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犯罪じゃねえよ!

「|ありがとうございました《ダンニャワード》!またどうぞ!」

 

 香辛料(スパイス)マニアである母さんの行きつけの店である、「スパイス・寺北」。

 インド人の店主が経営するその店で買いものを終えたハルミは、ウォルフィと一緒に帰り道を戻り始めた。


 春休みも、終わりに近づいた夜。

 人気(ひとけ)のない公園のまわりを取りかこむ今が満開の桜の枝からは、白い花びらが夜風に吹かれて散りはじめている。


「ところで、さっきの話だが」

 ハルミと並んで歩きながら、ウォルフィが(たず)ねた。

「たしか、舞台に立つと言っていたようだが」


「ああ、あのことね」

 ハルミは弱々しく笑った。

「……あたしね、ちょっと前まで漫才(まんざい)をやってたんだ。友達と一緒に、舞台に立って」


「ハルミが?」

 まさかと言った表情で、ウォルフィが足を止めた。

「……冗談だろ?」


「本当よ」

 ハルミは頷いた。

「こんな地味な女がって、意外に思うかもしれないけど」


「信じられない……」

 ショックを隠し切れないという表情でウォルフィが(かぶり)を振る。

「……その、なんとも思わないのか?人前でそういうことをするのに」


「そりゃあ、最初のうちは緊張したよ」

 正直にハルミは答えた。

「けど、そんなことを気にしてたらプロになんかなれっこないし」


「プロにだって?」

 と、声をうわずらせるウォルフィ。

「ハルミは、プロになるつもりだったのか?」


「一か月前まではね」

 そう言ってから、ハルミはため息をついた。

「けど、コンビを組んでいた相方(あいかた)とケンカしちゃってね、それっきり活動停止中なんだ」


「そうか」

 なぜだか、ほっとした表情になるウォルフィ。

「思いとどまったんだな」


「けどね、やっぱりあきらめきれないのよ」

 そこでハルミは言葉を切ると、唇を噛みしめた。

「だってそうじゃない?こんな中途半端なかたちで()めることなんてできっこないよ。

 最後までやり切って、全力を尽くしたと思ってからじゃないと、あきらめたくてもあきらめきれないのよ」


「……考え直すわけにはいかないのか」

 慎重(しんちょう)に、言葉を選びながらウォルフィが言った。

「ハルミはまだ若い。将来のことについて考える時間は十分にあると思うが」


「そういうわけにはいかないよ」

 キッパリとハルミは首を横に振った。

「この世界でナンバー・ワンになるって(ちか)ったんだから」


「どうやら、思いとどまる気持ちはないようだな」

 意を決したようにウォルフィは言った。

「しかし聞いてしまった以上、こちらも(だま)って見過ごすわけにはいかない」


 そう言ってウォルフィは手を伸ばすと、ハルミの手を力づよく握りしめた。


「ええっ?ちょ、ちょっと!」

 ハルミの心臓の鼓動が、一気に()ねあがった。


「ハルミを、一人にしておくわけにはいかない」 

 青みがかった瞳が自分を見おろしている。

 はじめて会ったときにも見惚(みと)れてしまった、()てついた氷みたいな瞳。


 どくどくどく、跳ね上がる心臓の音。

 向かい合っているその人の顔から、視線が吸いついて離れない。


 どくどくどく、相手に聞こえているのではないかと不安になるほどに。

 まるで別の生き物が胸の奥で飛び跳ねているみたいに、激しく胸の奥で(たかぶ)っている。


「悪いけど、離さないよ」

 というウォルフィのささやき声に、


「ど、どうぞご遠慮(えんりょ)なく……」

 

 耳たぶの先まで真っ赤になったハルミはコクリと頷くと、自分の手を握りしめてくるウォルフィの腕にぴったりと肩を寄りそわせた。


☆     ☆     ☆


犯罪はんざいじゃありません!マ・ン・ザ・イですっ!」

 えびす橋神社のすぐ隣にある交番の中で、おまわりさんに向かってハルミは叫んだ。


「毎年二回、となりのほてい町商店街でやってる漫才コンテストがあるでしょ?その話をしてただけですっ!」


「……両手をあげるコンテストだと?」

 と、不思議(ふしぎ)そうな顔で尋ね返すウォルフィに、


「バンザイでもないっ」

 と、思わずツッコみ返すハルミ。


「っていうか、フツーいるか?犯罪とマンザイを聞きまちがえる人間がこの世に!」


「と、とにかく犯罪とは関係がないんだったらいいんだけど……」

 笑いをこらえているのだろう。

 カウンターの上に顔を伏せたおまわりさんの背中が小刻みに(ふる)えている。

「こ、交番に来てもらった以上は、い、いちおう調書を取らないと」


 怒りが収まらないのは、ハルミである。

 当たり前だろう。つらい過去を思い出して落ちこんでいるときに


「一人にしておくわけにはいかない」

 と手を握りしめられた男の子に、まさか犯罪者と間違われていたとは。


「……では、いったい何なのだ」

 ウォルフィが真顔でたずねた。

「マンザイとは」


 どうやら、本当に知らないらしい。


「いい?漫才って言うのは、舞台のうえで面白いことを喋って、お客さんを笑わせて愉快(ゆかい)にする……」


「やっぱり犯罪じゃないか」

 それ見ろといった表情でウォルフィがハルミを(にら)みつける。

「笑わせている間に、人をさらうんだろう?」


誘拐(ゆうかい)じゃない!愉快(ゆかい)!人を陽気(ようき)にさせること!」


風邪(かぜ)でもうつすのか?」


病気(びょうき)じゃなくて陽気(ようき)!楽しくさせる!」


「ちょっ、キミたち、た、たのむから少し(だま)って……」

 笑いを(こら)えきれないおまわりさんが、手に持ったボールペンの先をプルプルと(ふる)わせて悲痛(ひつう)な声をあげた。


「だっ、ダメだ、書けないっ」


☆ ☆ ☆


「犯罪ではなかったのか……」

 と首を(かし)げるウォルフィ。

 その前を、


「あー、もう恥ずかしいっ!」

 スタスタと早足で歩きながら頬を(ふく)らませるハルミ。


 おまわりさんに大笑いをされて交番を後にした二人の影が、人通りのない商店街の夜道に伸びる。


「まったく、もう」

 歩きながら、ハルミは横目でウォルフィを(にら)みつけた。


 せまい下町のことである。明日になったら、きっとこのことは商店街じゅうに知れ渡っているに違いない。

 穴があったら生き埋めにしてやりたい気分である。


「けど、どうしてそのアイカタさんという人とケンカになったんだ?」


「名前じゃないよ、相方(あいかた)っていうのは。漫才のコンビを組む相棒(あいぼう)のことだよ」

 そこでハルミは肩を落とすと、この日一番のため息をついた。


「ファッションが、原因なのよ……」



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