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いよいよフリーマーケット開催!

 そして、いよいよフリーマーケットの当日。

「これ、どうしたの?」

えびす橋神社の駐車場を一・五メートル四方で区切ったフリーマーケットのスペース。

その中に置かれた移動式の試着室(しちゃくしつ)を見あげて、ハルミは尋ねた。


「ああ、この近くで古着を売っている人たちとお金を出し合ってレンタルしたんだ」

 お客さんのサイズを計るためのテープメジャーを首にかけながらウォルフィが答えた。


 先日、一時間近くかかったハルミの説得により、しぶしぶとだが経帷子を着ることをあきらめたウォルフィ。

 今日のすがたは白いスタンドカラーのシャツにウール素材でできた灰色のパンツとベスト。

 足もとはシンプルなデザインの黒革靴。

 いかにもお直し屋さんらしい、洋服すがたである。


「試着室がここにあれば、お直しをしたいお客さんが自分から足を運んでくれるだろ?逆に服を売りたい人たちは、空いたスペースのぶんだけ服をたくさん置くことができるし」

 

 なるほど。

 

 お直しを専門とするウォルフィの店には、作業用の机とイス以外にはなにもない。

 道具といえば仕立て道具のはいったトランクと、ホットドック屋さんから電気をもらっているアイロンぐらいだ。

 試着室を置くスペースは十分にある。


 その時だった。

「あれ、ハルミじゃない?」

 と、うしろから声をかけられた。


その声に振り返ったハルミは、


「あら、静香(しずか)ちゃん」

 同じ高校に通っている早乙女静香(さおとめしずか)(♂)の姿をそこに見つけた。

 スベスベお肌の上で揺れる、額の上で切りそろえたツヤツヤの黒髪。

 そしてキャットアイと呼ばれる両端が吊りあがった赤いフレームのメガネ。

 手にはフリーマーケットで見つけたらしいワンピースタイプののドレスを抱えている。

 話し方こそ女の子っぽいが、れっきとした男子生徒である。


「何してるの、ああ、ひょっとして衣装探し?」


「そうなのよ、入学式で公演する、新入生の歓迎公演の衣装を探してるんだけどぉ」

 そう言って静香ちゃんは、中指でクイとメガネを持ちあげた。


 ちなみに今回公演する劇は、ドラゴンやオークといったモンスターが住む「異世界」が舞台だそうだ。

 そこに転移してきた普通のサラリーマンが悪役令嬢とコンビを組んで、魔王を倒しに行くという物語だという。


「ところでハルミ、あの話どうなった?」


「ああ、いや、それは………」


「あんた、コンビを解散したんでしょ?だったらウチの部に入りなよ!

 あたしの書く台本ってどっちかっていうとコメディ寄りだからさ。

 あんたみたいなコメディエンヌがいてくれたら………って、ひゃ、ひやああああああ!」


 どうやらハルミの横に立っているウォルフィの姿に気づいたらしい。メガネを顔からずりさげながら静香ちゃんが()頓狂(とんきょう)な声をあげた。


「すっ、すっ、すまないけど、ハルミ。みっ、みっ」


「水でしょ。はい、これ」

 と、あらかじめ用意していたミネラルウォーターのボトルを差し出すはるみ。

「あたしも初めて合ったとき、そのタイミングで飲んだから」


 ハルミから差し出されたボトルをゴクゴクと飲み干した静香ちゃんは、


「すっ、すごいイケメン!ハルミ、その人、いや、そのお方は?」

 と、メガネの奥から目を見開いた。


「はじめまして。このたび瀬戸宮ハルミ様のお力ぞえで、服のお直しのお店を出させて頂くことになりましたウォルフガングと申します」

 

「おっ、お直し屋さんなんですか?でしたら、ぜひお願いしたいことがあるんですけど」

 そう言って静香ちゃんはメガネの奥の瞳をキラキラさせながら。

「今回公演する劇の内容に合わせて、このドレスをリメイクして頂くことってできるかしら?」

 

「……なるほど、舞台は異世界。剣と魔法と冒険の物語。

 馬車はあるけど蒸気機関は無し。

 ならば時代設定は、機械で織物の大量生産がおこなわれるようになった産業革命よりも前になりますね……」


 静香ちゃんから舞台設定を聞いたウォルフィはしばらくの間考え込むと、


「でしたら、このようなデザインではいかがでしょうか」

 と、取り出したスケッチブックにサラサラと鉛筆を走らせた。

 そこには、


「か、可愛い!」


 きゅっと絞りこんだウエストに、パニエと呼ばれる下着でふんわりとふくらませたスカート。

 肩や(えり)もとから始まったプリーツと呼ばれる(たて)ひだが、腰のあたりから裾にかけてやわらかく消えていくさまが、華やかでいて(はかな)くもある。

 18世紀の初めのロココ時代に上流階級の女性のあいだで流行した、ローブ・ア・ラ・フランセーズと呼ばれる宮廷衣装である。


「す、すごい!作れるんですか?こんな衣装を?」

 と目を丸くする静香ちゃんに、


「お値段は、このくらいで」

 と、パチパチと電卓を叩いてみせるウォルフィ。


「このくらいですか……うーむ、このくらいの値段で何とかなりませんか?

 パニエやペチコートはこちらで用意いたしますので。あ、レースのインナーも」

 とメガネの向こうで眉間(みけん)にシワを寄せながらパチパチと電卓を叩く静香ちゃんに、


「では、(そで)ぐちと(えり)もとのレースを思い切って無くしましょう。それに合わせてプリーツの数も()らして……」

 と、ふたたび電卓を叩くウォルフィ。

「いかがでしょう、このくらいで」


「OK!商談成立ね!じゃあ、さっそくこれを着る本人を連れてきま~す!」

 と、ウキウキした表情をうかべながら、乙女走(おとめばし)りで静香ちゃんは駆け出して行った。


しばらくしてから、


「あら、まあ、誰かと思ったらハルミさんじゃないの。ごきげんよう」

 と、静香とともに現われた少女が、ハルミに向かって会釈をした。


 

「あ、涼音(すずね)だ」


 そこに姿を現したのは、演劇部の花形役者である美作(みまさか)涼音(すずね)だった。


 透きとおった肌と、奥二重のパッチリとした瞳。

 お姫さまっぽく結んだ、ゆるくカールした髪。

 そしてと、ほころびかけた花のつぼみのような愛らしいくちびる。

 同じ女性のハルミでも思わず見とれてしまうような、可愛らしい女の子である。


「ふうん、このドレスを着るのって涼音だったんだ。なるほど、ちょっとサイズが大きいかもねえ」

 

 あらためてハルミは、涼音のすがたを見た。

 幼いころから続けているというクラッシックバレエにより、引き()まった腰のくびれ。

 そしてスカートの(すそ)から伸びた、ほっそり足。

 聞けば、太ももやふくらはぎの外側に筋肉がついて足が太くならないように、とくべつな訓練を行って内側の筋肉を集中して(きた)えているらしい。

  

 学校の内外に「スズラー」と呼ばれる追っかけやファンクラブが創設されているほどの、絶対的な美少女である。


「ところでハルミさん、うちの部に入部されるっておうかがいしたんですけど」

 やわらかな物ごしとは裏腹のトゲトゲしさを感じさせる口調で涼音が言った。

「でしたら、もう少し身だしなみに気を使っていただくことになりますよ。

 少なくとも、あと三キロは体重を落としていただきます。髪もパサパサだしお肌も………って、ふ、ふああああああ!」

 

 またしてもウオルフィの姿を見た涼音が悲鳴をあげた。

「もっ、申しわけありませんが、みっ、みっ」


「はい、お水」

 と、今度は静香ちゃんがミネラルウォーターのボトルを差し出した。

「あたしも、さっきそのタイミングで飲んだよ」


「あら、まあ、お直し職人をされているんですか?」

 ミネラルウォーターを飲み終えた涼音はハンカチで口もとを軽く拭くと、

「でしたら、こちらのドレスを小さくして頂けますでしょうか。

 肩まわりも腰まわりもユルユルで。これでは衣装になりませんわ」


「承知しました。ご寸法をちょうだいします」

 

 そう言ってウォルフィは涼音の体にメジャーを当ててサイズを計ったあと、


「では」

 と、糸切り用のカッターを手に取るやいなや、(またた)く間にドレスの(わき)の下を()い合わせていた糸を切りとった。


(は、速い?)


 余分な布を縫いしろに縫いこんで生地の面積をちぢめると、ものすごいスピードで新しい寸法に縫いあげていく。


(み、見えない……)


 どれだけ目を()らして見ても、針の動きに目が追いつかない。

 稲妻(いなずま)のようなウォルフィの針さばきを、ポカンと口を開いてハルミたちは魅入(みい)った。


 あっという間に、


「はい、ドレスのサイズダウン、お待たせ!」

 と、ハルミたちの目の前でドレスのサイズを縮めてしまった……


「すごーい!まるで新品の服みたい!」

 ドレスを身にまとった涼音が試着室の中で声をあげた。

「これがさっきの古着のドレスなの?サイズもピッタリ。まるで、あつらえたみたい!」


 興奮した面持ちで試着室から出た涼音は、


「ほかのみんなにも知らせなくっちゃ!」

 と、ドレス姿のまま駆け足で去っていった。



「こっちよ、こっち!早くいらして!」

 という涼音(すずね)の声とともに、


「そうせかすなよ、涼音」

 と、人混みの中から背の高い女の子が姿をあらわした。


「あ、レオ君だ」

 

 次に姿を現したのは、やはり演劇部に所属している獅子谷(ししたに)玲王奈(れおな)だった。

 

 ショートカットの黒髪と、鼻すじの通ったシャープな横顔。

 ものごころづいた時から始めているという空手で(きた)えあげられた、百七十センチを超える長身。

 サバサバした物言いと、肩で風を切って歩くような凛々(りり)しい風情(ふぜい)

 

 あまりにもハンサムなので「(くん)」づけをされている。

 男子生徒よりもむしろ女子生徒に人気のあるイケメン女子である。


「おや、ハルミじゃないか」

 

 腹式呼吸(ふくしきこきゅう)(きた)えられた、ハスキーボイスの低い声。

 高身長の玲王奈が、ハルミの前にズイと歩み寄った。


「どうしてこんなところに………ははあ、さてはオジサンにセクハラされたくて待ってたんだな?グヘヘヘヘ、可愛い顔して大胆なところがあるじゃないか」

 

「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと衣装のサイズを合わせてもらいなさい、このド変態のオヤジ女」

 という涼音に、


「うるせーんだよ、性格ブス」

 と返す玲王奈。


「誰が性格ブスよ、うすらデカいだけが()()奇行種(きこうしゅ)のくせに!」


「てめえこそ、(うわ)(つら)だけしか(のう)のない内面ゴミ屋敷女じゃねえか!」


「……別に、あたしがいなくてもコメディやっていけるんじゃない?」

 

 二人のやりとりを(なが)めながらはるみはボヤいた。

「つうか、ふつうに見てて面白いわ」



「あ!ひょっとしたら、ようやくウチの部に入る気になったのか?」

 ぱちんと指を鳴らした玲王奈は、さらに大胆にハルミとの距離をちぢめた。


「お前なら大歓迎だよ。

 実力はもちろん、顔立ちだって整ってるしスタイルだって悪くないんだ。

 (みが)けば即、レギュラー入り間違いなしだって」


「い、いや、だから」


「よおし!オジサン、お祝いの代わりにチューでもしちゃおうっかなあ!」

 

「いいかげんにしろ、変態」

 玲王奈の顔を両手でガッシリとつかんだ涼音が、グルリとその顔を横に向かせた。

 そこには、

「………お、おっばあああああああ!」


 ようやくウォルフィの姿に気づいて、やはり奇声をあげる玲王奈。

「みっ、みっ、みっ」


「はい、これ」

 と、冷ややかな表情で、今度は涼音がペットボトルを差し出した。


「とっとと飲んで、衣装の寸法を合わせてもらいなさい」


 涼音から差し出された水をゴクゴクと音を立てて飲み干した玲王奈は、プハァと大きく息をつくと、


「へ~え、お直し職人さんなんですか。

 けど、アタシの場合サイズを大きくして欲しいんですよね」

 と言って、一着のスーツを差し出した。


「これ、今回の衣装に着ようと思って従弟(いとこ)からお(ふる)をもらってきたんですけど。

 サイズがちょっと小さくて」


「なるほど、スーツのサイズアップですか。では、ご寸法をちょうだいします」

 

 そう言ってウォルフィは玲王奈の体のサイズを計ったあと、ジャケットとパンツを裏返して指先で縫い合わせの部分を確認した。


「ああ、できますよ」


「できるの?服のサイズを大きくすることなんて?」

 ハルミはたずねた。

「小さくしたり短くしたりするんだったら分かるんだけど」


「できるさ、ダーツに布がけっこう余っているから」


「ダーツ?何それ?」


「布と布とを縫い合わせている部分のことだよ」


 ほら、とウォルフィはパンツをひっくり返すと、ハルミに向かって裏地を見せた。


「このパンツのお尻の部分にダーツがあるけど、縫い合わせてあるところに生地が余っているだろう?

 この余り(はば)が、たとえば左右で三センチずつあったら、六センチくらいまでウエストを広げることができる」

 

 そう言って


「では」


 とカッターを手に取ると、やはり瞬く間にジャケットとパンツを縫い合わせていた糸を切りとって、バラバラにしてしまった。


「す、すご……」

 

 息を呑んで見守るハルミたちの前で、神がかったスピードでお直しをすすめていくウォルフィ。


 余っていた布を広げてアイロンを当てて平らにし、そこからダーツを取り直して新しい寸法に縫いあげると、


「はい、スーツのサイズアップ、お待たせ!」

 

 またまた、あっという間にスーツのジャケットとパンツのサイズを大きくしてしまった……


「おおっ、すごい!もとの縫い目がまったく分からないじゃないか!」

 

 スーツを身にまとった玲王奈が試着室の中で声をあげた。

「体も動かしやすいし、まるでオーダーしたスーツを着てるみたいだ!」


 お直しを終えた三人はホットドッグの割り引きチケットを受けとると、


「いい買い物ができると、自慢したくなっちゃうんだよねえ」

 と、ホクホクした顔で帰って行った。


「すごいじゃない、ウォルフィ」

 と、驚きの表情をかくせないハルミの前で、


「たいしたことじゃないさ」

 と、表情を変えずに仕事道具を片づけにかかるウォルフィ。


「たいていの服は、こうやってお直しができるように作ってあるんだ。

 人間の体は年齢とともに変化していくからな。

 長く着ることができる服ほど、後から手を入れることができるように作られているものなんだ」




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