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13 【小話】私と魔力 byラウレンツ(前編)

 ――それは遠い記憶の欠片(かけら)

 王宮内で立ち(すく)む幼い私の目には、きらびやかに行き交う人々の足元だけが映る。


 そこに、いつもすがりついていた慣れ親しむ足はなかった。どんなに探してまわっても、見つけることはもう叶わない。



 今や望まない足ばかりに囲まれ、すべてが覆い尽くされようする時――。


 ……私は心に冷たい炎を灯した。



***



 これからは自分のことは自分で守っていくしかないと、そう理解した幼少よりそれはわかる。


 第二王子という立場からは、俯瞰(ふかん)するように人々の動向が見えた。


 兄に媚びへつらう者。その足をすくおうとする者。他人を利用し、ゆだねることで自身の権力や立ち位置を上げようと模索する――『人の内心』も。自らを向上させるでなく費やす労力の無駄に呆れた。

 そして、同じく自分へと向けられる媚態(びたい)、また反する非難にあえて身を晒し悟る。



 私はこの世界で生きていかなくてはならないのだということを――。



***



 王宮の庭は新緑で溢れていた。今日も陽をふくむ樹葉はみずみずしく輝いているだろう。

 だが、想像はしても目にせず室内にこもりきるのは、私が王宮で過ごす時間の常だ。


 そして現在、いつもの執務室で専属の執事であるエトガーと対話し、近況の確認を行っていた。


「ノイナー卿の行っている流通は順調のようですね」

「はい。魔力で生成した石材は、ヘリオスとの取引に随分と役立っている模様です」

 エトガーの報告が想定と変わらないことに、進捗の円滑を読み取る。


「それは何よりです」

「議事会で反対していた貴族の方々をご説得いただけたと、ノイナー卿はラウレンツ王子に大変感謝し、忠誠も誓っておられました」

「そうですか」

 答える私はいつもの笑顔をつくる。すべてが思惑通りだったからだ。



 当初、この貿易には二つの壁があった。


 それは、内陸国であるアンテウォルタが取引を行う港へ向かうため、交易のつど、国の結界を部分的に一旦開く必要がある事と、他国に魔力での生成物を与えるという事。

 以上二点の問題から反対を示す貴族がいたのだ。


 懸念を抱くのは理解に値するが、それぞれの害を承知する上で、損を先に立たせれば得も生まれないことも事実。

 だから私は想定される全ての対応策を反対派に掲示し、一人一人を根気よく説得することで今回の交流を実現させた。


 その行動は、議会の賛同を得られなかったノイナー卿を喜ばせたようだったが、味方したのは他でもない。ヘリオスとの交流を深めたいという目的があったからこそ。

 私が何より考える一番は――『国益』だ。



 結界で守られたアンテウォルタの国土には限りがある。

 対して海の向こうに位置するヘリオスは、魔物がおらず、豊かな地に恵まれる農産業の活発な国。


 無論、魔物がいないとはいえ国に警備は必要であり、アンテウォルタから輸出する魔力をおびた石はヘリオスの防壁材として重要な役割を担う。

 そして対価に輸入する農産物は、我が国を潤わせるには不可欠な資源となるのだ。



 ヘリオスではあまりきるほどの産物を得る代わりに、アンテウォルタにしかない魔力での生成物を差し出すが、その中に武器となりえる物は流出させていない。

 それでも互いに有益な取引には違いなく、双方が利益を手にすることで懇意へと繋り、両国に強い結びつきが形成されつつある現状は私の構想と相違ないものだった。


 遂行の過程にあったノイナー卿への協力も、これから貿易の窓口となり鍵を握る彼に、私の力添えあってこそと知らしめ、対等しようなどの考えに及ばせないためでもある。

 私へ傾倒するまでに至ったのは副産物にすぎない。

 それでも、ノイナー卿の義理を欠かない本質を踏まえた上で、流通を成功させて彼のプライドを満たし、自領の財政も豊かにさせたのだから当然の結果とも言える。



『利を与えることにより、得る』――それが私の利害の(はか)り方だった。


 己の利害だけを呈して推し進めれば、本当の得にはならない。

 常に相手を優先するように見せる。そうして事を動かす行為が、私の考える聡明な公務の実行だ。


 そのこころざし通りの行動も……、すべてを利害優先でしか考えない自分に最近は溜め息をつくことがある。

『潔いほど真っ直ぐな彼女』と、出会ってしまったからかも知れない。

 誤りはないと言い聞かせてみても、王宮内の利害関係で生きる者を目にするたび、今は自身も同じく感じてしまう。

 むしろ彼らと何ら変わりないと日々思うのだ。


「ふう……」


 ラウレンツは無意識に息を吐く。頭に浮かぶのは自由に生きるティアナの姿。



「最初は興味、だったのですけどね」

 そう呟きながら、記憶を辿るようにした――。



***



 初めて対面するパーティで、木に登るという令嬢らしからぬ行動を示していたティアナ。

 それを目にする私は、悩みのない人間などいないとわかっていても、らしくなく嫌味の一つも言いたくなってしまう。


 だが、まるで意に介さないように「もう、毎日がとっても楽しいわ!」と真っ直ぐ放たれ、そして、結界について語る彼女に興味が湧いた。


 誰のためでもなく、自分のためと宣言する内容は、どんな答えよりも至極、相手を納得させるものだからだ。

 プリンセスの座を欲しないことも反発や計算ではないことがわかれば、『――面白い』と家族以外の他者に初めて意識が向いたのだった。



 翌日、レハール邸に赴く手はずを整えたのは、彼女のことが少し知りたいという欲求――自身の知的好奇心を満たすためであり。

 持参するプレゼントをめずらしく自ら選ぶ行為も、ティアナという人間を今まで誤って捉えた謝意を含め、あくまで王子としての礼儀で敬意を払っただけのこと。


 当初、ティアナに特別な感情などはまったく持ち合わせていなかった。

 ――それが変動したのは、訪問した直後のわずかな時間。


 普通は中々ないだろう階段から落ちるアクシデントもさることながら、まずは、皆が固まる中で的確な指示を与える様子に目を見張る。

 受け止めた私を自分以上に気遣う姿は想像に値するが、それも何かが違う。


『王子に怪我をさせていないか』

『自分が嫌われはしないか』

 いつものそんなありきたりなことではないように思えた。

 だから、必死に無事を確認する行動をひとまず止めるも、今までにない反応のせいでわずかに戸惑う私は目線を外した。

 そして、用意した花と菓子が反らした目に入ったのを良いことに「駄目にしてしまいました」と感情を誤魔化すよう告げたのだが……。



「――そんなもの、どうでもいいよ!」


 一掃する即答に不快を感じる間もなく、そのままなぜか怒ったようにまくしたてられる。

 私が言葉を失ったのはそれからだ。


 花を有効に活用するすべと、菓子の形が変わっても、込められた想いが変わらないとする言葉が続けられて閉口する。

 私はその実、壊れたプレゼントを見て少しがっかりしていたのだ。誰かに選ぶ行いは、どこかで喜ばせたいという思いを連動させるらしい。


 ティアナはその気持ちを決してないがしろにせず、汲まれているとわかった私は――(かす)かに胸の奥がぬくもるのを感じた。それが嬉しさを感じているのだと気づくより早く、「そんなもの」と発した意図を知る。



 彼女の言動は、何より私の無事を心から願うばかりの内容で。

 それは、ただ本当に私自身のことだけを考え、私が自分の心配をしないことをいさめるものだった。

 そうして最後、私に(たい)した怪我がないことを心底安堵するよう「良かったあ」と頬笑む姿に……心臓が跳ねる。



 それは、彼女が私に見せた初めての笑顔だった。


 色づく頬を薔薇が咲くようにほころばせ、子猫が目をきゅっと閉じるように細められた、喜びに溢れる心からの笑顔。

 私はこれまでこんな笑顔を向けられたことも、見たこともない。

 ――なんて幸せそうに笑むのだろう、そう思った時には彼女を抱き締めていた。


 うるさい高鳴りを必死に抑えて気づけば、その場で彼女に婚約の打診もしていたのだった――。



「まさか、落し穴にはめられる日が来るとは思いませんでしたけど」

 思い出してふっと笑う。


 ティアナを逃したくないと自身の婚約者にするも、簡単には思い通りにならないというように想定外の行動を見せる。


「まるで……子猫みたいですね」

 何をするかわからず、本当に飽きない。

 けれど、女性特有のすり寄るようないやらしさがないティアナは猫というより、子猫だなと口にする。

 他愛もないことにも全力で、明け透けなく表す感情はすごく真っ直ぐで、――とても可愛らしい。



 だが、本来は兄であるアベルの第一婚約者候補だったティアナ。元々はアベルの負担を軽減するために私が引き受けようとしたのが動機。

 それも彼女を知った今となっては、完全なる私欲の行動だ。そう考えれば、ティアナはアベルの婚約者でいた方が幸せだったかも知れないという思いもよぎる。こんな利害でしか生きない私よりは……。


 そしてティアナはどう思っているのだろうかと、ラウレンツが本格的に悩みはじめようとした時だった――。



***



「……忙しそうだね。ラウレンツ」



 ふけっているところで、急にいるはずのない人物の声がした。

 驚いて聞こえた方へ目を向ければ、扉からティアナが顔を覗かせている。


「ラウレンツはすごいね。本当にちゃんとお仕事してるんだ」

 感心する彼女に、私は慌てて駆け寄った。

「どうしたのです? なぜここに?」

 先ほど思い描いた人物の登場に、一瞬、嬉しさよりも戸惑いが湧く。何となく、公務をしている自分を見られたくなかったからだ。

 隠すように来訪の理由を尋ねる私は、ティアナの様子が気になった。


 そして、――もしかするとまたアベルに会いに来たのかという考えもよぎる。


「ラウレンツに会いに来たの。この間、汚した服が洗濯できたから、届けようと思って」

 何も気にせず、満面の笑みで服を差し出すティアナに気まずさは払われる。

 そして、勿論のごとく私に会いに来たという言葉が気持ちをほころばせた。

「ありがとうございます……」

 受け取りながら笑顔を返す。

 会いに来てくれた――、それが服を届けるだけの理由でも嬉しかった。


 利害で公務をこなす様を見られていなかったことにもほっとする。

 後ろ暗くはないが、ティアナには策略を巡らす心は隠していたかった。


 だから私は客人を招くという名目でひとまず公務を切り上げ、ティータイムを取ることにした。



「邪魔してごめんね。お仕事はいいの?」

 尋ねてくるティアナにかまわないと答えながら、すぐにでもこの場を離れたい私は、準備が整うのも待たず彼女を庭へと促した。



***



 そして他愛ない会話を交わしつつ庭園の中央にあるテーブルへ向かう途中、何気なく一人で来たのかと尋ねる。


 ティアナはロマくんと本当に仲が良く、いつも一緒にいる印象が強かったので、ここに彼がいないことがふと気になったのだ。



「ロマとヒルダも一緒に来たよ。だけどロマは今、お父様と城下へ行ってるの」

 言われて、本日レハール宰相は城下に出向く用が入っていたと思いだす。ロマくんは父上の公務に同行しているらしい。

 それにしても、普段のティアナなら一緒にいたいと言いそうだと思った。


 だから、不思議に思いながら見つめていれば彼女は続けた。


「……あのね、その。ヒルダと話してたら、なんか流れで私が一人でラウレンツのところへ服を届けることになっちゃって。それでロマはお父様についていったの」

 めずらしく歯切れ悪く話すティアナは、何ともいえない気まずそうな表情を見せた。

 その様子に、私はおおよそを把握する。



 ヒルダというレハール邸のメイド頭は、とても利発そうな人物だった。

 ティアナはおそらくロマくんと一緒に届けるつもりでいただろう。それを、気を利かせるヒルダが上手く誘導したに違いない――と想像をつけた。


 察するところおそらくは、

「――あら、お嬢様は一人で服を届けることも出来ないのですか?」

「それくらい一人で出来るよ!」

 というやり取りを繰り広げ、口車に乗せられて今に至ると考えたのだ。


「それで、ヒルダも広間で待たせてるのよ」

 ついで、若干むくれるように言う。

 確かにヒルダの姿もまだ見ていなかったと思いながら、浮かべる二人の掛け合う姿は微笑ましい。

 先ほどからティアナが見せる微妙な表情も、勢いで一人で届ける段取りになり、ロマくんと別れたことが不本意だったせいと判断した。


 そして彼女にこんな顔をさせるロマくんが少しだけ羨ましくなる、その時――。



「――ごめんね。ラウレンツ」


 突然謝るティアナに、巡らす思考から戻った私は、不可解な面持ちで彼女を見る。

 だが、眉を下げて申し訳なさそうにするその意味は、ますますわからなくなるだけだった。

「なぜ謝るのですか?」

 素直に問えば、それこそなぜ聞かれるのかというように彼女はきょとんとして、さも当たり前のように紡ぐ。


「だって、私と二人っきりじゃつまらないでしょ? ロマがお父様と出掛けたのは私が一人で行くって言ったせいだし」


 ティアナのセリフに瞬いたのは言うまでもない。

 まさか彼女の微妙な表情が私を思ってのこととは気づかなかった。

「でもまあ、ロマには(やしき)に来てくれたらいつでも会えるし、今日は私だけで我慢してね!」


 そう言って今度はにっこりと笑った。


 またしても放たれる出し抜けの言葉に、私がいつも誰と会うためにレハール邸へ通うか理解しているのだろうか? と考えなくはないが。

 とりあえず「はい」とだけ答えて、あとはつられるように笑顔を向けた。



 そして、やはりティアナには私の推測も及ばないようだと読みが外れたことを楽しみながら。


 ようやく辿り着いたテーブルを前に、二人だけのティータイムを開始するのだった。

13【小話】私と魔力 byラウレンツ(後編)に続きます。

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