしょう?と彼は小さく笑った。
「扱える魔術の規模は才能によって決まります。これを示すのも先の魔力適性ですね。大体50もあれば優秀でしょう」
私の数値はまだ計っていない。
楽しみですねと笑った彼に、私も小さく首肯して見せる。
「さて、おさらいは終わりとしましょう。それではまずは身体強化から───」
身体の中にある特殊な力の流れを知覚する。
血液とも違うそれは、身体の隅から隅へとゆっくり流れている。
それをただ漫然と流すのではなく、意識的に速く、ときに遅く、流れる速度を変える。
それが一通り終われば、次に体の各部位への流れを強める。
手の先から順に。腕、肩、頭、胸、腹、腰、脚。
それらが終わるころには既に息が切れており、額に汗が浮かんでいた。
普段使わない力を行使した結果だ。この修業は半年前から始まったが、いまだに慣れない。
一連の魔力の流れを確認したカンテは小さく頷く。
「良いですね。素晴らしい習得速度だ。
種族の違いがもたらす結果だろうか・・・興味深い」
(こいつ・・・)
不思議なもので、フォルカスもカンテも私に対して初対面のころから恐れを抱いていなかった。
曰く、旦那様───バクサスが認めた相手であれば問題ないとのこと。
加えて見た目はあまり気にしてないのだとか。
「肌が黒い者も青い者もいますからね。別段緑がいたところで不思議ではありませんよ」
「かおが、だいぶちがうとおもうんだが・・・」
「まぁ、確かにそうですが。気にならないと言えばそれまでですから」
大らか、というより本当に興味がないのだろう。
さて、と言って彼は私の肩を叩く。
「さ、これで今日の私の授業は終わりです。頑張ってください」
「そうだな・・・」
あと1つ。
(ワガママお嬢さんの面倒を見るか・・・)




