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19話

 

「はーーー……。ちょっともう疲れたわ、おうち帰る」


「何言ってんの嘉内かないくん。報告書あるでしょ、ちゃんと仕上げてからにして。三日ぐらいは休みあげるから」


 無事に禍津神まがつかみなりかけの魂を浄化し、異界から帰還した嘉内を待ち受けていたのは書類の嵐だった。


 香那かなちゃんは無事に家にまで送り届けたが、その報告書の作成をしたり、失踪した本人からの調書を取ったりしなければならなかったし、宮内庁くないちょうには事の顛末てんまつを詳細に記した報告書の提出を求められた。

 禍津神を対話で浄化する事例など滅多にない。特殊な例として、後学のためにしっかりとした資料として残してほしいと、宮内庁のお偉方に直接頭を下げられ、嘉内は断ることができなかった。勿論それとは別に対策室側で取っておく報告書も必要で、帰ってきて三日間、帰還パーティーもそこそこに嘉内は書類作成に追われっぱなしだ。


 勿論麻倉あさくらも書いてはいるが、そもそも浄化計画を主導したのは嘉内のため、麻倉がやることなどほとんど無いに等しい。しいて言えば河童の退治した時のことぐらいだろうか。嘉内は早々に書類書きを終わらせた麻倉をうらめしそうな目で見ながら、毎日パソコンと向き合っている。

 だが、それも今日で終わりだ。定時間際、嘉内は小気味良くエンターキーを押すと、盛大に伸びをした。


「終わった〜‼︎」


 心底嬉しそうな叫びは対策室中に響きわたる。今回の事件のデータ取りに追われている宮本みやもとは、嘉内さんうるさい! と叱りつける。


「悪ぃって。室長、確認してもらっていいですか?」


 印刷した報告書を渡辺わたなべに手渡せば、さっと目を通して、よし! とすぐに頷く。


「どこも抜けがないわね、お疲れ様、嘉内くん。明日から三日間ゆっくり休んでね」


「よっし! ありがとうございます! んじゃ、お先に失礼します。あ、麻倉上がれるか?」


「上がれますけど、なんですか?」


「奢るよ、約束したろ?」


 ニッと口角を上げた嘉内は、ちゃんとお金おろしてきたぞ、と何故か自慢げだった。

 二人揃って定時で退勤し、最寄りの駅まで歩く。飲みに行くので当然ながら徒歩だ。道すがら、麻倉は今まで忙しくて聞けなかったことを嘉内へ質問することにした。


「三科香那ちゃん、ですが」


「うん?」


「彼女は、どうしてゆきちゃんたちに心を傾けることができたのでしょう? ゆきちゃんも言っていましたが、他の子は恐怖に飲まれてそのまま取り込まれました。彼女だけそれが出来たのには何か理由があるんでしょうか?」


 これは、あの場で二人の話を聞いてからずっと疑問に思っていたことだ。嘉内があの幼子たちを浄化してから、ようやくちゃんと人の姿が見えた。それまではスプラッタ映画さながらの状態だったのはこの目で確認したので間違いない。いくらゆきちゃんたちが幻術やらで目を誤魔化していたにしても、あの極限の状態でさらった相手との友情を構築するのは難しいのではないかと、麻倉は考えていた。


「あー……。まぁ、大きく分けて要因になり得るのは二つだ。一つは、三科香那みしなかなちゃんにはこちら側の才能があるということだ。それも俺に寄った才能だな」


 嘉内に寄った、とはすなわち対話で浄化ができるタイプということになる。確かに彼女は話し方が理性的で、相手に寄り添うタイプだった。ゆきちゃんも、香那ちゃんと話せば話すほど理性的な思考に切り替わっていったように見受けられた。なるほど、かなり貴重な才能だな、と麻倉はなんとなく納得した。


「二つ、彼女はいわゆるストックホルム症候群の状態になっていた可能性が高い。彼女は攫われた段階で極度のストレス状態にあった。そんな中、攫った相手が対話してこようとする。普通なら今までの子達と同じように、恐怖が勝って話を聞くことが出来ないだろうが、彼女は元から素質があったということと、対話しようとしているのだから気に入られれば助かる可能性もあると打算的に考えて、ゆきちゃんたちに親身になっていたんじゃないかな。とはいえ彼女自身はそんな自覚はなかっただろうけど」


「つまりその、生存本能がそうさせた、ということですか?」


「まぁ、あくまで推測でしかないがな」


 あっけらかんという嘉内に、麻倉は呆然とした。あんなに感動的な別れだったのに、彼女がゆきちゃんを好意的に思っていた理由がストックホルム症候群からくる感情だったなんて。果たして、彼女はそれを自覚してしまったのだろうか。願わくば、あれはただの友情だったのだと思っていてほしい。こっちの勝手な願望ではあるが。


「まぁ、後者はあくまでも推測の域を出ない。本当に香那ちゃんがゆきちゃんと友情を築いていたかもしれないしな」


 麻倉の様子を見て、嘉内が慌ててフォローを入れる。だが、こういう嘉内の推測は当たるものだと、麻倉はよく知っていた。


「とりあえずもう終わったことだ。今後どう考え、どう成長していくかは香那ちゃん次第だしな。まぁ俺の後釜になりそうだしまた様子はちょくちょく見に行きたいが」


「そうですね……。もし嘉内さんの後継になれるなら今のうちにこちら側にくるように抑えておきたいですし。また近いうちに行きましょう」


「だな。あ、そういや今日の店は奮発してるからな! 楽しみにしとけよ!」


 そんな会話をしながら改札を潜る二人の姿は、ただの上司と部下のようだった。

  

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