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12話

道中は思いの外スムーズに進んだ。麻倉あさくらがいるとはいえ、何かしらの怪異に絡まれる可能性はあるだろうと踏んでいた嘉内かないにとっては拍子抜けするほどだった。だが、襲われることはないが奥に進むほどに森は不気味さを増し、瘴気しょうきの濃さも強くなっていく。側に麻倉がいるからこそ多少の気分の悪さはあれど歩けているが、これは逸れたら動けなくなりそうだなぁと、嘉内はわずかに眉根を寄せた。


「麻倉、あれくれよ。煙草」


 くるりと振り返り手を突き出す嘉内に、麻倉は僅かに顔をしかめる。


「吸うんですか」


「普段我慢してんだ、こういう時は許せよ。はぐれた時に行動できなくなるだろ」


「……逸れないようにする努力はしてくださいよ。一箱、それ以上は許しません」


 麻倉の内ポケットから取り出された煙草とライターを受け取り、嘉内は嬉しそうに一本咥えた。かちり、とライターで静かに火を灯し、ゆっくりと肺に煙を吸い込んだ嘉内は、満足そうに吐き出した。

 途端、煙の漂ったの空間の瘴気はまるで煙の中に吸い込まれていくように浄化される。嘉内の体内に溜まった微量の瘴気も、煙草の煙と共に体外へと排出され、気分の悪さはすっきりと改善された。


 嘉内の煙草は吸えば体内の瘴気を、吐けば空間の瘴気を浄化するよう渡辺がこしらえた特別製だ。麻倉が対策室に来るまでは、瘴気に当てられやすい嘉内には手放すことのできないほどの必須品で、おかげですっかりヘビースモーカーだ。麻倉が来て、二人で組むようになってからは麻倉の能力のおかげで吸う必要は無くなった。だがヘビースモーカーと成り果てた嘉内は吸うのを辞めることが出来ず、麻倉に煙草を管理されるようになってからはそこまで吸えていない。


 煙草一本で嬉しそうにする嘉内とは対照的に、麻倉は大層不満そうにしていた。表情にこそそこまで出ていないが、まとう雰囲気にはしっかりと現れている。そんな空気など何も見なかったふりをして、嘉内は煙草をふかしながら歩みを進めた。


 ほどほど歩いているとは思うが川はまだ見えない。所々に入り口同様に空間固定の札を貼り付けているため、空間を歪められて同じ道を歩かされている可能性も低い。この山が思っていたよりも広いのか、もしくは幻術でもかけられているのか、それとも距離を長く感じさせるように行く先の空間だけ歪めているのか、様々考えを巡らせる嘉内だが答えは出ない。しかしらちが明かんな、と煙と共にため息を一つ吐き、未だに機嫌がよくない麻倉へと声をかけた。


「悪いけど、ちょっと柏手かしわで一本打ってくれるか?」


「柏手ですか? なんでまた」


「まぁまぁいいから」


 指示の意図を確認する麻倉に答えを返すことなくやらせようとする嘉内に、小さくため息をついた麻倉は、わかりましたよと静かに返しゆっくりと深呼吸して柏手を鳴らす。鳥のさえずりも、木々のざわめきもない静かな森に破裂音がたーん、と遠くまで鳴り響く。周辺の空気は瘴気が綺麗に霧散むさんし、異界とは思えない程の清浄な空気へと変わった。そして行く先の森の輪郭りんかくが歪み、景色が僅かに変化して少し先から水のせせらぎが聞こえるようになった。


「うーん幻術、いや空間歪めてた感じかぁ?」


「……せめて柏手打ったらどうなるって説明しておいてもらえないですか?」


「いや俺も自信なかったし。まぁとりあえず川近くなってよかったわ」


 うんうん、と一人納得するように頷いた嘉内は、困惑する麻倉を置いて先行しようとする。自身の起こした変化にしばし固まっていた麻倉だが、慌ててその後を追いかけた。


 川辺に到着した二人は、そのまま川沿いの砂利道を上流へと歩く。川の水は想像よりも少ない。その昔頻繁ひんぱんに洪水が起こったような川には見えなかった。


「下流の川の水源ってここだけじゃないんですかね? 下流は結構水があったように見えたんですけど」


 麻倉の言葉に嘉内はしばし考え込む。麻倉の言葉のように水源が他にもいくつかあることも考えられるが、それにしても少ない気がする。嘉内は色々な可能性に考えを巡らせながら、仮定だが、と前置きして口を開いた。


「この空間、恐らくだけど治水工事前の状態なんだと思う」


「……となると、江戸時代のあたりってことですか?」


 怪訝けげんそうに顔を歪めた麻倉に、まぁ異界ってそんなもんだし、と嘉内は苦笑しながら付け加える。異界に入るのはこれが二回目、しかも一回目のことは殆ど記憶もない麻倉にとっては、空間が歪むことが理解できても、時間が歪むことは信じられないらしい。


「治水工事によって川が整備されたのなら、このあたりに手が入っててもおかしくない。山とはいえふもとのあたりだからな。それなのにこの川は川幅も狭いし、うねってる部分も多い。だから多分、これは治水工事がされる前だ。他の水源から水が引かれて来てもないから水が少なく感じるんじゃねぇかな」


 嘉内の仮定は麻倉にも納得できたようで、なるほど、と一つ頷いた。


「とはいえ、それにしても水流が少ない。こりゃ上流になんかあるな」


 嘉内が見つめる先には川の上流があるが、ぱっと見では特に何かおかしなところがあるわけではない。これはもっと上に上らにゃならんか、とまだまだ登山が続きそうな予感に嘉内は辟易へきえきした。


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