分かち合えないという現実を、分かち合うことができる服
銀髪の女性は椅子から腰をあげると、ウォルフィの作ったドレスに歩み寄り、しげしげとながめた。
「長い目で……百年、あるいは千年といった単位でファッションの歴史を追いかけるとき。
わたしはそこに、なにかしらを強調する動きと、それを解き放とうとする動きが、呼吸のようにくり返されているように思うことがあります。
その息吹を、わたしはこのドレスから感じとることができます」
そこで女性はことばを切ると、
「それにしてもみんな、十七才になったばかりの子どもの作品に、何をそんなにムキになってるのかしら」
と、肩をすくめてみせた。
「これは一族が昔から続けている、たんなる身内の発表会でしょう?
それをブランドの幹部たちが戦略会議でもするみたいに唾を飛ばして議論しあうなんて。
いったいどうしちゃったの?」
「そ、そうだった!」
審査員の一人が声をあげた。
「いつのまにか、本気になっていたわ」
「まったくだ」
恥ずかしそうに、ほかの審査員たちも顔を見合わせる。
「ついつい、熱くなってしまった」
「しかしこの発表会で、ここまで真剣に議論を交わし合ったのはひさしぶりじゃないか?」
「本当ね。コズエの服が発表されたとき以来じゃない?」
「だとしたら、二十五年ぶりってことか」
「まったく、あの服には度肝を抜かれたと言うか……」
と、先ほどとは打って変わったなごやかな表情で語り合う審査員たちをしり目に、
「そうだ、紹介するよ、ハルミ」
黒ずくめのチーフ・デザイナーのとなりに立ったウォルフィが、ハルミに言った。
「母だ」
は、母?
「はじめまして、ハルミさん。こずえ・杉浦・デュエマです」
モジャモジャと頭の上で絡まりあった銀色の髪の持ち主が名乗った。
「こずえさん?」
ということは、
「日本人よ。
二十年ほど前にエルリックと結婚して以来、こっちの世界で暮らしてるの」
な、なにーっ?
「それにしても、可愛げがないというか、ひねくれているというか」
ウォルフィの作ったドレスを前にして、こずえさんがため息をついた。
「ったく、いつからこんなに面倒くさいことを考える子どもになっちゃったのかしら」
あらためて、ハルミはそのドレスを見た。
それは、誰もが着ることのできる、すべての人に向かって解放されたドレスだった。
ただし同時に、誰ひとりとして同じ着こなしができない、個人が強調されたドレスでもあった。
越えるべきではないものだって、あるのかもしれない。
ウォルフィの作ったドレスを見ながらハルミは思った。
理解できると思い込んではならないものが、この世界にはある。
なぜならばわたしたちとは、越えるべきだという思い込みで苦しんだり、理解するべきだという押しつけで傷つくもののことだからだ。
わたしたちはそれぞれが、誰にも理解できないものを抱えて生きている。
異なる歴史や文化、性別や人種。
それがもたらす悲しみや怒り。
喜びや幸せさえも。
だからこそ、お互いが抱えているものをいたわり合おう。
見えない傷に目を凝らし、聞こえない悲鳴に耳を澄ませよう。
そんな風にウォルフィのドレスは、呼びかけているようにハルミには見えた。
「なにひとつ分かち合うことができないという現実を、ひとしく分かち合うことができるドレス、か」
こずえさんのとなりで、エルリック氏が深いため息をついた。
「……確かにわたしが思い描いていた服づくりは、何かを押しつけ続けてきたのかもしれないな。
自分が見たくないものから、ただただ目を背けるために………」




