アマチュア漫才コンテストの決勝戦!そこで……
今から一か月ほど前。
冬休みも、終わりに近づいたころだった。
えびす橋商店街のとなり町にある、笑いの神様である布袋さまを祭る「ほてい神社」。
その境内で行われる「ほてい町アマチュア漫才コンテスト」の決勝戦が始まる直前に、それは起こった。
「ほてい町アマチュア漫才コンテスト」とは、半年に一回行われるアマチュアを対象としたお笑いコンテストのことだ。
優勝者は芸能プロダクションが経営する演芸場に招待され、その様子は地方局のテレビでも放映される。
このコンテストをきっかけに芸能事務所にスカウトされることも珍しくはない。
プロのお笑い芸人を目指しているアマチュアの憧れの舞台である。
ただし、五十組ちかいコンビの中から決勝に進めるのは五組だけ。
一回戦、二回戦と進むにつれて半分づつが落とされていく。
そのコンテストの三回戦に、ハルミが中学時代の親友である栗原聡美と結成したコンビ「さとみ・はるみ」は、ようや進出することができたのだった。
しかし……
「ったく、気の利かない連中ねえ!」
本番が始まる三十分前のことだった。
決勝の舞台を前にして、ハルミたちが出番待ちをしていた楽屋の中でそれは起こった。
スタッフたちが打ち合わせのために、楽屋から姿を消したのと同時だった。
「アゲアゲ☆極太エース」という漫才コンビが、ハルミたちに向かって怒鳴り声をあげたのは。
「アゲアゲ☆極太エース」。
略してアゲブトは、高校二年生の伽美亜と闘龍風で結成された漫才コンビだ。
そう、先日あえびす橋商店街にいやがらせにきた、あの「綺羅綺羅寿司」の双子のきょうだいである
優勝の経験こそ無いものの、これまでに何度もこのコンテストの決勝戦に出場しているベテランである。
「あんたたち、先輩に向かって失礼だとは思わないの?」
キラキラと輝くラメ入りの舞台衣装を着た少女が、怒りの表情を露にして言った。
アゲブトのボケを担当する、姉の伽美亜である。
「失礼?わたしたちがですか?」
おどろいたハルミは思わず聞き返した。
そのとなりで、やはり目をパチクリさせているのは、相方の栗原聡美だ。
丸ぶちの眼鏡にセミロングの黒髪という、いかにも大人しそうな姿。
人あたりのいい穏やかな性格と明晰な頭脳は、歯科医である両親から受け継いだものだろうか。
ハルミとは何もかもが正反対の女の子である。
「いったい、わたしたちが何を……」
と、尋ねるハルミに、
「そんなことも判らないの?服にきまってるじゃない!
アンタたちの衣装が、アタシたちと丸かぶりしてるじゃないの!」
ショッキングピンクの生地で出来たスカート・パンツすがたのボケを担当する伽美亜が、イラ立った口調でまくしたてた。
「いいか、オレたちは結成してからずっとこの服装でコンテストに出ているんだぞ?」
と、目の覚めるようなコバルトブルーのスーツを身にまとった闘龍風も、脅すような目つきで睨んでくる。
「なのにまったく同じ格好をしてくるなんて。ケンカを売ってるとしか思えないぞ」
ちなみにその時の「さとみ・はるみ」の格好は、古着屋で買ってきた色違いのスーツすがた。
背の高いハルミが、紺色のパンツ・スーツ。
ぽっちゃりした体型の聡美が、うすいピンク色のスカート・スーツだった。
「そんなつもりはありません。これはただ、漫才の内容に合わせただけです」
と、ハルミはアゲブトの二人に説明した。
「あたしたち、旅行を題材にした漫才をするんです。
あたしが旅行会社の受付で、聡美がお客さん。
だから、その内容に合わせて、こういう服装をしただけなんです」
「今度、旅行に行きたいんですけど」
というツッコミを担当するお客さん役の聡美に、
「それでは、こちらのミステリーツアーなどはいかがでしょうか。
行き先は目的地に着くまでわからない、一泊二日の添乗員付きのツアーです」
と、旅行のプランを勧めてくる、ボケを担当するハルミ。
「ちなみにこちらの男性が、ミステリーツアーのガイドをつとめております。
特徴は黒ぶちメガネに紺のブレザー。赤い蝶ネクタイにグレーの短パン」
「ふうん、どこかで見たことがある顔ね……って、子どもじゃないの、この子?」
「ご安心ください、中身は大人ですから」
「ダメダメダメ!この人物が乗りこんだら、かなりの高確率で殺人事件が起こるから!
吹雪に閉じ込められた冬の別荘から豪華客船まで、時間と場所を選ぶことなく」
「ご安心ください。宿泊して頂くホテルの部屋は、すべて密室になっておりますので」
「ますますアウト!間違いなく事件が起こる!」
「それでは、こちらのツアーはいかがでしょうか。数々の事件を解決に導いた名探偵の孫がガイドなんですけど」
「それもアウト!ジッちゃんの名にかけて事件が起こる!」
という、ミステリー漫画が大好きなさとみが考えた漫才コントである。
「だからあたしは旅行会社の人っぽい紺色のスーツで、聡美には反対の色であるピンクのスーツを……」
「口ごたえしてんじゃねえよ、決勝戦に初めて出てきた新米が!」
弟の闘龍風が、ハルミに向かって凄んだ。
日焼けした肌と金色に染めた髪。
そして鮮やかなコバルトブルーのスーツという、いかにもステージ映えしそうな派手な組み合わせだ。
ただし水色のシャツがスーツと、黄色いネクタイとベージュ色の靴が髪の色と同じ色合いなので、全体の色を少なくまとめてスッキリ見せることに成功している。
「だいたいアンタのスーツ、身体にまったく合ってないじゃないの。
ジャケットもスカートもパツパツで、動いてもいないのに横じわが入りまくってるし。
そもそも背が低くて太ってるんだったら明るい膨張色を避けて、スマートに見せるために縦縞の入った服を選ぶのが常識でしょ?」
と、聡美をにらみつける姉の伽美亜。
こちらもショッキングピンクのスカート・スーツが派手な印象を与えるが、中に着ているカットソーとハイヒールを落ち着いたパールグレーにすることで、全体の色数を落ち着かせているい。
二人とも他人の服装に口を出してくるだけあって、なかなかファッションにはうるさいようだ。
「おまえはスーツが太きすぎだ」
と、ハルミを指さすのは闘龍風である。
「サイズがでかすぎて、ジャケットがまるでコートみたいにダブダブだ。
肩も落ちてるし、袖も手の甲が隠れてる。
安物なのはともかく、舞台に立つんだったらせめて袖たけぐらいは詰めろよ」
「それにしてもまあ、二人ともえらく古めいかしいデザインのスーツねえ」
わざとらしく驚いた表情を作って伽美亜が言った。
「なによ、そのジャケットのぶ厚い肩パッドは?
流行おくれにもほどがあるわよ。いったいどこの遺跡から出土したスーツなの?」
「っていうか、なに時代の旅行会社の漫才をやるんだ?ひよっとして縄文時代?」
と、あざけるような口調で闘龍風が続く。
「ったく、土偶を意識していたんだったら、最初からそう言ってよ!」
「石器時代からやり直してこい!」
と、ほかの出演者が見ている前で、さんざんに言われたのだった。
その日の「さとみ・ハルミ」の漫才のできは、最悪といってよかった。
ライバルになりそうなコンビを見つけると楽屋でプレッシャーをかけてミスを誘い、コンテストの採点を自分たちの有利な方向にすすめる。
それがアゲブトの手口だと気がついたのは、ずいぶん後のことだった。
「何で言い返さなかったのよ!」
コンテストが終わった直後のことだった。
ほてい神社の境内の外れで、ハルミは叫んだ。
「あんなにヒドいことを言われてるのに、だまったままで」
アゲブトたちにあれこれ言われたことはもちろん、相方の聡美が一言も言い返さなかったことに、ハルミはずいぶん腹を立てていた。
「け、けど、あの人たちの言うことも、まんざら間違っていたわけじゃなかったし……」
と、肩を落としてうなだれる聡美。
「きっと、人前に出るような人間じゃないんだよ、あたしなんて」
「なにいじけてんのよ!そんな態度だから、アイツらますますつけあがるんじゃない」
「……ハルミには、わからないよ。きっと」
ポツリと聡美がつぶやいた。
「あたしがどんな気持ちで、ハルミのとなりに立っているか」
「何それ?どういう意味?」
「わかってるよ、あたしが足を引っ張ってるってことは」
聡美の声が、震えた。
「あたしには、あんたみたいな華やかな雰囲気は、ない。
チビだしデブだし、存在感もないし」
「そ、そんなことないって!」
おどけた口調でハルミは叫んだ。
「そんなに自分のことを悪く言っちゃだめだよ!どれだけ地味で影が薄くて、いるのかいないのか分からないからと言っても……」
『いやいやいや、それっていろいろと塗りこみすぎだから、傷口に!』
と、いつものように切り返してくる声は聞こえなかった。
かわりに、
「だよね」
冷え切った声で、聡美が丸ぶちメガネを掛け直した。
「わかってるよ。そのせいで、ハルミに気を使わせっぱなしなのも」
「え?」
「ハルミ、本当はツッコミがやりたいんでしょ?」
「そ、それは……」
「背が高くて元気な子が、背が低くて大人しそうな子にツッコミ入れると、いじめてるみたいに見えるからって、遠慮してボケに回ってるだけなんでしょ?」
「そ、そんなことは」
「わかってるよ。たとえあたしがボケをやっても存在感がないから、あんたのツッコミを受けきれないってことは。
わかってたんだ、あたしには……」
そう言って聡美はハルミに向かってクルリと背中を見せると、
「終わりにしよう」
と言い残して、神社の境内から去って行ったのだった………
「それ以来、舞台にあがりたいという気持にどうしてもなれなくてさ」
そこまで話し終えたハルミは、力なく肩を落とした。
「コンテストで勝ちあがりたいんだったら、ネタやしゃべりに磨きをかけてお客さんを喜ばせればいいじゃない?
なのに、自分たちが勝ち残るために他のコンビにプレッシャーをかけて落とすだなんて。
そんな奴らと同じ場所に立つために必死で練習してきたかと思うとバカバカしくなっちゃってさ」
「なるほど、そんなことがあったのか……」
ハルミの話を聞き終えたウォルフィがうなずき返した。
「だとしたら、ハルミはもう一度舞台にあがるべきだと俺は思う」
「どうして?」
「ここでハルミたちが舞台にあがらなくなったら、それが普通のことになってしまうと俺は思うんだ。
そうしたら、ハルミたちよりも、もっと若くて弱い人たちの立場は、さらに弱くなってしまう」
「あ……」
「努力を重ねてたどり着いた舞台で、いやがらせを受けてやる気を失くすのは当然だろう。
しかしそこで声をあげて、おかしいことに対しておかしいと声をあげることができるのは、いやがらせを受けた本人にしかできないことじゃないだろうか」
「たしかに……」
これは、わたしと聡美だけの問題じゃないのかもしれない、ハルミは思った。
自分たちと同じように、お笑いのプロを目指している人たち。
舞台に憧れや希望を持つ人たちに、これ以上同じような思いをして欲しくはない。
そのためには―
「けど、出番の前に、またあいつらの服装チェックが入ると思うとなあ」
あーあ、とハルミは天を仰いだ。
「ねえウォルフィ、誰が着てもふさわしい服ってないのかな?」
「誰が着てもふさわしい服だって?」
「そう。男でも女でも、小さい人でも大きい人でも。
痩せていても太っていても、どんな人間でも着れて、どんな人にもふさわしい服。
そういう服があれば、いちいち人前で気を使わなくてもいいじゃない」
「……もしもそんな服があったら、きっと見た目も着心地着も、おそろしく悪い服になるだろうな」
「そうなの?」
「おそらくな。誰にでも着ることができる代わりに、誰にとっても同じくらいに……」
その時だった。
革靴を履いたウォルフィの足が、ピタリと止まった。
「誰にとっても、同じ……誰でも着ることができる……けれども見た目は……」
と、口の中でブツブツと繰り返し始めた少年の表情が、みるみるうちに真剣な顔つきへと変化していった。
そして、
「これだあっ!」
突然ウォルフィは声をあげると、
「見つけた!見つかったぞお!」
と叫びながら、ものすごい勢いで駆け出して行った。
「……?」
と、あっけに取られた表情でその背中を見送るハルミを、ひとり夜道に残して。




