18話
香那ちゃんには鬼役をやってもらうことにした。長い時間異界に囚われていて、体力が落ちているだろうことを考慮した。周囲を回るのは嘉内、麻倉、それにゆきちゃんだ。香那ちゃんを中心に三人が均等に広がる。その様子を確認した香那ちゃんは、顔を伏せて静かに歌い始めた。
「かーごめ、かーごーめー」
ざわりと空気が騒ぐが、異界に突入した時のような嫌な騒ぎ方ではない。ニコニコと楽しげに回るゆきちゃんの中から、ぼんやりと光る人魂が次々に出てきて、三人の隙間を埋めるように間に入って一緒に回り始める。
「かーごのなーかのとーりぃはー」
きゃっきゃと子供達の楽しげな声が聞こえる。何人分の声だろうか、香那ちゃんと一緒になってかごめ唄を口ずさむ。
「いーつ、いーつ、でーあーうー」
先ほどまで人魂だった淡い光が人間の輪郭を得ていく。香那ちゃんほどの身長の子から、未就学児と思わしき小さな背の子まで、様々な子が手を取り合って回っている。
「よーあーけーのばーんーにー」
嘉内と麻倉の両手を、それぞれ幼子の手が握ってくる。そこには体温こそないものの、柔らかな感触は確かに感じられた。
「つーるとかーめがすーべったー」
幼子たちが嘉内へと顔を向けて笑いかけてくる。はっきりと顔が見えるわけではないが、その楽しそうな雰囲気から、きっと笑っているんだろう、ということは理解できた。
「うしろのしょうめん、だーあれー?」
香那ちゃんの歌が終わると同時に、全員の足が止まる。後ろにいたのはゆきちゃんだった。
「だーれだ?」
ゆきちゃんの問いかけに、香那ちゃんははっきりと答えた。
「ゆきちゃん!」
「……あたり!」
にっこりと満面の笑みで、嬉しそうにそう答えたゆきちゃんの声に反応するように、先程までいた幼子たちは、ほんの一瞬、少し強い光を放ち、そのまま消滅して空へと消えていった。
正解した香那ちゃんがゆきちゃんの方を振り返ると、先程までしっかりと実体を持っていたゆきちゃんは、つま先から徐々に光と共に消えていく所だった。その姿を見た香那ちゃんは目を丸くすると、慌ててゆきちゃんへと駆け寄った。
「ゆきちゃん、お母さんの元に帰れるんだね」
「うん、かなちゃんのおかげだよ、ありがとう」
幼子とは思えないほどの穏やかな笑みを浮かべたゆきちゃんは、そっと香那ちゃんの手をとる。
「かなちゃん、怖い思いさせちゃってごめんね?」
「ううん。確かに最初は怖かったけど、ゆきちゃんが優しくしてくれたから、怖いのなんて無くなったよ。ありがとう」
「そっか、よかった。……香那ちゃん、私謝らないといけないの。最初は香那ちゃんも私たちの仲間になって欲しくて、こっちに呼び込んだんだ。今までこっちに来た子達はみんな怖がって、話しかけても聞いてくれなくて、私たちを攻撃しようとして、だから私たちを守るためにも仲間になってもらってた。だけどね、初めて香那ちゃんは私たちの話を聞いてくれた。一緒に怒ってくれて、悲しんでくれて。だから、香那ちゃんだけでも助かってほしかった。こっちに呼んでおいて本当に身勝手だよね、ごめんね」
今までとは違う、大人な喋り方をしたゆきちゃんは、香那ちゃんに謝罪しながら静かに涙を流した。幼子のまま亡くなれば、精神は幼子なままのことが多い。だが今回のゆきちゃんのように、沢山の人を取り込んで来た場合は次第にいろんな考えが混ざり合って精神が成熟していく場合もある。ゆきちゃんはきっと後者だったのだろう。だがそれと同時に穢れが強くなりすぎて、精神が幼子の状態に戻ってしまっていたのかも知れない。嘉内はなんとなく、そう感じ取った。
「いいんだよ、ゆきちゃん。謝らないで」
ぎゅっとゆきちゃんの手を握り返した香那ちゃんは、ゆきちゃんに同調するかのように涙を流す。身体はもう胸のあたりまで消えてしまっていて、握りしめていた手も、静かに光に溶けていく。
「ねぇ、香那ちゃん。もし私が生まれ変わったら、また、おともだちに……」
ゆきちゃんは、そう言葉を言い終わる前に光となって消えてしまった。あたりにはゆきちゃんだった光の残滓がキラキラと香那ちゃんを包み込む。香那ちゃんはその光をゆっくりと見上げて、はっきりと声に出す。
「うん、生まれ変わっても、また友達になろうね。約束だよ」
涙で声が震えながらも、強い意志でそうゆきちゃんへと約束する。その言葉を聞いてか、光の残滓はふわりと上空に舞い上がり、空高くへと昇っていった。
嘉内と麻倉はその様子を見ながら、異界の様子の変化も確認していた。
夕暮れの景色は晴れ渡る澄んだ青空へと様相を変え、先程まで滝の流れる音しかしていなかったのが、鳥の囀りや木々が風に揺れる音などが聞こえるようになった。異界を作っていた原因が浄化されたことによって、目に見えるほどに劇的に環境が変化したらしい。
空気も瘴気の澱みや重さなどは全くなく、清々しさを感じるほどであった。
先程まで重かった身体が嘘みたいに軽くなって、嘉内は疲れなど吹き飛んだ。
「よし、じゃあ香那ちゃんもお母さんのところに帰ろうか」
嘉内がそう声を掛ければ、はい、と振り向いた香那ちゃんはそのまま地面へとへたり落ちる。本人もびっくりしたみたいに目を丸くして、嘉内と麻倉を安心させるように笑って見せた。
「なんか、急に気が抜けちゃいました」
まさか気付かぬうちにゆきちゃんに何かされていたのではないか、と肝を冷やしていた麻倉はその言葉にほっと胸を撫で下ろす。
麻倉はゆっくりと香那ちゃんに歩み寄ると、そっとその前に跪き、背を向ける。
「お家まで連れていくよ、乗れる?」
やんわりとおんぶを促すと、香那ちゃんはおずおずと麻倉の首に腕を回し、背中に乗る。恥ずかしそうに染められた頬には、嘉内しか気付いていない。こりゃ本当に初恋泥棒だわ、と思いつつ、先行する麻倉の後を追った。




