14話
「浄化の仕方って大きく分けて二つあるんだけど、一つがさっきやったみたいにこの世からの消滅を強く願いながら物理で浄化する方法なんだよ。麻倉はこっちの方が最大限に力を発揮できるタイプだな」
先ほどの指示を理由を嘉内に尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
これまでの事案では麻倉はまともに浄化作業に携わることがなかった。そもそも空気清浄機みたいな浄化能力持ちなので、意図せず勝手に浄化していたということもあるし、物理でやらないといけないぐらいに強力な相手に今まで出会わなかったということもある。先ほどの相手は麻倉に触れても弱体化しなかった。これまで麻倉を取り込もうとしてくる奴らは触れただけで勝手に自滅することが多かったので、直接手を出す必要もなかったのだ。だから、先ほどの河童は麻倉にとって初めて浄化能力を意識して使った相手だった。
物理で浄化とはまた物騒なやり方だなとは思うが、確かにこれが一番合うだろうということは麻倉自身も理解していた。
「もう一つはいつも俺がやってるやつな。対話して恨み辛み全部聞いてやった上で、相手に浄化されたいと願わせて、祈りで浄化する方法。こっちは多分お前には無理」
「まぁ、心が伴わないとできない浄化方法ですしね」
心や感情というものを一度無くした麻倉には、少なくとも今できる方法ではない。いずれは元のように感情の豊かさが戻ればやれるかもしれないが、起伏の少ない今は見ず知らずの誰かのために心から祈りを捧げるなんて出来そうにない。
逆に、嘉内はそちらの方を得意としていた。瘴気に対する耐性が少ないので、物理で行こうとすると至近距離に寄った時点でダウンして相手に取り込まれてしまう可能性がある。
そこで嘉内がやり始めたのが、対話での浄化だ。嘉内は相手の懐に入り込むような話術を得意としている。話し上手でもあるが、かなりの聞き上手なのだ。だから話さえ通じる相手ならば、しっかり話を聞いてやることによって負の感情を散らしてしまい、瘴気を減らし害が少なくなる状態にまで持っていくことができる。そこまでいけば祈りの力で浄化することだって可能だ。祈りは、心から相手のことを思わないと届かない。嘉内は案外情が深いので、それをすることが出来るタイプの人間だ。物理の浄化はこの世から消滅するのみで輪廻転生の輪には乗れないが、祈りでの浄化は輪廻転生へと導くことが出来る。日本の出生率のことを考えるとそちらの方が推奨されているのだが、それをやれる能力の持ち主が少ないことと、物理での浄化がどうしても楽なので主流になりづらいというのが現状だ。
なので、これが出来る嘉内は宮内庁からも一目置かれているようだ。嘉内が宮内庁に引き抜かれないのはひとえに、それを加味しても瘴気耐性が低すぎるという問題があるらしい。麻倉は最近そのことを知り、嘉内さんの瘴気耐性が低くてよかったな、なんて感想を漏らして殴られたことがある。
「どうだ、初めての物理浄化の感想は?」
「そもそもあれが浄化だと認識してなかったのでどうもこうもないんですが」
ニヤついた笑みで尋ねてくる嘉内に、麻倉は苦言を呈す。初めて自らの意思で行った浄化があんな形だったのは少しばかり納得いかなかった。イメージしてたのはもう少しスマートな形で、何かしらの専用の道具を使用し浄化する方法だ。物理浄化を行う際に使うことが多いのが刀や槍などの武器系か、錫杖や祓串などの祭具系だ。それらに力を込めて使う人が多く、ステゴロで浄化を行う者は余りいない。見た目が良くないというのもあるが、単純に直接接触するのが危険なのだ。だからこそ、騙し討ちのように素手で浄化させられたことに納得がいっていない。
「もし俺があいつに取り込まれてたらどうするんですか」
「あのレベルにお前が? ないな。完全にお前を取り込めるのそれこそ邪神やら堕ち神ぐらいだぞ。禍津神ですらよっぽど強力じゃない限り無理だろ。そう考えると麻倉が浄化するときは直接殴るのが一番強力で効率的なんだよ」
嘉内はそうやって麻倉の懸念を切って捨てた。見事なまでの言い切りに、麻倉は言い返すことも出来なかった。嘉内がそこまでいうならきっとそうなのだろうと、妙に納得してしまう。それほどまでに、なんだかんだ麻倉は嘉内のことを信頼しているのだ。
「そういえば、さっきの河童って一体何だったんですか?」
原点に立ち返り、ふと思い立った疑問を投げ掛ければ、嘉内はまぁ予想でしかないが、と前置きをして話し始める。
「恐らくお前の予想通り、あのダムが当時の大氾濫の原因になったんだろう。前に倒れた時にちらりと原因っぽいもの見えたって話ししたろ? その時に見えた中にあの河童いたんだよな。最初の大氾濫で子供が川で亡くなったの、それは恐らくただの偶然だ。だけどもし、その子供の死体を河童が食ってしまったら? 河童は味を覚えるだろうな。だから次を欲してしまった。河童はあれで頭がいい。また洪水が起これば子供が死ぬことがあるかもしれないと考えた河童は、意図的に氾濫を起こそうとした。その結果があの手製のダムなんだろうよ」
そこから先は以前高山の話で聞いた通りなのだろう。頻繁に氾濫が起きなくなった代わりに、起きる時は大氾濫だったのは恐らく手製ダムの影響だろう。ただの雨程度なら手製のダムが作用し、下流に流れる水量がある程度制限される。だが何日も続く大雨であれば、上流で制限されていた水量がある日突然ダムの決壊とともに下流に押し出され、大氾濫を招く。それが村人によって神が住んでいると誤解され、生贄を捧げられるようになったのだろう。河童にしてみれば、たまのご馳走が自分からやってくるようになったので万々歳といったところか。あくまでも予想と可能性の話だ。嘉内が倒れた際、この山での過去が脳内に流れ込んできた中に、きっとそんなシーンが見えたのだろう。それを見えたからとすぐに信じるわけでもなく、こうして実地調査をしてある程度の確証が得られるまで言わなかったあたり嘉内らしい。
「となると、あれが神隠しの原因ですか?」
「いや、それは多分違うな。あの時代、治水工事を行う際には神職が同行して祈りをささげてから行うのが一般的だ。だから工事の際に同行した神職があの河童に気付いたはずだし、その時に退治までしてるだろ。だから治水工事後の神隠しに河童は関わってないはずだ」
では神隠しの原因は一体何なのだろうか。恐らく嘉内はもうその答えがおおよそ察しがついているのだろうが、確証が得られるまではきっと問い詰めても話そうとはしないだろう。麻倉はこれまでの経験からそう判断し、嘉内に尋ねることを諦めた。
「さて、じゃあ一息ついたところで神隠しの原因に会いに行くかね」
よっ、と掛け声を出して立ち上がった嘉内は、思い出したように悲しそうな声をあげた。
「靴……気持ち悪い……」
川に入った際に濡れた靴は、いまだにずぶ濡れの状態だ。しょぼくれた顔でそんなことを呟く嘉内の肩に、麻倉は手を置いた。
「嘉内さん。俺の方が範囲広いんで安心してください」
珍しく麻倉がそういって僅かに口角を上げる。麻倉はスラックスが全て浸かるほどに川中へ引き摺り込まれていた。当然こんな短時間で乾くはずもなく、スラックスだけじゃなく中の下着すらもびちゃびちゃだった。若干遠い目をしている麻倉に、嘉内はすまん……と小さく呟いた。




