コンラッドは手紙を受け取る
オルサポルタの領地を治める公爵家の第三秘書官であるコンラッド・エヴェレットの淡い茶色の髪に緑色の瞳はとても美しく、涼やかで城内の女性陣からは人気を博す男性の一人でもある。
そのコンラッドの元に、一通の手紙が届いた。
一瞬見ただけではファンレターのようにも見える自己主張の強い封筒を前にコンラッドはひとまず息を大きく吸い込んだ。寄宿舎のアナスタシアから送られてきたその封筒には、いつものように可愛らしい花のシールが貼られている。
ゆっくりと息を吐き出しながら封筒を開封し、ゆっくりと読み始めるが、中身を一読したコンラッドの手が、わずかに止まった。
そこに記されていたのは、単なる近況報告や子供らしいおねだりではない。
まだ存在しないフラーテル産のミルクを用いたキャラメルソースの独占契約、および配送ルートの確保。
アナスタシアは可愛くキャラメルソースをフラーテルからオルサポルタへ送ってね! 列車がいいよ! とメッセージを残しているがどれくらいの量を考えてるのか、はたまたキャラメルソースはレシピを元に作るという事で量産用の設備の準備が必要になる。
これは料理人と一緒にフラーテルにあるカワード家の商家を訪問する必要がある。
内容を噛み砕くほどに、これが幼い令嬢の思い付きで済まされる規模ではないことに気づく。
カワード家は平民だ。今頃はあちらで大騒ぎになっているのが想像できる。
「……これは、また忙しくなりそうだな」
コンラッドは小さく吐息をこぼすと、手紙を丁寧に折り直した。
執務室の奥では、娘からの便りを待ちわびていたアラスデアが、そわそわとした様子でこちらをうかがっている。ラブレターじゃないだろうな!と心配をしているようではあるが、そんな微笑ましいものではなかった。
以前、キラ魔棒を持ったアナスタシアの可愛いポーズ集を絵本にして量産させた主人のことだ。
この手紙を見せれば、どのような反応を示すかは想像に難くない。
「アラスデア様、お嬢様よりお手紙が届いております」
コンラッドは覚悟を決め、主人のデスクへと歩み寄った。
普段はこの国一番の美男と謳われるクールな領主であるが、一人娘のこととなるとその仮面が簡単に剥がれてしまう。
「コンラッド、待っていたぞ。遅くないか?」
「そうですか? 手紙の内容を確認後すぐに伺いましたが……アイスクリーム作りに関する内容でした」
「そうか、店の方の建築は順調かい?」
「はい、問題なく進んでおります。今回はアイスクリームに入れるキャラメルを友人の家で作らせたいということでしたので、近々、菓子職人と共にフラーテルにあるカワード家に訪問致します。その後はエクォス領にも行ってまいります」
「そうか、あちらもびっくりするかもしれないがよろしく頼むよ。あちらの領主にも連絡を取っておこう」
「ありがとうございます」
そうして、コンラッドは料理人とキャラメルレシピを携えグレチェンの実家である、カワード家を訪問することになる。
カワード家では公爵家のイケメン秘書が来たことで上を下への大騒ぎとなる。
本物の貴族が来たことでご近所でも噂が広まり都会のイケメン見学に村の女性が沢山集まってしまい、牧場にいる牛たちもビックリである。
グレチェンの家族は手紙を貰っていたとはいえ、まさか、キャラメル工場の設立がその場で決まり大量のキャラメルを作って列車で運ぶ大仕事にびっくり仰天。
アイスクリームが何なのかもわからず、村の人達が集まってキャラメル作りを行い新しい産業へと発展していくとはその時には夢にも思っていなかったのは間違いない。
そう、まさか熱い夏の日もグツグツとキャラメルを煮込む毎日に追われる日がくるなんて彼らはまだ知らない。
ジョージアナの父親と兄もまた、同じころワッフルメーカ作りに追われるようになっているなんて。
コンラッドがエクォスでワッフルコーンメーカーの特許を取って量産化の準備を進めることでエクォスの領主様まで動き出して規模がだんだんと大きくなっていくとはアナスタシアは少しも想像していなかった。
アナスタシアは自分の街で気軽にアイスクリームが食べられるお店があれば皆が喜ぶだろうし珍しいので領地の名物にでもなればラッキーくらいの気持ちである。
アナスタシアの誕生日プレゼントで配られた絵本の時の規模と実家の太さがまだ、しっかりと理解しきれていない。
娘の誕生日に街の子供達にお菓子を配って祝う事をなんとも思わない規模のお金持ちである。
影響力が他領の領主様にまで簡単に及ぶお父様の権力の恐ろしさをまだ知らない。
コンラッドは秘書官として城にいることが基本なので村で熱い鍋の前に立ちキャラメルが出来るのを確認し、グレチェンの村とフラーテルの領都に馬車の定期便を増やさせ、フラーテルからオルサポルタへの定期列車を使い、どの列車の定期便で輸送するのかの調整に村とフラーテルの領都を忙しく移動しフラーテルの領主との話し合いで日々くたくたである。
だが、今回の出張でコンラッドはグレチェンの村で角兎の肉をバターでゆっくりと煮込み、丁寧にペースト状にしたパテに出会う。
カリカリのバゲットのスライスに好きなだけのせてお召し上がりください。とお貴族様への最大のおもてなしとして出された軽食にびっくりする。
空腹で疲れていたので何も考えずにパクリと食べて、麗しい瞳を見開いた。
「はっ! なんだこれ。このような牧歌的な場所で繊細で高級な味に出会うなんて……。白ワインが欲しい」
「すぐにお持ちします!!」
「あ、いや……行ってしまった。だがこのパテは絶品だし……飲みたい……」
「お待たせしました! 角兎のパテに合うワインです!」
「ありがとう。とても美味しいよ」
アナスタシア様の無茶振りも、この味に出会えるなら悪くない。
コンラッドは心の中で密かにそう言い訳しながら、二杯目のワインを求めた。
こうして密に角兎にはまり、滞在中は角兎料理を楽しむ事になるコンラッドはガツンとスパイスの効いた角兎の挽肉がぎっしりと詰まったミートパイに舌鼓を打ち、フラーテルへ行く度に角兎を食べるのを楽しみにするようになったのはコンラッドの小さな秘密である。
※キラ魔棒:キラキラマジカルスティック(ソナーシャにて購入可能)




