ナポリから来た?お直し職人
その少年とハルミが再会したのは、次の週に入ってからのことだった
春やすみの商店街は、イベントが多い。
スタンプラリーのくじびきが終わった翌週からは、えびす橋神社の駐車場でフリーマーケットが開かれる。
フリーマーケットとは、古物市のことだ。
誰にも着られることなく、タンスの奥に眠っている服。
あるいは使われなくなった道具や、読まれなくなった本などを売るイベントのことである。
ハルミはまたしても赤いハッピに袖を通すと、山の手にある神社にむかって商店街を歩き始めた。
道の両側に連なるお店が途切れ始めると同時に始まる、やや勾配のついた登り坂。
その坂を登りきったところに、恵比寿川神社はあった。
商売繁盛の、そして同時に笑いの神様でもあるえびす様を祀った社である。
石造りの鳥居の前まで辿り着くと、ハルミはハッピの裾をひるがえしてクルリと後ろを振り返った。
ミナト通りと呼ばれる町の東側には、大手の造船所を中心に鉄工場や鋳物工場、運送会社の倉庫の屋根が。
ハマ通りと呼ばれる西側には、鮮魚や青物のを扱う卸売市場や水産物の加工工場。
鉄道の線路沿いには、湾口で働く人々やその家族を相手にする商店街が広がっている。
彼方に、海が見えた。
海上で荷物を運搬するハシケや大型の船を先導するタグボートで埋まった波止場の向こう側で、キラキラと鏡のように輝く水面。
晴れあがった空の下にひろがる海面はうたた寝でもしているように凪いでいて、その上を漁船が一艘、こちらもまた眠たげな速度で横切っていく。
物心ついた時から、いや、きっとそれ以前から目にし続けていた瀬戸内の景色を、ボンヤリと眺めていた時だった。
「困りますよ、あなた。こんなところにお店を出されては」
先週の土曜日に「せとうち」に来ていた、会長のマダム華子の声が聞こえたのは。
「あ、あれは……」
恵比寿川神社の敷地を、ぐるりと取りかこんでいる白い壁。
その壁を背にして、地面に敷いた筵の上にあの少年が正座していた。
(ま、またそんな服を着て……)
ちなみに今回少年が着ていたのは、黒い生地でできた学生服すがた。
ただし服のあちこちには「天下統一」「学園最強」「「我ら友情永遠不滅」といった金色の文字が、舞い散る桜の花びらの刺繍とともにゴテゴテと入っている。
ヤンキーが卒業式で着るような、変形学生服と呼ばれる学ランすがたである。
あいかわらずのヤンキーファッションで、けれども行儀よく正座をしている少年。
そのそばには、古ぼけた革製のトランクが置かれていた。
きっと持ち主である少年よりも、よほど多くの旅を経験してきたのだろう。
飴色に輝く革の表面からは、あまたの戦場を駆けめぐってきた騎馬のようなどっしりとした風格が感じられた。
じかに地面に座ったほうがお尻がよごれないのでは、と思えるくらいにあちこちが破れたボロボロの筵。
その上には、
「スソタケ オナオシ ウケタマハリ〼」
とマジックペンで書かれたカマボコの板が看板がわりに立てかけられている。
どうやら「裾丈、お直し、承ります」という意味らしい。
「まったく、この商店街にもおかしな連中が増えたなあ」
禿げあがった頭にねじり鉢巻き。
副会長であるイワイ鮮魚の大将が、ダルマさんみたいな目でギョロリと少年を睨みつけた。
「そう言えば最近、だいこく堂商店街の連中が嫌がらせに来ているって聞いたけど、おまえもその仲間か?」
「っていうかさ、アンタうちで働かない?」
と、まったく見当違いの角度から攻めて来るのは、「ニューハーフバー・かおる」のかおるママだ。
今日も京小紋呼ばれる細かい模様の入った着物に袋帯を締めた和服すがたで、
「うちはお酒飲めなくても大丈夫だから!お直しなんかやってるよりも、ずっと稼げるわよ?」
と誘いをかける。
「違う違う!違います!」
思わずハルミは声をあげた。
「人違いです!そのひと、うちの商店街を助けてくれたんです!」
マダム華子たちに駆けよったハルミは、先週この場所で起こったことを説明した。
なにしろ綺羅綺羅寿司の連中から商店街を守ってくれた恩人である。
あらぬ疑いをかけられた上に、ニューハーフにされそうになっているのを見過ごすわけにはいかない。
「ふーん、綺羅綺羅寿司を追っぱらってくれたって?けど、こんな所で店を出されちゃあねえ」
と、腕組みをするイワイ鮮魚の大将に、
「だったらフリーマーケットならいいですか?たしか区画にひとつキャンセルが出たって聞きましたけど」
と、食い下がるハルミ。
「いいんじゃない?せとうちさんの名義で出店するんだったら。空きスペースが無くなるのは、こちらとしても有り難いことなんだし」
というかおるママの取りなしによって、渋々とだがマダム華子と大将はOKを出してくれた。
ただし、
「一度お店に来てね、いつでも待ってるから!」
と、少年に店の名刺を渡すことも、かおるママは忘れなかった……
☆ ☆ ☆
「……なんだか、迷惑をかけたみたいだな」
筵の上から立ちあがったヤンキーファッションの少年が、ポツリとつぶやいた
「とんでもない」
ハルミは首を横に振った。
「嫌がらせに来た綺羅綺羅寿司の連中を追っぱらってくれたんだもの。こっちがお礼を言うべきだわ」
「ウォルフガングだ」
少年が、名乗った。
「ウォルフガング・カンパネロ・デュエマ。ウォルフィと呼んでくれ」
「わたしはハルミ。瀬戸宮ハルミ」
ハルミも自己紹介をした。
ウォルフィか。ヤンキーみたいな恰好をしているけど、やっぱり外国人だったんだな。
「ところでハルミ。さっき話していたフリーマーケットのことだが、詳しく聞かせてくれないか」
「そうだ、忘れてた」
会場となる神社の駐車場に向かってウォルフィと歩きながら、ハルミはフリーマーケットのルールを説明した。
時間は朝十時から夕方の四時まで。一・五メートル四方の区画の中に収めればどんな形式でもOK。
飲みものや食べものの販売、電気や火の使用はあらかじめ届け出ることが必要、などなど。
「出店許可証は、うちの店で出しておくから」
受け付けでもらってきた用紙を、ハルミはウォルフィに見せた。そこには
●フリーマーケット出店許可証
事業者名および代表者名
住所および電話番号
出店責任者氏名(当日来られる方)および年齢
出店内容
と書かれてある。
ハルミはボールペンで事業者名の欄に「お好み焼き せとみ屋」の住所と電話番号、そして代表者名に「瀬戸宮ハルミ」と自分の名前を書き入れた。
その様子を、
「だいひょうしゃ、せとみやはるみ……」
と、つぶやきながら見つめるウォルフィ。
「これでよし。じゃあ、ウォルフィくんは出店責任者のところに名前を書いて」
と、ハルミが用紙を差し出すと、
「うおるふがんぐ・どうえま 十六さい」
と、たどたどしいけれど、きっちりと日本語で書き入れた。
「……出店内容は、洋服のお直し」
「外人さんかい?どこから来たの」」
と、たずねる受付係のおじさんに
「ナポリです、イタリアの。ご存知ですか?」
と、答えるウォルフィ。
「名前くらいはね。確か、『ナポリ仕立て』っていう洋服を作ることで有名だったね」
「そうです、そこで服の作り方の勉強をしていました……ところで、アイロンを使いたいのですが、電気はお借りできないでしょうか?」
「電気ねえ……ああ、せとみ屋さんの場所は飲食店の区画だね。そこで店を出している人に頼んでみたらどうだい?」
さいわいにもウォルフィの店のすぐ側には、ホットドッグの移動販売の自動車が停まることになっていた。
「アイロンの電気を使わせて欲しいだって?」
Tシャツの袖まわりがはち切れそうなぐらいに筋肉ムキムキの、雲をつくような大男のホットドッグ屋さんに、
「はい。そのかわりに、お直しにきたお客さんにはホットドッグが五十円引きになるチケットを進呈いたします。そのお金はもちろん、こちらがお出しします。うちにお客さんが来れば来るほど、そちらのお客さんが増える仕組みです」
と、ひるむことなく交渉するウォルフィ。
「OK、ボーイ、これもなにかの縁だ!」
ビシリと親指を立てたホットドッグ屋さんが、真っ白な歯を見せて笑った。
「せいぜい稼いで、たくさんお客さんを呼んでおくれ!」




